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17 何気ないひと時


 今年も家族で新年を迎え、久しぶりにのんびりと平和に過ごした冬期休暇も終わり、子供たちは仲良く学園に通っている。

 シルヴァンはすでに卒業に必要な単位は取得済みなので、本来であれば学園に通う必要はない。だが、卒業まではレティと一緒に登下校すると毎日学園に行ってるよ。ヒロインに絡まれるリスクよりもレティと一緒にいる時間を取ったらしい。それに、もう授業を受ける必要もないので、完全にレティの都合に合わせられるのもいいらしい。相変わらずな溺愛ぶりで俺も安心だよ、シルヴァンに任せておけばレティは心配ないだろう。

 俺も去年は色々と怒涛の如く攻めてこられて疲労困憊だったが、ひとまず諸々の準備や対策は終えたので、今後は少し余裕ができそう。


 いやもう、本当に怒涛の一年だったわ。


 まあ、多少の無理もしたが、おかげで当初の予定以上に色々と準備も出来たし助っ人も調達できた。万が一の場合に備えての逃亡先と言うか亡命先も確保できた。


 うん、頑張ったよ、俺! 

 これでエレーヌへの負担も減らせられる!


 俺の事を心配して細々としたことを引き受けてくれてたからね。ちょっと心配だったんだ。でももう大丈夫、この埋め合わせはするからね!

 そんなわけで、本日も俺は通常業務に勤しむわけですが、ひと段落して多少気が抜けたのもあるんだろうけど、なんかだるい。

 ちょっと休憩するかと執務を中断してソファーに寝転がってうとうとしていると、誰か入って来る気配。まあ、奥さんだとわかっているので気にせずにいたら、ふわっと何かを体に掛けられた。

「お疲れですわね」

 どこか心配そうなその声と共に優しい手が頭を撫でている。それが、ものすごく心地いい。

 俺にとっては、奥さんの存在が何よりも癒しになる。本当にね、側にいてくれるだけでいいんだ。

 ……改めて思うよ。ゲームの俺、エレーヌを失ってよく生きてたなと。俺は無理だ、絶対に無理。エレーヌが寝込んだりするだけでも発狂しそうになるのに。耐えられない。

 ふとそんな事を考えたら、不安になった。頭を撫でる手を捕まえ、掌に唇を寄せて確かめる。エレーヌはここにいるんだって。

「ごめんなさい、起こしましたね」

「いや」

 かけられた声に、ああ間違いなくここにいると理解してほっとした。目を開けると心配そうにこちらを見ているエレーヌの顔が飛び込んできたが、大丈夫だよと言う意味を込めて頬をひと撫でしてから体を起こす。……いや、中途半端な姿勢で阻止された。なんで?

 なんだろうかと様子を見ていると、エレーヌがソファーに座って俺の頭を膝の上に乗せてくれたよ。いや、嬉しいけど重くない? 疲れない? 大丈夫?

「もう少し休憩なさってくださいな。顔色がよくありません」

 そう言って髪を撫でる手が優しい。

 体の力を抜いて目を閉じると、ほうっと息を吐き出す。なんかもう、本当にほっとする。ふわふわする意識を何とか保ちつつも、ゆっくりと湧き起る睡魔には勝てそうにない。

「エレーヌ」

「はい?」

「ありがとう」

 俺の事を気にかけてくれていたことが嬉しくて、礼を言うとくすっと笑った気配。

 ごめんね、心配かけて。

「今日は早めに切り上げてくださいね」

「そうするよ。これ以上、君に心配を掛けたくはない」

 そう答えると、目の辺りに手をのせられた。じんわり染み込んでくる熱が心地いい。

「時間になったら起こしますわ」

「うん……お願いするね」

 そう返事をしたところで、俺の意識は途切れた。



 **********



 完全に眠りに落ちた旦那さまの髪を撫でつつ、この所の忙しさを思い出す。

 武人としても一流である旦那さまが、こんな風に眠りに落ちる事など滅多にある事ではありません。あまり自覚はされていないようですが、それだけ疲れが溜まっていたのでしょう。

「お願いですから……もう少しご自愛ください」

 無理はなさってほしくはないのです。私に手伝えることは私に振ってほしいのに、以前に私が病に倒れてからというもの、旦那さまは私に対してかなり過保護になってしまいました。

 あの時の私の状態を知っていれば、そうなるのは無理ないのかもしれません。私自身、助かるとは思っておりませんでしたから。


 あと一日、遅ければ間に合わなかった。


 長い昏睡状態から覚めた途端に旦那さまに抱きしめられて、状況がわからずに困惑していた私は、側にいた女性(後に聖女さまと知りました)からそう聞かされました。それだけで、私は旦那さまがどれ程の無理を重ねていたのか容易に想像がつきました。


 君を、失うかと思った。


 震える声でそう言われ、旦那さまにキツク抱きしめられて、ああこの人が私を繋ぎ止めてくれたのだと理解して。

 無理をさせてしまったことが申し訳なくて、胸が痛くて。でも、そうまでして私を助けてくれたのだと思うと、どうしようもない程に嬉しくて。

「私など……見限って、後妻を娶る事だって出来たでしょうに」

 これまでの功績と名声は、数多の女性を惹きつけてやみません。シルヴァンという後継者がすでにいたのですから、たとえ私がいなくなっても旦那さまが望めば後妻を迎えることも可能だったのです。でも旦那さまは私が病に倒れてからも一途に私を思ってくださっていました。ずっとずっと、大切にしてくださっていました。


 だからこそ、旦那さまの負担になるくらいなら見限っていただきたかったのに。


 無理に無理を重ねてまで私を助けてくれた旦那さま。

 あんなにもやつれたお姿を見たのは、あの時だけ。

 全身で私を抱きしめるそのお体が震えているのを感じて、何度も確かめるように名前を呼ばれて、私も涙が止まりませんでした。

 必死になって私を助ける手立てを捜し出し、死の淵にいた私を呼び戻してくれた事、私がどれほど感謝しているか旦那さまに伝わっているでしょうか。

「お側を離れたくないのは、私も同じですわよ」

 旦那さまが私を望んでくださる限りは、お側を離れるつもりはありません。

 貴方が私を愛してくださるのと同じように、私もこんなにも無防備な姿を見せてくれる貴方が、何よりも愛しいの。

 だから、旦那さま。

 本当に、無理はしないでくださいね。



 **********



 エレーヌの膝枕でうっかり爆睡してしまった俺、すっかり疲れが取れました。

 いやぁ、奥さんの癒し効果絶大!

 つーか、起きたら三十分くらい経ってて、やべえと飛び起きてしまったよ。あ、起きたんじゃなくて起こされたんだけどね。奥さんが優しくゆすって起こしてくれました。もうね、奥さんの膝枕が心地良すぎて、起こされてもしばらく夢見心地でぼーっと奥さんの顔を見ていたわけですよ。はっと我に返って飛び起きたから、まあ、笑われたけどさ。

 奥さんには長々と枕にしてしまったことを謝り倒して、俺は残っていた執務を片付けて、いま一息ついている所。

「捗ったなぁ……」

 休憩後の進み方、自分でもびっくりするほどだった。

 俺、そんなに疲れ溜まってたのか。自覚してなかったけど、そう言う事なんだろうな。この進捗具合を見た限りだと。奥さんの言う事聞いて正解だったわ。さすがです、俺より俺のことをよくわかってくれてる。

「この辺りは……うん、これは明日でいいか。これもまだ先だし、この辺はそろそろシルヴァンにもやらせないとだな」

 残った書類を仕分けて、本日は終了。途中でがっつり休憩入れたのに、予定よりだいぶ早く終わった。

 すると、タイミングを計っていたかのようにノックの音。

 答えると入って来たのはエレーヌだった。

「旦那さま、キリが良いようでしたら、そろそろ……あら」

 そろそろ切り上げろって言いに来てくれたみたい。

 気にしてくれてありがとう奥さん!

「おかげでかなり捗ったよ、ありがとう」

 側に来たエレーヌの腰を抱き寄せ、額にキス。

 くすぐったそうに微笑む顔が可愛いっ。

「もう。あまり頑張りすぎないでくださいな」

 衿を整えてくれつつも苦言を呈されてしまった。まあ、言われても仕方ないくらいの仕事量だった気がする。去年までは。

 いや、わかってるんだけどね、ちょいと詰め過ぎだったってのは。でも後々の予定とか考えると、出来ることはなるべく終わらせておきたいなと思ったんだよ。

「ある程度は整え終わってるからね。今後は忙しくなったとしても、ちょっと忙しいくらいで済むと思うよ」

 もう大丈夫だよって意味でそう伝えたら、エレーヌの顔が曇ってしまった。

 え、え? いや、俺そんなに心配かけてたの!? いやあの、マジごめん! ホントに大丈夫だからね!?

「あ、あのねエレーヌ。忙しいとは言っても、そこまでではないから。執務自体は時間内に終わらせられる量だよ。ただ、転移門の件で王宮とのやり取りが発生するので、そこが少しね」

 あわあわと言い訳するも、エレーヌは心配そうにこちらを見ている。あああ、ホントごめんなさいっ。

 転移門の件は関わった以上は仕方ないんだよ、放置も出来ないんだよ。いまの所は俺以外に適切に管理できる人間がいねーんだから。俺だってやりたくないんだよ、ただでさえ色々と面倒な上にこんなにもエレーヌに心配かけてんだもん。できる事ならぶん投げたいわ。つーか、俺は自宅に転移門あるんだからそっちに集中させてくれよ、何で国が管理する予定のモノまで俺にやらせんだよオカシイだろ。

「……旦那さま」

「なんでしょうか」

「私で処理できることは、私に振ってください。旦那さまのお体が心配です」

 上目遣いの憂い顔でそんな事を言われ、俺撃沈。

 今のはヤバイ、マジヤバイ。ぐらっと来た。

 反則です、奥さんそれ。そんな顔されたらダメって言えないじゃん!

「……体調は問題ない?」

「今は私の体調よりも旦那さまの体調です」

 きっぱりと返されて、もはや苦笑するしかない。

 奥さん、こう見えてこうと決めたら曲げないから。意外に頑固なんです。もちろん、そんなところも大好きですが何か。

「では、明日から少し手伝ってもらえるかな。例の孤児院関係で少し進めておきたいことがあるんだけれど、院長と話を詰めておかなくてはいけないんだ。明日、私の代わりに孤児院へ行って進めてくれるかな」

「わかりましたわ。後で詳細を教えてくださいね」

 にっこり笑って承諾してくれた奥さんが可愛いっ。

 ああやっぱダメだ俺。奥さんいないと生きていけない。

「可愛い」

 ぎゅってして、柔らかなエレーヌの髪にすりすりしたら、くすくす笑ってる。

「旦那さまも素敵ですわ」

「そう? エレーヌに言ってもらえると嬉しいな」

 奥さんに褒められるのは、本当に嬉しい。俺もそれなりに女性を惹きつけやすい容姿してるから面倒な事も多いんだが、奥さんを繋ぎ止められる要因の一つと考えれば悪い気はしない。

 俺自身、モテる自覚はある。近衛騎士時代なんて、それこそ、その手のお誘いなんてしょっちゅうだったし。まあ、失礼のないように差し障りのない対応はしていたけどね、高位貴族のご令嬢とか奥様もいたから。おかげでそう言った連中を問題なくあしらうのだけはうまくなった。俺みたいな王宮勤めの近衛騎士には必須と言っていいスキルではあったけど、意図せずに勝手に磨きが掛かっていったのには自分でも辟易していたよ。そんなスキル、磨かれても嬉しくない。


 だいたいね、俺に言い寄っても無駄なんだよ。だって俺、奥さん以外は興味ないんだから。


「そうでしたわ。まだ先のことですが、お兄さまの所で夜会を開くそうですの。出席できないかと連絡がありました」

「夜会? 珍しいね」

 義兄の公爵家でやるってのは珍しいかな。激務だからね、あの人。基本的にそんな暇ないのよ。

「なんでも他国からの来賓があるそうなのです。今回はお忍びでいらっしゃるので、主要な方だけをお招きして規模の小さな夜会を開く予定なのだそうですわ」

「ああ、そうなんだ」

 他国から来賓ねぇ。しかも公爵邸でって事は個人的にもてなすのか。

 あの義兄がそこまでするって、いったいどこの国のお偉いさんなんだか。

「わかった。出席で連絡をしておいてくれるかな」

「はい。お任せください」

「でも、夜会か……面倒だ」

 はっきり言って、夜会は好きではない。できる事なら極力出たくはない。

 なんでかって? 俺が奥さんしか興味ないって公言してんのに言い寄って来る化粧臭いバカが多いからだよ! それ以外にも、魔道具関係で俺に取り入りたい連中とかが、ね。もう、本当にメンドクサイ。

 まあ、今回は義兄のところでやる夜会だから、あからさまにそんな事してくるおバカさんはいないと思うけどさ。

「もう。旦那さま、夜会の席くらいでは他のご婦人方にも、もう少し柔らかな対応をしてくださいな。私、よく言われますのよ。旦那さまが冷たいって」

 仕方ない子ねみたいな感じで言われたけどちょっと待って。

 いやいやいやいや、いくら奥さんのお願いでもそれは聞けないよ。あの手の連中は少しでも優しくすると勘違いした挙句に増長するのは目に見えている。妙な噂でも立てられたらたまったもんじゃない。きっぱりキッチリ拒絶するのが正しい対処法だよ。奥さんのお友達とかには差し障りのないように対応してるんだからそれで許してほしいな。

 でもまあ、奥さんの懸念もわかる。あんまり冷たくあしらうと逆上する面倒なのも中にはいるからね。俺だけだったらどうでもいいんだけど、後で奥さんに負担を掛けることになるのは避けたい。今回はそう言った心配はなさそうだけど。

「冷たくしているつもりはないのだけれど。君と一緒の時は少し態度を改めようか」

 察しのいい奥さんなら、これでわかってくれるはず。

 案の定、ちょっと困ったような顔をしているけど、これ以上の譲歩は出来ません。

「仕方のない人」

 そう言いながらも頬にキスをくれたので、及第点を頂けたようです。よかった。

「常識的に接してくれるならまだ友好的な態度も取れるが、そうではないご婦人も多いからね」

「分別の無い方はいらっしゃいますものねぇ」

 溜め息交じりに奥さんがこぼしている。

 本当にね。奥さんも俺のせいで色々と言われ続けて来たから、思う所は有るはずなんだ。でもね、家の為と言ってその手の相手にも嫌な顔一つせずに対応してくれているんだよ。伯爵夫人だから当たり前と言えばそうなんだが、俺としてはそんなくだらんことで奥さんに負担を掛けたくはない。まあ、その手の輩には俺も裏から手を回したりして対処したりもしたから、おバカさんはだいぶ減りはしたけどね。


 さて。いつまでもこうしているわけにもいかない。

 せっかく、早めに仕事も終わったことだし。


「奥さん、この後の予定は?」

「晩餐までは予定はございません」

「では、一緒にお茶でもいかがですか」

 そう言いながら手を差し出すと、きょとんとした奥さんがふわっと笑った。

 あ、ダメだ。めちゃ可愛い。

「ええ。ご一緒させてくださいな」

 嬉しそうにそう答えてくれた奥さんをエスコートして。

 俺は部屋を出た。




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