表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/63

23 毎月の恒例行事となりそうです


 自宅に転移門が設置されると言う、ある意味とんでもない状況に当初はかなり頭に来たけど、今は完全に開き直った。なんでかっつーと、グラフィアスの大公殿下が自分のお妃さまの護衛騎士隊との交流を認めてくださったからだ。要するにエルヴィラが所属する小隊ね、聞いた限りだとここ本当に猛者だらけなんだよ! 俺でも本気で打ち合えるぞとエルが断言するくらい、みんなとんでもねー実力者なんだそうです。中でもエルの旦那は段違い。そして、そのさらに上を行くのが大公殿下ご本人というトンデモ集団なんだと。


 だって、エルが自分が一番弱いって断言するんだよ。どんだけだよって思うじゃん。


 この実力者ぞろいに混じって鍛練を積めると言われた時は、正直言ってかなり興味をそそられた。国だとまともに打ち合える相手がいないんだよ。実力差がありすぎるとあまり鍛錬にならないからね。ミサキと知り合ってからはたまに相手をしてもらってたので、それほど腕が鈍ることはなかったんだが。


 で、本日はその第一回目となる訪問中なわけです。


 さっきまで数人と手合わせしてたんだけどね、これが本当にエルから聞いていた以上で!

 いやぁ、結構白熱したりもしてたんだけど、今は休憩中。ちょっともう、俺楽しくなっちゃってます。エルの仲間たちも気の良い連中ばっかで話していても面白いし、ちょっとここマジで楽しいかも。

「楽しそうですね、父上」

 水を取りに行っていたシルヴァン、俺の分も持ってきてくれたよ。優しい息子だ。

 ちなみに今回は特別にと、奥さんとレティもご招待を受けまして一緒に来てますよ。いま、エルの家でキッチンの見学をしつつお菓子作りに精を出しているはずです。

 なんかね、ミサキからエルの家のキッチンが凄いと聞いて一度見てみたかったんだって。あまりにも奥さんが興味津々な様子だったから、エルに聞いたら一緒においでと言ってもらえたので今回は連れてきたんだけど、大はしゃぎだったよ俺の奥さん。

「年甲斐もなく楽しんでるよ」

 受け取りながら素直にそう答えると、シルヴァンが苦笑したぞ。なんだ?

「父上が手加減なしで打ち合える相手など、そうはいませんからね」

「ん~……まあ、否定はしないが。シルヴァンとはそこそこ打ち合えるようになって来たからねぇ」

 この息子君、ここ最近は少し伸び悩んではいたけれど、それでも昨年と比べれば格段に強くなってるんだよ。きっかけはレティとの結婚だろうけど、鍛錬も今まで以上に打ち込むようになってるし、成長も目覚ましい。指導している俺としては嬉しい限りだ。

「私はまだまだですよ」

「いや、確実に強くなってる。私もあまり加減しなくなってるんだぞ?」

「そうでしょうか?」

 どこか自信なさげな声。あれ、信じてないぞ、これ。

 なんでだ? シルヴァン、確実に強くなってるよ? あれ、俺があんまり加減しなくなってきてるから、どれだけレベルが上がってるかわかんないのかな? 俺の動きについて来れるようになってきてる時点でかなりすごい事だからね?

 そう説明したんだけど、なんか納得していない。なんでだ。

「十分に強者だと思うがね、君も」

 その声と共に、ふわっといい香りが立ち込めた。

 見れば、数人の人影。しかも先頭に立つのは。

 二人して慌てて礼を取ろうとすると、手で止められた。

「気にしないでいい。エルからの差し入れだ、みんなも一休みしてくれ」

 なんと大公殿下その人が従者を連れて軽食を持ってきてくれたよ。いいのか、これ。

 ただまあ、護衛騎士の皆様方がその声に反応して、普通に手を洗ってわいわい集まって来きたところを見ると、珍しい事ではないようだ。動いて小腹も空いていたし、俺とシルヴァンも遠慮なくご相伴に預かることに。

 従者が運んできたワゴンには大皿に白く丸いのがホカホカと湯気を立てている。……まさか肉まんか? うわ、懐かしいな!

 ひとつ手に取り躊躇なくかぶりつくと、中から肉汁があふれてくる。中の具は記憶のモノとはちょっと違う気もするが、これも間違いなく肉まんだ。普通に美味い。

「父上? あの、これが何か知っているのですか?」

 シルヴァンが驚きを隠しもせずに聞いてくる。見れば、周りはほとんど同じような反応。平然としているのは大公殿下とエルの旦那さんレンブラントくらいだな。

「肉まんだろ? 美味いぞ」

 息子にも食って見ろと促す。

 あ、もしかしてこんな風に手掴みで食べたことないから驚いちゃったかな? まあ、当たり前か。俺も思わず手が出たけど、普段だったら手掴みでこんな風に食う事なんてないし。

「……頂きます」

 覚悟を決めたらしいシルヴァンも手を伸ばす。

 ひとつ手に取り、恐る恐る齧り付いて……うん、美味しいよね。顔に出ている。こんなところは幼い頃から変わらない。

「美味しいですね」

「だろ」


 気に入ったらしい。


 一口食べたら余計に腹が減ってきた。

 大公殿下からは遠慮しないで好きなだけ食べていいと言っていただけたので、俺とシルヴァンがバクバク食ってると、他の連中も手を伸ばして食べ始めた。そうそう、食べればわかるこの美味しさ! どうやら他の連中も気に入ったらしく、手が止まらない。

「美味ーい、またエルの新作か」

 一人がエルの旦那に聞いている。またってことは、あいつ前世の料理作ってるのか。で、みんなに食わしているって事だよな、この様子だと。

「前から普通に作ってるぞ」

「マジか! レシピ教えてくれ、家でも食いたい」

「伝えておく」

 ふむ、前世世界の料理はこっちでもやっぱり美味しいらしい。あー、もしかして和食あったりしないかな。豆腐食いたい。醤油たっぷり掛けて。

 そんな事を考えつつ、三つ目に手を出す。齧り付いて、気づいた。

「あれ、この味……」

 ぽそっと呟くと、レンブラントが反応した。

「ああ、それか。エルが試行錯誤して作り出した調味料を使ってる」


 マジか、味噌作ったのかアイツ!

 ちょっと感動。分けてくんねーかな、味噌汁!


 そんな事を考えつつ感動しつつ食ってる俺の様子に、レンブラントはなぜか苦笑。

「懐かしいか?」

 小声で聞かれ、速攻で頷いてしまったよ。

 まあ、知ってんだろうなとは思ってたんで聞かれるのは想定内。込み入った話はしたことが無かったけど、普段の言動でエルがあらかた話しているんだろうなって事はわかっていたからね。

「たまにね、無性に食いたくなる。自分では再現しようがなかったから、感動モノだわ」

「ああ、エルもそんな感じだった。ある日突然、ワショクが食べたいと言い出して……」

 その時の事を詳しく聞いて、俺もそうなる可能性あるなと思ったらなんか笑ってしまった。

 どうやらエル、和食が食いたくてプッツンしたらしい。で、記憶を頼りに色々と近い食材を集めに集めて暇さえあれば色々と試作し、ついに納得のいく状態のモノを作り上げたのが一昨年だとか。味噌は色々と応用がきくし保存もきく、しかし毎回自分で作るのはメンドクサイと言って大公殿下にぶん投げ……えーと、王家にそのレシピを提供、王家主導で色々と試作品を作りつつ本格的に商品化するための流れを検討中だそうです。

 すげーな、エル。食い物に対する執念というか……俺も人の事言えんかもしれないけど。つーか、日本人だよな、こういうとこ。

「今日はエルが懐かしいモノを作ると張り切っていたので、これが終わったら我が家へ案内するよ」


 おおお、なんと! もしかして念願の和食か!? すっげー楽しみ!!


 ちょっと鍛練後の楽しみが爆発しそうだったが、その後も予定通りに訓練を続けて充実した気分で解散となった。

 俺とシルヴァンはそのままレンブラントに連れられて大公邸の離れに。

 そう、大公邸の離れに住んでんだよな、エルの一家は。王宮の敷地内ってのは聞いてたけどさ。もう、このことだけでもグラフィアス王家がどれ程にエルを厳重に囲い込んでるかわかる。まあ、エルは主である大公妃殿下のお側にいるには都合がいいってんで、何も言わないでいるだけだろうけど。あいつにはどんな鉄壁の警備を敷こうと無駄だからな。

「お、帰って来たな」

 エル宅に入ると、なぜがミサキがいた。

「あれ? 来てたのか」

「エルに拉致られた」

 なに物騒なこと言ってんだと思ったら、大量に和食作るから手伝えと問答無用で連れてこられたそうだ。ホントに拉致られたのかよ。エルも強引だな。

 まあ、ミサキも料理は得意で和食っぽいモノも作りなれてるらしいから、二人で思いつく限り作ってみたらしい。部屋に入ったらテーブルがとんでもない事になってた。あ、俺の奥さんとレティも微力ながらお手伝いしたそうです。良い子!

 ついでに、俺もちょっとキッチンのぞかせてもらった。前にミサキが21世紀日本のモデルルームみたいなキッチンと言っていたのがよくわかる仕様だった。ホント好き放題に作ってるな。俺も人の事言えないけど。

 程なくして準備が完了したのでみんなで食事となったんだが、俺は猛烈に感動している! 和食だよ間違いなく! 白米に味噌汁だよ!

 傍目にもテンション爆上がりだろう俺に、最初エレーヌは苦笑交じりにあれこれ聞いて来た。

 もう、ある意味はっちゃけてる俺、小皿に取り分けた料理をエレーヌに説明しながら舌鼓。エレーヌも俺に食べ方やどういった料理なのかを聞きつつも食べてるんだけど、だいたいどれも口にあったらしい。一口食べてはちょっと驚いて見せて、それからにっこり。奥さんが気に入ってくれて、俺も余計に嬉しい! エルにレシピがどうのと聞いてたから、我が家でも再現してくれるかもしれない。してくれたら嬉しい。泣いて喜ぶ。俺が。

「はぁ~……至福……」

 久々というかこの体になってから初めての和食三昧に、もう、うっとりだよ。だって、醤油もあったんだよ! 醤油はなんと聖女様のお手製らしい。なんでも転移前に中学校のクラブかなんかで作ったことがあったらしくて、それを何とか思い出して再現したとの事。いやもう、感謝!

 というわけで、味噌はエルから分けてもらえることになり、醤油は今仕込んでいるのが出来たらミサキ経由で譲ってもらえることになった。嬉しいっ!

「あと豆腐があれば完璧なのに」

 ぽそっと呟く声にそちらを見ると。

 ミサキが味噌汁を口にしながら呟いてたよ。ああ、確かにみそ汁の具に豆腐はほしいね。でも、豆腐なんて味噌や醤油作るより簡単だろ。

 そう思いつつも、

「この品揃いで豆腐がないのは意外だな」

 正直にそう口にすると。

「にがり、だっけ? アレが見つかんないんだよ」

 と、ミサキ。

 あれ? でもにがりって。

「海水を塩が出来るくらい煮詰めた時に残る上澄がにがりになるんじゃなかったっけ?」

 確かそんな感じだったよなと思ってポロっと口にしたら。

 一瞬、エルとミサキの動きが止まった。お互いに視線を送りあって、なんか目で会話している感じで嫌な予感しかしないんだが。

「エル、海水汲みに」

「待て待て待て待て!」

 速攻で止める。コイツら絶対に今すぐやろうとしてるだろ!

「何で止めんだよ」

「落ち着け、海水は逃げねーだろ! だいたい道具どうすんだ、何もねーだろが!」

 そう指摘すれば、そういやそうだったと二人。


 コイツラは……!


 取り敢えず、豆腐は俺も食いたいし協力は惜しまないから今日の所は止めとけ色々準備も必要だろう、食事中に席を立つとかアレックスの前で行儀悪いことすんなと説得して思いとどまらせることに成功。ホンットにこの暴走娘どもっ。

 あ、アレックスはお父さんの膝の上で良い子にしているよ。気になるのをお父さんに取ってもらって食べさせてもらってニコニコしてて、めちゃ可愛い。それを見てエレーヌもレティもニコニコしててこっちも可愛いっ。

 つーかレンブラント、当たり前のように箸使っててちょっとビビった。エルの影響らしい。慣れってコワイ。


 楽しい食事が終わり、お茶を淹れて一息。


 アレックスは満腹になっておねむになって来たらしく、レンブラントが風呂に入れて寝かせてくると奥へ連れて行った。面倒見いいな。

「で、道具は何が必要?」

 いきなり唐突にミサキが聞いてくる。豆腐の続きか。エルはエレーヌとレティに捕まってて何やら相談中。なぜかそこにシルヴァンも巻き込まれてる。たぶん、キッチンの事だろうとは思うんだが、なぜシルヴァンを巻き込んだ?

「道具と言われてもなぁ」

 俺だってちゃんとした作り方なんて知らないよ? テレビとかで何となく工程は見たことあるけどさ。

 取り敢えず、ミサキとあーでもないこーでもないと思い出せる限りの情報をひねり出していると、レンブラントが戻って来た。エルに声を掛けると、その隣に座ってあちらの話し合いに加わったよ。シルヴァンと話してるみたいだから、気をつかってくれたのかな。


 まあ、あっちは任せるとして、だ。


 記憶を頼りに、だいたいこんなもんだろうと思われる道具を書きだし作業の工程もなんとなくこんな感じだった気がするとまとめて。

 後日、道具をそろえてからやってみようと言う話になった。まあ、専用の道具も作らんとならないだろうし、少し時間を取るのが正解だろう。ミサキも可能性が見えてきたことで落ち着いたからね。


 その後、キリの好い所でお開きにして俺たちは帰宅。

 久しぶりに気楽で楽しいひと時でした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ