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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第一章 星と羽翼
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星と羽翼 5

「じゃあ、本当に?」

 月曜日、振替休日の午後。俺と悠助は、再び顔を合わせていた。

 元々そんな予定はなかったのだが、悠助の方から会おうと言ってくれたのだ。昨夜の電話は、隣にいた悠助にも筒抜けだったろうし、気を遣わせてしまったらしい。

「お葬式は?」

 そう聞いてくる祐介の表情に、いつもの気安さはない。俺の様子を窺ってか、覗き込むような体勢で対面している。

「まだ決まってないと思うけど、やらないんじゃないか。葬式ってさ、一人の人間に対して、二回やってもいいものなのかな」

 どうだろう、と悠助は首を傾げた。

 三年前の兄の葬式に、悠助も列席していたはずだ。もう一度葬式を開いて、もう一度弔ってもらうというのも、何かおかしな話な気がした。

「言われてみればあのとき、誠一さんの遺体を見はしなかったけど」

「そうだよな」

 三年も前の話だから、俺の記憶も曖昧だったが。俺自身の目では、兄の死を確認した訳じゃなかったはずだ。顔どころか、遺骨すら見なかった気がする。

 事故に遭ったという兄の訃報がショックで、ただただ泣いてばかりいた。両親や、葬儀の様子なんて、ほとんど視界に入らなかったのだ。

 そうやって塞ぎ込むことで、兄の死は何かの間違いなのだと、思い込みたかったのかも知れないが。しかし事実として、俺はそれ以降、二度と兄と再会することはなかったのだ。

 今回もまだ、発見されたという兄の遺体を、俺は見ていないが。

 でも。今回こそが本当なのだと、俺は確信めいた感覚を持っていた。

 手の中にある『お守り』に目を落とす。

 紺色の生地に松葉柄の縫い込まれた巾着袋。縁起物としてしばしば見かける品物より、一回りほど大きく膨れたお守り。それもちょうど三年前、兄と別れる少しだけ前。俺と兄の二人へ母が贈った、この世に三つとない手製の品だった。

「だから、まあ。悲しい、っていう感じじゃなくて」

 ほんの少しの沈黙も息苦しい。話しやすい喫茶店の奥の席は、逆に落ち着かない場所だった。

「ほんと、何なんだよ、っていう感じだ」

 何が言いたいのか、自分でも分からなかったが。そうとしか言いようがなかった。

 兄の身に、いったい何が起こったのか。

 俺や俺の家族は、どういう状況に置かれているのか。

 三年前も、今も、俺は翻弄されるばかりで。本当のことを、何も知らずにいたのだろう。

 そう思ったとき、初めて悔しさがこみ上げた。

 あんなに好きだった兄を。

 あんなに尊敬していた兄のことを。

 俺は何も知らず、今日まで生きてきたのだと。

「あんまり、無責任なことは言えないけど」

 悠助は、窓の外に視線を投げながらそう言った。

「腑に落ちないものがあるなら、この際だ。少し調べてみたらどうかな」

「調べる?」

 うん、と。悠助はためらいがちに頷く。

「誠一さんの顔を見れば、少しは気持ちの整理がつくんじゃないかな」

「……それは、まあ」

 そうかも知れないが。

 その通りだという気持ちと、本当にそうなのかという気持ちが、胸の奥で不快に織り混ざった。

 眠っているかのような顔を見て、安心できるのか。それとも、涙が溢れて、立ち上がれなくなって、その後を追いたいなどと思うのか。

 もう、何の言葉も届かなくなった兄へ。俺は一体、どんな言葉を掛けたいのだろうか。

「けど、父さんも母さんも、詳しいことは何も教えてくれないんだ。遺体の場所とか、見つかった場所とか、死因とか、何も」

「大人なりの気遣いだろう。でも、僕らだってもう高校生だ。真実を知る権利くらい、あるんじゃないかな」

 真実、なんて。悠助らしくない言葉だとは思ったが。

 その言葉に、惹かれるものがあったのも、事実だった。

 なぜ。どうして。何が、どうなって。矛盾、不可解、意味不明、理解不能。視界と思考を埋め尽くす、そういうよく分からないものが、邪魔で邪魔で仕方がないのだ。「どこへ行けば、兄さんに会える?」

 縋るような気持ちで、俺は問いかけた。

 目の前にいるのは悠助だけだが。その答えをくれるのが、誰であろうと構わなかった。

 自分ではどうしようもない気持ち。ずたずたに荒れ果てている。元に戻したいのに、どこから手を着ければいいか分からない。こんな仕打ちをした誰かを問いただしたくても、それが誰なのかも分からない。

 だから、何でもいいから。誰かに、手を差し伸べて欲しかった。

「警察、病院、葬儀社、どこも門前払いされそうだけど。可能性があるとしたら――」

 俺はきっと、兄さんのことを、何も知らずにいるのだろうけど。

「病院かな。冬樫ふゆがし市立小此木(おこのぎ)総合病院」

 それならせめて、最期のことくらい。知っておきたいと、思ったのだ。

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