24 ルシアンと従者
本日、二話更新。一話目。
夏らしい日差しが多くなってきたこの季節。レティの学生生活は順調ではあるんだけど、たまにちょくちょく細かな事が起きているようだ。
その一つが、ヒロイン以外のシルヴァン狙いのお嬢さんたち。
シルヴァンが卒業したことで接触する機会がなくなったわけだが、これで諦めたかと言うと、そうでもなかった。
臨時講師と言う肩書の元に学園に残ることになったので、前よりもお近づきになりやすいと考えたようだ。何とかレティからシルヴァンの勤務予定を聞き出して、差し入れを持って会いに行こうとか言ってたらしいよ。ディオンが教えてくれた。
まあ、無理だけどね。俺がシルヴァンと共同で使ってる部屋は俺たちの許可なくして生徒の立ち入りは厳禁。二人とも不在の時は厳重に鍵をかけてあるし、警備は常にいる。シルヴァンは今はまだそうでもないけど、俺の方は色々と面倒なモノが多いので不特定多数には見せられない。何するかわからんし、探って来いと親に言われてる子もいるのは把握している。
基本的に中央とは距離を置いている身ではあるけれど、それでも政敵と言える相手はいるからさ。隙は見せられんのよ。
「以上が、若へ近づこうとしている連中になります。こちらは旦那が目当てと思われる連中です」
そんなわけで、本日もこうして色々と報告を受けているわけです。
報告してくれているのは、実家からついて来てくれた俺の幼馴染兼従者。一応、側近扱いだけどコイツには我が家の影としての役割を担ってもらってる。元々、ウチの実家に代々仕えてくれていた影の一族の出なんだよ。本来は他家に婿行くやつについてくるなんて有り得ないんだが、コイツだけはどうしても連れてきたくて、当時健在だった爺さまに頼み込んで許しを得た。おかげで色々と助けられてる。
「しっかし、相変わらず親子そろってモテる事で」
呆れ気味に言われたが、何で俺まで。俺は違うだろがよ。
「自分は違うと思ってます? それがそもそもの間違いですからね。いいですか、旦那は実年齢よりも十は若く見えるんです。二十代後半なんですよ見た目だけは。お嬢さまたちの年齢からして、二十代後半なんて普通に守備範囲、大人な男性に憧れる子たちにとっては完全に狙い目です。ああいった見た目でしか判断できない頭の足りないお嬢さんたちからしたら、見た目だけだろうと二十代に見えて金持ってて見目麗しいなんて理想なんですよ。旦那、見た目だけなら穏やかな紳士ですし」
頭が足りないって。
言いたいことはわからなくもないんだが、もうちょっと他の言い方ないのかよ。いや、それ以外にもなんか俺にも色々と言ってくれてるよね? 見た目だけって連発されてるのキノセイ?
「……もうちょっと言い方があるだろう」
「旦那は誤魔化した言い方したら理解しないでしょ」
「…………」
本当に、コイツは俺に対してだけは遠慮がない。
いや、いいんだよ、俺たちしかいない時は。俺にとっては一番気を許せる友人だし、プライベートでは主従ではなく友人として接してくれってお願いしてるの、俺だし。
コイツは俺のお願いを聞いてくれてるだけ。わかってるんだよ、それは。
まあ、こういう奴だからこそ、俺も安心して自分をさらけ出せるんだけどな。
「娘の同級生に狙われたって嬉しくないんだが」
「そりゃそうでしょう。旦那の守備範囲じゃないですし」
「お前な、誤解を招くような言い方するのやめてくれないか」
「事実でしょう」
「守備範囲云々じゃなくて、俺はエレーヌにしか興味ないの!」
「知ってます」
「……………………」
なんだろう。揶揄われてるのかな、俺。弄られてる気がするんだけど、どういう事かな。一応、俺が主なはずなんだけど?
「旦那は俺の主ですよ、間違いなく」
「心を読むのやめてくれないかな」
「旦那がわかりやすすぎるだけです」
きっぱりと言い切られた。くっそ、反論できないっ。
もうね、口じゃ勝てないのはわかってる。コイツ、これでも頭の回転は物凄く速いんだ。自身の下に、自分の手で育てた影を十人近く従えているような奴だからね。すごいよね、実家の伝手じゃなくて、一から自分で育て上げたんだよ。自分で人材確保してきて。しかも全員そろって、物凄く有能だからね。それこそ、それを知った義兄がコイツと部下全員、自分の所に来ないかって熱烈に勧誘するくらい。
「で、ふざけるのはこの辺りにしておいてですね」
「ふざけてたのか?」
「今更でしょう。で、コイツ。騎士団長の息子と外務大臣の息子とは、なんとなくいい感じになりつつあります」
「まあ、狙うならそこしかないよな」
あくまでマイペースに報告してくる幼馴染に呆れつつも、伝えられた言葉にやはりなと思う。
現状、攻略が殆どと言っていいくらいに進んでいないヒロイン、取り敢えずは攻略しやすそうな二人を先に手中に収めるつもりなんだろう。王子二人にはまるっきり相手にされていないらしいし、ディオンはヒロイン怖いと逃げ回っている。ウチの息子は言わずもがな。
「若が本命なんでしょうけど、どうがんばっても無理ですね。若があそこまではっきりと嫌悪を見せるって相当ですよ?」
「そうなんだよねぇ……でも、それが通じないんだよ」
「まあ、あそこまでお花畑だと、周囲が何を言っても聞きゃしないでしょうからねぇ」
「うん、実際に話が通じないんだ。あそこまでとは思わなかった」
「あ、そうか。旦那、前に襲撃されてましたね」
「襲撃って……控室に押しかけて来た時な。マジですごかったぞ」
「でしょうね。少し調べただけでも、絶対に関わり合いになりたくない人種です」
「俺も、出来る事なら関わり合いたくはなかった」
絡んでこなきゃ基本的には放置で、たまに様子見るだけにしておけたのに。
入学式で転生者だと確信出来てしまったから、もうそこからは完全に警戒対象でしかなかったんだ。レティが王子の婚約者になってない時点でゲームのシナリオとは違った流れになっているだろうとは思ったけど、それでも怖かった。と言うか、今でも怖い。少しの油断で、家族を失う事になるんじゃないのかって。
「旦那が何を警戒しているのはわかってるつもりです。それは出来る限り俺たちが防ぎます。だから、もうちょい余裕を持って細々したことは俺たちに任せてください。奥様が心配してましたよ」
「あ~……」
いかん、またか。
この所また色々と立て込んでたんで、ちょっと疲れが溜まってた。ちょっと休憩をって感じで、執務室で寝転がってる事が度々ありまして。
まあ、だいたい奥さんに見つかるわけですよ。で、のんびり叱られるわけです。無理するなって。バレないように気を付けてるんだけどねぇ……鋭いんだよ、俺の奥さん。普段はおっとりしているんだけど。去年も同じような状況で心配かけてるからなぁ……さすがにマズイな。あんまり心配かけるとエレーヌが体調を崩しかねん。それはマズイ。何とかせねばっ。
「旦那。何度も言ってますけど、俺の存在に気付くような人なんですよ。旦那の奥様は」
「わかってるって」
「ホントに分かってます? 影として訓練を積んだこの俺が気配を絶ってるにもかかわらず、気づくんですよ?」
「ウチの奥さん、気配読むの上手なんだ」
「いや、上手とかそう言う問題じゃないですから」
わかってるよ!
呆れ顔で突っ込まれたけど、わかってるんだよ、それは。奥さん、ある意味特殊能力の持ち主なんだよ! 生き物なら大体は感知できるんだよ! 知った時は俺だってびっくりしたわ!
いや、奥さんだって四六時中、感知しているわけじゃないんだよ。意識して探らないとわからないとは言ってたからね。だからこそ、こんな感じに忙しくしている時は奥さん俺のこと心配して探ってくるわけです。ちゃんと休んでるかなーとか、無理してないかなーとか、その辺りを見極めるためにね。なんかね、感じ方でなんとなく疲れてるんじゃないかなーとかはわかるらしいんだ。
すごいでしょ。頼もしいんだよ、俺の奥さん! もう大好きだ!
「はいはい、奥様が大好きなのは分かったから、続きを報告させてください」
面倒くさそうに言われた。つーか、なんでわかるんだよ本当に。
「だから、旦那がわかりやすいんだっつーの。いい加減、自覚しろって」
「…………」
怒られた。
そんなに分かりやすいのかなぁ。なんか納得いかない。
「旦那は基本的にはポーカーフェイスですけどね。俺には通用しませんよ」
「お前には、だろうが」
「ちょっと勘の鋭い奴なら気付くと思いますけど」
「ちょっとって?」
「俺の部下くらい」
「基準がおかしいから、それ」
お前の部下たちはちょっとって言わないから。
コイツも大概ズレてんな。
「俺が一般的な思考回路を持ち合わせていないのは今に始まったことじゃないです」
だから、なんでわかるんだよ!
「……お前、なんか妙な魔道具とか持ってない?」
「人の心を読むヤツとかですか? そんな便利なもんあったらほしいですけど。つーか旦那、作ってくださいよ」
「無理言うな」
そんなバケモノじみた魔道具なんて作れるわけがないだろう。
人の精神に直接干渉できる魔道具なんて、タブーなんだよ。もし仮に作れたとしても、かなり複雑な術式になる事は間違いないから、おいそれと作れる物でもないとは思う。近しいところで隷属の魔道具があるけど、あれは精神に干渉するというよりは制約を破った時に苦痛を与えるような仕様なので、精神に直接干渉しているわけじゃないんだ。……表向きには、だけどね。
「出来ない事はないでしょう。奴隷化する魔道具みたいに、そう言う事にしておけばいいんだし」
「滅多な事を言うな。事実はどうであれ出来ないってことになってんだから」
「面倒ですねぇ」
「建前取っ払ったら大惨事になるだろが」
色々と建前と言うか制約があるから、まだ辛うじて存在しているともいえる魔道具だ。人の手で作り出せる魔道具の中では、間違いなく最悪な部類のモノだろう。完成度によっては、まさに人を意のままに操る事も可能になるのだから。
まあ、作れる職人はほとんどいないし、作れる職人は国で厳しく管理されている。だいたいは、何らかの理由で罪人となった魔道具職人が国の管理の元に作る物だ。昔はこれを作らせるために、腕のいい職人に冤罪を吹っ掛けて無理矢理なんてこともあったらしいが、今はそれも出来なくなっている。何故って、それを作り出す職人は数か国の承認が必要だし、技術を伝えるためには承認国から派遣された立会人を同席させたうえでの継承が必要となる等、特定の国や個人でどうにかできるような事が無いように、厳重に管理・監視されている。職人本人にも制約は多く、継承は口伝のみに制限されていて、書き留めたりは出来ないような制約魔法が使われているらしい。
ここまでやっても完全に防げるわけじゃないんだろうけど、やらないよりは遥かにマシだろう。
こんな感じで、国家間で厳重に管理・調整されているのが隷属の魔道具だ。その人個人の尊厳を軽視するような類の魔道具は、個人が手を出していいモノではないんだよ。
「それもそうですね。で、続きですか。旦那が言ってた対象者でコイツに近づきつつあるのは、さっき言ったこの二人です。それ以外では、下僕化しているはそこそこいますね」
「言動はともかく、美少女と言っても差し支えない容姿だしな……惹かれるのは出てくるか」
「単純な奴ほど引っかかりやすいようです。コイツがお嬢に苛められているって言うのをそのまま信じるようなおバカさん連中だから、色々足りないんでしょうね。期末に若の世話になるのは確実だと思います」
「騎士科かよ」
まさかヒロイン、それを狙ってるとか?
「あのお嬢さんもかなり頭足りてないですから。そいつら使って若にお近づきになろうなんて考えはないと思います」
「…………」
さっきから、尽く言い当てられてるんだけど。本当にコイツは俺の心読めるんじゃないだろうか。
「何度も言ってますけど、旦那がわかりやすいんです」
「絶対、違うと思う」
「違いませんよ。現に俺、若が何考えてるかなんてわからんです」
いや、確かにシルヴァンも人前ではあまり表情変わらないけどね。でもあの子、割と感情豊かだよ? すぐに顔に出るから、俺よりはわかりやすいと思うんだけど。
「……まあ、いいや。で、背後関係は?」
「いまの所、これといって。バロー男爵も息子に縁切られて王宮に伝手はなくなりましたし、元から社交的な性格でもありませんでしたから、大した知り合いもいませんしね。だからこそ、娘をどこかの有力貴族に嫁がせたいみたいですが」
「無理だろ」
「無理ですね」
食い気味に突っ込んだら、速攻で同意された。そうだよな、やっぱり。
ヒロインの評判は、高位貴族からこそ辛辣だ。昨年の王家主催の夜会での非常識行動だけでもかなり印象悪くしてんのに、王太子殿下やシルヴァンへの付きまとい。しかも拒否されているのにしつこい。こんな爆弾娘、誰がお近づきになりたいと思うのか。
「基本的に、伯爵以上の爵位を持ってる家からは警戒されてます。まあ、息子が馬鹿で引っかかってるのは数人いますが、嫡男ではないので今の所は傍観している感じです」
「最悪、切ってしまえばいいって事か」
「でしょうね」
世知辛いねぇ。
家を継がなければならない嫡男以外は、そこまでがっつり教育されていることはあまりないからね。次男以下だと、将来的には自力で何とかしないといけない事が多い。だからこそ、ちょっとしたことでも簡単に切り捨てられる可能性は高いんだ。
そんな不安定な立場だからこそ、場合によっては嫡男以上に慎重に行動しなけりゃいけないんだけどねぇ。
「まあ、学園に通うような年になってその程度の判断も出来ないようでは、先は見えてるか」
俺も一応は伯爵家の次男として生を受けたから、嫡男以外がどんな扱いをされるかはわかってるつもりだ。とは言え、ウチは兄弟分け隔てなく育てられたけどな。次男以降が嫡男と同等の教育を受けるって、この国では珍しい方なんだよ。
「怖いですねぇ、お貴族様は」
「課されている責務を果たす、その為には身内だろうと切り捨てるのは当然だ。中央に近ければ近い程、その辺りはシビアだな」
「まあ、バカを放置して足元をすくわれたら元も子もないですからね」
「いくら我が子だろうと、家に迷惑を掛けるだけなら決断するのは当然だ」
俺はやらないけどな!
「普通じゃない旦那はそんな事態になったら家族連れて逃亡するんでしょうが」
「当然」
最悪、爵位を返上して国を出ることも考えてるよ。グランジェ家は義兄の血筋から後継を決めればいいんだし。元々婿養子の俺がこの家に固執する理由はないんだよ。エレーヌが家を大切にしているから、俺も大切にしているだけ。その家がエレーヌを苦しめることになるなら潰してしまえって思ってるし。
「ホント、そんなところは貴族らしくないんですよねぇ、旦那は」
「家族あってこそだ。だいたい、ウチの子たちが自らの意思で進んでおバカな事をするわけがないだろう」
「はいはい、愛妻家で親バカなのはわかってますから。続けますよ」
「頼む」
なんかもう、さっきから脱線しまくってる所為か、コイツの俺の扱いが雑になってきてるのはキノセイじゃないよな。
その後も色々と報告を聞いたんだが、ひとつだけ懸念事項があった。ヒロイン、王妃殿下に気に入られたらしい。
どういった意味合いで気に入ったのかはわからないが、面倒なあの二人が接近すると、更に面倒な事になりそうな予感。まあ、ヒロインの動向は今後も注視するとして、問題は王妃殿下だな。
「どうすっかなぁ」
呟きながらイスに深く座ると、ギシッと軋む音。あ、ザックは通常業務に戻りました。一通りの報告は済んだから、後は好きに妄想してろだそうです。……酷くないか!?
まあ、アイツは良いんだ。取り敢えずは。あれでも有能な事には変わりないし、最近はエルの影響受けてそっち系の魔法にも興味もち始めたらしいからな。ちなみに、そっち系って何って聞いたら、知らなくていいって言われた。そう言う返され方をされると、なんとなく怖いんだけどっ。
やべーな、あの規格外娘共の影響がそこかしこに出始めてる気がする。大丈夫か、グランジェ家。
まあ、それはともかく王妃殿下対策も考えないとだなぁ……身罷ってくれねーかな、いっそのこと。




