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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第二章 応援挽歌
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応援挽歌 27

 我ながら呆れるほどの溜め息が出たと思ったら、それは更にどうかと思うほど大きなあくびに変わった。

「流石に眠いよね。一格、昨夜は三時間も寝られてないでしょ。何をそんなハードスケジュールしてんの?」

 修行僧? などと悠助は軽口をこぼす。修行僧が睡眠時間を削ってまで修行に励んでいるのかどうかは、俺も知りはしないのだが。

「それに付き合ったお前は、ああ、仮眠取ったとか言ってたか」

「非効率極まりないけどね、どっちにしろ。いや、昨夜君がなかなか来ないから、寝るしかなかったんだよ。どこをほっつき歩いてたの?」

「色々だよ」

 本当のことは、どうしても言えなかった。

 海老原先輩、そしてヨアヒムを名乗る人物と戦い。光永会長と共に不可解な空間へ行き、撫子さんと鬼贄さんと出会い。更には、その場にいなかったもう一人の仲間にも会いに行って。間もなく日が変わるという頃になって悠助の家に転がり込み、そこからテストの追い込みだ。一日くらいならともかく、何日も続けられるものではない。

「ふうん。まあいいけどさ、赤点だけは回避してよね。僕の時間はぞんざいに扱っていいほど安くないんだ」

「分かってるよ。いや、分かってるけど。その割にこの時間はなんだよ、なんでお前まで今日学校来てるんだよ」

 今日は土曜日で、当然のごとく授業はない。何なら部活動だって普通はやっていない。来ているのは大会間近で特例として認められている女子剣道部と、試験準備中の先生たちくらいだろう。

「なんでかって? 一格それ聞きたいの?」

「まあ。なんでだよ」

「君が行くと言ったからさ」

「もう帰っていいぞ」

 要するに面白半分である。試験のためにわざわざ勉強しなくても、トップクラスの成績を修められる悠助からすれば、俺に無駄がありすぎると言いたいのだろう。

 話していた我妻さんが部活動に合流して、十分ほど経過していた。他愛ない話を繰り返してはお茶を濁していたが、そろそろこの場における居心地の悪さが無視できなくなってきた。女子部の練習風景など、男が二人並んでじっくり見るようなものではないのだ。

「というか、じゃあ一格はなんなのさ。八剣さん絡みだとは想像つくけど」

「まあ、そうだな」

 要は付き添いである。

 本来部活に呼ばれたのは俺ではなく、一星だけだ。女子剣道部の活動なのだから、当然そうなるだろう。

 呼ばれたというか、一星曰く勧誘に近かったらしい。剣道部の誰がしかが進言したのだろう。

「で、お前もついてこい、って」

「え、なんで? そしてなんで?」

「あー」

 悠助が聞きたいのは、なんで俺が一星に呼ばれたのかということと、なんで本当についてきたのかという二点だろうか。

「なんで呼ばれたのかは知らない」

「そう? てっきり応援してほしいとか、そういうことなんだと思ったけど」

 つくづく勘のいい男である。何の情報もない中で、核心だけは掴んでいる。変にぼかす方が勘ぐられるかもしれない。

「まあ、そんなところ。二つ目のなんでは、じゃあもう分かるだろ」

「応援? 体験入部しにきただけで? テストやばいのに?」

 今度は悠助が盛大な溜め息を吐き出した。

「いや、応援って、声援を送れって意味じゃないけど」

「分かってるよ。見に来るだけでも応援になるさ、特に君であれば。そういう君だからこそ、野球部だっけ? 応援禁止の練習試合の見学すら許されたんだから。なに、転校生にすらもうそういう認識持たれてるの?」

 呆れてものも言えないよ、と悠助は天を仰いだ。

 視線を追って、天井を見上げる。窓から見える空は曇天、光量も控えめだが、流石に昼間から照明はついていなかった。

「君さ、さっきの我妻さんの話受けなよ」

「は? なんでそうなるんだよ」

「だから――」

 と、何かを言いかけた悠助だったが、言葉を飲み込むようにして頭を振った。

「まあいいか。この問答も何度したかって話だし。いくら口で言っても無駄でしょ」

 そう言って、悠助は伸びをしながら出入り口へと歩き出した。

 若干迷ったが、悠助に続くことにした。別に一星も四六時中ここにいろとは言っていなかった。荷物はすべて持っているが、先に帰ろうという訳でもない。校内にさえいれば、あとで怒られる心配もないだろう。そう思い、二人連れ立って剣道場の扉を開いた。

 急に冷え込む空気に身を震わせながら、剣道場の敷居をまたぐと、屋外へ出る。細い石畳の通路と年季の入った屋根が右手方向に伸び、その先すぐには体育館への入り口がある。つまり、冬樫高校の剣道場は体育館と併設しているのだが、剣道部員以外からしたらさほど馴染みのない順路である。

「帰るのか?」

「まあ、そうだね。付き添いの付き添いなんて、そもそもいる意味ないんだし」

 それはそうだ。本来悠助に学校へ来る用事なんかない。それに、大抵の生徒は家で大人しくテスト勉強しているか、開き直って遊んでいるかの二択である。ここにいる方が不自然なのだ。

「悪かったな、忙しいだろうに」

「別にいいよ、たまには休日の学校も来たくなるものさ」

 体育館を通り過ぎ、悠助はすたすたと更に先へと進む。

 体育館を見送った先には中庭があり、更に進めば東館がある。そして両開きの扉を抜ければ、東館一階の昇降口に出る。普段の部活でも、この経路を使って体育館から昇降口に至り、そして下校する生徒は多い。下手をすれば、教室から帰るより慣れた道筋かもしれない。

「一格は? 八剣さんを待つの?」

 健気だねぇ、と悠助が茶化す。

 悠助のことだから、大筋は察しているのだろう。剣道に打ち込む一星の姿を見ていれば尚更だ。内心、またいつものやつかと呆れていることだろう。

「ほどほどにしておいた方がいいと思うよ」

 と。座り込んで靴を履き替えながら、悠助にしては珍しく、真剣味を帯びた声でそう言った。

「テスト勉強もまだ足りてないでしょ。得意科目に絞れば、一格だっていい線行くんだから」

「そうは思わないけど……。大体、得意科目って言うほどのものはないし。今は応援の方が大事だよ。今年、いや来年の夏ぐらいまではさ」

 分かるだろ、と問い掛ける。

 悠助は靴を履き替え終えていたが、立ち上がろうとしなかった。そのまま上半身だけねじって、こちらへと顔を向ける。

「君だってさ、一格」

 悠助は、やっぱり呆れたような顔で、

「君だって一つくらい、何かで一番になりたいって、思うでしょ?」

 そんなことを言ってきたが、しかし。

 しかし、俺は。

「いや? 考えたこともなかったな」

 悠助は、乾いた笑いを漏らしながら、ゆるゆると手を振って校門へと歩いて行った。

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