22 父と息子の会話
俺の意図しないところで色々と事が大きくなりつつあるのが怖い今日この頃。もう一つ追加されそうだよ、厄介ごとが。
それというのも、昨年シルヴァンが規格外娘どもに依頼して作ってもらった結婚指輪。
ミサキが確立させたある特殊な方法で魔道具化させた指輪には、いくつかの防御系の付与がされている。見た目はシンプルながらも品の良い指輪でしかないので、あれが魔道具だとは気づいているヤツは少ない。まあ、あの二人が合作で作ってんだから、その辺りは計算済みだろう。前に借りていた指輪みたいに認識阻害掛けてあるし。
だがしかしっ。
あの時の指輪よりもかなり強力な認識阻害が掛けてあるのはどうしてなのかなー、考えちゃいけないんだろうけど考えるよね。というか、気になるよね。普通は。
「王宮の魔導師にも付与が見えないと言われましたが」
書類を整理しながらそんな事を教えてくれたのは、本日もお仕事を手伝ってくれております、息子君です。
最近、王宮へ行くことが多いシルヴァンは殿下付きの近衛となるために色々とお勉強中なので、王宮の魔導師と顔を合わせる機会も多いんだが、そこでよく言われるらしい。指輪を見せてくれと。
「そうだろうね。それだけ強烈な認識阻害が掛けてあれば」
指輪を指輪としてしか認識できなくなる付与効果。普通は付与魔法が使えるか鑑定魔法が使えるかすれば見えるんだが、この指輪に関しては認識阻害が前面に出ているので、それ以外の付与が本当に見えにくい状態になっている。恐らく、誰が見ても他にも何かついてるっぽいなくらいにしかわからないと思う。作った本人たちは別にして。
あいつら本当に色々とオカシイし。まあ、認識阻害が掛けてあること自体、そっち方面に適性のある魔導師でもないとわからないんだけどね。
「王宮の魔導師にもわからないって、姉上たちどれだけ優秀なんですか」
「あの二人はもはや次元が違うからねぇ」
本当にね、規格外すぎるんだよ、あいつら。
エルはグラフィアス王家が完全に囲い込んでるし、ミサキに至っては神聖国とアストラガルが後ろにいる。国単位での守りが必要な程にあの二人が生み出す魔道具は高性能すぎるのだ。扱いを間違えれば国家間での争いの元となりかねないくらいにな。特にエルはこの世界で唯一存在が確認されている召喚士としても名が知られているし、用心しすぎることはないんだろうと思う。実際、エルの主はかなり過保護らしいからね。
ただまあ、あの二人ならそんな守りがなくても自力でどうにでもするんだろうが。
「まあ、見せるくらいなら構わないが、決して外して渡したりはしないように」
「それはもちろんです。姉上たちからもキツク言われています」
「ああ、その辺りは伝えていたか」
自分の首を絞めるような真似はしないよな、やっぱり。
ただ、指輪の付与についての質問はどう答えているのだろうか。王宮にも魔道具オタクはいるし、アイツらのその辺りの知りたいと言う欲求は際限がないのは俺もよく知ってる。本当に、迷惑でしかないが。
「シルヴァンは指輪のことはどう説明しているんだ?」
「身を護る付与を付けて頂きましたが、それがどう言ったモノなのか見えてしまうとそれ以外の手段を使われる可能性があるので、敢えて隠しています、とお伝えしています」
「なるほど」
うまいこと言うな。さすが自慢の息子だ。
嘘はついてない。全ての事実を言ってないだけで。でも、そう言っておけば向こうは特定の何かだけを防げるのだと勝手に解釈するだろう。何を防ぐのかがはっきりしなければ、狙う側は手が出しにくい。綿密に立てた計画が、最後のその時に失敗する可能性があるのだ、警戒するだろう。シルヴァンはそれを狙って、ああいった言い方をしたのだ。
「そう言えばシルヴァンは何が付与されているのか知っているのか?」
ふと、気になって聞いてみた。
シルヴァン、頷いたもののなぜか腑に落ちない顔をしている。なんで?
「私がお願いしたのは、防毒です。ただ、それだけでは面白くないとミサキ姉上に言われまして」
「面白くないって」
そう言う問題じゃないだろ。
相変わらずだな、あいつは。
「他はこれと言って思いつかなかったものですから、予算内であればお任せしますとお伝えしました」
「うん、それじゃそうなるね」
好きにしていいって言われたら、ホントに好きにするよあいつらは。実験と称して色々と試しまくったんじゃねーの? だからコレだけ強烈な認識阻害掛けてんじゃね?
……うん。あながち間違ってない気がする。あいつらだし。
「それにしても、防毒なぁ」
ミサキ独自の付与効果のひとつ。
あいつが作る物は完全に【毒無効】なんだよね。しかも媚薬やアルコールの類なんかも効かなくなると言うと言う代物。要するに、服用することで命の危険があるものは当然だが、それ以外にも肉体的・精神的に通常の状態が保てなくなる類の物はすべて毒素として認識され、分解してしまうらしい。ただしちょっと厄介なこともあって、薬なんかも場合によっては毒素として認識されてしまうこともあるようだ。まあ、そうだとしても恩恵のほうが遥かにデカいから、あいつの防毒の魔道具は垂涎の品なんだけどね。俺もたまに、何とか手に入らないかって相談されることがある。無理だと断ってるけど。
「普通の解毒の魔道具とは比べ物にならない性能とは聞いていますが。現状ではミサキ姉上にしか作れないのですよね?」
「ああ、その認識で間違いない」
まあ、公表してないだけで実際にはエルも作れるしミサキの弟子であるイザークもなんとできるらしい。エルはわかるけど、イザークもって……まだ四歳だよ、あの子。マジで天才児だな。
「そこまで特殊なモノなのですか?」
「特殊というか、ミサキが独自に組み上げた術式だからね。これまで主流だったモノとは根本的に仕組みが違うから、そこを理解できる者が少ないと言うのが正しいかな」
そうなんだよ。あいつはこの世界の常識とか知らなかったから、俺たちが常識的に考えて無理と思ってるものが、なぜ無理なのかを理解できないんだ。
まあ、魔法なんてない世界から来て魔法が使えるようになった時点で、有り得なかったことが有り得るに変わったというのが大きいらしい。
俺たちが無理だと言っても、あいつはやってみなければわからないと考える。で、実際に実現させてしまう事が多いからとんでもないんだけどな。
「では、何れは父上も?」
「うーん……作れるようにはなりたいが、魔力操作がかなり難しい。いまの私では無理だね」
「父上でも無理なのですか」
なんかものすごく驚かれたけど、俺は魔道具職人としてはそんなに優秀じゃないからね? というかミサキとエルが飛び抜けすぎてるだけだから。近い将来、そこにイザークも加わりそうな気はするけど。
「それよりもシルヴァン」
「はい」
「例の女生徒がレティに接触しようとしているらしい」
「は?」
うわ、めっちゃ声が低い! こえーな!
でもまあ、そらそうだよね。大切な女性に不穏な輩が近づこうとしていると聞いてたらそうなるのはわかる。俺もエレーヌに妙なの張り付いたら問答無用で殴り倒す。
「どういった理由で」
「二年に進級する前に、学園側がレティに魔法科への移籍を提案しただろう」
「はい。断りましたよね、その件は」
「もちろん。ただ、それをバロー嬢がどこかで聞き及んだらしく、魔法科への移籍をするべきだと言ってるらしい。自分が仲良くなって説得してみると熱弁を振るっていたそうだよ」
「……レティへの接近禁止を言い渡されているはずですよね? そもそもあの女には関係のない話だと思いますが?」
あの女呼ばわりしているよ、ウチの子が! 品行方正な自慢の息子が! 思いっきり顔にも出してる!
すげーなバロー嬢、あまり感情を表に出さないシルヴァンにここまで露骨に嫌そうな顔させるとは。この一年でどんだけ嫌われたんだよマジで。
「いや、うん。気に入らないのはわかるけどね、シルヴァン。もうちょっと隠そうか」
「無理です」
「…………」
無理ですか、そうですか。
そこまできっぱり拒否されるとは思わなかった。
まあ、仕方ない。俺もアレ相手に常識的な行動を取れとは言えないし、言いたくもない。常識が通用しない相手に常識的に接しても無駄だしな。
「私の前では構わないけどね。第三者の目がある場所では気を付けなさい」
「はい。心得ています」
うん、その辺りの分別が付いているなら別にうるさく言うつもりはないよ。あまり言ってもストレスにしかならんだろうし。それに、俺としても極力関わらせたくないし煩わせたくもない。アレはもはやウチの子たちに悪影響しかないわ。
「それで、父上。向こうはレティを魔法科に移籍させたい理由でもあるのでしょうか」
「単純に考えれば、色々と冤罪を吹っ掛けやすいからだろう」
一気に室温が下がった気がする。うん、そりゃ怒るよね。当たり前だ。でもね、一番考えそうなパターンなんだよ。ゲームだとヒロインは誰を選ぼうとレティに苛められる設定だからさ。
「……それをネタに何かしらの処罰を求めると?」
「それが一番単純で楽にレティの評判を落とせる。学園内で出来ることなど限られているとはいえ、醜聞となれば学園内にだけに留まる話ではない。まして、今何かと注目されているのだから、少しの何かで決定的な醜聞に仕立て上げられる可能性もある。……これ以外に彼女がレティと接触したがる理由はないんじゃないか」
可能性のひとつとしてそう言えば、シルヴァンは苦虫を嚙み潰したような顔をした。バロー嬢はレティに良からぬ感情を抱いていることくらいシルヴァンだってとっくに気付いているのだから、俺が言ったことは否定できないんだろう。
事実、シルヴァンの隣にいるレティを物凄い顔で睨んでいた事だって一度や二度じゃない。今更仲良くしたいんですとか言われても誰も信じないだろうよ。ただでさえほとんど接触がないのだから、不自然すぎる。
「……最悪、レティにはしばらく休学してもらうのも手かと思います」
「それは最終手段だね。あの子も楽しんで通っているし、仲の良い友人たちも出来た。そもそもあの子に非はないのだから、堂々としていればいいさ。教師陣の掌握はできてる」
俺だって、ただ学園に来ていたわけじゃない。魔術オタク共の掌握や警備兵たちの印象操作、学園長はじめこの学園の重鎮たちとの関係構築と出来ることはやって来ている。若干、やりすぎた所為で余計な仕事が増えたりもしたが、この先のレティの安全を考えれば安いもんだ。
「父上は今回のような事態をも想定していたのですか?」
「可能性のひとつとして考えてはいたさ」
息子からの問いにそう答えたら、なにやら感心されたよ。
いや、だってさ。入学式の時にヒロインに遭遇してから常に警戒心MAXだからね、俺。あれ以降も遭遇する度にこちらの警戒心募らせるような言動しかしねーんだもん。いくら俺でも備えるよ。
「やはり、私などまだまだですね、父上の先見の明はすばらしいです」
「ただの年の功だよ」
息子からの過剰な誉め言葉が辛い! いやいや、ただ単にゲームの知識があるから先手打てただけだから俺なんて大したことないんだよ! むしろ首席から一度も陥落しなかった君の方が凄いからねっ。
出来る息子からの過剰な期待は心臓に悪い。なのでさっさと話題を変えよう。いや、変えたらダメだ、対策考えないといけないんだから。取り敢えず話題を俺から逸らそう。
「まあ、とにかく、だ。向こうが良からぬことを企んで仕掛けてくる可能性はあると考えておいた方がいいだろう」
「承知しました。レティにもその可能性を話しておきます」
「ああ、任せるよ。しかし……今更レティに接触しようとするとはね」
ホント止めてほしいわ。若干、ぽやんとしてるところがあってあまり人を疑うって事をしない子だから心配だったけど。さすがにバロー嬢には警戒心を持ってくれたしなぁ。……レティに警戒されるって、相当だよ?
「父上、こちら終わりました」
「ああ、ありがとう。そこの棚にしまっておいてくれ」
まとめてもらった書類は、領地に関する物。一応ね、伯爵家だしそこそこの領地は持ってるわけですよ。いま、領地の管理は義両親がやってくれてます。というかグランジェ家の伝統で、当主は王都から動かず、領地管理はそれ以外の親兄弟でってのが基本なんだって。まあ、代々騎士の家系なんで王宮に詰めてる事も多かったらしいから当然かもしれないけど。我が家も本来は義兄が家を継いでエレーヌが婿を取って領地を守る予定だったらしいよ。なんで、いま領地は義両親がしっかり管理してくれている。
さて。仕事もひと段落したので、お茶を淹れて休憩にしようかね。
ついでに、今後の対策についてもお話をしましょうかね。
侍女を呼んでお茶の用意を頼み、俺はシルヴァンとあーでもないこーでもないと意見を交わす。シルヴァンも頭の回転は速いから必要な情報を与えてやればきちんと建設的な意見を述べてくれるから助かるよ。
「では、まだしばらくは様子を見る感じでしょうか」
と、シルヴァン。若干不満そうではあるが、これは仕方ないので諦めてもらう。排除するにしても、まだそこまでじゃないから手は出せない。こちらとしても失態を見せるわけにはいかないからね、慎重にならないと。
「そうなるな。レティは普段通りに過ごせばいい。まあ、一年の時もバロー嬢は何かあるとレティの関与をほのめかすようなことを言っていたと報告は受けている。教師陣もその辺りは注視すると約束してくれているよ」
「普通科の生徒が魔法科の生徒に何かしようとするのは、かなり無理がありますが」
そうなんだねぇ、学舎が違うもん。しかも離れてるし。
「向こうの頭の中では違和感なく実行できるんだろうさ」
「話になりませんね」
鮮やかな程に鼻で笑ったよ、この子。様になってるけど。
「レティの学園での評価を考えれば、疑われることはまずありませんよ。まじめで教員からの印象も良いですし、聖属性の適性が公になってからは、特に学園もレティの周囲には注意を払ってくれています。言い方が悪いかもしれませんが、学園内での行動を常に監視されているようなものです」
「まあ、貴重な治療師の卵だからねぇ。恐らく国からもなんらかの指示が出ているだろうさ」
「父上にはそういった話は来ていないのですか?」
「判明した直後に王宮で保護したいと言われたことはあった」
「なるほど」
納得顔で頷くシルヴァン。
まあ、わからんでもないんだよ、国からの提案は。なんせ貴重な治療師の卵だ、他国へ出さない為、妙な奴に利用されないように守る為にも囲い込みたいのはわかる。ただね、レティに関してはそんな心配はいらない。王宮で保護するのって、権力等に対抗手段を持たない平民や下級貴族ってのが大前提だから。
だいたい、公になった時点でレティはすでに婚姻済みだったし、一応は王国最強と言われている俺の庇護の元にいるんだから敢えて国で保護する必要はない。この状態で国で保護する意味は、あまりないだろう。それは向うもわかってるんだろうけど、久しぶりの貴族出身の治療師だから是非とも国で囲い込みたかったんだろうね。させないけど。
「しかし、そうなると国としてもレティには魔法科への移籍が望ましかったのでは?」
「かもしれないが、本人の意に沿わない事を強要するつもりはない。それに、ミサキから直接指導を受けている時点で魔法科へ移籍する意味合いは薄いだろう」
「ああ、確かに。学園で姉上以上の指導ができるとは思えません」
ミサキの場合、治療系の魔法に関しては姉である聖女様からスパルタで叩き込まれたらしいので、そっち系でも十分に活躍できるくらいの腕を持つ。半面、攻撃系の魔法は初歩的なモノしか使えないんだけどね、あいつ。意外な事に。
つまり何が言いたいかというと、聖女様に鍛えられたミサキから指導を受けているレティは、現状では最高峰ともいえる学びを得ているという事でもあるのだ。特に聖属性魔法は元から使い手が少ないからね、魔法全般が衰退気味のこの大陸ではレティに教えられることは多分ない。すでに比べようもない程のハイレベルな内容を詰め込まれているんだからさ。
「ミサキも色々とオカシイからな。あれでもう少し淑やかにふるまえたら上級神官にでも抜擢されていたかもしれないが」
「性に合わないと逃げる気がします」
「違いない」
シルヴァンに速攻で返され、思わず笑ってしまった。
ミサキは自分で考えて動きたい奴だから、教会のような堅苦しい場所に身を置くことは望まないだろう。その代わり、自分の身に何が起ころうと全て自己責任だと言って憚らない。その覚悟を持って今の生活を続けている。ある意味、そこらの男よりもよほど男らしいし潔いよ。
「向こうが狙っているだろう事柄は理解しました。となれば、こちらとしては出来るだけ接触させないようにという方針を継続という事で問題ありませんか」
「それで問題ない。シルヴァンも気を付けなさい。正直、あそこまで常識がないと行動が読めない」
「アレを理解できたら逆に問題だと思いますが」
「うん、そうなんだけどね」
「そもそも、あんな素行不良が学園に居ること自体がおかしいでしょう。魔法科での成績が優秀でなければ当の昔に退学処分になっていてもおかしくはありません。いまからでもそうして頂きたいくらいです」
どうしよう、シルヴァンがいつになく辛辣だよ。そんなに嫌か学園に居る事すら許せないか!
気持ちはわかるよ、俺だって本音を言えばさっさと消えてほしいし関わりたくない。でも考えて対策しないと危ないんだよ、色々と! 狙いがシルヴァンである以上、絶対にレティに何かしら仕掛けてくるに決まってんだから!
だけどうん、レティの平穏な学園生活の為にも、とっとと退場して頂きたいのは俺も同意だ。
「退学までは厳しいかな。とは言え、昨年度も色々と叱責を受けているのは事実だから、次に何か問題を起こせば多少は厳しい処分も下るだろうさ」
「出来ればそろそろ引導を渡したいくらいです」
「落ち着きなさい。気持ちはわかるけれど」
かーなーり怒ってんな、これ。いかん、近い内にちょっと気分転換させないとかなり溜め込んでるっぽい。あとでエレーヌに相談しよう。
その後も色々と話しつつも、やっぱり最終的には様子を見るしかないという結論になった。
まあ、これまでのアレコレで処罰が厳しいのは事実なので、こちらとしては足をすくわれないように注意するしかない。
あ~、早くどっか行ってくれねーかなぁ……