*閑話* 悪役令嬢(予定?)の周辺では
本日、二話更新。二話目。
楽しみにしていた学園生活が始まり、忙しく過ごすうちに最初の学期が終わろうとしている。
大好きなシルヴァンと一緒に学園へ通い、ディオンやルシールと共に学んで、仲良くなったクラスメイト達と楽しくお喋りして。充実した学園生活に、レティシアは満足していた。ただ一つを除いて。
「こっちダメ。遠回りだけど外を回って」
クラスメイトと実習室から戻る途中、先に戻ったはずの一人が走ってきてそう告げて来た。わざわざ知らせに戻ってきたようだ。
「またいる?」
「この先の分岐点で待ち構えてる」
「無駄に行動力あるな。レティ、戻ろう」
ディオンにそう言われて、まっすぐ行けば早い所を一度外に出て裏庭から教室へと向かう一同。一緒にいたルシールなど眉間に皺をよせている。
「本当に、なんなのあの子。シルヴァンさまに相手されないからって、なんでレティに絡むのよ」
「まったくね。また、すれ違いざまにわざと転ぶとかして大げさに騒ぐだろうから、近づかないのが一番だよ」
憤慨するルシールに、ディオンが呆れ顔で頷く。
「本当よねぇ。ちょっと前にも苛められたとか言ってたけど、接触ないのにどうやって苛めるのよ」
「だいたいさ、どっちかっつーとあいつが苛めてる方じゃん。ありもしないこと喚いてさ。身分差がなんて言うはずないの、ウチのクラス見てればわかるだろうに」
「そうだよな。この前も何だか言ってたよな。教室で物がなくなってどうのって」
「普通科と魔法科の学舎、どれだけ離れてると思ってるのかね」
「どう考えても無理でしょ。レティちゃん、移動教室以外で普通科の学舎から出る事なんてないじゃない」
「たまに伯爵が来る時だけだよな。それだってちょこっと会いに行ってすぐに戻って来るし」
好き放題言っているクラスメイト達。
先月、王宮で行われた夜会以降、ヒロインが無い事無い事で散々レティに絡む姿を見てきたクラスメイト。あまりにもバカげた言動の数々に、最初の頃こそ呆れた様子で見守っていたものの、次第にエスカレートしていく内容に眉を顰めるようになり、いまやクラス全体でレティを守るように行動していた。それと言うのも、レティシアは言われ放題でろくに反論せずにきょとんとしていることが多く、ダメだこの子守ってあげないと的な雰囲気が漂った所為だったりする。
別にレティシアは気圧されて反論しないとかではなく、単純に言っていることが理解不能でどう反応したらいいのかわからなくて黙っていただけなのだが、見た目がふわふわした美少女なので、困った顔をして黙り込んでいると助けてあげたくなるという、心理的なものも影響していた。
「ごめんね、みんな。付き合わせちゃって」
しゅんとなったレティシアがそう言う。
父であるルシアンから再三にわたって、出来る限り接触しないようにと言われているので、みんなが協力してくれるのはとても有り難い。しかし、同時に面倒をかけてしまっていることに罪悪感を感じてもいた。
だが、クラスメイトは。
「気にしないでいいよー。あんな意味不明なのは相手しないのが一番なんだからさ」
「そうそう。真面に相手しても無駄だよ、アレは。俺たちにも色々言ってくるし、相手するだけ無駄だから」
「だな、意味不明すぎて怖いわ。あんなのに目を付けられて気の毒すぎる」
こんな感じでレティシアに責任はないと言い聞かせるので、最近ではレティシアもそこまで気にしないようにはなっていた。ただし、クラスメイトへの感謝は忘れない。
普通科なので平民もそこそこ多いのだが、身分等で態度を変えるような者がこのクラスにはいなかったのも良い方向に作用した。なんせ筆頭は公爵家令息であるディオン、その彼がクラスメイトはクラスメイトと言って身分出自関係なく接するのだ、他の貴族籍の生徒もそれに倣う他ない。そして、名門グランジェ家の一人娘であるレティシアは、シルヴァンの従者が孤児院出身だったり孤児院出身の使用人が複数家にいることもあって、そう言った偏見が全くと言っていい程にない。あまりにも自然に話しかけてくるレティシアに、当初は平民出身のクラスメイト達は戸惑ったりもしていたのだが、すぐに慣れてしまった。そして、レティシアのこの姿勢は今や普通科では学年問わず有名な話だったりする。
だからこそ、ペリーヌが身分差を理由に侮辱されたと訴えても、少なくとも普通科でそれを信じる者はいない。
こんな感じで、良くも悪くもペリーヌがレティシアに絡もうとすればするほどに、クラスの結束は固まっていく結果となっていた。
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こんなクラスの様子は、当然の事ながら教師陣の間でも話題に上がるわけで。
毎年多かれ少なかれ、妙に選民意識を拗らせて下位貴族や平民の生徒を見下す者は出てくる。大抵どのクラスにも数人はいるものなのだが、今年は例外があった。
「普通科のA組は、相変わらず仲が良いようですね」
教職員の集まりでも、レティシアのクラスの事は毎度のように話題に上がる。
「ディオンが中心となって、全体を良くまとめてくれていますよ」
「ああ、宰相閣下のご子息ですね。彼もグランジェ伯爵に指導を受けていたそうで」
「ええ。あれ程の実力とは思いませんでしたが。是非とも騎士科に来てもらいたかった」
騎士科担当の教師が残念そうに呟く。
「彼は座学でも優秀です。というかですね、今年の普通科は例年と比べて少々レベルが高いと言いますか。A組が抜き出ているのは事実なのですが、全体的に優秀な生徒が集まっているようです」
「ああ、そういえば。首位争いをしている三人、共にA組でしたね。そのうちの一人は家が商家だったかと」
「ええ。あとは、なんと言ってもレティシア嬢ですな。グランジェ伯爵に確認しましたが、この夏休み中にクルキスへ行くことが決まっているそうです」
「おお、では治療師の卵が誕生すると」
「ええ、恐らくそうなるかと」
「ああ、レティシアちゃん……いまからでも魔法科に来てくれないかしら」
魔法科担当教師が、溜め息交じりに呟いた。
レティシアの聖属性適性が判明したのは、入学前の適性検査の時。勿論、色めきだった学園側がすぐに魔法科への進学を提案したのだが、本人の普通科への希望が殊の外強くて断念したという経緯があった。
「貴重な聖属性の適性者ですからな。しかもグランジェ伯爵の話によると、なんでも聖女様に指導を受けた者が講師役に名乗り出てくれたそうで。すでに基礎は学び終えているそうです」
「あら、それなら我が校で学ぶより遥かにレベルの高い指導を受けていそうですねぇ。残念ですわ」
残念とは言いつつも、さほど残念そうには見えない魔法科担当教師。
この国は魔法に関しては、長らく停滞気味なのが現状。そんな国で学ぶよりは、治癒・治療系の魔法では最高峰と謳われるクルキス神聖国の関係者に師事したほうが、遥かに質の良い指導を受けることが出来るだろう。
自分達の手で育ててみたいと思う反面、実力的にこの学園では指導しきれないという事も理解している。
レティシアにはこのままその指導者の下で学んでもらい、そして出来れば将来的には自分たちに手解きしてくれないものだろうかとちょっとした期待も抱いていた。
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普通科、三年の教室。
シルヴァンと王太子リオネルは同じクラス。というか、入学当初からずっと同じクラスな事もあって、共にいる時間はそれなりに長い。リオネルはシルヴァンを自分の側近にしたいと考えているので、ことあるごとに勧誘している。いまの所、シルヴァンは返答を保留しているが。
「おーい、シルヴァン。お前の愛しの奥様に例のやつがまた絡もうとしてたらしいぞー」
クラスメイトの一人がそう言って話しかけて来た。
「……聞き捨てならないな。それで?」
「ちょ、おま、俺に怒るな!? 教えてやったんだろが!」
一気に氷点下になったシルヴァンに、話しかけた生徒が慌てる。
シルヴァンのレティシア溺愛は、それこそ一年の時から有名だった。何があろうと表情を崩さないシルヴァンが、レティシアのことになると途端にそれが崩れるのだ。
当初、クラスメイトの中には自分こそシルヴァンの婚約者にと意気込んていた女生徒もいたのだが、気づけばそんな事を考える者はいなくなっていた。王太子リオネルと繰り広げられる互いの婚約者自慢を延々と聞かされてれば、そんな気も起きなくなると言うもの。そして、とどめの如く三年に進級する直前に婚姻の手続きを済ませたとさらっと報告されれば、もう何も言えなかった。
「ああ、すまない。それで?」
「ったく……クラスの連中が上手い事誘導して、バッティングは避けれたと。ちなみに教室まで押しかけてきそうな勢いだったらしいんだが、あそこの秀才トリオが撃退したってよ」
秀才トリオというのは、ディオンとルシール、平民のベルという女生徒のこと。この三人で一学年のトップ争いを繰り広げている為、そう呼ばれるようになっていた。ちなみに今学期は、僅差でディオンがリードしている。
「ディオン達か。後で礼を言っておかないと」
「お前も面倒なのに目を付けられたな」
同情のこもった目を向けられ、そっと溜め息をつくシルヴァン。
王家主催にお夜会以降、シルヴァンに付きまとうようになった魔法科の女生徒。あの夜会には出席していた生徒も多くいたので、二人の婚姻を陛下が祝福されたことはすでに知れ渡っている。つまりは王家が認めた婚姻だ、反対すればそれは王家の決定に逆らうことにも繋がるとなれば、表立って異議を唱える者はいない。……普通は。
「あの子、まだお前の事をレティの親戚だって言ってるようだぞ。自分もあの夜会にいたというのに、現実を見ないにもほどがあるだろう」
呆れ顔でリオネルが言うと、聞こえていたらしいクラスメイト達が一斉に頷いた。
何かと話題の女生徒が何かと理由をつけては三年のクラスに顔を出すようになったのは、王家主催の夜会以降。シルヴァンはあらかじめルシアンからの情報があったので、極力会う事がないように気を付けているし、クラスメイトもそれに協力してくれている。その代わりと言っては何だが、リオネルがちょくちょく捕まっているので、少しだけ申し訳ないという気持ちはあった。だからと言って、アレと会うという選択肢はシルヴァンにはない。
「しっかし、まあ……懲りずに差し入れ持ってくるよな、あの子」
「殿下が受け取れないっつっても押し付けて行くし」
「挙句にシルヴァンに渡せって無理やり置いていくし。殿下に頼むとかないだろ」
「本命、シルヴァンなのバレバレなのに」
「つーか、隠してないよな、あれ」
「隠す気ないんじゃないか? 噂を利用してってのもあると思う」
「無理無理! シルヴァンのレティちゃん溺愛ぶり知ってたら信じないって!」
「だよなぁ」
すぐ側ではクラスメイト達が好き勝手言ってるが、事実なのでシルヴァンは何も言わない。
そして、そんな様子を呆れのこもった眼で見ているリオネル。
リオネルがシルヴァンと親しく付き合うようになったのは学園に入学してからだが、二人の事は幼いころから知っていた。自分たち兄弟の婚約者にと、王妃である母がレティシアを推していたからだ。だが、伯爵夫妻から色よい返事は来ず、早々にシルヴァンとの婚約を決めてしまったのでその話はなくなった……はずだった。なぜか母は諦めず、事あるごとに王に王命としてレティシアを王家に嫁がせるように頼み込んだりと、一向に諦める気配はなかったのだ。
それを長年不思議に思っていたこともあり、学園に入学したときに同じクラスになったシルヴァンに興味を持って接触を開始した、というのが二人の始まりだったりする。まあ、成績の事でちょっと悔しくて突っかかったというのもあったのだが。
「まあ、レティならほっといても大丈夫な気はするが」
溜め息交じりにリオネルが呟くと。
「え、何言ってんの王子。あんなぽわんとした子にあの妄想癖拗らせてる奴の相手なんか危なすぎるだろ」
そうだそうだと頷くクラスメイト。
グランジェ家へ何度も行った事のあるリオネルは、レティシアがやられっぱなしでいるような性格をしていないことは承知している。ただ、それを知らない人間に言っても信じないだろう事はわかっているので、口には出さない。
「頼りなく見えるかもしれないが、グランジェ家の直系だ。そこまで弱くはない」
リオネルの言葉を肯定するようにシルヴァンが言うと、意外そうな顔をする。
「まあ、それ以前に私が守るから問題ない」
その後にしれっと付け足された言葉に、クラスメイト達は苦笑する。いつも通りだな、と。
まあ、クラスメイト達も心配はしているが、深刻にはとらえていないのも事実。というのも、何度かレティシアがペリーヌを撃退する姿を見ているからだ。しかも、レティシアは無自覚。
レティシアの無自覚な惚気は、時にシルヴァンを硬直させることもあるくらいなので、聞いてる方は甘ったるい雰囲気にむず痒さを覚えたりすることもある。ただ、繰り返すが言ってる本人は完全に無自覚。
これが、絡んでくるペリーヌにもかなり効いている。それでもわざわざ来るのだから、普通科ではあいつはドMだという疑いをかけられていることに、ペリーヌは気づいていない。