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飛行少年  作者: ラサ
1/6

1 飛行少年 サボる

 いつも和美は空を見ている。

 まるで飛べない鳥のように。


 いつも和美は夢を見ている。

 まるで小さな子供のように。


 そしてあたしは和美を見ている。

 いつもあたしは和美を見ている――





 とある六月の晴れた午後、多少イライラしながらもあたし、大沢雪香(おおさわゆきか)は学校の裏の林の中を探し続けた。

 いつもこの辺りにいるはずなのに、今日に限って見当らない。

 二つ分の荷物の重さがやけに今日は気になる。

 なんでだろう。

 一つは『昔のお医者さんのカバン』と、異名をとるほどぶあついショルダーストラップつきのリュックバッグ。

 もう一つはこれまた対照的に超うすっぺらいリュックバッグ。


「ああ、くそぉ、重い、捨てていきたい!」


 もちろん、お医者さんのカバンの方が自分のモンだから、ぺラぺラのリュックの重さには何の罪もない。

 しかし、いらついてる時、何かに八つ当りしたくなるのは世の常人の常、この世の真理なのである。

 だいたい、あたしがこんな苦労してるのに、あれは一体何やってるんだ。


「あ――」


 いた。

 目標物(?)を見つけると、カバンをその場に捨て置いて、あたしはずんずんそれに向かっていった。

 死体のようにごろんと仰向けになって、口なんかもあけて、幸せそうに眠ってる。

 苛々は、たやすく最高潮に達し、ゲージを振り切った。

 あたしはその傍らにしゃがみこんだ。


「ばか和美(かずみ)っ! 起きろ!」


 ごいん、と鈍い音がした。

 もちろん眠ってる幼なじみの同級生、渋谷しぶや和美の頭をぶちのめした音である。


「……痛い……」


 しかし、殴られた本人は起き上がる気配がとんと無い。


「……痛いけどあと5分……お願い、愛してるから……」


 言って、和美は目を閉じたまま寝返る。


「――新婚メロドラみたいなふざけた戯言いってっと、も一度ぶちのめすぞ。起きろってば、和美!」


 背を向けてる和美を引き戻して、横っつらをひっぱたく。

 ぱぱぱんぱん、と漫画みたいないい音が響く。


「ち、ちょっと待った。待て待て待て待てってば――きっか!」


 仰向けのままこれ以上ぶたれないよう両の頬を押さえて、和美はやっと目を覚ました。

 それから片手をついて、体を起こす。


「――あのさあきっか、も少しやさしい起こし方って、できない?」


 恨めしそうな和美の顔。

 しかし、そんな顔ぐらいで動じるあたしではないのだ。


「授業さぼって居眠りこいてるような奴に、そんなこと言う資格はない」


「つ、冷たい――」


「なーにが冷たいだ。だいたいなぁ、お前ってば今年に入ってもう3回目だろ、午後の授業サボるの?

 いいかげんにしないと、留年するぞ」


 和美はぶつぶつと呟く。


「――別に、サボろうと思ってサボったわけじゃ……」


 語尾がきえちゃうのは、図星をさされてるからだ。

 小さいときからの癖。

 そして、上目遣いにあたしの顔色をうかがう。

 子供の時から、和美はちっとも変わらない。

 ガキをいじめてるみたいだ。

 あたしは溜め息をひとつ。

 それ以上怒る気も失せてしまう。


「――で、今日さぼった理由は?」


 和美の顔がパッと明るくなる。


「そう、それだよ。雲が、いつもと違ってすごく速く流れてくんだ」


 へ?


「ほら、見ろよ」


 和美の人差し指がさすままに、上を向く。

 うん、確かに、いつもより雲が速く流れてる。

 見上げた顔の上に、影を落としては去っていく。


 けど、それがどうしたってゆーんだ?


「な、きれぇだろ」


 屈託の無い、無邪気な声。

 きれぇ?

 雲がか?

 そりゃいつだって、雲は真っ白できれぇだ。

 そうして和美はぱふっと、また芝生に横になって、真っすぐ空を見つめたまま動かない。

 ただ、動かない。


「――こうしてると、動いてるのは雲じゃなくて、横になってる自分のほうなんじゃないかって、錯覚する。それが、とっても気持ちいい――」


 そこであたしの頭にぴん、とくるものがある。


「――もしかして、そうやって雲を見ててあんまり気持ちよくって、そのまま眠ってしまった、なんていうんじゃ……」


 ここで和美があたしを見て、にっこり笑う。


「うんっ」


 これだ。


 このウルトラ脳天気っ!!

 幸せそうな顔で断言するな!!


 とどめの返答に、あたしはこれ以上ものを言う気をなくしてしまった。

 これほどの、常識無しは見たことがない。


「……も、いい。帰るぞ。ほらカバン」


 諦めて立ち上がり、放り出しといたカバンを取って、一つを和美に渡す。


「ありがと」


 あくまで和美はにっこり笑う。


「まったく、いいかげんまっとうに生活しろよな。その頭ん中開いて覗いてみたくなるぞ。お前ときたら、常識がすっぽり欠如してるんだから」


「そうかな?」


「そうだっ! 雲なんか見てたって、腹が膨れるわけもない」


 ぎっと睨み付けるあたしに、和美はささやかな抵抗を試みる。


「でも、あれ教えてくれたの、きっかだぜ」


 えっ!?


「自慢たっぷりに、『ほら、地面が動いてるんだよ』って。俺、あん時すっごい感動したんだ」


「そんなこと、言ってない」


「言ったぞ。俺ちゃんと憶えてる」


「あたしは忘れた。帰るぞ」


 すくっと立ち上がって、あたしはずかずか大股で歩きだした。

 本人でさえ忘れてる、そんな昔のこと持ち出すな、馬鹿。

 恥ずかしい。


「きっか、待てよ。おい、きっか、きっかってば」


「――」


「きっか、きっか、きっか、きっかってば」


 後ろからしつこく呼ばれて、あたしはぴたっと立ち止まる。

 和美は息も荒く追いついて、あたしの隣に並んだ。


「あいかわらず歩くの速いな、きっか」


 あたしは和美に向きなおる。


「その呼び方はやめろって、何度も言ってるだろーがっ! あたしには大沢雪香って立派な名前がちゃんとあるんだ!」


「だって、初めて会った時から、俺『きっか』って呼んでただろ?」


 ちっとも和美は悪怯れない。


「もう、6つのガキじゃないだろ! ああ、もうお前と話してるとイライラするっ」


「野菜足りないんじゃない?」


「は?」


 和美が笑う。


「ほら、野菜食べないと怒りっぽくなるっていうじゃない。今日うち帰ったら、野菜いっぱい食べればいいよ」


「――」


「さ、帰ろ」


 そうしてすたすた歩きだす。


 脳天気な和美。


 時々言葉が通じてないんじゃないかと思うくらい、会話が噛み合わなくなる。


 ふわふわふわふわ。


 まるで和美は宇宙人。

 いつでも地面から10㎝離れて生きてるみたいだ。

 どうしてだろう。

 こんなに近くにいるのに、和美が全然わからなくなったのは。


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