表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第二章 応援挽歌
25/61

応援挽歌 2

 目が覚めて、視界に入ったのは見慣れた天井と照明器具だった。

 小学六年のころ、兄が一人部屋をあてがわれたとき、自動的に俺の部屋になった子ども部屋。初めての夜に寂しくなって、兄の部屋を訪ねたことを覚えている。そのとき教えてもらった、兄の夢の話を、今も忘れられずにいる。

 強くなりたいと、兄は語った。

 誰かを助けて、誰かの役に立って、笑顔になってもらえるような。そんな自分になりたいと言っていた。

 夜一人で眠れないような幼い俺には、具体的なことは教えてもらえなかったが。多分、警察官とか自衛官とか、そういう職業を目指していたんだと思う。

 すごいな、と俺は思った。感激し、そしていたく共感した。

 兄の凄さは、誰より俺が知っているのだ。そんな兄が、まだまだ強くなろうとしていると知って、俺は随分と励まされた。兄よりも劣る俺ならば、兄以上に頑張らなくちゃ、兄の力になんてなれない。兄が頑張っているのに、自分が情けない姿を晒すわけにはいかないと、どんな英雄譚よりも奮起させられた。

『一格だってすごいさ。お前はいつかきっと、俺よりずっと強くなれるよ』

 そんな風に言ってくれる兄の優しさが、俺には本当に嬉しかった。

 その強さに憧れ、その優しさに励まされた。

 野宮 誠一という兄を持ったことを誇りに思った。そんな兄の力になりたいと、心の底から願った。

 だからこそ。三年前、兄の訃報を聞いてなお、俺の心は死ななかった。

 仮に兄の後を追ったとして、兄が喜ばないことを俺は知っていた。

 誰かを助けたかった。

 誰かの役に立ちたかった。

 そんな兄の無念を、誰より俺が知っている。

 兄の凄さを。兄の強さを。兄の優しさを。兄の夢を。知っているのは俺だけで、だから俺が死ぬわけにはいかなかった。

 俺は、兄の命が失われること以上に、兄の想いが消えてしまうことの方が怖かったのだ。

 自分が死ぬことよりも、ずっとずっと、怖かったから。

「……生きてる」

 生きて、もう一度このベッドの上で、目覚められたことに安堵した。

 目頭が熱くなる。どこか上の空だった昨夜とは違う。ようやく理解が追いついて、現実に起きた奇跡で胸がいっぱいになった。


 十一月最後の木曜日。今日も、当たり前の学生のように、登校して、授業が受けられる。そのことが嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。朝食までの少しの間、俺はいつかの夜のように、一人で涙を流し続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ