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4 来世こそは畳の上で死にたい




「ーー先生、どうして生きているんですか?」



 私のナイフは確かに先生の脇腹に刺さった。

 血を拭って手当てをした時に、この目で傷口を確認している。

 そこから体内に入った毒が、彼の身体を蝕んだはずだ。

 それなのに、先生は生きていた。しかも、今はもうピンピンしている。

 可能性があるとすれば、毒に耐性があったということだろう。

 とはいえ、今回私が使ったのは森の魔女の新作で、あらかじめ解毒薬を服用しておかなければ即刻死に至るタイプなのに……。

 ぐるぐると思考に囚われる私に、先生は前世みたく〝弁護士先生〟の顔になった。


「考えてもみなさい、バイトちゃん。今回の毒を作った魔女の住まいは、どこだったかな?」

「森……この国の、国境沿いの森の奥、です……」

「そう、国境沿い。あそこは国有地なのに、長年森の魔女が不法占拠している状態だった。彼女の言葉を信じるならば、千年近くもの長きに渡ってね」


 森の魔女アンが、本人が言うように転生を繰り返しているのかどうかは分からない。

 ただ、前世の記憶を取り戻した今となっては、私も先生もいよいよ彼女の言葉を軽んずることができなくなった。

 そんな森の魔女と、先生も面識があるという。


「これまでの国王は、魔女とトラブルを起こせば呪われるのではないかと恐れて放置してきたが、次の国王となる〝私〟はこの問題に切り込んだのさ。あいにく、呪いなんていう不確かなものは信じない質でね」

「さっきは、死んだら私のことを呪うって言ったくせに!」


 私の抗議に、先生は鼻で笑って続ける。


「慎ましい生活を送る森の魔女には高額の賃料を払う余裕はなく、かといって立ち退こうにも他に行く場所がないと言う。そこで、彼女に提案したんだーー次の国王となる〝私〟に雇われてみないか、とね」

「え? 雇われてって……森の魔女が先生のお抱え薬師になってたってことですか!?」


 先生の話によれば、土地の使用料を免除する上に、研究費という名目で資金援助までしているらしい。

 というのも、毒ばかりが取り沙汰されるが、森の魔女の作る薬は民間薬としてこの国の庶民の間で重宝されているのだ。

 いずれ国王となるクロード殿下が彼女のスポンサーとなることで、国民は質の良い薬をより安価で手に入れられるようになっていた。


「でも……彼女、今もバリバリ毒を作って売ってますけど?」

「毒を作ること自体は禁じていないよ。毒と薬は紙一重だからね。ただし、新たな毒を作った場合は早急にサンプルと解毒薬を提出するよう義務づけている。あとは、毒を売った場合の報告もね。以上のことは、〝私〟と森の魔女とが直々に交わした契約なので、カインも誰も知らないはずだ」


 先生は森の魔女から毒を買った者がいる報告を受け、それが自分に対して使用される可能性を考えてあらかじめ解毒薬を服用していたのだ。

 私に刺された後、先生が虫の息になったように見えたのは別に演技でも何でもなく、体内に入った毒の中和反応に伴う一時的な呼吸困難だったらしい。

 そうとも知らず、冥土の土産にと求められるまま、ベラベラしゃべってしまった私のなんと滑稽なことか。

 つまり、今回の私の任務は大失敗。

 依頼主であるカインも捕まってしまって、捨て身で任務を遂行する必要もなくなった。


「……私を、恨んでいますか?」


 立場は完全に逆転してしまった。

 先生と私の関係は、王太子とそれを殺そうとした暗殺者だ。

 さっき自分が問われたのと同じ言葉を、私は先生に返す。

 すると、先生もさっきの私をなぞるみたいに、いいや、と首を横に振った。


「〝終わったことをとやかく言ったってしょうがない〟だろう? 未練がましいのが性に合わないのは、俺も同じだよ。だったら、建設的な話をしようじゃないか」


 一人称を〝私〟から〝俺〟に戻した先生は、私を捕えるつもりがないようだ。

 それは、この部屋から近衛兵達を下がらせたことが証明している。

 おそらくは、私が先生を毒殺しようとしたことは元より、脇腹を刺した事実さえ隠蔽するつもりなのだろう。

 私はひとまず反抗の意思がないのをアピールするために、凶器となった小型ナイフを差し出してその場で正座をした。ふかふかのベッドの上なのでちょっとばかり安定が悪いが、どうにかこうにか姿勢を正す。

 対照的に、先生は胡座の上に片肘をついた行儀の悪い格好になって話を続けた。


「そういえば、バイトちゃん。君はさっき、随分面白いことを言っていたなーー確か、俺を一生可愛がってやるとか、なんとか」

「いやそれ、話を端折りすぎですから。私がしたのは来世の話ですよ? あくまで先生が、犬とか猫とかに生まれ変わった場合限定ですからね?」

「そんな、あるかどうかも分からない来世の話をするなんて、現実主義者の君らしくないね。俺ならば、今世の君を一生側において可愛がると断言しよう」

「……へ?」


 私のぽかんとした顔を、満面の笑みを浮かべた先生が両手で包み込む。

 そうして、鼻先がぶつかりそうなくらいに顔を近づけると、とんでもないことを言い出した。


「今し方、私の婚約者の席が空いたんだ。せっかくだから、君が座るといいよ」

「しょっ、正気ですか!? ショックのあまり、頭のネジが飛んじゃいました!? 確かに、幼馴染と婚約者の裏切りは辛かったでしょうけど……」

「もちろん正気だけど? あいにく、前世を思い出した今となっては今世の人間関係に全然実感が湧かないんだよね。おかげで、婚約者は元より側近に対しても別段思い入れはない。今の俺にとって、彼らはただの謀反人さ。首を刎ねるのに一抹の迷いもない」

「殺意高っ! さすが超合金メンタル。さらりと薄情なことを言いますねー」


 とはいえ、反社会的勢力の構成員に過ぎない私などを、先生の婚約者にーー未来のヴェーデン王妃の席に座らせようなんて、正気の沙汰ではない。


「むりむりむりむり! むりっ!!」


 両頬を包み込む手を振り払う勢いで、ちぎれそうなほど首を横に振る私に、先生は猫撫で声になって続けた。


「難しく考える必要はない。依頼主が、カインから俺に交代するだけだよ。今回のことは願ってもない好機だった。〝私〟はね、常々裏の繋がりがほしいと思っていたんだ。君を妻に据えて、マーロウ一家とお近づきになれれば万々歳」

「それこそ、正気ですか? いずれ一国の王になろうという人が反社会的勢力と癒着するなんて、健全じゃないと思います」

「無数の国々が犇めくこの世界で主権を維持していくとなれば、綺麗事ばかり言ってはいられないんだよ。不健全で結構。魔女だろうがヤクザだろうが、利害が一致するならば手を組むのも厭わない」

「曲がりなりにも弁護士だった人の言葉とは思えませんねー」


 そう突っ込みを入れつつも、私は前世で先生がよく口にしていた言葉を思い出していた。


『弁護士は正義の味方ではない』


 いや、もちろん正義のために戦う精錬潔白とした弁護士もいるだろう。

 性善説を推したい私は、心の中でそう一言断って自分を慰める。

 とはいえ実際のところ、弁護士は聖職者ではなくビジネスマンだ。彼らの多くは弱者のためではなく、依頼主のためにその高等スキルを発揮する。

 だから、極悪人を弁護したならば、被害者からすれば弁護士もまた極悪人に見えて当然なのだ。

 そりゃあ、恨まれるよね。

 前世で私を撃ち殺した男が何者であったのか、先生にどれほどの恨みを抱いていたのか、その恨みが妥当であったのか否かも知らないが、少なくとも巻き込まれただけの私としては迷惑千万な話だ。

 終わったことをとやかく言ったってしょうがないと宣言した以上は今更先生を恨むつもりはないが、今世においても懲りずに危ない橋を渡っていこうとしている彼に、私はため息を吐かずにはいられなかった。

 この境地には覚えがある。

 前世において、先生の仕事絡みで何度も怖い目にあって、今度こそアルバイトを辞めてやるんだと思いつつも、結局辞められなかった時の心境と同じだ。

 時給が良くて先生がイケメンで、彼の作る賄いに胃袋を掴まれていたのも事実。

 だが、私がアルバイトを辞める踏ん切りがつかなかった最大の要因は、自分が離れたとたんに先生が死んでしまうのではないかという不安を抱いたことだった。

 今回は、たまたま私が毒に頼って脇腹を刺したから傷は浅かったが、最初から刺し殺すつもりで急所を突いていたならば先生は助からなかったかもしれない。

 命を狙われる確率は、玉座に就けば今よりもさらに跳ね上がるだろう。

 私は、あーあ、と声に出してため息を吐く。

 前世も今世も、結局は先生を見捨てることなんてできないのだ。

 そのせいで、私は何だか今世もまた安らかな最期を迎えられる気がしなくなった。


 願わくば、せめて――来世こそは畳の上で死にたい!!


 そんな私の気も知らず、先生は自分の言葉が否定されるなんて微塵も思っていない、いっそ憎たらしいほど晴れやかな顔をして宣った。


「バイトちゃんのことは特別に思っているんだよ。前世では何人も人を雇ったけれど、最後まで俺のもとに居てくれたのは君だけだったからね。ねえ、こうして新たな人生で再会したことに運命を感じないかい? ちなみに俺は感じる」




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