プロローグ
何時ものように、一日が始まる。
……始まった、ハズだ。なのに、なんだ。この違和感は?
ふと窓の外を見る。
見慣れた景色なはずなのに、なぜか感じる違和感。
「……え?」
窓ガラスに映るその姿にすら、違和感を感じる。
黒髪にブルーグレーの瞳。ものっすごいイケメン。誰だコレ。俺?いや、そんな馬鹿な。
黒髪はともかく、なんで目が色違ってんの? てか俺、こんな顔してたっけ???
「旦那さま? どうかなさったのですか?」
なんか、やたらと心地よい声がしてそちらを向くと。
ベットに座る美女。え、誰!?
あ、奥さんだった。
…………は? マテ。俺今、なんつった?
奥さん??? いやいやいやいや、俺まだ大学卒業してねーだろ!?
「旦那さま?」
気づかわしげな声。ああ、心配かけてんな、これ。
ここにいたって、ふと気づいた。
なんだろ。見覚えあるぞ、この顔。
どこで……あ、あれだ。なんか妹がハマってたゲーム。なんだったっけ。でもそう! あれだ! あれに出てたキャラ!
え? てことは何? 俺、ゲームの中に入り込んでんの?
ていうか俺、もしかしなくても死んだ???
なんか、色々と処理しきれなくてフリーズしている間に、奥さんが人を呼んだらしい。どやどや部屋の中に入って来たけど……あ、ちっちゃい女の子……
「おとーしゃま! へーき?」
駆けてきて足に抱き着いてきた女の子。
その瞬間、頭がはっきりした。
この子、レティシアだ。レティシア・グランジェ。妹がやってたゲームの、悪役令嬢。
はい? ちょっと待て? この子、俺の娘だぞ!? ってことは。
次の瞬間、俺の口から出たのは。
「のおおおおおおおおお!?」
心からの絶叫だった。
**********
あれから俺が乱心したと大騒ぎになった。
いやいや、乱心は……まあ、したか。してたな。仕方ないじゃんか、唐突に前世の記憶なんてものが蘇ってきたんだから! 大混乱だよ、マジで!
取り敢えず、前日までの激務で夢見が悪く、ちょっと疲れていたという事で無理やり皆さんには納得してもらった。おかげで可愛い奥さんには今日は寝室で安静にしていてくださいとゆったりとした口調でキツク言われてしまったが。……怖いんだよ、ウチの奥さん。怒らせると。
で、まあ、俺は一人でゆっくり考える時間が出来たので、取り敢えずは状況を整理しよう。
まず、俺。
ルシアン・グランジェ。伯爵家当主で今年二十三だ。四年前に結婚して、妻との間に三歳の娘が一人。一応、王宮勤めの近衛騎士で、そこそこ有能。いまは近衛騎士団の団長補佐兼秘書みたいな仕事をしている。自分で言うのもなんだが、めちゃ強い。
次に、妻。
エレーヌ・グランジェ。栗色の髪にアクアマリンのような美しい水色の瞳をした絶世の美女。俺の大切な大切な可愛い奥さん。普段はおっとりしているけれど、怒らせると超怖い。
そして、レティシア。
俺の娘。先月、三歳になった。もう、奥さん似で超可愛い。俺の天使。この可愛い娘が、可愛いが故に我儘に育ちすぎて色々とやりすぎた結果、十五年後には犯罪者として婚約者であるこの国の王子によって断罪され、確か最悪のパターンだと投獄からの処刑。ついでに家も責任を問われて俺は爵位を返上して国外退去。
………………。
マズイ。非常にマズイ。
もしかしなくても俺、悪役令嬢の父親になっちゃったわけ!? やばいじゃん、どーすんだよこれ!
え、なに? すでに詰んでる? もしかしなくても没落決定!?
いやいやいやいや、マテ。落ち着け。まだゲームは始まってない。
という事は、だ。
娘を悪役令嬢にしなければいいんじゃね?
ついでに、王子との縁談は断ればいいんじゃね? つーか、会わせなきゃいいんじゃね?
というわけで、俺がやるべきことは娘をまっとうな貴族令嬢に育て上げる事!
今の可愛らしさをそのまま生かせるように、我儘が過ぎないように慎重に対処しなくては!
とはいっても、娘は可愛い。それはもう、無茶苦茶可愛い。将来は間違いなく奥さん似の絶世の美女になる。俺だけじゃ甘やかさずに育てるなんでできるわけがない。
ていうか、アレだ。
確か、レティシアの評判を聞きつけた王家が王子たちと会わせたがっていて……そうだ。そこで王妃さまに気に入られて王子の婚約者になるって妹が言ってたな。ただまあ、王子のほうはレティシア……レティの事はそんなに気に入ったわけじゃなくて、王族としての義務で婚約者として接していただけって。実際、王妃殿下のお付き連中から、それとなく探りを入れられてる。レティがもうちょっと大きくなったら本格的なお誘いが来る可能性、大。
………………。
やべーな。
妹がやってんのをたまーに横からっ見てただけだから、細かい設定が分からん。
確か、ゲームのスタートは王立学園の入学式って言ってたよな。学園への入学は十五歳から。という事は、あと十二年か。
だけどまあ、キーポイントになりそうなことは意外と覚えてる。……あれっだけ妹に熱く語られたら興味なくても覚えるよな。あの当時はうるせーなくらいにしか思ってなかったけど、こんな状況下では感謝せざるを得ない。
「よし! 取り敢えず今後やるべきことを書き出すか」
娘の幸せの為、ついでに我が家の没落阻止の為の作戦を考えよう!
そうして、考えた結果。
・学園入学まで、娘は王城へは連れて行かない。→王族との接触を極力回避。
・奥さんのような立派なレディに育てる。→奥さんに協力を仰ぐのと優秀な家庭教師の手配。
・万が一に備えて、俺も騎士以外の職に就く。→幸いにも稀少と言われている付与魔法が使えるし前世は機械いじりが趣味だった。便利道具を開発して更なる経済力を。万が一、財産を没収されるような事態になっても、手に職をつけていれば何とかなるかもしれない。やばいと思った時点で娘含めみんな連れて亡命してやる。
・娘のお目付け役を選出。→妙な虫がつかないように&間違ったことをしたときに諫めることが出来る存在が欲しい。ついでに王子たちとの婚約を確実に避けるためにも、婚約者を!
「……あ。そうだ、シルヴァンがいるじゃん」
娘のお目付け役をと考えたとこで思い出した。
実は俺の奥さん、娘を生んだ時に体を悪くして、もう子供は望めないと言われている。なので、半年ほど前に遠縁の子を俺の後継者とすべく引き取ったんだ。
実家では完全にお荷物扱いされていたらしく、引き取った時はなんかものすごく影のある子だったんだが、娘が予想外に懐いて引っ付き虫になったため、今では娘溺愛の美少年に進化した。ついでに、ものっすごく優秀。将来は間違いなくハイスペックなイケメンになるだろう。
正直、なんでこの子が厄介者の使えない屑呼ばわりされていたのか、まったく理解できん。まだ五歳だぞ? 十以上も離れた上の兄貴と比較して何も出来ない子って言われていたらしく、それ聞いた時はバカかと思ってしまった。成人間近の十七歳と五歳児を同列に見るなよ。
だから俺はシルヴァンを引き取った時に、
『君はまだ子供なんだから、出来ないことがあるのは当たり前だ。だけど、これからたくさん勉強して色々なことを覚えれば、きっと出来ることが増えてくる。君にはたくさんの可能性があるんだ。だから、少しお休みしたら、一緒にがんばってみないか』
って言ったんだ。
たぶん、そんなこと言われたことなかったんだろうね。びっくりした顔して俯いたと思ったら、ぽろぽろ涙こぼし始めたもんだから、なんかたまらなくなって抱きしめた。そしたら、抱き着いてきてわんわん泣き出すし。
辛かったんだろうなぁと思ったら、この子の両親に軽く殺意沸いたよ。
でもまあ、バカ親だったおかげで俺は可愛い息子をゲット出来た事だし、もうあんな連中はもうどうでもいい。シルヴァンも俺を慕ってくれてるしな。可愛いよ、本当に。
あ、ちなみにシルヴァンの両親にはちゃんと今後一切かかわらないように言ってあるし、書類も交わしてある。なんで、口出しできないよ。してきたとしても無視する。正式書類として王宮で手続きしてあるから、もうどうすることもできないしね。
ただ、養子にするための手続きはまだ完了していない。これはまあ、貴族だと色々と面倒ごとが多くて、関係各所で色々と申請しなきゃならないから、時間かかってるってだけの話。場合によっては一年近くかかることもあるんだよ。
だけど。
「あ~……そっか。まだ正式に養子にしてないのは、ある意味チャンスか」
ふと、ある事を思いついた。
娘は、シルヴァンが大好きだ。シルヴァンも、厄介者扱いだった自分に懐きまくってるレティが可愛くて仕方ない様子。引き取ってしばらくたったころに、レティを守れるようになりたいから剣を教えてくれって頼み込んできたくらいだ。
「レティをお嫁さんにしたいって言ってるしなぁ」
それを本気で考えてもいいかもしれない。
貴族同士の婚姻なんざ、基本的に本人たちの意志は二の次だ。政略結婚が当たり前、幼いころから婚約者がいるのだって珍しい事ではない。
「う~ん……何れ嫁には行くんだし、シルヴァンと一緒になればレティはこの家にずっといるわけで……どこぞのボンクラに嫁がせるくらいならシルヴァンに任せた方が絶対に良いに決まってる」
あれ。これ、いいんじゃね?
将来的なことはまだわからないにしても、いまはお互いにお嫁さんになる!、お嫁さんにしたい!って感じでものっすごく仲がいい。シルヴァンを婚約者にしておけば、あの断罪も回避できるんじゃないだろうか。
ああ、うん。これが一番いい気がしてきた。
「よし。まずはエレーヌに相談だな」
何をするにしても、まずは奥さんに相談。
俺はベルを鳴らすと、すぐに来たメイドにエレーヌを呼んでくるように指示した。
**********
さて。
奥さんに色々と相談した結果、GOサイン頂きましたよ。
いや、あのね。どうやら奥さんも、この所の王家からのさりげない呼び出しとかには辟易していたようで。あんな乱暴者の王子共に可愛い娘を取られたくないと言い切ってくれました。まあ、確かに今の王子たちはあまりいい評判は聞かないね。腕白すぎて、お付きの連中じゃ手に負えないのは俺も知ってる。俺たち近衛が脱走した王子たちの回収に行くこともあるしな!
「ですが、旦那さま。そうしますと、シルヴァンを養子にしてしまうと後々都合が悪くなりませんか」
一通りの話が終わったところで、奥さんがそう言ってきた。
うん、奥さんの懸念は最もだね。
だけど、そこは考えてある。
「そうだね。私もそこは考えているよ。取り敢えず、シルヴァンにはこれまで通りに私の後継として教育をすることには変わらない。その上で、私が持つ男爵位をシルヴァンに継がせ、私が後見人となって成人までは面倒を見る、という事にしようと考えているのだが」
名ばかりではあるが、そうすればシルヴァンは立派な当主。ただし未成年なので、後見人を立てなければならないから、その役目を俺が担えばいい。
「それでしたら、問題ありませんわね」
にっこりしながら奥さんが頷く。
「反対意見はないのかな?」
「ありませんわ。シルヴァンは良い子だし、レティもシルヴァンが来てから我儘なところが治まりつつありますもの。ああ、嬉しいわぁ、シルヴァンなら安心してレティシアを任せられます」
ニコニコと機嫌よさそうな奥さんに、一安心。
うん、ウチの奥さん、すっかりシルヴァンがお気に入りなんだ。引き取った当初は人間不信気味で俺以外は必要以上に近寄らせなかったシルヴァンを、妻と娘で構いまくった。特にレティ。シルヴァン見つけると引っ付いて離れない。無理に引き離すと泣く。
そんなレティに最初は戸惑っていたシルヴァンも、そのうち慣れて半年たった今は明るく利発な少年に変貌した。
もちろん、俺も構いまくってるよ? 勉強も教えてるし、剣も教えている。なんで、俺にも懐いてくれている。普段はきりっとした利発な少年だけど、たまに甘えてくるのが、めちゃ可愛い。レティとは違う可愛さがある。
「では、本人に話をしておこうか」
話がまとまったところでシルヴァンを呼んで、俺と奥さんから今後の事を説明した。
その上で、このまま俺たちの養子になるか、俺の持つ男爵位を継いで名ばかりにはなるが当主としての地位を手にするかを選ばせることにしたんだ。
結果、シルヴァンは男爵を継ぐことを選び、ついでにレティをお嫁さんに欲しいとまで言ってきた。
俺から言い出す手間が省けたな。
「本気か? 一度、婚約を結ぶと簡単には破棄できないぞ」
一応、最終確認。まあ、俺としてはシルヴァンがどっちを選んでも息子として可愛がることには変わりない。
だけど、シルヴァンの決意は固かった。
「だって、ちゃんとやくそくしておかないと、レティ、かわいいからとられちゃいます。マークもジャックも、レティのことかわいいって言ってる。おとうさんに、おねがいするって言ってた。そんなのいやです」
うん、本当に利発な子だね。幼いながらもちゃんと状況を把握している。
これなら大丈夫だろう。
「わかった。では、私が正式に手続きを進めておくよ」
そう言ってからシルヴァンを手招きする。
歩きよってきたシルヴァンの頭を撫でた。
「シルヴァン。取り敢えず、いまは君を私の息子にはしないが、それでも私は君を大切な息子だと思っている。だからこれまで通り、父と呼んでくれるかい?」
そう言ったら、ちょっとシルヴァンは驚いた顔をして。
それから、嬉しそうに頷いてくれた。
あああ、やっぱり息子も可愛い……
こうして、断罪回避の第一歩を踏み出した。
うん、この子たちを守るためなら、なんだってやってやる。
目指すは大団円、平穏な日々!
せっかく前世の記憶を取りもどしたんだ、絶対に遂げてやる!