21 夜会は高位貴族のオンパレード
数か月前に、エレーヌから聞いていた義兄主催の夜会。
開催が本日なんだが、出席者がとんでもなかった。
いや、ほら。義兄が張り切って準備しているって聞いた時から嫌な予感はしてたんだ。昨年の転移門の件もあったし。
でも、ね?
ウチに設置した転移門を使って各国の要人が次々と訪れるとか思わないじゃん! しかも事前に連絡なかったんだよどういうことだよ! 朝っぱらから公爵家の馬車が五台も押しかけて何事かと思ったわ!
取り敢えず、まだ早いんで玄関前のホールを開放して休憩してもらってますよ客人達には。いや、個別に部屋用意しようかと思ったんだけど、護衛やら何やらでかなりの人数だったんで、無理だった。準備が間に合わんし、絶対に狭い。
まあ、奥さんとレティが手分けして色々と準備をしてくれたんでなんとかなったけど、マジふざけんな義兄。ちなみに、義兄はいつの間にやら来ていて、連れて来た使用人たちに色々と指示飛ばしてるんで今は任せてます。つーか、俺に国賓もてなせとか無理だから。なんだよこの高位貴族のオンパレードは王宮じゃねーぞここ。
「何を眉間に皺寄せてんだ」
ふと声が掛かる。
「ミサキ」
規格外娘も漏れなく参加するようです。珍しく煌びやかな格好しているなと思ったら、聖騎士の制服だったよ。そうだ、聖騎士の称号もってるんだった、コイツ。
それに、だ。こう見えても某国の第三王子の婚約者だったりするんだよねぇ。今年の初めくらいだったかな、エルからちらっと聞いたんだけど、知らんうちにがっつり囲い込まれていたらしく、最近になってやっと観念したらしい。元々憎からず思っていた相手ではあったんで、照れ隠しもあって逃げ回っていた部分もあったようだ。
あいつにもそんな一面があったんだなと、なんかちょっとホッとしたのを覚えてる。今日はアストラガルの関係者枠で来たらしいんで、聖騎士の姿はその所為なのかな。なんでそうなったのかは知らんけど。
「ちと紹介したい人が居るから来い」
そのミサキに問答無用で連れて行かれた先にいたのは、長い銀色の髪に紅玉の瞳の青年。恐ろしい程に容姿が整ってるんだが魔族だよな、この人。ちょっと待って、嫌な予感しかしないんだけど。
「閣下」
ミサキが声を掛けると、こちらを見てにっこりと笑った。
「ああ、ミサキ。もしかして彼かな?」
「はい。ルシアン、アストラガルの元帥閣下」
お前、さらっと何て大物紹介してくれんの!?
待て待て待て、アストラガルの元帥って確か先の大戦で鬼神と言われた将軍……うわぁ、マジか。アシュタロト公爵かよ。
一気に緊張感が……いや、さすが魔族。とてもじゃないけど数百年も生き続けているようには見えないな。どう見たって二十代前半だぞ。
「ミサキから話は聞いているよ。アシュタロトだ」
「お初にお目にかかります。ご挨拶が遅れて申し訳ございません、当グランジェ家の当主ルシアン・グランジェです。本日はようこそお越しくださいました」
「急な訪問にもかかわらずに場を整えてくれた事、感謝する。今後ともよろしく頼むよ」
差し出された手を……取っていいのかな? ちょっと迷ったけど、握手を交わす。
すっと目を細めたその顔がまた、様になっていると言うかなんと言うか。ちょっとマジで怖いわこの人。得体の知れないものを感じる。
「なるほど。いい眼をしている」
楽しそうに呟く閣下に背中が冷たくなったが、まあ大丈夫だろう。……大丈夫であってほしい。これ以上、面倒事にはかかわりたくない。
冷や汗を隠しつつも無難に対応していると、今度はエルが。
「ルシアン、こっちもいいかな」
そう言われて紹介されたのは、小柄な女性。美人というよりは可愛らしいと言った方がしっくりくるんだけど、その醸し出す雰囲気が……
「私の主」
やっぱりか!
大公妃殿下だよ! 王族じゃねーかどーすんだよこれ!?
ああもう、顔面引きつりそうだ……しかし、そこは根性で! いつも通りの笑顔を浮かべる。……できてるよね? 大丈夫だよね、俺。
「はじめまして、グランジェ伯爵。フェリシア・ファン・デン・フェルデンよ」
「グランジェ家当主ルシアン・グランジェです。お目にかかれて光栄です、大公妃殿下」
「大公さまとエルから話を聞いて、一度お会いしたいと思っていたの」
にっこり微笑まれるその姿は、大変に可愛らしく見える。……いや、実際に可愛らしい方なんだよ。それ以上に色々と不穏なモノを感じるってだけで。
まあ、エルの主だしなとちょっと納得するモノはあった。あいつがただ恩人というだけで無条件に付き従うような性格はしていないのは、少なくない交流の中で把握済みだ。外見に似合わずに相当な切れ者だろう、この女性。
「ふふ、そんなに緊張しないで頂戴。そうだったわ、後で少し時間を取ってもらえるかしら。大公さまから個人的に提案があるらしいの」
「個人的に……ですか?」
思わずエルに視線を送るも、エルも首を横にぶんぶんふってる。知らないらしい。
え、いや、ちょっと……エルも把握してないって。大丈夫かな、何提案されんだろう。怖いんだけど。
ただまあ、この状況で俺が断れるわけがない。
「ご都合のよろしい時に近くの者へお声かけください。すぐに伺います」
「ありがとう。楽しみにしていてね」
にっこり微笑む笑顔が可愛らしいんだが、怖いんだよ!
それからしばらく我が家で一休みしてもらってから、皆さんは義兄が手配した馬車に分乗して義兄宅へと向かった。
ひとまず嵐が過ぎ去り、我が家は全員ぐったりだよ。
「もう夜会行きたくない……」
思わずボソッと呟いたら、シルヴァンも苦笑交じりに頷いてる。コイツもさっきまで、大公殿下に捕まってたんだよね。ほら、結婚式の時にエルの息子にリングボーイやってもらったでしょ。今回、エルの旦那さんも来てるから、挨拶に行ったんだよ。前回、転移門が出来た時はシルヴァンいなかったから、お礼を言いたかったみたいでさ。そうしたらなぜか近くにいた大公殿下に捕まって、そのまま話し込んでたんだ。
シルヴァンもリオネル殿下の側近となるべく、交流のある国の情報は可能な限り頭に叩き込んでるみたいだから、大公殿下が敢えて話題に挙げたグラフィアス国のことなどにも普通に答えたので、気に入られたみたい。
「お気持ちはわかりますが、大公妃殿下とお約束なさっていたではありませんか」
「いやまあ、そうなんだけど」
シルヴァンに指摘されるまでもなく、行かないという選択肢はないってわかってるよ。わかってるけど、ちょっと現実逃避したいんだよ!
あ、いや、ね。結局、俺の方がバタバタしっぱなしだったもんで、お話は夜会でってことになったんだ。おかげで参加せざるをえなくなったけどな! まあ、元から参加は決定していたし、逃げれる訳もなかったんだけどさ。
「大公殿下とも少しお話しさせていただきましたが、評判以上の方のようですね」
「ああ……まあ、相当な切れ者だろう」
なんせ、あのエルが大人しく従ってるくらいだ。
いくらあいつの主の旦那さんとはいえ、あいつが無条件につくことはないだろう。要は、あいつが手を貸してもいいと思えるほどの人物だと判断しているという事だ。
国を挙げて行われている魔道具関係の責任者として、自身の元で開発された魔道具の利権を全て手中に収めつつも、それを奪わんとする対抗勢力を難なく抑え込んでいる手腕は決して侮れるものではない。自分のことも色々と話しているみたいだしな、エルの奴。信頼できる相手と考えても大丈夫な気はするが、いかんせん他国の王族だ。油断はできない。
まあ、いつまでもグダグダしてられない。こちらも準備しないと。
後片付けと、夜会終了後に帰宅するだろう方々の対応への準備は俺とシルヴァンでやることにして、奥さんとレティには支度にかかりなさいと言って下がらせた。ほら、女性は何かと準備に時間が掛かるからさ。
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若干(?)予定外なことがあったが、バタバタと準備を整えていざ夜会へ。
我が家経由でお越しになった方々の身分を考えるとちょっとかなりコワイ夜会になりそうなんだが、残念ながら行かないという選択肢はないので、家族揃って会場となる義兄宅へ向かったよ。
なんかもうね、入った瞬間から場違い感ハンパなかった。
リオネル殿下が陛下の名代として参加されているこの夜会、メインの招待客はもちろん我が家経由でいらした方々。
グラフィアスの大公ご夫妻にアストラガルの魔王弟アシュタロト元帥閣下。王族ですよ、間違いなく。しかもこの方達、自国で転移門の責任者をしてる方々です。
…………
ねえ、おかしくない? なんで俺に我が国の転移門の管理やらせようとしてるの? 俺、王族でも何でもないんだけど!?
まあ、今更そんなこと言っても仕方ないのはわかってるよ。我が国の王族に転移門の管理ができるような適任者がいないのは事実だし、エルが大公殿下に俺を推薦しやがったのがそもそもの原因だしな!
……うん。取り敢えず考えるのやめよう。もうなるようにしかならん。
さてさて。
ウチの奥さんとレティは早速、奥さまたちとの交流に精を出しています。今日は本当に極一部しか招待されてないので、妙なことをする輩はいない。こういった場にレティを慣れさせるのには丁度よかろうと、奥さんが率先して連れまわしてますよ。
極一部とは言ってもそこは公爵家主催の夜会、そこそこな人数が来てることには違いないんだけどね。国内貴族はみんな義兄が厳しく選別して招待状を出した家だけなんで、騒ぎを起こすようなおバカはいないはず。ここで騒ぎなんぞ起こそうもんなら義兄の面目丸潰れだからね、そんな喧嘩売るような真似するバカはいないだろう。いたら間違いなく家ごと潰される。
ただまあ、この夜会の噂を聞き付けた招待客以外、特に利権関係に過剰反応する連中は、何とか潜り込めないかとギリギリまで奮闘していたようです。……さすがに招待状もなしに乱入する勇気はなかったらしい。してくれてもよかったのに。そうしたら、すっきり何の後腐れもなく家ごと潰せたのに。
俺がそんなことを考えている間にも、頼りになる奥さんはレティを連れまわしていますよ。頼んだよ、奥さん。そっちは任せた!
しっかしまあ、奥さんのこういうところ、本当に尊敬するよ。社交性が高いって言うか、卒なくこなしてくれるし、いろんな情報を仕入れてきてくれるからね。本当に頼りになる奥さんです。
で、俺はと言うとだな。
「うふふ、みんなも楽しめると思うの。どうかしら」
大公妃殿下が、とてもとても楽しそうに笑っておられますよ。後で時間をくれの、その理由を説明してくれながら。
「ご提案は有難いのですが……他国へ行くとなりますと、私の一存では」
「あら、その点は問題ないわ。事前に大公さまが宰相に掛け合って、陛下の許可は頂いているそうなの。むしろ、国内では十分な鍛錬が出来ないだろうから丁度いいだろうって仰っていたそうよ」
すでに根回し済みらしい。
なんかとてもいい笑顔でとんでもないことを提案してくださるこの方を、誰か何とかしてくれませんかね。
ちらっとエルに視線を送ってみたけど、無言で首を横に振りやがった……!
「わたくしの護衛騎士たち、全員がエル以上の実力者ですわよ」
おおう、それはものっすごく興味をそそられる……!
いや、ほら。自分で言うのもなんだけど俺もね、規格外な強さなわけですよ。なんで、国内だと確かにまともに打ち合える相手っていないんだよね。だからこそ、たまにエルやミサキに相手してもらってるんだけどさ。こう、遠慮なく打ち込める相手って、腕を鈍らせないためにも必要なんだ。
「貴方自身も色々と得るものが大きいのではないかしら。お試しで、一度いらしてみない?」
うん、こうまで言われたら断れないよね。つーか、義兄に話を通してるんなら、俺が気にする必要もないわけで。一緒に話を聞いていたシルヴァンも興味津々な様子だし、一緒に連れて行けるかな。だったら行ってみたいな。
「もちろん、息子さんも一緒に連れておいでなさい。歓迎するわ。貴方の息子さん、一度レンブラントに見てもらった方がいいような気がするって、大公さまがおっしゃっていたの」
なんかこれ、受けない理由ないような気はするんだけど、なんかの罠じゃないよね? 大丈夫だよね? 義兄も噛んでるみたいだし、問題ないよね? それに、俺の指導だとシルヴァンもここ最近は伸び悩んでいたから、あちらの騎士にもまれるのは良い経験になる気がする。もちろん、俺も。
断る理由はない……のか、な。若干の不安は残るが。
多少は悩んだものの、エルの後押しもあって大公妃殿下からの提案は有難く受けることになったよ。まあ、エルの旦那さんとはウチに設置された転移門の件以来、友人として付き合いがあるしね。俺もまだ当面は腕を鈍らせるわけにはいかないし、いい機会だと考えよう。
それにしても、自分の意図しないところでどんどん分不相応な人脈が出来て行くんだけど……大丈夫なのか、俺。
 




