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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第一章 星と羽翼
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星と羽翼 7

 バスの外を流れる景色の逆再生を眺めて、どれくらいの時間が経っただろう。

 先にバスを降りた藤枝先輩を見送ってから、ずっとぼんやりしていたように思う。何かを考えていたわけでもなく、先輩の言葉を、頭の中で空転させ続けて。

 気が付けば、本来俺が降りなければならなかったバス停はとうに過ぎ、終着点まで来てしまっていた。

 駅ではない。俺の住む住宅街を越えた先、郊外にあるバス車庫前の停留所だ。この辺りまで来ると、家やマンションなどはまばらになり、古い倉庫群や工場が乱立する区域に入る。

 平日であれば、働く大人がそれなりの数乗り降りするバス停なのだが。休日の今日は、俺を含め三人の乗客しかいなかった。もう少し戻ったところにあるらしい業務用スーパーを除けば、買い物や娯楽で足を運ぶことのない場所だから、当然といえば当然だ。

 仕方なくバスを降り、時計と時刻表を見比べる。時刻は既に午後五時を回って日も暮れていたが、なんとか確認することができた。

「一時間待ちか……」

 ずんと、肩が重くなったのを感じた。バスを待つより、歩いた方が若干早く帰宅できるだろうか、という微妙な距離感である。どうあっても、夕飯には間に合わなさそうだ。

『気を付けて帰ってきなさい』

 と。母さんと何度かやりとりしたメールは、そんな文面で締めくくられた。

 車を出そうか、とも言われたが、強く断った。高校生にもなって、こんなポカで親に迎えに来てもらうというのは、なんだか恥ずかしい気がした。

 恐らくだけれど。両親の方針としても、そろそろ俺の自立を促そうとしているのだろう。俺の進路はまだ分からないが、大学から上京して一人暮らし、という将来もあり得るのだ。いつまでも、親に頼ってばかりの子どもではいられない。

 五分ほど迷ってから、徒歩で家に帰ることに決めた。距離は確か、北西方面に四キロから五キロほどだろうか。それくらいならば問題ない。運動は得意でないにしても、人並みの体力くらいなら持っているのだから。

 もちろん、藤枝先輩との会話を忘れたわけではないが。帰り道はバスの進行路、つまり車道に沿って歩くだけだ。街頭もあるし、まばらとは言え車も通るし、十五分も歩けば住宅も増えてくる。そうそう危険なことはないだろう。

 十一月最後の週。早くも冬を迎えた冬樫市は例年通りに寒く、吐く息も白く染まっている。

 けれど、こちらももう十六年、この寒冷地で暮らしてきたのだ。防寒対策は適切で、首元のマフラーが暖かい。

 色々あったうえ、乗り過ごしで気分は落ちたが。清涼な空気を吸って、ずんずんと歩いて、少しずつ前向きになっているようだった。ウォーキングを趣味にしている人の気持ちも分かるというものだ。

 帰ったら、多少のお小言はあるかも知れないが。それを聞いて、夕食をとって、風呂に入って、明日の学校の準備をして、早めに寝る。

 いつも通りの連休の終わり。授業が始まる憂鬱さと、友達と共に過ごす楽しみが入り交じった、なんとも言えない夜の心情。

 変わらない退屈さと、変わらない安心感と、ほんの少しの焦燥感。年が明け、高校二年になって、進路を定めて、勉強に励み、いつか大人になっていく。そんな未来は遠いようで、けれど思っている以上に近い。今日のように、変なことが起きたり、ちょっとしたミスをしたりを繰り返しながら、着実に近付いてくる。

 疑いようのない。当たり前に来る、何の変哲もない未来、将来を。

「――あ」

 目の前を横切った女の子が。

 きっとすべてを、さらってしまったのだ。

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