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飛行少年  作者: ラサ
5/6

5 飛行少年 納得する


 天野が長期戦といったように、落ちに落ちた和美の学力を底上げするのは確かに簡単じゃなかった。

 高校入試時の勉強内容はすでに忘却の彼方に過ぎ去っていた。

 そこで、天野は中学の数学のおさらいと同時進行で高校の内容を教えることにしてくれた。

 和美は相変わらずのほほんで、この放課後の勉強会以外に勉強している様子はとんとない。

 まあ、授業進度についていけない和美には、授業中、席についているだけましだと思わなければなるまい。

 授業についていけるようになるまではまだまだかかるとして、あたしにできるのは、家に帰ってからの時間を使って勉強を教えることだ。

 てなわけで、あたしは夕飯とお風呂をすませると和美んちに向かった。

 出迎えてくれたのは和美のお母さん。

 驚いたような、それでいて喜びを隠さない表情が相も変わらず可愛らしい。


「まあ、まあ、まあ、雪香ちゃん、どうしたの?」


「こんばんは、おばさん。今日から和美と勉強するからしばらくお邪魔します」


 のほほんなおばさんが目を輝かせてあたしの手をぐわっしとつかんだ。


「まあ、まあ、まあ、まあ、ホントに? 嬉しいわあ。雪香ちゃんと勉強してくれたら、和美も少しはやる気になってくれると思うわ。お夜食はまかせて!!」


「いや、夜食食べたら眠くなるんで、それはなしで」


「あら、そうなの。残念。あ、じゃあ今度からうちでご飯食べてから勉強して。ね? 昔はよくうちでご飯食べてくれたのに最近全然来てくれないじゃない。おばさん、さみしいわあ」


「あ、ああ、じゃあお母さんに聞いてから――」


「大丈夫!! 雪美ちゃんには私から電話しとくから、だって、こんな遅くよりご飯食べてすぐにお勉強した方が早く終わるじゃない?」


 む、確かにおばさんの言い分が理に適っている。


「ね、ね? そうしてぇ」


 小首を傾げるおばさんには逆らえない。


「じゃ、じゃあ、明日から」


「まかせて!! 雪香ちゃんの好きなものいっぱい作るから!」


「……」


 もはや笑うしかない。

 早速うちの母親に電話をかけにいくおばさんを目で追ったのち、あたしは二階へと上がった。

 一人っ子の和美の部屋は階段を上がってすぐの南向きのいい部屋だ。

 一応ノックする。


「――」


 返事はない。


「和美?」


 もう一度ノックして反応がないのを確認してからあたしはドアを開けた。


「――」


 和美はベッドの上でスマホを握ったまま眠っていた。

 これはゲームしながら寝落ちのパターンだな。

 机に勉強道具を置くと、ベッドに近づく。


「和美?」


 起きる気配がない。

 咄嗟に、鼻を摘まんでみた。


「――」


 鼻を摘ままれた和美は、最初顔をしかめたものの、やはり起きる気配はない。鼻がダメなら口で息をするということを本能で察したらしい。

 あんぐり開いた口も塞いでやろうかと手を伸ばしかけた時、


「――っか?」


と呟く声とともに、和美は目を開けた。

 ちっ。起きたか。


「心の声、ダダもれてるから。舌打ちも」


 目を開けた途端、手を離したが、余りにも至近距離で、隠しようもない。


「珍しいね、きっかが部屋に来るの」


 身体を起こしてのんきに伸びをする和美に、あたしはのたまう。


「今日から毎日一緒に勉強するから」


「――え?」


「今日から、毎日、一緒に、勉強するから」


 はい。大事なことなので、二度言いました。


「俺に拒否権は――」


「もちろん、ない」


「――デスヨネー」


 棒読みで答える和美は遠くを見ていた。


「逃避しない!」


 無理やり和美を机に座らせると、あたしの得意分野である国語を課題、予習、復習と、とにかく叩き込んだ。途中、おばさんがいそいそと飲み物を持ってきてくれたが、集中が途切れるからと断り、日本語を理解できる和美でさえ、終わりごろにはもはや何を勉強しているのか意味不明で魂が抜けかけるほど濃い時間を過ごした。

 やはり、初日が肝心。集中が途切れる後半は復習で補ったから、まあ、大丈夫だろう。


「とりあえず、今日は2時間で勘弁してやる」


 反応のない和美をよそに、あたしは和美の勉強道具一式を片づけてリュックに押し込む。お飾りみたいなぺらいリュックバッグには入りきらないから、幅をめちゃめちゃ広めて。


「おつかれ、また明日」


「――」


 さっさと部屋を出て、おばさんにあいさつしてすぐに家を出た。

 大きく伸びをしながら、自分の家に帰る。

 和美ぐらいにはあたしも疲れていたが、気持ちは何だか軽かった。

 そんな自分を、あたしは褒めたい。



 家では逃げ場のない和美も、放課後の自習室での勉強を何度かサボろうと試みたが、あたしの厳しい監視を逃れることはできず、毎回捕獲、説教の後、自習室へ連行される毎日が続いた。

 そうなると、すでに諦めの境地に至ってもよさそうなものだが、和美の天然さはここでも本領を発揮し、勉強にかこつけて天野を質問攻めにし、時折脱線させかけてはクールな天野にさらりと勉強に引き戻されるという静かでもない攻防を繰り広げていた。

 和美よ、そんなに勉強したくないのか。

 学生の本文は勉学に在り、という尊い先人の名言を知らんのか――って、和美が知るわけないか。

 知ってたらこんなことにはなってないな。

 あたしは和美と違って素直以上に熱心に勉強する高森さんに心癒されながら、古文に取り組んでいた。


「天野は何で勉強するの?」


 いきなりの問いに、天野は教えていた手を止めて和美をまじまじ見つめた。

 向かいに座ってた高森さんとあたしも思わず和美を見た。


「別に、時間稼ぎで質問してんじゃないよな」


「これはね」


これはね、ってことは、今までの質問の中には時間稼ぎがあったってことだな。

そして、この質問は和美が本当に聞きたいことなんだ。

天野もそれがわかったので、ペンをおいた。


「渋谷は、何で勉強しないの?」


「勉強する意味がわからないから」


 即答だった。

 天野はさらに問う。


「それは何で? 勉強する意味の理由付けなんて有り余ってるだろ。何が納得できないの? それがわからなきゃ俺が何言ったって、それこそ意味がないと思うけど」


 確信をつくようにはっきりと言う天野に、和美は答え返せない。


「――」


 天野はそんな和美に軽く息をついて、さらに続けた。


「渋谷はさ、わからないんじゃなくて、納得したくないんだよ。納得したくないから、動くことも出来ない。でも、納得することと行動することは切り離したほうがいい。とりあえず行動してみれば、納得する答えを見つけられるかも」


「天野も、そうだった?」


「うん。今もそうしてよかったって思ってる」


 ぶれない天野の言葉に、暫し沈黙した後、


「わかった」


と和美は小さく呟いた。


 その表情は、少し満足そうにも、気が晴れたようにも見えて。


「――」


 あたしは、ちょっと胸が痛かった。

 和美は、天野の話に耳を傾けた。

 あたしの言葉は届かなかったのに、天野の言葉は、和美に届いて、なおかつ和美を納得させた。

 それが、悔しいのだ。

 ずっと一緒にいたのに。

 あたしの方が、ずっと長く一緒にいたのに。




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