応援挽歌 17
海老原先輩は、一星に飛ばされた先で伏し、動かなくなっていた。距離があるから、微かな動きは視認できないが、少なくともすぐに立ち上がる様子はなかった。
一星の攻撃の一瞬、海老原先輩が両腕で身を守っていたのが確かに見えていた。あの籠手で防げたのならば、大きな外傷はないだろう。
それでも、海老原先輩は動かない。動けないでいる。意識があるのかどうかも分からない。
とにかく、それほどの衝撃を伴った攻撃を、一星は繰り出したのだ。その威力は恐らく、海老原先輩のそれを大きく上回っていただろう。
一星が、自ら吹っ飛ばした海老原先輩の方へと歩き出す。その姿に感情は窺えず、先ほどまでの激しい戦いの疲れも見えない。
毎日の登下校のときのようで。ただ異様なのは、抜き身の刀を手にしているという一点で。
何を、と。問い掛けるまでもなくその回答に行き着いた。言葉を考えるのも間に合わないまま、気が付いたら俺は、一星の肩を掴んでいた。
「あれは、ここで討たねばならない」
振り向きさえしない一星は、どれほど見透かしていたのだろう。容赦なく、ためらいなく。俺の持つ疑問、葛藤に対する答えを、斬り付けるように返してきた。
「だけど」
「元より、先に仕掛けてきたのは奴の方だ。そんな奴を放っておけばどうなるか。それは一格、お前でも分かるだろう」
「だけど、一星」
「野放しにしろというのか? 己の命を狙っている相手を? 殺そうとしてくる相手を?」
「だけど……!」
「分かっているのか。ここで私を止めるということの意味が。一格、お前は、私に――」
死ねと言うのか。
それこそ、刀で貫かれたかのように。身体が動かなくなって、肩を掴む手の力も緩んでしまう。
分かっている。分かっているんだ。
俺には、止める資格なんてないし、止める力だってない。
一星を止めて、その結果一星が傷付く可能性だって、分かってるんだ。
でも。そうだとしても。
どうして止めないでいられる?
どうして止めてはいけないのか?
俺は。俺は、ただ。
「覚悟を決めろ、一格。お前の抱いている良心は、ここから先では足枷でしかない」
振り払われるまでもなく、一星は俺から離れていく。
手を伸ばしても、一星はもう止まらない。俺の気持ちを察して、諭してくれもしない。
背を見せる一星と、俺との間には、明確な溝があった。それは、すぐに手が届く程度の距離に見えて、その実、絶望的なまでの開きがあった。
それは、いつも感じていたもの。
俺と、相手。
応援団と、選手。
どれだけ懸命に応援したとしても、俺はどこまでいっても部外者でしかない。外野で、外様で、対岸にいる野次馬の一人でしかない。
許されるのは、声援を飛ばすことだけ。
相手の、選手の、やり方に文句を付けるなんてことが、認められる訳がない。
それでもいいと思っていた。
確かに、心の底にしこりは残る。言い知れない不快感や歯がゆさ、ともすれば憤りのような。そういった感情を、抱いていなかったと言えば嘘になる。
でも、所詮外野だから。
主役はあくまで選手たちで。俺のような応援団は、単なる脇役なんだから。気が付けば後ろにいて、気が付けば声が聞こえるような。ただその程度の存在なんだから。
多少の感情の揺れ動き、何ら気に留める価値もない。
たとえ彼女が、人を殺したとして。
あの約束が、果たせなくなる訳ではないのだから。
刀が揺らめく。
刀が振り上げられる。
気付けば一星は、海老原先輩のすぐ近くにいた。とうに刀の間合いの内側、確実に刃の届く場所。
止められないと、覚悟した。
それでも応援し続ける、その覚悟を、俺はして。
「一星――」
その上で俺は、叫んだ。
「危ない!」




