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9 たまには息抜きも必要です

本日、二話更新。一話目。


 可愛い子供たちの結婚式の日程も決まり、只今準備に大忙しです。二人は学業があるんで、時間が空いた時に細かなところまで打ち合わせをして、それに沿って俺とエレーヌで準備を進めている感じだ。

 そんな感じで忙しくしているところに、ちょいと不穏な気配が。

 それというもここ最近、レティの機嫌がよろしくないのですよ。

 理由は単純。ペリーヌ・バローが完全にシルヴァンをロックオンして付きまといが激しいからだ。しかもあいつ、お茶会の件をレティが断ったことに腹を立てて、ない事ない事言いふらしてやがる。身分差をバカにされたとか言ってるようだが、レティと仲良くしてくれているクラスメイト達はもちろん、普通科の生徒たちは誰もそんな話は信じない。いまあの子が在籍してるクラス、半数近くが平民だっつーの。

「しっかし、まぁ……知れば知るほどにぶっ飛んだお嬢さんだな」

 学園長から定期的に届く報告書をみつつ、思わずボヤく。

 常識がないのは、わかってた。わかってたけど、これはヒドイ。

 本人的にはゲームを進めるためのイベント的な事をしているだけなんだろうけど、攻略対象全員とその周辺の奴らに満遍なく声かけまくっているようだ。まあ、大半は差しさわりのない会話だけで終わらせているようなので今の所は問題にはなっていない。……今の所は、だけどね。

「マリウス殿下の側近候補はあの容姿に惹かれ始めているのもいる……ね。いっそのこと、その辺りの連中とくっついてくれれば手っ取り早いのに」

 本当に、ね。そうなってさっさとシルヴァンを諦めてくれたら簡単なんだけど、そうはならないだろう。だってヒロイン、シルヴァン攻略の為にゲーム進めてるだけだろうし。

「もうちょい現実見てくれねーかなぁ……」

 普通に常識を持ち合わせているなら、パートナーのいる男性に言い寄ったりはしない。ましてシルヴァンはレティと言う溺愛してる奥様がいる身だ、付きまとわれてものっすごくイラついている。それはもう、傍目にはっきりとわかるくらい。

「せっかく同じ学園に通いだしたってのに……昼時の癒しの時間を邪魔されりゃ怒るよ」

 学年が違うシルヴァンにとって、昼休憩はレティと一緒にいられる貴重な時間。そこを邪魔されりゃ怒るに決まってる。

 シルヴァンはレティが入学して以来、昼食は必ずレティと一緒に取っている。そこに友人たちが加わることはあるが、同席するのは本当に親しい者だけだ。他はどんなに誘いがあろうと断っている。自分が特別扱いするのはレティだけだよって、態度でも見せるためにね。

 にもかかわらず、ペリーヌ・バローは毎日のように強引にシルヴァンと同席しようとしたり、自分で作ったと言う弁当を渡そうとしたりと、やりたい放題らしい。もちろんシルヴァンはガン無視しているわけだが、向こうはめげない。おかげでバロー嬢に周囲が向ける目はかなり冷たいようだ。そして、目の前でそんな事をやられるレティの機嫌も急降下。


 マジ勘弁して。


 あの子、普段はおっとりしてるけど奥さんと同じで怒ると怖いんだよ! 宥めるの大変なんだから怒らせんな、頼むから!

「なんでよりにもよってシルヴァンなんだ。……あれか? 本来なら次年度からじゃないと攻略開始できないはずなのに手に届く範囲にいるから手を出したって感じか? これまでの行動履歴見る限りは完全にシルヴァンが本命だよな」

 ゲーム内では、手作りの弁当やお菓子を渡すことで好感度を上げたりもできる。妹が攻略期間の短いシルヴァンの難易度がやたらと高い要因の一つが、この好感度の上げ辛さだと言っていたので、バロー嬢はそれがわかっているからこそ、今の内に少しでもと考えているのかもしれない。結果は真逆にしかなってないけど。

「まあ、シルヴァンは断固拒否の姿勢を崩さないし、今の所はヒロインの周りに妙なのも沸いてない。……仕方ない。もうしばらくは様子を見るか」

 現状は、レティとシルヴァンの機嫌が悪くなるだけで、被害らしい被害はまだ出ていないから何もできない。いや、あの子たちの機嫌が悪くなるってだけでも、俺にとっては大問題なんだけどね? でも、それだけだと対外的に動く理由にはならないじゃない、さすがに。どこまで親バカなんだって言われるのがオチだ。

 でもまあ、本心ではシルヴァンにちょっかい出すのを止めない時点で排除対象なんだけど、さすがに成人前の子供だからねぇ。実害が伴ってきたら、速攻で動くけどな!

「怖いのはゲームの強制力みたいなものが働いたらって思ってたけど……シルヴァンやディオン見ている限りは、そこは大丈夫かねぇ」

 本当にね、そこがマジで怖かったんだ。色々と対処はしてきたけど、そんなもんが働いたら全てが無駄に終わる可能性だってあった。まあ、そうなったらなったで、俺は家族全員連れて亡命する気満々だったけど。そんな訳の分からんものに家庭を壊される気はないっつーの。

 でも、実際には二人ともすでにヒロイン大嫌いだ。ディオンなんか言動が意味不明すぎて怖いとか言ってる。俺もそれはわかる。俺だってゲームの知識がなかったら、完全に頭のオカシイ類だと思うもん、アレは。

「平穏無事が一番とは言え……このお嬢さんがいる限りは難しいよな」

 本当にね、報告書を見ているだけでも頭が痛いよ。

 だいたい、婚約者……シルヴァンの場合は妻だけど、そんな相手に付きまといを繰り返している時点で救いようがない。現にバロー嬢は学園でもかなり胡乱な目で見られているらしんだが、本人は全くと言っていい程に気にしていないんだと。まあ、ゲームでは婚約者がいるとわかってる相手に近づいて攻略するんだから、気にするわけがないよな。ゲームと現実の区別が付いていない証拠だ。

 取り敢えず、シルヴァンへの付きまといの件では学園側からすでに何度か注意をしているらしい。これに関してはシルヴァンから相談を受けた教師が動いてくれたようで、迷惑しているからやめなさいと言ってくれたと聞いている。

 それに対するバロー嬢の解答。


『最初はそうなんです! でも、これを乗り越えれば仲良くなれるんです!』


 だそうだ。教えてくれた教師が頭を抱えてたよ。

 もうね、本当になんなのこのおバカ。

 仲良くなるどころか、シルヴァンのバロー嬢に対する好感度はマイナスどころか抉れてるぞ。あそこまでシルヴァンが露骨に顔に出すって相当なんだけど、それすら気付いてなさそうだし。

 要するに、彼女にとってシルヴァンはあくまでゲームの中の攻略対象であって、生きた生身の人間ではないって事なんだろう。だからゲームと同じようにすれば好感度が上がっていくって思い込んでんだろーな。本人に聞けばそんな事ないって言うと思うけどさ。

「まあ、その所為で孤立しがちだとしても自業自得だし……ああ、それすらレティが仕組んだいじめだとでも言いだすのかな。状況次第じゃ言いそうだよな」

 そんな事になったら、今度こそシルヴァンがブチ切れる。それは絶対に回避したい。回避しないと後が怖い。

 報告書には、今後も彼女の言動を注視していくと書いてあるので、そこは是非ともお願いしたいところだ。面倒だろうけど、見張ってないと何やらかすかわからんよ、あのお嬢さん。

「やれやれ。面倒だな」

 報告書を机に投げて、椅子に背を預ける。

 本当に、なんでよりにもよってシルヴァンに目を付けるのか。順当に行けばここは王子二人のどちらかじゃねーの?

 ハイスペックなイケメン狙いという事なら、王子たちが狙い目だと思うんだがなぁ。ウチは伯爵家だけど政治的にはさほど重要な家ではないし。代々騎士の家系ではあるから、自然と王家との関りは多少はあったけれど。

 しかし、それにしても、だ。

「自分がヒロインだと確信してるからこそ、こうまで自由奔放なんだろうけど……」

 それが、どれ程に自分の首を絞めることになるのかをまるで理解していない。いくら庶民育ちの養女とは言え、あそこまで理解できないものなのだろうか。

 今はまだ、学園内だからさほど問題視されていないだけだ。これが学園外でも同じような事をしようものなら、即座に家に抗議が行く。最悪、彼女だけでなく家にも責任が問われる事態になりかねない。

 バロー嬢が引き取られた先は男爵家。貴族階級では一番下だ。これで上位貴族に睨まれようものならどうなるかは火を見るより明らかだ。

「それをわざわざ指摘してやる義理もないしな」

 そうは思いつつも、自然と溜め息がこぼれる。

 基本、放置でいいとは考えてる。しかし、バロー嬢も一応はまだ成人前の子供だ。正せるのであれば手を貸してやるのも有りかなとも思ってしまう部分もあるんだ。だって、自分の娘と同じ年なんだよ。やっぱちょっと考えるじゃん。中身はどうか知らんけどさ。

「かと言って、俺が直接的に接触するのは悪手だし……いや、やっぱり放置するのが最善か」

 人を介してでも関わってる事が知れたら、絶対に面倒なことになる。勘違いと言う言葉ではすまない、自分にとってだけ都合がいい解釈をして妙な要求をしてくる姿が目に浮かぶ。

 俺は自分の子供たちが可愛い。だったらそんなリスクを負う必要はないな、うん。

「まあ、考えても無駄か。……そろそろレティの機嫌治す方法、考えないと」

 俺にとっては今一番の大問題を解決する方法を模索する為、奥さんに協力してもらう事にした。



 **********



 奥さんと相談した結果、二人でお出かけさせることにした。勉強頑張ったからそろそろ一休み、シルヴァンとデートしておいでと演奏会のチケット持たせて送り出したんだ。二人きりでデートなんて初めてだし、奥さんが気合入れておしゃれさせたから、レティってば嬉しさを隠し切れずにテレテレしててめちゃ可愛かった。シルヴァンも上機嫌だったし。いい気分転換になってくれればいいんだけど。

「大丈夫ですわよ、旦那さま」

 居間でのんびりしつつ一抹の不安を隠せなかった俺に、奥さんが声を掛けてきた。

「今日の演奏会は、二階のボックス席を抑えてありますの。二階はボックス席のチケットがないと立ち入りできないエリアですし、今日の公演は私の知り合いでボックス席は埋まっておりますのよ。警備もしっかりしていますから乱入される心配はありませんわ」

 おお、奥さんが色々と手配済みだった。

「お見通しなんだね」

「あちらは常識が通用しないようですから。でしたら、格の違いを見せつけてやればいいのです。男爵家程度に好きにさせるほど甘くはありませんわよ」

 にっこりしながら、中々怖い事を言う。

 おっとりしているようでも、貴族だからね。その辺りは恐らく俺よりも厳しいよ。だからこそ、安心して留守を任せられるんだ。

「そうだね。私だとそう言った方法は思いつかないから、助かるよ」

「旦那さまの苦手な部分を担うのは私の役目ですもの」

「頼りにしているよ」

 可愛いけど頼もしい奥さんの言葉に、嬉しくなってしまう。

 本当に、この人が俺の妻でよかった。ほんわかしているようでも貴族としての矜持は人一倍持ち合わせている人だからこそ、あのお嬢さんの振る舞いは許せないものがあるんだろう。あまり感情を表に出す人ではないので、わかりにくいけどね。この穏やかな笑顔の仮面の下で、常に冷静に周囲を観察しているなんて誰が気づくだろう。

「旦那さま」

「うん?」

「そろそろお話しいただけませんか?」

 小首を傾げて問うてくる姿は可愛いのだけど。

 瞳の奥に見え隠れする光に、思わず苦笑してしまった。

 エレーヌには、大まかには話をしてある。ただ、ここ最近思い出したことや敢えて伝えてなかったことも多い。これまでは特に彼女から聞かれることもなかったけれど、最近になって俺がシルヴァンを本格的に巻き込み始めたのでそろそろ自分もと思ったんだと思う。

「本当に、頼りになる奥さんだ」

「当然ですわ。王国最強と謳われるルシアン・グランジェの妻ですもの」

「それは最愛の奥さんが支えてくれるからこそ得ることが出来た名声だよ」

 奥さんの隣に移動して肩を抱き寄せ、額に軽くキスする。

 くすぐったそうに笑う姿がまた可愛い。

「では、全容を話そうか。私が知っている限りの事を」

「はい。お聞かせください」

 そうして、俺はいまの時点で判明していること、これから起こるだろう事をすべて話した。

 さっきも言ったが、奥さんには記憶を取り戻したあの時にある程度の事は話してあったけど、全ては話してなかったんだ。


 それは、ゲーム内だと今の段階でエレーヌはすでに儚くなっているから。


 だから俺は最初の頃はそれを防ぐのにも躍起になっていた。だってゲームでの俺がレティの暴走を止められなかった理由って、きっとそれだと思ったんだ。

 惚気るわけじゃないが、俺は奥さんが可愛いし大好きだ。できる事ならずっと側にいたいと思っている。片時も放したくない。

 そんな最愛の存在を無くした俺、きっと抜け殻状態だったんじゃないかと思うんだよね。だからこそ、ゲーム開始時にはすでに家のことなんかもどうでもよくなってたんじゃないかと思ったわけだ。そうじゃなければ、家の取り潰しなんて重大な問題を素直に受け入れるとは思えなかった。

「旦那さまが、私の運命を変えてくださったとき。おっしゃってくださいましたわよね」

「うん?」

 すべて話し終わって、少し考えてからエレーヌがそう言ってきた。

 俺、何か言ったっけ?

「私と共に、穏やかに年を取っていくのがご自分の夢だと」

 ああ、そう言えばそんなことを言った気もするな。

 あの時、既に意識が朦朧としていただろうエレーヌに必死に呼びかけていたから、色々と今思えば恥ずかしいこともたくさん言ったと思う。覚えてないけど。覚えてたら羞恥で俺が死ぬ。

 だからこそ、完治したとわかった時は本気で泣きそうになるくらい安堵したし嬉しかった。子供たちだって居たのに思いっきり抱きしめてしばらく放せなかったくらいには。

「うん、言ったね。本心だよ?」

「はい、わかっておりますわ。私も同じですもの」

 そう言って微笑む奥さんが可愛い!

 あああ、やっぱり大好きだ……!

「ですから、そうなり得る未来を私に与えてくれた旦那さまの力になりたいのです。それがあの子たちを守ることにも繋がるのであれば、尚のことですわ」

「……ありがとう。奥さん」

「お礼を言うのは私の方ですわよ。レティを生んだ時にもう子供は望めないと言われた私を引き留めてくださって。こんなにも大切にしてくださって。旦那さまに出会っていなかったら、私は今ここにおりませんもの」

「何度でも言うよ。私はエレーヌ以外を愛することはない。子供だってレティを生んでくれたじゃないか。こんなに幸せなことはないよ」

 本当に、ね。あんな可愛い娘を生んでくれただけでも俺は十分に幸せだよ。

 でもね、奥さんがそのことをずっと気にしていたのは知っていた。レティが生まれた時、俺はすでに国内では最強とまで言われていたんだ。だからこそ、その名声を利用したい連中から、跡継ぎとなる男子を産めないのだからさっさと別れろと言われていたことも知っている。エレーヌもそれを気にして身を引こうとしていたことも。


 本当に、バカな連中が多かったよ。


 俺は婿養子だ。エレーヌと一緒になったから暫定的に伯爵位を継いでいるのであって、別れれば当然のことながら爵位はエレーヌに返還される。血を重んじるからね、我が国の相続は。エレーヌと別れる事になれば、俺は騎士爵しか持たないただの近衛騎士になるって事を理解していない連中は、本当に多かった。


 そして、そういう愚かな奴らほどエレーヌを攻撃していた。


 これに関しては判明した範囲では対処した。だけど、何より俺が奥さんを手放す気がないのだとわからせるために、休日は常に一緒にいたし夜会にも一緒に参加した。少しでも奥さんに暴言を吐く連中にはそれこそ笑顔で対処して来た。奥さんを片腕に抱いたままでね。

 俺がべったりと張り付いて離れない姿を見せつければ、諦める連中は増えてきたよ。まあ、それでもしつこいのはいたけど。

 そういう理由もあって、俺はシルヴァンを養子に迎えたんだ。あの子が置かれていた状況を聞いて何とかしてやりたいって思ったのも事実だけど、一番の理由はエレーヌにかかる負担を軽くするためだった。

 血筋的にも都合がよかったんだ、シルヴァンは。父親は俺の遠縁だし、母親はエレーヌの従姉妹だったから。

 だから引き取った時、自分の後継ぎにすると早々に公言できた。おかげでそれ以降はエレーヌに絡んでくるバカも減ったよ。代わりに自分の娘を売り込んでくるのが湧いたのはまあ、ある意味仕方ないと思ってる。

「どの家でも男子の後継ぎを欲しがるのは普通ですわよ」

「かもしれない。でも、私は普通じゃないからね」

 正直、俺は奥さんがいればそれでいいんだ。

 さっさとシルヴァンに家督を譲って隠居したい。いままでゆっくりできなかった分、いろんなとこに連れて行ってやりたいんだ。

「……貴女の妻になれたことが、私の最大の幸運ですわ」

 そう言って輝くような笑顔を見せてくれた奥さん。


 俺もね、エレーヌに出会えたことが人生最大の幸運だと思ってるよ。




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