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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第二章 応援挽歌
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応援挽歌 17

 海老原先輩は、一星に飛ばされた先で伏し、動かなくなっていた。距離があるから、微かな動きは視認できないが、少なくともすぐに立ち上がる様子はなかった。

 一星の攻撃の一瞬、海老原先輩が両腕で身を守っていたのが確かに見えていた。あの籠手で防げたのならば、大きな外傷はないだろう。

 それでも、海老原先輩は動かない。動けないでいる。意識があるのかどうかも分からない。

 とにかく、それほどの衝撃を伴った攻撃を、一星は繰り出したのだ。その威力は恐らく、海老原先輩のそれを大きく上回っていただろう。

 一星が、自ら吹っ飛ばした海老原先輩の方へと歩き出す。その姿に感情は窺えず、先ほどまでの激しい戦いの疲れも見えない。

 毎日の登下校のときのようで。ただ異様なのは、抜き身の刀を手にしているという一点で。

 何を、と。問い掛けるまでもなくその回答に行き着いた。言葉を考えるのも間に合わないまま、気が付いたら俺は、一星の肩を掴んでいた。

「あれは、ここで討たねばならない」

 振り向きさえしない一星は、どれほど見透かしていたのだろう。容赦なく、ためらいなく。俺の持つ疑問、葛藤に対する答えを、斬り付けるように返してきた。

「だけど」

「元より、先に仕掛けてきたのは奴の方だ。そんな奴を放っておけばどうなるか。それは一格、お前でも分かるだろう」

「だけど、一星」

「野放しにしろというのか? 己の命を狙っている相手を? 殺そうとしてくる相手を?」

「だけど……!」

「分かっているのか。ここで私を止めるということの意味が。一格、お前は、私に――」

 死ねと言うのか。

 それこそ、刀で貫かれたかのように。身体が動かなくなって、肩を掴む手の力も緩んでしまう。

 分かっている。分かっているんだ。

 俺には、止める資格なんてないし、止める力だってない。

 一星を止めて、その結果一星が傷付く可能性だって、分かってるんだ。

 でも。そうだとしても。

 どうして止めないでいられる?

 どうして止めてはいけないのか?

 俺は。俺は、ただ。

「覚悟を決めろ、一格。お前の抱いている良心は、ここから先では足枷でしかない」

 振り払われるまでもなく、一星は俺から離れていく。

 手を伸ばしても、一星はもう止まらない。俺の気持ちを察して、諭してくれもしない。

 背を見せる一星と、俺との間には、明確な溝があった。それは、すぐに手が届く程度の距離に見えて、その実、絶望的なまでの開きがあった。

 それは、いつも感じていたもの。

 俺と、相手。

 応援団と、選手。

 どれだけ懸命に応援したとしても、俺はどこまでいっても部外者でしかない。外野で、外様で、対岸にいる野次馬の一人でしかない。

 許されるのは、声援を飛ばすことだけ。

 相手の、選手の、やり方に文句を付けるなんてことが、認められる訳がない。

 それでもいいと思っていた。

 確かに、心の底にしこりは残る。言い知れない不快感や歯がゆさ、ともすれば憤りのような。そういった感情を、抱いていなかったと言えば嘘になる。

 でも、所詮外野だから。

 主役はあくまで選手たちで。俺のような応援団は、単なる脇役なんだから。気が付けば後ろにいて、気が付けば声が聞こえるような。ただその程度の存在なんだから。

 多少の感情の揺れ動き、何ら気に留める価値もない。

 たとえ彼女が、人を殺したとして。

 あの約束が、果たせなくなる訳ではないのだから。

 刀が揺らめく。

 刀が振り上げられる。

 気付けば一星は、海老原先輩のすぐ近くにいた。とうに刀の間合いの内側、確実に刃の届く場所。

 止められないと、覚悟した。

 それでも応援し続ける、その覚悟を、俺はして。

「一星――」

 その上で俺は、叫んだ。

「危ない!」

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