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冬夜の巫  作者: 真鴨子規
第一章 星と羽翼
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星と羽翼 11

「ふーん」

 という、明らかに興味がなさそうな悠助と竜之介のリアクションに、ああ話さなければ良かったなと後悔した。

「なんかそういうラノベ読んだことあるよ僕。ボーイミーツガールっていうジャンルなんだけど、竜之介知ってる?」

「ラノベはあんま読まないもん」

 僕は探偵小説ミステリが好きでね、と。松井 竜之介は味噌汁を啜りながら、悠助の質問をあっさり流した。

「エラリイだっけ、君が好きなのは。その手の展開も一つくらいあるんじゃないの?」

「一つどころか、恋愛小説ちっくな展開は結構あるよ、あの人。僕の趣味じゃあないんだけど。なんというか、取って付けた感アリアリっていうか。やめて欲しいよね、そういうの」

 竜之介は気難しい顔をして、贔屓の古典作家をこき下ろした。

 色々とマニアックな趣味を持つ竜之介は、朗らかな青年然とした見た目の割に、相当な偏食家だ。拘りを持った対象への入れ込み具合は病的でありながら、気に入らないものに対する評価は非常に辛い。

 高校で出会ったばかりの友人として、俺もなるべく理解に努めてはいるのだが、未だに全貌が掴めない。猫は好きだが猫耳は嫌い、メイドは好きだがメイド喫茶は嫌い、鳥は好きだが鶏は嫌い、おにぎりは好きだがライスボールと言われると食欲を失う、足し算は好きだが引き算は気に入らない、バニーガールは好きだが網タイツは滅びればいいと思っている、等々。そろそろ俺もついていけなくなっている。

「えっと、何の話してたっけ。一格がラノベ作家目指し始めたって話だっけ?」

「興味ないにもほどがあるだろ悠助」

 そりゃあねえ、と二人は顔を見合わせる。

「野宮君が物書くなら、そんなのスポ魂一托でしょ。応援道カクちゃんとかどう?」

「そのタイトルで人気作書いた作家がいたら崇拝するよ、俺」

「あれ、漫画なら似たようなのあったよね。一格知らない? 太地大介先生」

「知らないということにしておいてくれ」

 連休明けの昼休み。食堂の一角に陣取った俺たちは、いつも通り無軌道な雑談に花を咲かせていた。

 いや、野郎三人が顔を突き合わせてする、花も実もつかない雑草のような内容なのだが。日々常々、学友との語らいの中であっても互いを高め合いましょう、などという学校からの丸投げを、まともに受け止めている学生がこの世にいるのだろうか。いや、いるわけがない。

 有名な進学校、一流大学の付属校であれば分からないが。単なる公立高校での昼休みの会話など、ろくに頭を使わずに垂れ流されているのがほとんどだ。どいつもこいつもバイトの愚痴や、遊びの相談や、彼氏彼女ののろけ話とか、本当にしょうもない話ばかりだ。政治が、世界経済が、これから先の自分たちの未来がどうのこうのと、そんな話題など小耳に挟むことすらない。

 嘆かわしいと、これだから最近の若者はと、そんなお小言もどこ吹く風だ。こちとら毎日退屈な授業を大人しく受けているのだから、余暇の時間くらい好きに過ごさせてくれよ、という言い分を、誰が言わずとも共有している。

 ともあれ、そんな空気だったからこそ。昨夜のあの出来事――ともすれば黙って忘れ去った方が平和だったかも知れないような内容さえ、話してもいいだろうと思うことができたのだ。

「あ、そうだ。昨日藤枝先輩に会ったんだけど」

 む、と二人の表情が強ばる。先輩相手に失礼な反応ではあるが、彼女を知っている男子生徒は大体こういう反応をする。今更咎める気も起きない。

「そりゃあまた、災難だったね、野宮君」

「酷い言われようだな……。竜之介は話したことあるんだっけ?」

「爪が長いとか、制服はきちんと着ろだとか、廊下で怒られたんだよ。酷くない?」

「いや、切れよ。着ろよ。反省しろよ」

 竜之介のそれは自業自得としか思えないが。確かに、藤枝先輩のあの語調や表情が、若干高圧的なのは否めない。善意からの言動だろうと、周囲が苦手意識を持つのも無理はない。

 秋に代替わりして、風紀委員長という役職に就いてしまったからには、見過ごす訳にもいかないのだろうが。それにしても悲しいすれ違いだと思う。嫌われて嬉しい人間はいないだろうし、誤解を解消する手段があればいいのだが。

「で、例の傷害事件はまだ続いてるんだから、気を付けろってさ。二人とも気を付けろよ」

「それ説得力皆無だよ野宮君」

 言われると思った。悠助も、そうだそうだと言わんばかりに頷いている。

「自覚してるよ……。俺も次から気を付けるから、お前らもそうしてくれよって話だ」

 はいはい、と生返事をよこす竜之介も、大多数の学生の例に漏れず、件の事件は過去の話題のようだった。

 昨日のことがなければ、俺も似たようなものだっただけに、あまり強くは言えない。でも、あの病院に見舞いに出向く羽目には、本当になりたくなかったから。

「悠助もだぞ。一番心配なのはお前だと思ってる」

「え? なんで?」

 素知らぬ顔で黙っているものだから、あえて強く名前を呼んだのだが。

 悠助は本当に、意味が分からないという様子で、目をしばたたいた。

「最近外出多いだろ。電話しても出ないことあったし。藤枝先輩でなくとも注意したくなるぜ」

「あ、そうだったそうだった。和知君、彼女さんとどうなの? 年上? 年下? かわいい系? かっこいい系? 山? 平原? 納豆にはネギ入れるタイプ?」

「ごめんそれ何の話?」

 俺にも分からない。

 なんだ、山と平原って。

「一格には言ったけど、彼女なんてできてないから。ちょっと忙しかっただけさ」

「またバイト? 夏に散々荒稼ぎしてたのに、働き者だねぇ。なんか奢ってよ今度」

「ファミレスで良ければ。一人千円までね」

 やった、などと単純に喜ぶ竜之介だったが。

 やっぱり俺には、その違和感が拭えなかった。たぶん、昔から知ってる奴だから、ちょっとした勘が働いているんだと思うんだけど。

 なんとなく、本当にただなんとなく。

 悠助が何か、隠し事をしているような、そんな気がしていた。

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