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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第二章 応援挽歌
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応援挽歌 7

 明くる日の金曜日、学校はある種独特な雰囲気に包まれていた。

 ある意味それは俺たちにとって、不可解な傷害事件や、おぞましい怪物の闊歩よりも重大で、深刻な事案によるものだった。学生という身分を背負う者は等しく、その存在を恐れ、忌避し、毛嫌いしているのだ。

 簡単に言えば、十二月度試験である。二学期制を敷く冬樫高校で言えば後期中間テストである。

 十一月に入った頃は、ああまだまだ余裕があるじゃないか、などと暢気に構えていた生徒もいたが。十一月最後の登校日を迎えた今日に至っては、揃って蒼白な顔を並べていたりする。部活動にかまけて現実逃避するという手段も、来週から――厳密に言えば明後日の日曜からだが――部活動禁止期間に入るということで、完全に消失する。逃げ場などない。現実は無慈悲だ。

「簡単な話、教科書を全部暗記すればいいんだよ」

 前言撤回、例外はいた。

「悠助、その持論はもういい。参考にならん」

「ええ? だってそうじゃないか。僕からすればね一格、君たちのやろうとしていることの方が分からない。山を張るなんて回りくどいし、そもそも何の意味があるっていうんだい?」

 そんなことを俺たちに言われても。

 俺と竜之介は、呆れた顔を付き合わせた。

「一格は英語で、竜之介は世界史だっけ? 苦手科目を自覚しているのはいいことだ。ほら、その一科目だけでいいわけだよ丸暗記は。しかも中間の範囲なんて、教科書の半分もないんだよ。一週間あれば楽勝楽勝」

「それだけって訳じゃないし、それだけだとしても楽勝じゃない」

 名誉のために言っておきたいのだが、俺にしても竜之介にしても、全体の成績がそこまで悪いわけではない。暗記科目が多すぎると言いたいのだ。普段部活動で精も根も尽き果てるまで運動して、そのあとに宿題課題をこなしている。そこに加えて、テスト向けの暗記学習などやっている余裕は本来ない。苦手な一科目以外はなんとかしている時点で、もう充分ではないだろうか。

「ううん、そうだね。世界史は、授業で言われた通りにやるしかないかな。え、ノート取ってない? それ山を張る以前の問題じゃ?」

「お、鬼!」

 竜之介が悲鳴を上げた。しかしこれには俺も同感だ。

「それから、英語か。英語はちょっとセンスが要るよね。コツを掴み損ねるとツラいというか。一格はそのあたり壊滅的だから、いっそ捨てるっていうのも手なんじゃない? 科目ごと」

「鬼!」

 俺のは正当な抗議である。しかし悠助も竜之介も俺の味方ではない様子だった。なんて薄情な奴らだ。

「まあ、僕からは頑張ってとしか言えないよ。大丈夫大丈夫、二人とも地頭は悪くないはずだからさ。やる気さえあればなんとかなるよ」

「――――」

 やる気さえあれば、お前なら大丈夫だよ。

 中学の時、そう言ってくれたのは兄さんだった。

 宿題に悩んでいれば、正答の導き方を教えてくれた。テスト勉強に苦労していたとき、一緒に対策を考えてくれた。

 そう言えば竜之介にも、頭のいい大学生の姉がいるらしい。最終的には世話になっていると言っていた。

 兄や姉というものは、本当に偉大なものだ。いてくれたら頼もしいし、掛け替えのないものだ。

 今の俺のはもういない。兄さんに頼ることはもうできない。だから悠助に頼ろうというのも、考えてみれば少し違ったかも知れない。

 もう少し、自分でなんとかしてみようか。そう考え直して、席を立とうとしたときだった。

「あとはまあ、新しい刺激に触れて、やる気を出してみるというのもありなのかな」

「ん?」

 どういう意味だ、と。俺と竜之介は悠助の次の言葉を待った。

 悠助は何か、勿体ぶったように教室を見回して、相変わらずの人集りに目をやって。

「昨夜はお楽しみだったらしいね、一格」

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