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*閑話* レティシア

本日、二話投稿。二話目。


 ルシアン・グランジェという男は未だに優良物件と称される存在だ。


 名門グランジェ家に婿として入り、早々に爵位を継いでからも順調に功績を重ねて単独で男爵位を賜り、更には近衛騎士を辞した後に始めた魔道具関係の事業が軌道に乗って国内有数の資産家となった。


 プライベートでは学園時代の同級生でもあったエレーヌ夫人との間に娘が一人と、遠縁から引き取った少年を息子同然に育て、娘とその少年がこの度めでたく婚姻して数年後に伯爵位を継ぐことも決まり、家としても安泰。


 本人は三十代後半という年齢ではあるが、未だに二十代後半で通用する若々しさに加え、涼し気な印象の美丈夫。近衛騎士として王宮勤めをしていた時の経験から所作も美しく物腰も柔らか、基本的には穏やかな対応をするので人に悪い印象を与えることがほとんど無い。大概のことは卒なくこなすことから、基礎能力が高い事も伺える。


「以上の事から、未だに旦那を落そうとするおバカさん達はたくさんいるわけですよ。で、旦那を落そうとするならどうしたって奥様の存在が邪魔でしょ。でも、奥様もああ見えて強いですからね。そうなると、一番弱い所を突こうとしてくるわけです」

「それが、私なのね?」

「そうですよ。お嬢もそこそこ強いですけど、旦那や奥様みたいに直接的な戦闘が出来るわけじゃないでしょ。実戦経験は皆無だし」

 ザックに指摘されて、レティシアがぷくっと膨れる。

 レティシアもバカじゃない、ザックに指摘されたことは自分なりに理解している。自分が両親やシルヴァンのように戦えない事もわかっているし、実戦経験がないのも事実。いくら鍛練を積んでいても、経験がなければいざという時に動けないだろう事は自覚していた。


 ある程度の安全が確保された訓練と実戦とでは、何もかもが違いすぎる。


 これは自分を守って幾度となく戦闘を繰り広げて来た護衛達やルシアン、シルヴァンの姿を見ているからこそ言えることだった。

「なんでまあ、お嬢がエルさんに結界関係の魔法を教えてもらうっての、個人的には良い選択だとは思います。ただ、旦那や若にそれを言ったら間違いなく猛反対されますけど」

 過保護ですからねぇと呆れ気味に呟くザックに、レティシアも頷く。

「わかってるわ。だからザックに相談したんじゃない」

 ルシアンの従者であるザックは、レティシアにとっても頼りになる存在だ。条件さえそろっていれば、ルシアンに内緒の相談事をする相手としては最適ともいえる。しかし、その条件は楽なものではない。ザックはあくまでルシアンの従者であり、彼に絶対の忠誠を誓っている身だ。ただし、融通が利かないわけでもない。


 要するに、その辺りの折り合いをうまく調整できるか、だ。


「そんな相談されて、俺が旦那に黙っているとでも?」

「何れは言うでしょうけれど」

 レティシアがあっさりとそう答えると、ザックは意外そうな顔をした。

 普段のルシアンとのやり取りを見ているととてもそうとは思えないのだが、ザックはルシアンに忠実だ。主の不利になるような事は絶対にやらないし、そういった状況になりつつあればどんな手を使ってでも回避する。その能力を持ち合わせている。

 今でこそ従者として普通に姿をさらしているが、かつては影としてルシアンに仕えていたので、こうして普通にルシアンの側で過ごすようになったのは、ルシアンが近衛騎士を辞してから。いまは従者兼護衛として、その有能さを発揮している。

「私が結界術を使えるようになればお父さまの負担を減らせると思うの。なによりお母さまがまたあんなことになった時、私ならお母さまを守れるわ」

「それは……かなりポイントが高いですねぇ」

 レティシアからの提案に、ザックは呻いた。

 主であるルシアンにとっての絶対的な存在、それは妻であるエレーヌだ。そこを守れると断言するのは、ルシアンをよく理解している証拠でもある。

「でも、お嬢。無理に覚えなくても今まで通り守られてりゃいいじゃないですか。別に誰も責めませんよ。治療系の魔法も浄化系の魔法もミサキさんに指導を受けて上達してるんだし、それだけでも十分なのでは?」

「そうかもしれないけれど。でも、私は嫌なの」

 家族が大切にしてくれるのは、とても嬉しい。だけど、守られるばかりでは申し訳ないとも、レティシアは思っている。

 名門と謳われる騎士の家系グランジェ家の直系、直接的な戦闘には向かないとわかってはいても、大人しく守られるだけの存在にはなりたくないという矜持は持ち合わせていた。この辺りは愛らしい容姿ながらも最強と名高いルシアンの娘、その血を色濃く引いているなと思わせる意志の強さだった。

「ね、お願い。ザックならお父さまたちに内緒で、お姉さまに連絡を取る事も出来るでしょう?」

「本気ですか、お嬢」

「本気よ。だからザックに話をしたんじゃない」

「なるほどね。いい選択です」

 にやりとザック。

 元から反対する気などなかったザック。これまでのやりとりは、レティシアがどこまで考えての事なのかを確認していただけだったりする。

「では、エルさんには俺から話をしておきましょう。ですが、お嬢。ご自分でエルさんを納得させるんですよ。その程度も出来ずに守る側になりたいなんて有り得ないです」

「大丈夫。ちゃんとお姉さまを説得して見せるわ」

「了解です。まあ、旦那や若への対応はお任せください。お嬢が納得のいく仕上がりになるまではバレないように工作しますんで」

「お願いね。頼りにしてるわ」

「はいはい、お任せください。それはそうとお嬢、さっき言ったことは忘れないように。現状、この家で一番の弱点はお嬢ですからね」

「もう、わかってるわよ、そんなに何度も言わなくても」

「そうやって、膨れっ面している内は信用ならんですねぇ」

 子供じゃないんだからと呆れ気味に続いた言葉に、レティシアの頬が膨らんだまま戻らない。

 まあ、ザックも本気で言っているわけではない。ただ、まだ子供っぽいところがあるレティシアは素直すぎるところがあり、そこを利用されるのをザックをはじめ周囲は警戒している。貴族特有の遠回しな言い方等、会話の至る所に仕掛けられている罠に対して警戒するということをしないので、見ている方はハラハラし通しなのだ。まあ、それでもレティシアの天然な返しに罠を仕掛けたほうが固まると言った事も割と頻繁に起こるのだが。

 この辺りは現伯爵夫人の手解きもあるので、少しづつ改善はしていくだろう。まだ社交界に出たばかりだ、この辺りはこれからだ。

「ザック、レティと何をしてるんだ?」

 その声に二人が扉の方を見る。

 片手に書類を抱えたルシアンが入って来た。珍しい組み合わせを訝しく思ったのか、怪訝そうな顔をしている。

「お嬢を狙うバカどもが増えているから注意してくださいねというお願いを」

「レティを? 聞き捨てならないね。シルヴァンがらみか?」

 眉間に皺を寄せつつルシアンが言う。

「何言ってんですか。旦那狙いのバカどもがお嬢を懐柔しようと画策してる所為ですよ」

「は? 私狙い?」

「今更でしょうが。たまに夜会に出れば年齢性別関係なく群がられるのに、無自覚にも程があります」

「性別って、それなんか語弊がないかな!?」

「事実でしょう」

「いや、違うから! 何笑ってるのレティ、違うからね、誤解しないでね!? あ、いや、待て。妙なのがレティに接触でもしてきたのか?」

「その兆候があるって事ですよ。ただでさえお嬢は妙なのに目を付けられてんだから、注意して下さいねって事です。それから旦那、あんたお嬢の学友からもモテまくってんだって前から何度も言ってるだろ。その所為でお嬢も若も学園で訳の分からん連中に絡まれる回数激増してんだから、いい加減自覚しろって」

「いや、娘の同世代からそんな目で見られても」

 困惑しきりな表情を浮かべるルシアンに、レティシアが小さく噴き出す。

 実際、レティシアも学園でよく父親の事を聞かれたりするのだ。月に数度、学園へ来ることもあってルシアンを知る生徒は多く、その若々しい容姿に慕情を抱く者は少なくない。よく知りもしない学生から、ルシアンに会いたいから家に招待しろと迫られたことも一度や二度ではないのだ。ただ、その事はエレーヌには報告しているのだがルシアンには言っていなかった。口止めされたからだ。

「はいはい、旦那が奥様一筋で他の女に興味ないのはわかってますから、取り敢えず認識はしておいてください」

「私いま、何も言ってないよね?」

「言ってなくても顔に出てます」

 面倒くさそうに返すザックに、ルシアンは納得がいかないようで不満顔。そんな様子がおかしくて、レティシアがコロコロ笑っている。

 常に冷静で紳士な姿の父親が当たり前のレティシアとって、こうしてたまにザックと戯れている姿を見るのは密かな楽しみでもあった。

「ほら、お嬢に笑われてますよ。父親としての威厳をどこに捨てて来たんです」

「捨ててないから!」

「まあ、そんな事はどうでもいいんですけど、旦那」

「自分で言っておいてそんな事って。お前、年々私の扱いが雑になってない?」

「キノセイでしょ。それより旦那、お嬢、治療魔法の練習したいらしいんすよ。俺らの鍛錬の時にちょいお願いしてもいいですかね?」

「あ~……いや、お前たちの訓練だと刺激が強くないか?」

「大丈夫っしょ。つーか、お嬢が治療師になるんだったら避けて通れないでしょ。今のうちから少しずつでも慣らしていかないと、いざって時に使い物になりませんぜ」

「それはそうなんだが」

 ちらりとレティに視線を送るルシアン。娘の決意を応援してはいるのだが、親バカが炸裂して心配で仕方ないらしい。

 だからこそ、レティシアはにっこりと微笑む。

「大丈夫よ、お父さま! いざという時にお父さまやシルヴァンを治せなかった、なんてことにならないように、少しずつ慣れておきたいの。ね、お願い」

 ここで、お父さまの為、なんてことを言われれば、ルシアンは反対できない。自分がどうのというよりは、レティシアが後悔するようなことがないように。

 娘が意外と頑固なことを熟知しているルシアンは、溜め息を吐き出した。言い出したら聞かないのは承知しているからだ。

「わかった。でも、無理はしない事。ザックもしばらくは配慮するように」

「了解です」

「ありがとう、お父さま!」

 喜んで飛びついてくる娘を抱き留め、苦笑するルシアン。婚姻済みとはいえ白い結婚を貫いていることもあって、まだまだ子供っぽいところが多々ある娘が、いろんな意味で心配で仕方ない。

「シルヴァンにもきちんと話をするんだよ。いいね」

「はい。もちろんです」

 こうして父から許可をもぎ取ったレティシアが、対魔法防御では最強と言われる結界魔法を習得してルシアンを驚愕させることになるのだが、それはもう少し先のお話。




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