26 夏休み中の出来事
久しぶりにのんびりとした休暇から戻ってまいりました。
いやぁ、本当に楽しかった! 若干の予定外はあったものの、全体的には実に有意義でしたよ。エレーヌともたくさん一緒にお出かけ出来たしね!
で、気分良くアルマクから戻って来たわけですが。
予想通りと言うか、俺たちがアルマクへ行っている間にヒロインが来たらしい。当然、門前払いだが。
「坊ちゃまにご招待を受けたそうですよ」
その時の状況を、さっきからやけにニコニコしながら執事が報告してくれているんだが……いや、ちょっと待って。マジで怖いんだけど!? 何言われたの!
「ウチの息子があの問題児を招待する理由ってなんだろうねぇ。レティの件で色々と腹に据えかねているのに」
執事は怖いがそれを極力表に出さないように注意しつつ答える。コイツもそろそろ次代に譲って引退を、なんて言ってるのを俺が無理言って引き留めているから、怒らせるようなことをしないでほしい。切実に。嫌気さして辞めたらどうしてくれる。
「そうでございますね。嘘をつくにしても、もう少しそれらしい理由を考えていただきませんと。まあ、どのような理由があろうと旦那さまのご命令が最優先でございますので、屋敷内に招き入れることは致しませんが」
うん。そうだね。その辺りは信頼しているので、こちらとしても何も心配はしてないよ。でもね、あのヒロインがそんな理由を思いつけるような頭をしてたら突撃訪問なんてしないと思うのは俺だけかな。
「最も、あれだけ坊ちゃまに疎まれているにも拘らず、それに気づかぬようなとても幸せな性格をしているようですから、そのような考えに至ることが難しいのかもしれませんね」
ああ、やっぱりそう思ってたのね。良かったよ、俺だけじゃなくて。
「あのお嬢さんの事だ、どうせ有り得ない事をまた口走っていたんじゃないんか?」
確認するように尋ねると。
うっわ、執事の笑みが深くなったよ! 怖いってばっ!
「ご令嬢が仰るには、レティシアお嬢さまの我儘で坊ちゃまを縛り付けているのだそうです。ですので、解放してあげなければならない、その為にはご自分と恋人になるのが最善で、それを坊ちゃまも望んでいるのだと仰っておりました」
「……何が最善なのか全く分からないんだが。つーか、シルヴァンがアレを望む理由が皆無なんだが」
「同感でございます」
にっこり執事が答える。うん、それは怒るね。怒っていいよ、俺が許す。つーか何様だよヒロイン! すげー上から目線だな!
あれっだけ露骨にシルヴァンに嫌悪されていて、なんでそんな自信満々なの? ゲームだってシルヴァンは攻略難易度がやたらと高くて簡単には落とせない仕様じゃん。しかもゲームと違ってちゃんと本人には自我があるからね。当たり前だけど。
「まあ……実害がなかったのであれば、取り敢えずは放置でも構わないんだが。一応、バロー男爵家へは苦情を入れておいてくれ」
「畏まりました」
一礼して退出する執事をなんとなく目で追いつつも、考える。
今はまだ、攻略二年目。本当にシルヴァンを狙っているなら、他の攻略対象者との親密度を上げるのがゲーム上の流れではある。だけどあのお嬢さん、他の攻略対象者との親密度を上げようとはしているようなんだが、あまりうまくいってない。いま、比較的うまく攻略出来てるのって、二人だけなんだよな。ヤンとジェレミーだけ。それも、ヤンに関していえば、どうも友人と言う枠からは出ていないような気がする。報告を聞いている限りでは。
「リオネル殿下に至っては接触すらできんだろうしなぁ……マリウス殿下もヒロインの事はどうでもいい感があるし。まあ、当たり前か」
良くも悪くも、マリウス殿下はレティ以外は眼中にない。本当は、ヒロインと意気投合してくっついてくれれば一番簡単だったんだけどさ。さすがにそうはいかないね。
「殿下もなぁ……あの、二重人格っぽいのが。いつからあんなになってしまったんだか」
小さい頃は明るくて活発な男の子だったのに。
いつの頃からか、喋らなくなり、表情が乏しくなり、気づいた時には生気のない作り物めいた表情しか見せなくなっていた。何が殿下を変えてしまったのかはわからないけど、幼い頃から知っているだけにあの変わりようが本当に残念でならない。いやまあ、確実に王妃殿下が原因のひとつだとは思うんだが、それでもなんでああなってしまったのか。
ここ数年はレティの件があるので良い印象はないんだが、本当に好奇心旺盛な可愛い王子だったんだよ。わんぱく小僧だったけど。近衛時代、どれだけ追いかけまわした事か。
「あ~……でも、レンブラントが言ってた魅了魔法のアイテムってのも気になるしな」
ふと思い出すのは、アルマクでレンブラントからもたらされた情報。
あれ、よくよく考えたらかなり重要な気がしてきたんだよね。だってゲームだとレティ、色々と拗ねらせすぎてやらかしまくってたけど、嫌がらせにしろなんにしろ、基本には自力だったんだよ。俺、妹がやってるのを横で見てて、この子こんな可愛いのになんでこんなに腹黒で攻撃的なんだってドン引きしてた覚えがあるもん。
本当にね、ゲーム内のレティは狡猾で、自分の望みを叶えるためには平気で人を罠に嵌めるようなことをする子だった。大概の事は自分で考えて実行してたし、それが出来る子だった。悪い方に振り切れてたけど、ある意味ハイスペックだったんだよ。
そのレティが態々伝手を頼ってまで入手して、使おうをしてたアイテムだろ。ヤバいなんてもんじゃないんじゃない?
「しっかし、王宮で伝手、ねぇ」
基本的に、王宮へ出入りする人間は例外なくその身元を確認されることにはなっている。でも実際には、身分が確かな者についてくる従僕なんかはフリーな事が大半だ。連れて来た人間が、自分が保証します、何かあれば責任は負います、という前提条件はあるけどね。
「後宮は……まあ、大丈夫か。問題は王妃殿下がいる後宮もどき、だな」
これもね、何とも面倒な事に王妃殿下って正確には後宮にはいないんだよ。後宮内に、王妃殿下の部屋はあるんだよ? でも、ここだと懇意にしている商人や占い師と頻繁に会えないから嫌だとごねにごねて、位置的には後宮の端だけど外宮と呼ばれる色々な人が割と頻繁に出入りするエリアに専用の部屋を作らせたんだ。と言うか、建てさせた。新しく。
これもね、建てた時にひと悶着あったわけですよ。
だって、小規模とは言え王宮内に新しく建物を建てるわけだから、当然だけど資金ってものが必要になるわけです。
で、陛下。建ててやってもいいが、その代わり王妃に充てられている年間予算を現状の四分の一にする、それを十年だと言ったわけです。
そう言われて王妃殿下、どうしたか。新しい建物って方に注意が行って年間予算の事を聞き飛ばしてたらしいんだ。陛下も口頭では後で何か言われるかもって考えてたみたいで、書面でキッチリ契約させる周到さ。
結果、使える予算を大幅に減らされたと知った王妃殿下が陛下に猛抗議。陛下は王妃殿下のサインが入ったその承諾書を見せてお前が承諾したんだろーがと説教して一蹴、王妃殿下、地団駄踏んで悔しがるもさすがにどうする事も出来ずに、ますます公務に顔を出さなくなり……あ、いや。元から仕事してねーな、あの人。まあ、王妃殿下が公務に顔を出さなくなってなんか困った事態になったかっつーと逆で、色々と滞りなく進むようになったという……なんか陛下、それ狙ってわざとやったんじゃねーのかと当時は思ってた。つーか俺の周囲、みんなそう思ってた。だって本当に、あの人いらなかったし。
「ん~……」
どうすっかな。場所が王宮だと、さすがに何時ものように探りを入れるわけにもいかない。だがしかし、魅了系アイテムの出どころは気になる。
「……やっぱり、バロー嬢に監視を付けるか」
攻略がうまく行ってないんだから、ゲームの知識を利用してそれを手に入れようと画策するかもしれない。普通なら絶対に無理だと思うんだが、どうにかして王宮に入り込む手段を見つけそうな気がするんだよね。たぶん、俺が知らないだけで抜け穴があるんじゃないかな。あのお嬢さんを野放しにしておくのは、ちょっと色々な意味でマズイ気がする。
「お父さま、いまよろしいですか?」
考え込んでたらレティが来たよ、珍しい。
扉からチョコっと顔をのぞかせて尋ねてくるその姿の可愛い事! 妖精さんか!
「どうしたんだい?」
内心の激萌えを隠しつつ声を掛けると、ちょっと困ったような顔をして入って来た。
うん? マジでどうしたのかな?
「お父さま、あのね」
「うん」
「ディオンのお友達で、騎士科に在籍している方がいて」
「うん?」
ディオンの友達?
「ジェレミーさまって言うんですけれど」
「あ、団長の息子だね」
俺がそう指摘すると、レティがきょとんとした。
あれ、覚えてないのか。多くはないけど、会ったことはあるんだけどな。
「おじさまの?」
「そうだよ。レティ、会ったことあるけど覚えてないかな?」
「そうなの?」
小首を傾げて考え込んでる。完全に忘れてんな、これ。
まあ、会ったことあるっつっても小さい頃に数えるほどだし、挨拶したくらいでお喋りもしなかったしな。シルヴァンも一緒にいたし。そうか、シルヴァン来てからレティ、シルヴァンにべったりだったな。
「で、ジェレミーがどうしたの?」
「あ、そうだったわ。あのね、来月だったかしら、騎士科の郊外授業があるらしくて。実戦も兼ねているらしいんだけど、魔法科から同行する人たち、回復魔法の使い手が少ないんですって」
言いたいことは分かった。でも、そこでレティに打診してくる理由は何かな?
「一緒に来てくれって言われた?」
「はい」
「教師から要請は?」
「なにも。だから、お父さまに相談しないと無理ですって言って返事は保留にしてもらってるの」
うん、良い判断だよレティ。
確かにレティは光魔法の適正有りって知られているし、そっちの訓練を積んでいる事も知ってる奴は知ってる。当然、団長は知ってるからジェレミーが知っていても不思議はない。だが、直接レティに打診してくる理由は何だ?
嫌な予感しかしねーな。唯一、ヒロインの下僕と化しつつあるジェレミーからの要請だし。
「わかった。私から学園に問い合わせてみよう。ジェレミーには私の許可が下りなかったと言っておきなさい」
「はい。ありがとうございます、お父さま」
にこっとするレティが可愛いっ!
ああもう、任せておきなさい、不穏な動きを見せている連中はお父さんが根こそぎ始末してあげるからね!
「あ、あとね」
「なんだい?」
「その……ジェレミーさまに、初めましてって言ってしまったの。とても驚いた顔をされていたから、どうしたのかと思ったのだけど……」
ああ、なるほどね。
そりゃ、ジェレミーにしてみりゃ驚いたというかショックだっただろうさ。団長から聞いてた限りじゃ、ずっとレティに片思いしていたんだろうし。事実、団長からもシルヴァンと婚約していなかったらウチの息子と婚約させたかったなんて言われたしね。何度も。
でもまあ、これでジェレミーもわかっただろう。レティにはまったくその気がないってな。むしろ、これで諦めつくんじゃね? 本人から引導渡されたようなもんだしな。
「まあ、会ったことがあるとは言っても小さい時だったからね。わからなかったのは仕方ないと思うよ。ただ、ジェレミーも近衛騎士を目指してると聞いているし、今後はシルヴァンがらみで会う機会もあるかもしれなからね。これで顔は覚えただろう?」
「はい! おじさまのご子息ならきっとお強いんでしょうね」
「まあ、そうだね。いい線行ってると思うよ」
シルヴァンには勝てないけどな。
「今回は急なお話だったから戸惑ってしまったけれど。きちんとした要請だったらお手伝いに行ってもいいですか?」
「内容によるかな。まあ、また同じような事があったらその場で返事はしないで相談しなさい。いいね」
「わかりましたわ。お父さまに確認してもらうのが一番ですものね」
ニコニコとレティが返事してくれました。物わかりのいい娘でともて助かります。
レティもね、きちんとミサキから学んできちんと訓練も続けてるから、そう言った機会があれば役に立ちたいって考えるのは自然だとは思うんだ。ただ、今はまだ関わらせたくないというのが本音。バロー嬢や王妃殿下がどこに罠を仕掛けているかわからんし、レティの稀有な力を狙ってるやつも少なくない。せめてもう少し、色々な面での自衛が出来るようになるまでは、あまり不特定多数と関わらせるようなことはしないほうが無難だろう。
「あ、そうだったわ。お父さま」
「ん? なんだい」
「あのね、近いうちにお友達をお招きしたいの。クラスメイトでね、ルシールとも仲が良くて」
おお、レティのお友達か。
「ああ、かまわないよ」
そう返事をして、詳しいことが決まったら教えてねとお願いして一週間後。
本日、レティのお友達が来ました。
全部で三人。ルシールは元からの友達だけど、他に新顔が二人。ひとりは子爵家のご令嬢で、もう一人は特待生枠で入学したお嬢さんだそうです。お父さんは王宮で下級文官として働いているんだって。
学園に入ってから出来たお友達です。学園生活二年目にして、友達を連れてくるなんて初の事ですよ!
入学早々にお友達が出来たのーって可愛く報告してくれたので、楽しく学生生活を送れているんだろうなとは思ってたんだけど。お友達の家に行くとかもなかったから、ちょっと心配してたんだよね。ほら、ウチも色々あるので、やっかみとかあるからさ。
でもまあ、楽しそうで何よりだわ。お友達を我が家へ招くにあたって、平民の子もいるのであまり堅苦しくしないように、でも貴族の子もいるので失礼のないようにしたいのだけれど、どうしたらいいかって事前に執事と侍女長に相談してましたよ。うんうん、ちゃんと考えてるね。良い子!
楽しそうにわいわい話している姿を少し離れた所から様子を見つつ、俺は出るタイミングを計ってます。
思い出すのは、昨日の事。いや、ね。ちょっと娘から不思議なお願いをされまして。それを実行すべくこうして待機しているわけなんだが……なんで俺、呼ばれたんだろうな?
改めて考えてみても、よくわからん。
だって、娘のお友達だよ? 彼女たちのお父さんと同じ世代なわけですよ、俺は。娘たちのお茶会に父親が同席って、どうなのよって思うじゃん。
でもね、なんか一生懸命にお願いされたわけですよ、愛娘から。可愛くお願いなんて言われて、ダメなんて言えないじゃん!
そんなわけで、こうして待機しているわけなんですが……お、話がひと段落したみたいだね。チャンスかも。
「レティ」
すっと近づきつつ声を掛けると、こちらを見たレティがぱあっと笑顔に。あああ、ウチの子可愛いっ。
「お父さま!」
席を立って隣へ来いと手招きする娘の横に付くと、お嬢さん方に改めてご挨拶。
「ようこそ、お嬢さま方。当主のルシアン・グランジェです」
娘のお友達だからね、愛想よくしなければ。
そう思ってにっこり微笑んで見せたら、新顔の二人が頬を赤く染めて……あれ? やりすぎた? いやいや、普通に挨拶しただけだだよな、俺。どこに照れる要素あった?
「お久しぶりですわ、おじさま」
「ああ、ルシールもいらっしゃい。学園では才女ぶりを発揮しているそうだね。ディオンから聞いているよ」
「ふふ、シルヴァンさまのおかげですわ」
そうだね、君はシルヴァンによく勉強を教えてもらっていたものね。
「あ、あのっ。ソラン子爵家次女のハンナです。本日はお招きいただきまして、ありがとうございますっ」
「堅苦しい挨拶は結構ですよ。娘の友人でしたらいつでも歓迎します」
アワアワしてるこの子が子爵家のご令嬢か。人見知りするタイプと見た。ソラン子爵だと文官の家系だったかな。確か現当主が貴族院に勤めていたはず。
「ベルです。平民ですので姓はありません。お目に掛かれて光栄です、グランジェ伯爵さま」
「ようこそ。ディオンやルシールと成績トップを争っている友人というのは君かな? レティからよく話を聞いているよ」
こちらは平静を装いつつも、顔は真っ赤だ。耳まで赤くなってる。初々しいねぇ。
二人とも、あまりつつくと卒倒しそうだな。やんわり対応するのがよさそうだ。
「お父さま、お時間があるなら少しお話して行って? さっきね、お父さまの話をしていたの。そうしたらハンナもベルも、お父さまのお話を聞いてみたいって」
娘に可愛くおねだりされたので、少しだけ同席することに。まあ、昨日のうちにお願いされていたからだけどな!
どうやら友人二人には内緒だったらしい。前から俺に興味津々だったらしいよ、この二人。なんでも巷では、騎士の名門グランジェ家の当主が騎士から魔道具職人に転身して事業を起こし、成功しているって事で、未だに話題に上がるらしい。まあ、貴族の当主が職人になるなんて普通は有り得ないだろうしな。しかも、花形と言われる近衛を辞してまで。
そんな変わり者の当主の娘が同じクラスになったと知って、二人とも話をしてみたいって思ったんだって。で、実際に話をしてみたらちょっと抜けてるけど素直で反応が可愛い、平民にも態度を変えないのが好印象だったようで、だんだん仲良くなったようだ。
うん、二人とも普通にいい子だね。レティとも本当に仲良くしてくれているようで、安心した。俺への繋ぎ目的でレティと仲良くするように言われている生徒がいるの知ってるから、ちょっと心配だったんだ。俺だって全てを把握しているわけじゃないからさ。
「レティちゃんのお父さま、本当に素敵ね。お兄さまだって言われても違和感ないもの、私のお父さまとは全然違うわ」
これはハンナ嬢。まあ、ハンナ嬢の父上は俺よりも十は年上のようだから、仕方ないんじゃないかな。俺はまあ、実年齢よりはかなり若く見られるしね。
「そうでしょう? お父さま、本当に素敵なのよ! お母さまと一緒にいるお姿とか、もう、うっとりするくらいキレイなの!」
待て待てレティ、待ちなさい。
ちょっと落ち着こうか。
「そうねぇ。おじさまって、おばさまが側にいるのといないのとでは雰囲気が違ってくるものね」
「だってお父さま、お母さまの事が大好きだもの」
「そうね、それは見ていればわかるわ」
やめなさいレティ! お願いだからやめてっ!
ルシールも話を合わせなくていいから!
「グランジェ伯爵さまの愛妻家ぶりは有名ですものね。私の母が羨ましいって言ってました」
ニコニコとベル嬢が肯定してきますよ!
マジやめて赤面しそうっ。
「夜会でも、とても仲睦まじい姿をよく見かけると両親も言ってました。本当にお似合いのご夫婦だって。奥さまへは先ほどご挨拶させていただきましたけど、本当にお綺麗な方ですね。私、お姉さまとお呼びしたいくらいです」
どこかうっとりした顔でハンナ嬢が言ってるんだが……いや、奥さん綺麗だよ、うん。いくつになっても可愛いし、俺にはもったいないくらい出来た奥さんだし。でも、お姉さまって何?
話題が奥さんに移ったことでちょっと冷静になれた。助かった。
つーかまあ、要約するとハンナ嬢は俺の奥さんのファンらしい。何でと思ったら、小さい時に俺の奥さんが容易く暴漢を叩き伏せたのを見たことがあったんだそうな。どう見ても良家のお嬢さまなのに、信じられないくらい強くてびっくりしたんだって。
いや、奥さん。暴漢って何。俺、そんな話聞いた事ない気がするんだけど!?
ハンナ嬢が見たって言うなら、すでに俺と結婚してるしレティもいるよな。つーか、もしかして護衛も付けずに出歩いてたって事?
これはちょっと聞き流せない案件。
まあ、それは後でしっかりじっくり聞くとして、だ。ハンナ嬢、我が家に来てレティと一緒に出迎えてくれたのがあの時のお嬢さまだとすぐわかって、驚いたらしい。思わずレティにお姉さまですかって聞いたんだってさ。うん、レティは奥さんに似てるからね。
で、レティに姉じゃなくて母親だと紹介してもらって二度びっくり。どう見ても姉妹にしか見えないと口走ったもんだから、奥さんご機嫌だったみたいよ。奥さんも実年齢と外見が一致しない人だからねぇ。
その後も少し話をして、後はお嬢さんたちで過ごしなさいと席を立った俺は、その足でエレーヌの元へ。
さっきのハンナ嬢の話を聞くためですよ。昔の事だろうとエレーヌに攻撃仕掛けたバカを許すはずがないだろう。つーか、そんな大事な事を黙ってるなんて、奥さんにもちょいとお説教しなきゃならん。
執事に確認したら自室にいるそうなので、急ぎ向かいます。
ノックすると、中からエレーヌの声。
一声かけて扉を開けると、エレーヌが小首を傾げて俺を見ている……ちょっと、可愛いんですけど!?
「旦那さま。どうかなさいましたか?」
刺繍をしていたらしいエレーヌが立ち上がろうをしたのを手で制し、近づくと隣に座る。
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「なんでしょうか?」
「正直に答えてね。レティがまだ小さい時だと思うけど、街で暴漢に襲われたことがある?」
尋ねた瞬間、ふいっと視線をそらされた。確信犯か!
まったく、この奥さんはっ。
「エレーヌ」
少々声を低くして呼ぶと、観念したようにこちらを……いや、その上目遣いはやめてくれないかな、グラッとくるからやめて本当に。お説教出来なくなるでしょ。
「エレーヌ。昔の事だし、今更蒸し返すような事でもないが……お願いだから外出するときはきちんと護衛を付けて。君に何かあったら私は正気を保てなくなるからね」
つーか、間違いなく狂う。エレーヌいないとか絶対に無理!
「……ごめんなさい」
しゅんとして謝る奥さんが……! 可哀そうだけど、とてつもなくカワイイ!!
ヤバイなんだこれ無理だ俺には説教なんぞ出来ん。……いやいや、それじゃ来た意味ないだろ、もうちょっとがんばれよ、俺。
「いや、わかってくれたならいい。でもどうしてそんな事をしたの?」
ダメだ、頑張れなかった。
ちょっとくらくらしつつも、気になっていた部分を聞いてみる。基本的に慎重派の奥さんが、街中でそんな注目を集めるような事を進んでやるとは思えないんだよね。
そうして、エレーヌが話してくれたのは。
完全に巻き込まれただけだった。自分から首突っ込んだわけじゃなかったよ、良かった! いや、良くないけど。
「丁度、お隣のクーデターが失敗に終わった時期ですわ」
「ああ~……我が国も一時的に治安が悪化してたしねぇ」
そうなんだよ。あの当時、街の治安はお世辞にもいいとは言えなかったんだ。隣国で王の叔父が起こしたクーデターがあっさり鎮圧されたまでは良かったんだが、周辺各国は残党の流入を警戒して一時的に国境を封鎖、だけどすでにあちこちに残党は入り込んでた。その所為で一時的に治安が悪化、国境封鎖で流通が止まったもんだから市井は大混乱だった。
とういうか奥さん。なんでそんな時期にあえて一人で外出したのかな?
一番の問題はそこですよ。普段と違い、隣国の残党に紛れてよろしくない連中が流入して治安悪化が問題視されていた時期だよ。なんでそんな時にお出かけするの。
「……旦那さまのお誕生日が近かったんですもの」
拗ねたように言われて、今度こそ俺、撃沈。
待ってホントに待って、潤んだ目で上目遣いはヤバいからっ! 俺の忍耐力試してんの!?
「気持ちは嬉しいよ。でも、君に何かあったら元も子もないでしょ」
内心の葛藤を隠しつつふんわり抱きしめると、腕の中で小さくゴメンナサイと呟く声。
あああもう、マジ可愛い!! 結婚して! いや、結婚してんな、俺の奥さんだった。落ち着け俺。
「覚えておいて。私は君なしでは生きられないからね」
力を入れすぎないように、ぎゅっと抱きしめる。
マジ可愛い良い匂いする……ホントにもう、どうしてくれようかこの可愛い奥さん。
大切にする以外の選択肢ないけどね!




