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3 浅はかな黒幕



「先生、ごめんなさい……」


 先生の呼吸が完全に止まり、罪悪感を押し殺し切れなくなった私が、自己満足の謝罪の言葉を口にする。

 その時だった。

 ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきたと思ったら、ガチャガチャンと扉が解錠される。

 次いで、バン! と大きな音を立てて扉が開いた。

 王太子殿下の私室の扉を許可も得ないで解錠した上、ノックもせずに開け放つとは、なかなか無作法な真似をする。

 しかし、真っ先に部屋の中に飛び込んできた人物の顔を見たとたん、私はなるほどと納得した。


「ーー殿下! クロード王太子殿下、如何なされましたかっ!!」


 蒼白な顔をしてそう叫んだ若い男を、私は白けた心地で眺める。

 彼こそが、今世の先生の幼馴染であり側近ーークロード王太子殿下暗殺をマーロウ一家に依頼をした張本人、カイン・アンダーソンだったからだ。

 その肩書きは近衛師団長。王宮の警護を担う花形であり、万が一のため王族の私室の合鍵を持っていたとしても不自然ではない。

 しかしながら当初の予定では、日付が変わった後、何も知らない夜回りの近衛兵がクロード殿下の死体を発見する手筈になっていたはずだ。

 それなのに約束の時間を待たず、しかも黒幕であるカイン本人が現場に踏み込んできたのは、何も彼が特別せっかちだからというわけではなさそうだった。

 

「貴様は何者だ! 殿下にいったい何をしたっ!!」


 カインは私に向って白々しくそう叫び、腰に提げていた剣を鞘から引き抜いた。

 その背後からわらわらと現れた複数の近衛兵達も、つられたみたいに柄に手を掛ける。

 それを「待て」と制した茶色の髪の男は、確か副団長だったはず。

 彼の方がよっぽど団長らしく冷静だった。


「殿下に仇なす悪女め! 問答は無用だ! この私が成敗してくれるっ!!」


 どうやらカインは、〝王太子殿下を暗殺した現行犯を切り捨てる〟という名目で私の口を封じるつもりらしい。

 そんな男の浅はかさを、私は笑わずにはいられなかった。

 だって、彼とミッテリ公爵令嬢が不貞を働いた末にクロード王太子殿下暗殺を計画したという証拠は、諸々の報告とともにすでにボスのもとに送ってあるのだ。

 この場で私の口を封じたところで、彼らがマーロウ一家に一生強請られる未来に変わりはない。

 しかも、今代のボスは仕事に対してはシビアだが、身内には滅法甘くて情の厚い人だ。

 任務を見事完遂したにもかかわらず、依頼主によって部下が殺されたと知れば、その報復は熾烈を極めるだろう。

 どちらにしろ、親友を裏切った側近も、身持ちの悪い婚約者も、私や先生以上に凄惨な末路を辿ることになるはずだ。

 そんなことを、私はカインが振り上げた剣の軌道から逃れようともせずに考えていた。

 磨かれた刀身が、近衛兵が持つ灯りを反射してギラリと光る。

 この時、私の自己防衛本能は完全にオフになっていた。

 どうやら、生まれ変わった先生をこの手で死なせてしまったという事実に、私は自分が思う以上にショックを受けていたらしい。

 マーロウ一家で一人前として認められたい私は、暗殺という何の恨みもない他人を殺めることで、今後身を立てようと考えていた。

 だというのに、それを後悔してしまった時点で人生計画は行き詰まり。

 ようは、今世に絶望したのだ。

 後はただ両目を閉じて、大人しく二度目の死を受け入れようとしたーーその時だった。


 ガキンーー!!


 固い物同士が、私の頭上でぶつかる音がした。

 続いて、殿下っ……と、戦く声が前方から聞こえてくる。今まさに私を切り捨てようとしたカインの声だ。

 一体何ごとかと私が両目を開いたのと、背後から思いがけない声が上がったのは同時だった。




「ーーどうした。幽霊でも見たような顔だな? 私が生きているのが不思議か?」




 ばっと後ろを振り返れば、目と鼻の先にこの国の王太子のーー今世の先生の整った顔があった。

 唖然とする私に、今さっき死に顔を晒したはずの先生がにやりと笑う。

 ギチリ……と躙り合う音に頭上を見上げれば、私を一刀両断しようと振り下ろされたカインの剣を、先生の持つ短剣が止めていた。


「王太子の人生というのはとかく物騒だな。枕の下に護身用の短剣を忍ばせておかなければ、おちおち眠れもしないらしいーー信用していた側近に、いつ寝首をかかれるかも分からないからね」

「で、殿下、ご無事で……いや、でも、毒が……」

「へえ? 私が毒にやられたと? どうしてそう思う?」

「……っ、それ、はっ……」


 カインは早々と墓穴を掘った。それを見逃すはずがない先生が、内緒話をするみたいに声を潜めて畳み掛ける。


「ああ、そうだろうな。お前は私が毒を受けたと知っていて当然だろう。なにしろ、毒を塗ったナイフを携えたこの子を送り込んだのは、お前なんだからな?」

「い、いえっ……そんな! 誤解です、殿下!!」

「おかしいと思ったんだ。いくらこの子が手練でも、王宮の厳重な警備を擦り抜けて最上階にある私の部屋まで辿り着くのは容易ではない。おそらく手引きした者がいるのだろうと思ったがーーなるほど、近衛師団長のお前が融通を利かせたのならば簡単だったろうな」

「殿下、待ってください! 私はそんな女、知りません!!」


 カインは慌てて剣を引き、必死に弁明しようとする。

 そもそも彼のように死人に口無しを前提に計画を進めるのは非常に危険だ。

 だって、相手が思い通りに死人にならなければ、一気に形勢逆転されるのは目に見えているのだから。

 案の定、先生はカインの言葉に聞く耳を持たず、扉の前で様子を見守っていた副団長以下の近衛兵に向ってぴしゃりと命じた。


「カイン・アンダーソンを地下牢に連れていけ。王太子暗殺を画策した国賊だ。それから、私の婚約者ーーあの女も共犯だ。即刻ミッテリ公爵家に兵を送り拘束しろ」

「や、やめろっ……!!」


 先生の言葉を聞いたとたん、カインはがむしゃらに暴れ始めた。自らの部下でもある副団長達の手から逃れようとするが、所詮は多勢に無勢。

 すぐさま取り押さえられた彼は、まるで親の敵のように先生を睨みつける。

 十数年間育んできた忠誠心は、恋心を前にして脆くも崩れ去ったらしい。

 なぜ、ミッテリ公爵令嬢まで!

 何の根拠もないまま拘束を命じるなんて横暴だ!!

 そう喚く相手に冷ややかな笑みを返した先生は、ここまで傍観していた私の肩をぐっと抱いて告げた。


「あいにく、根拠も証拠も揃っているんだ。この子がーー私の優秀な助手が頑張ってくれたからな」


 カインの顔は、もはや蒼白となった。

 副団長達によって連行されていく最中、私に向って「裏切り者!」と吼える。

 特大ブーメラン。乙です。

 そうして、正体の知れない私を見ておろおろする近衛兵達を先生が全員下がらせた、ちょうどその時である。

 カチリと音を立てて、壁掛け時計の長針と短針が重なった。

 予想に反して日付を跨ぐことに成功した先生が、いてて……とぼやきながら左の脇腹を押さえる。

 私はたまらず、尋ねていた。




「ーー先生、どうして生きているんですか?」




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