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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第二章 応援挽歌
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応援挽歌 4

「折鶴 美優について? 知らんよ、そんなもの」

 と、一星は興味なさげに首を振った。

「同じクラスに転校生が同時に二人、というのが奇妙なのは分かるがな。私からすれば偶然以外の何とも言えない。それでも当然、職員室から教室へ向かう道すがら、他愛ない挨拶くらいはしたがな。それで終いな話だ」

 単なる人数調整ではないか? と、一星の言はどこまでも無関心を貫いていた。

 そう言われてしまえば、そんなものかなと頷くしかない。珍しくとも、あり得ない話ではないのだろうし。何か腑に落ちない、気持ち悪い感じがしたとしても、案外世の中そんなものだよと、悠助などは言うのだろう。


 転校初日である今日、一星およびその折鶴とも、話す機会にはほとんど恵まれなかった。

 授業の合間の休み時間に話でも、と最初は思っていたのだが。授業が終わるや否や、彼女らはそれぞれクラスメイトたちに囲まれてしまって、一日中それどころではなくなってしまったのだ。

 各人の自己紹介だとか。前の学校のこととか。部活はどうするつもりなのだとか。趣味の話がどうとか。好きな食べ物についてとか。果ては付き合っている異性はいるのかとか、あれやこれや。何とも賑やかで、微笑ましい、平和な学級の光景だったとは思うのだが。ともあれ、俺が話しかけるチャンスはなかなか訪れなかった。

 一方、悠助や竜之介はちゃっかり会話してきていたらしく、

『一格も話しに行けばいいのに。ちょっと挨拶するくらい、いつだってできるじゃないか』

 などと、帰宅間際に言い捨てていった。

 なぜ俺を誘ってくれなかったのかと内心へそを曲げたが、しかし。俺が一星としたい話は、こんな場所でしていけないものなのだという躊躇いもあった。

 ようやくやってきた機会は、半ば諦めかけていた放課後。部活動が終わり、さあ今日一日もよく頑張ったと、学校の正門をくぐったときのこと。

 八剣 一星は、当然のような顔をして、俺を待ちかまえていたのだった。

「さほど気にすることもないだろう。言葉を交わすまでもなく、あれはおよそ闘争というものに不向きだ。身体もそうだが、それ以上に心の有りようがな。喧嘩一つしたことがないのではないか」

「それはまあ、そうだろうな」

 一星の見立ては正しいと思えた。なにせ俺の第一印象そのままだ。

 クラスメイトと話す二人の転校生の様子は、実に対照的だった。毅然として厳として、慣れたように受け答えを返す一星と違い、折鶴にはかなり引っ込み思案な気質が見えていた。

 おどおどしている、と言い切れるほどではないのだが。控え目の声量に、時折言葉に詰まったりだとか、困ったように笑ったりだとか。かしましく雑談に花を咲かせるよりも、そういう友人を見守り、側で微笑んでいるタイプの人格に見えた。

 他人を気遣い、賢明に言葉を選んでいる様がありありと窺えて、だからか同性からもそこそこ好意的に捉えられたようだったが。それ以上に男受けがいいだろう。竜之介曰く、守ってあげたい系女子、らしい。

「いや、というか」

 何気なく、一星の言葉に納得してしまったが。さっきの台詞選びはなかなかに、突っ込みどころに溢れてはいなかっただろうか。

「闘争とか喧嘩とか、気にする気にしないの基準そこなのか? なにその、まず強いか弱いかで相手を測るみたいな、戦闘民族じみた理論は」

 友情努力勝利で戦う、少年漫画の主人公じゃあるまいし。どんな基準で相手を見ているのだ、この剣道少女は。

 などと、俺は冗談混じりに笑ったのだが。常在戦闘を地でいく八剣 一星には、それこそ意味不明な疑問だったようで、

「敵になる可能性があるかどうかという話をしている。お前にとっても不可欠な視点だ、一格」

 と、真面目な顔で返されてしまった。


 日はとっくに落ちていた。

 学校と自宅の距離は微妙なものだ。歩いて帰るには若干遠く、さりとてバスを使うには近すぎる。だから俺は、部活のない日は徒歩を、部活で夜遅くなったときはバスを、それぞれ選んで帰宅するようにしていた。

 もっとも、部活のない日などほとんどなく、だから大体はバスを利用していたのだが。

 普段であれば間違いなくバスに乗るケースである今日。俺と一星は二人、夜空の下を歩いていた。

 遠く三日月はくっきりと浮かんでいる。長らく居座った雲が去り、ようやく晴れた空は透き通っていた。

 吐く息が立ち上っては散っていく気配は、もう真冬そのもので。つい十何日か前まで『気持ちの良い秋晴れが続きます』と言っていたニュースキャスターの台詞が懐かしい。秋なんて季節は、あっという間にやってきて、あっという間に去ってしまった。

 散歩日和と言えば間違いない。去年両親から贈られたマフラーは暖かく、すっかり冷たくなった風もなんのその。運動後、未だ熱の残る身体を冷ますには、むしろ心地よいくらいだった。

 ただ、どうしようもなく落ち着かない。

 一人ではなく、悠助や親しいクラスメイトではなく、隣にいるのが彼女だから。

 つい昨夜、あんなことがあり、そして泣き顔を見た、彼女だから。

「どう話したものかと、ずっと考えていた。お前のように何も知らない者を巻き込んでしまうことは、私にとっては初めてのことで。むしろ、あってはならないことだと、忌避さえしていたことだったから」

 一星の口が、重苦しくも本題を切り出した。

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