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28 治験という名の対抗策

誤字報告ありがとうございます!


 数日後、エルから連絡が来た。例のクッキーの分析結果が出たらしい。

「あ~……じゃあ好意を抱くというよりは、疑念とかそういった思考を奪う感じなのか」

 エルの説明を聞いてそう尋ねる。

『そっちが近いだろうねぇ。分析結果をお師匠にも届けたんだけど、いま魔導師団で大騒ぎになってるよ』

 呆れを含んだ声色。俺はさっきから頭痛が治まらない。

 どうやらヒロインが作り出した付与付きのクッキーは、魔法最先端のグラフィアスでも物議を醸す程の物体だったらしい。興味をそそる方向で。エルの声色が呆れを含んでいるのが、その証拠だ。

 恐らく、グラフィアスにとっては脅威とは成り得ないと判断したものと思われる。だけど、珍しいというか初めて見るモノなので興味津々というか、うまく術式を確立させることが出来たら、色々と使えると考えたんだろうな。

 さすがグラフィアス、魔法オタクの宝庫。

『取り敢えず、中毒性はほとんど無いと思って間違いないかな。ただ、定期的に摂取することで付与効果が残留する可能性はあるらしいけど、これに関しては魔石から魔力を吸収していることが原因と考えられるので、魔石から吸収した残留魔力がなくなれば効果はなくなるはず、だそうだよ』

「残留魔力って、そんなすぐ消えるもんなのか?」

『摂取期間がどのくらいかにもよるだろうし、個人差もあるけどね。だけど、そういつまでも残るものではないから、そこは心配いらないって言ってた』

「なるほどねぇ」

 あちらの研究者が断言している以上、本当に心配はいらないのだろう。どうやら、本当に一時的なものでしかないようだ。中毒性がないとわかっただけでも、ひと安心だよ。

 マジでよかった。本当に、そこがちょっと心配だったんだ。ほら、こんな手に容易く引っかかるおバカさん集団ではあるけど、将来は国防を担う事になるかもしれない騎士の卵たちだからさ。こんなくだらんことで潰れてほしくはないのよ。だいたい、空きっ腹な時に差し入れ貰ったら食いたくなるのはわからなくもないし。俺も覚えあるしなぁ、エレーヌ以外からは受け取らなかったけど。

『付与されている魅了、かなり微弱らしいから、本来の意味で魅了する事は出来ないんじゃないかとも言ってたよ。とは言え、油断は禁物だけど』

「了解。すまんな、エル。助かったよ」

『問題ないよ。こっちの魔導師たち……お師匠たちもそうなんだけど、それ以上に薬学研究所の人がはしゃいじゃっててねぇ。面白い物を提供してもらったって大喜びしている』

「ああ、そう」


 別に面白いものを提供したつもりはないんだが。


 まあ、喜んでいるならいいか。残念ながら我が国では解析する技術も知識もないんだし、アレを提供することで他に見返りなく解析してくれたのは助かったし。なんかちょっと引っかかるけど。

『とにかく、あのクッキーに関しては食べないのが一番だね。とは言え、一応は善意の差し入れだろうから、それを禁止としてしまうのは難しいでしょ』

「そこなんだよなぁ……」

 そうなんだよ、エルの言う通りなんだよ。差し入れ行為は学園内でも禁止されているわけじゃないし。

 そもそも差し入れってね、出会いのきっかけにもなったりする事もあるから、制限掛けさせんのはちょっとねぇ。差し入れが切っ掛けで婚約者が出来た連中、俺の知り合いにも結構いるんだよ。つーかそんな事提案したら、間違いなく恨まれる。男女両方から。

「まあ、後遺症的なものが残らないのであれば、あとは自己責任でいいのかねぇ」

『今はそれでもいいけど』


 お? なんか含みにある言い方だな。


「何か懸念事項でも?」

『懸念というか警戒はしてるかな。彼女、いまは特に意識しないでお菓子作りをしていると思うんだよね』


 意識しないで作ってる?


 どういうことだと聞こうとして、ハッとなった。

 そうだ。ヒロインはゲームでそうだったからって理由で、お菓子を作ってるはず。攻略には欠かせないアイテムでもあるから。魅了魔法を込められているのも、もしかしたら特に意識しないでやっている可能性もある。

 魔法の付与の特徴として、術者本人がどれだけ強くイメージ出来るかで、仕上がり具合が変わってくる場合がある。威力であったり精度であったり、そこはどんな魔道具を作るかで変わる部分でもあるので、一概にこれとは言えないが。

 つまり、より強くイメージを固めることが出来れば、付与される効果が上がる可能性があるわけだ。


 ぞくりと背中が泡立つ。

 ヒロインは既に自分が闇属性に適正有りな事は自覚している。ならば、それを利用しないとどうして言い切れる? 現状の、おまじないを少し強力にした程度のものではなく、意図的に魅了系を強く付与させることを思いついたら?


 あれだけシルヴァンに対して執着を見せているんだ、使える手はなんだって使うだろう。本気でそれを狙い始めたら、間違いなく厄介な事になる。


『うん。私が何を警戒しているのかは伝わったみたいだね』

 通信機の向こうで、エルの冷静な声が俺を正気に戻した。

 そうだ、こんなことをしている場合じゃない。早急に対策を考えないと。

『でね、ルシアン。ひとつ提案がある』

「提案?」

『そう。さっき言ったよね、我が国の薬学研究所所属の職員と魔導師たちが大はしゃぎしてるって』

「ああ、言ってたな」

『あの人たち、早速勢いあまって光属性を帯びた水を作ったんだよ』

「は?」


 いや、それ勢いあまって作れるようなモノ?


『でね、私の旦那さま。知ってると思うけど、治癒とか治療系の魔法は国内随一って言われているのね』

「ああ……それは聞いてるけど」

『私が補助して、水に体力の回復を促進させる魔法を付与してもらったんだ。その水に、ミサキに頼んで解呪を付与した水を混ぜてみた。確認したけど、混ざった状態でも両方の付与効果はちゃんとついていたよ。ああ、回復の方の効果は先輩たちで確認済みだから心配いらないんで、残りの解呪の方を検証したくてさ。そっちに良い被検体がたくさんいるでしょ、ちょっと試してもらいたいんだ』

 少し笑いを含んだ声色に、俺は危うく脱力しかけた。


 ああもう、本当に。俺の友人たちは人が悪い。先回りして、既に対抗手段を用意してくれていただなんて。

 俺が相談を持ち掛けた時点であらゆることを想定し、動いてくれたのだろうエルには本当に感謝しかない。ミサキだって暇じゃないだろうに、態々手を貸してくれたのか。口で言うほど、容易くはなかったはずだ。


 改めて、周りに恵まれているなと実感する。

「……ありがとう、エル。本当に助かる」

『礼はいらないよ。その代わり、学園の許可よろしくね』

「まかせろ」

 ここまで整えてもらったんだ、後は何とでもするさ。



 **********



 翌日になり、エルからいくつかサンプル的な水を送ってもらった俺は、それを持って学園長を直撃した。

 ざっと水の出どころを説明し、体力勝負な騎士科の生徒たちに試してもらいたいとお願いしてみたら、あっさり許可が下りたよ。あ、解呪の方は言ってないよ。体力回復の促進だけ伝えてある。

「私と息子も試してみましたが、自己回復力を高めてくれる類の物で、体に負担はありませんでした」

 サンプルと一緒に送ってもらった説明書を見せつつ説明すると、学園長は納得顔で頷いた。

「なるほど。グラフィアスの薬学研究所からの説明書もありますし、問題ないでしょう。生徒たちも訓練の疲れで座学に身が入らないと言った事が減るのであれば、全体的に良い結果となるやもしれません。早速、担当講師に言って手配させましょう」

「ありがとうございます」

「いえいえ、お礼を申し上げるのはこちらですよ。伯爵のおかげで、まさかグラフィアスの薬学研究所の治験に関われるなんて、これほど名誉なことはありません」

 ニコニコと上機嫌な学園長に、ちょっぴり罪悪感が。ま、まあ、悪い話ではないんだし、騎士科の生徒たちにとっては疲れが翌日に影響するなんてことも少なくなるだろうから、問題ないだろう。……たぶん。


 その後すぐに騎士科の講師陣が呼ばれ、サンプルとして持ってきた水を試しに飲んでもらった。

 生徒たちを指導してきた直後だったようで、試飲した結果は大絶賛、飲んだ瞬間から効果が分かったと大興奮だったよ。

 そうなんだよね、回復って点は本当に俺もシルヴァンも驚くくらいの効果だった。家での訓練後、俺に散々撃ち込まれてへばってたシルヴァンなんて、飲んですぐに疲れが飛んだと言ってびっくりしてたもん。いつもだったら、少し息を整えるまでに時間が掛かってたんだけどね。

 で、俺は早速エルに連絡して学園の承諾を貰ったことを伝えた。近日中にあちらの責任者クラスと一緒に来てくれることになったよ。それを学園長に伝えたら、またもや大喜び。その場でエルと連絡を取りつつ日程を調整し、三日後に約束して、こちらも色々と準備を整えて万全の態勢でお出迎えしましたとも!


 そして迎えた当日。


 いや、ね? エルが来るのは当然だから、そこは疑問に思わない。レンブラントが来るのも、付与の件で協力してくれたって聞いてるからまだわかる。実際、あいつの治癒・治療系の魔法の精度はミサキ以上だって聞いてるし。研究所の副所長さんなんてお偉いさんが来てくれたのも有難いんだよ、立場ある人が立ち会ってくれるってのは研究所としてもこの治験を重要と考えてますよって事でもあるんだからさ。


 だけど、ね?


「……どうして大公殿下がいらしているのか聞いてもいいかな」

「私が聞きたい」

 何やら完全に諦めた顔でエルにはそう返され、レンブラントに至っては頭を抱えて深々と溜息をこぼしていた。


 ああうん、なんかわかった気がする。

 これはアレだ、何を言っても無駄なヤツだ。


 今回はお忍びの訪問という事で研究員の一人としてふるまってるんだけど、どう考えても無理があるから。講師役で来てた後輩どもが二度見、三度見してるじゃねーか。学園長も何か感じてるのか、いつも以上に丁寧に対応している。若干、顔色がおかしいのはきっとキノセイだ。

 何も知らない生徒たちは、大公殿下自ら配ってくださっている水を試飲してその効果を実感した様で、気軽に話しかけているのが怖くて仕方ない。殿下も気さくに応じてるから止めようにも止められないし。


 君達、その方王族だからね? 今後、何かと付き合いが続くだろうグラフィアスの王弟殿下だからね?


 知らないってある意味最強だよね。

 考えると色々と怖いので取り敢えず考えることを放棄しよう。……いや、それじゃダメだってのはわかってるよ、でも無理! 俺にどうしろっつーんだよこの状況!

「……すまない、ルシアン。後でキツク言い聞かせておく」

 お疲れな様子でレンブラント。


 そうか、お前はエルだけじゃなくて大公殿下の暴走を止める役割も担ってるのか。……大変だな。


 なんか物凄く気の毒な感じがしないでもないんだが、すまん、俺はこれ以上巻き込まれたくない。応援だけはしてやるからがんばれ、レンブラント!

 そんな事を考えていると、後輩が一人、すすっと近づいて来た。

「先輩、先輩」

「うん? ああ、どうした?」

「どうしたじゃないですよ! あの方」

「マテ。口には出すな」

 ストップ掛けたら察したらしい、黙った。よし、いい子!

「……これ、例のクッキーの件の対策ですか」

 代わりに核心を突いた質問されたがな!

 まあ、コイツラは学園に来ることもあるので団長から大体の事は聞いているんだろう。うっかり口にしてコイツラが巻き込まれでもしたら面倒なことこの上もないからね。

「そういう事だ。他言無用にな」

「了解です。それにしても」

 なんとも言えない顔で、生徒たちと戯れている殿下を見る後輩。


 うん、気持ちはわかるから、取り敢えずお前たちは普通にしてなさい。これ以上、絡んでくることはないと思うから。


 一応、手伝いの名目で来てるんだし、大丈夫だと思いたい。今以上に絡まれても困る。

 まあ、なんだかんだで騎士科所属の生徒全員が治験対象となり、治験期間は一か月と決まった。つ-か、生徒全員プラス教師陣ってかなりの人数だけど、費用とか大丈夫なんだろうかと心配してたら、そこは国からちゃんと予算が下りてるから心配いらないと言われたよ。自国の騎士用にまずは開発することになったので、きちんと国として予算を組んだそうだ。

 この辺りは大公殿下が絡んでるからだろうなとは思った。魔道具開発の責任者って印象が強かったんだけど、軍務大臣でもあるんだって、このお方。全騎士団と魔導師団を統括する立場なんだってさ。ついでに言えば、大公妃殿下が普段から薬学研究所に色々と提供しているらしくって、こういった事情が重なって今回の無理もわりとすんなり通ったんだと。


 なんかもう、俺にはよくわからない世界だ。


 その後もなんだかんだ言いつつしっかり交流し、なぜか俺が大公殿下と一騎打ちするというよくわからない展開もあったが、概ね平和に終了。体力回復に関する報告書は学園長自らがまとめてくれることになったので、お任せすることに。解呪の件は学園側には秘密なのでどうしようかと思ったんだけど、ミサキがこっそり確認しに来てくれることになった。マジ感謝。


 とにかく、これでひとまずは手当たり次第に下僕化される心配はなくなっただろう。

 ひと安心だ。




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