星と羽翼 1
その女性からは、目を背けがたい不思議な魅力を感じた。
背丈は俺よりやや低い、一七〇センチ前半といったところだろうか。年上のようだが、だとしても女性としては高身長だ。運動部の女子たちが、羨望の眼差しを向けそうな人だ。
初めて見たその女性を、一目で年上と判断できた理由は、実に単純な話である。同世代の学生とは比べものにならないほど、その胸が豊満だったからだ。
巨乳がウリの水着モデルもかくやというか、果たしてそれで自分の足下は見えているのかと、男からしたら不安に思うほどである。
その胸とのバランスを考えれば、腰回りは僅かばかり細いだろうか。手足も細そうだが、すっぽりと身体を覆う衣服のため、詳しいところは分からない。というか、露出度の低いその服装で、ここまで自己主張できる胸部が大きすぎるのだ。
服装。
そうだ、その服装はとても異質で、見慣れないものだった。
服より身体的特徴に目が行ってしまうあたり、だから男子は猿なんだとか、脳が股間に付いているだとか、そういう不名誉なことを言われるのだ。これは自制しなければならない。
それはいわゆる、修道服というものだろうか。
全身真っ黒のゆったりとしたワンピースはともかく、頭部の大部分を隠すベールは大仰だ。頭髪はもちろん、目元を含めた鼻の半ばから上さえ、大胆に覗き込みでもしなければ見えない。宗教方面はとんと知識を持たない俺だからか、目を合わさずとも威圧されているように感じた。
両の手で持った薄い冊子が、俺の方へと差し出されている。
その『りんご教白暦会の遍歴』なる題の黒い本は、意図的に意識の端へと追いやって。
ああ、なんて白い手なのだろう、と。ほとんど現実逃避気味に、俺は呑気な感想をなぞっていた。
「…………」
女性は、一言も喋らない。形良く、うっすら朱をさした唇は、終始ぴたりと閉じられていた。実は動くマネキンだとか、仮面を付けているんだとか、そう言われても信じてしまいそうなほど、微動だにしない。
ただ無言で、その奇っ怪なタイトルの本を差し出しているという、これは実際、そういう状況なのだった。
ああ、いや、うん。
我ながら、どんな状況なんだ、それは。
「あの。頂けるので?」
問いかけると、女性は小さく頷いて返した。
頂ける、などと言いつつ、当然欲しいわけではなかった。りんご教だかみかん教だか知らないが、そんな胡散臭さすら超越して気が抜けるような宗教団体、怪しすぎて近寄りたくもなかったのだから。
ただ、しかし。冊子を差し出した体制で、じっと待たれているのは居心地が悪かったし。さりとて無視するのも気が引けたし。少しばかり周囲の視線を感じ始めてもいたので、早めに切り上げたかったというのが、嘘偽りのない俺の本心だった。
受け取った本は、ほとんど重さを感じなかった。
ただ、女性の手が触れた部分だけ、少しばかり温かくて。気恥ずかしくなり、平静を装いつつ、冊子をショルダーバッグに突っ込んだ。
修道服の女性はゆるりと一礼すると、ゆっくりときびすを返し、そのままどこかへと歩いていった。
緩慢ながらも無駄のない歩法は上品で、ピンと伸びた背筋と相まって、育ちの良さを感じさせた。それこそ、俺のようなただの一般人など、視線を交わすことさえおこがましいような、セレブのご令嬢のような。
だから、なおのこと。そんな雰囲気を隠しきれない女性が、あんな格好で、しかも意味不明な宗教の布教活動をしているという事実が、あまりに不釣り合いに感じられたのだった。