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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第二章 応援挽歌
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応援挽歌 6

 見慣れた街路樹の枝をくぐる。落葉した木々が届けてくれる日差しもなく、寂しそうな夜空が映るばかりだった。

 一星とともに帰路を進み、自宅まであとわずかというところに差し掛かった。

 先ほどの一星の言葉通り、擬獣だとか刀だとかの話は一区切りとなってしまった。どころか、気まずい空気が流れ、世話話すら切り出しにくい。

 もっと食い入って質問もしたかったが、実際俺も疲れていた。あんな化け物の話、概要だけでも腹一杯だ。新しい情報を得る度に情緒が揺らいで、それだけでも消耗は激しいのだろう。体力にはまだ余裕があるはずなのに、無性にベッドが恋しく思えていた。

「私からも一つ、質問したいことがある」

 溜め息を堪える俺に、一星はそんな言葉を投げかけてきた。

「お前が提げていたお守り――兄の形見だと言っていたな。今も持っているか?」

 改まって何事かと思えば、その話か。

 例のお守りを首から外し、一星に見せる。

 中身のなくなった巾着はぺちゃんと潰れ、なんだか頼りない感触だった。

「懐かしいな」

 と、そんな感想を零した一星の顔を、俺はついまじまじと見てしまった。

「藍色で、松葉柄。母が作ってくれた背守りに似ている」

「せまもり?」

「子ども服の背中に施す、古い魔除けの一種だ。直接刺繍することもあるが、八剣の家ではこうした巾着を縫いつけていた」

「へえ」

 聞き慣れない風習だが、いかにもこの国にありそうな話ではある。彼女の出自は、そうした伝統を守り続ける、由緒ある家系なのだろう。

「じゃあ何か、不思議な力が宿っていたりとか?」

「それはないだろう」

 否定が早い。

 割とワクワクして質問した俺の期待を、軽々と踏みにじらないで欲しい。

「重要なのは中身だ。お前が知らない間にすり替わった中身が、お前を守ろうと働いていたんだ」

「中身って……」

 勾玉。赤い宝玉。

 入れ替えたのは兄さんだろう。俺か、両親にか、お守りが渡ることを見越して入れたに違いない。

「…………」

 それが、俺を守ってくれた。

 守ってくれたんだ。死んでなお、兄さんが。

「野宮 誠一とは、どのような男だったんだ?」

 問い掛ける、一星の顔はよく見えなかった。

 両目を擦りながら、最後に見た兄の姿を思い出す。

「一言で言えば、天才だよ。成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、品行方正、将来有望。そんな、どこの漫画のキャラクターなんだって言いたくなるような、凄い人で」

 褒め言葉なんか、いくら口にしても物足りない。兄さんは兄さんでしかなく、兄さんを正確に表すことのできる記号は、そんな汎用的な言葉じゃ不適当だ。

 でも、ただ。

 間違いなく言える、ただ一つの真実として。

「俺の誇りだよ、兄さんは」

 過去形にはしない。

 一度死のうと。二度死のうと。変わらない。

 兄さんは俺の光で、俺の憧れで、道標。昔も、今も、これからも、ずっとずっと変わらない。

「そうか」

 相づち一つで終わる、一星の反応が少しもどかしかったけれど。

 一星に落ち度は何もない。悪いのは俺の方なんだから。

 兄がどんな人格者で、どれほどの人格者なのか。兄を一切知らない人に説明するには、俺は余りに口ベタ過ぎる。それはさっきも思った通りで――

「……?」

 兄のことを一切知らない一星が、なぜ兄さんの名前を知っている?

「お前が羨ましいよ、一格」

 立ち止まった俺の前へ、数歩一星が歩み出る。

 結わえた髪がふわりと揺れて、一星が俺を振り返る。

 今日の夜空のような顔をした一星が、静かに俺の顔を見る。

「ではまた明日、教室で。明日もまた付き合ってくれ。今日よりもっと、もう少し、遅い時間まで」

 そんな、文字に起こせば色っぽい誘い文句を残して。

 一星はいつもの表情のまま、俺の視界から消えていった。

 いつもの――まるで、常に誰かと戦っているような、険しい表情で。

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