応援挽歌 2
目が覚めて、視界に入ったのは見慣れた天井と照明器具だった。
小学六年のころ、兄が一人部屋をあてがわれたとき、自動的に俺の部屋になった子ども部屋。初めての夜に寂しくなって、兄の部屋を訪ねたことを覚えている。そのとき教えてもらった、兄の夢の話を、今も忘れられずにいる。
強くなりたいと、兄は語った。
誰かを助けて、誰かの役に立って、笑顔になってもらえるような。そんな自分になりたいと言っていた。
夜一人で眠れないような幼い俺には、具体的なことは教えてもらえなかったが。多分、警察官とか自衛官とか、そういう職業を目指していたんだと思う。
すごいな、と俺は思った。感激し、そしていたく共感した。
兄の凄さは、誰より俺が知っているのだ。そんな兄が、まだまだ強くなろうとしていると知って、俺は随分と励まされた。兄よりも劣る俺ならば、兄以上に頑張らなくちゃ、兄の力になんてなれない。兄が頑張っているのに、自分が情けない姿を晒すわけにはいかないと、どんな英雄譚よりも奮起させられた。
『一格だってすごいさ。お前はいつかきっと、俺よりずっと強くなれるよ』
そんな風に言ってくれる兄の優しさが、俺には本当に嬉しかった。
その強さに憧れ、その優しさに励まされた。
野宮 誠一という兄を持ったことを誇りに思った。そんな兄の力になりたいと、心の底から願った。
だからこそ。三年前、兄の訃報を聞いてなお、俺の心は死ななかった。
仮に兄の後を追ったとして、兄が喜ばないことを俺は知っていた。
誰かを助けたかった。
誰かの役に立ちたかった。
そんな兄の無念を、誰より俺が知っている。
兄の凄さを。兄の強さを。兄の優しさを。兄の夢を。知っているのは俺だけで、だから俺が死ぬわけにはいかなかった。
俺は、兄の命が失われること以上に、兄の想いが消えてしまうことの方が怖かったのだ。
自分が死ぬことよりも、ずっとずっと、怖かったから。
「……生きてる」
生きて、もう一度このベッドの上で、目覚められたことに安堵した。
目頭が熱くなる。どこか上の空だった昨夜とは違う。ようやく理解が追いついて、現実に起きた奇跡で胸がいっぱいになった。
十一月最後の木曜日。今日も、当たり前の学生のように、登校して、授業が受けられる。そのことが嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。朝食までの少しの間、俺はいつかの夜のように、一人で涙を流し続けた。




