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17 本領発揮



「――私が来たからにはもう大丈夫だ」



 私の手を取って自信満々にそう告げたのは、腰から剣を提げた若い男だった。


 色とりどりの花々が咲き誇る王城の庭園。

 外周を囲う柵の一角にはクレマチスが生い茂り、その向こうは死角となっていた。

 そんな人気の無い場所をとある事情により通りかかった男は、たまたま、偶然、ゆくりなく、カラスに襲われていた私を助けてくれたのである。


「騎士様……」


 亜麻色の前髪の隙間から涙に濡れた瞳でおずおずと見上げる。

 扇情的な紅で彩った唇を震わせて縋るみたいに呼べば、男は容易く相好を崩した。

 男の名はフィリップ・モーガン。

 金髪碧眼に甘いマスクをした、女受けの良さそうな青年である。

 ヴェーゼン王国の大貴族ボスウェル公爵の甥で、王配殿下の縁者――それゆえに、新たな近衛師団長候補として名が挙がっていた人物だ。

 そして、新近衛師団長の選定権が先生ことクロード殿下に託された瞬間、即刻候補から外された人物でもあった。

 私はそんなフィリップに対し、自分は前任の近衛師団長カイン・アンダーソンの侍女だったが、彼が投獄されたことで職を失い途方に暮れていたところだと涙ながらに語った。

 

「幼い頃に母を亡くし、親戚からは厄介者扱い……城を追い出されてしまっては帰る場所がございません。私はいったい、これからどうやって生きていけばいいのでしょうか……」

「なるほど、それは気の毒に……。御父上を頼ることはできないのかい?」

「父のことは分かりません。ただ、父はとても身分の高い方で、私が生まれた祝いにこの首飾りを贈ってくださったとだけ母から聞きました」

「こ、これはっ……!」


 私が懐から大事そうに取り出したのは黄金の首飾りで、その真ん中には瞳と同じ色をした大きなルビーがはめこまれている。

 光り物を集める習性があるカラスに襲われていた理由も、このルビーの存在によって説明が付くだろう。

 目利きもできるらしいフィリップが、たちまち興奮を露にした。

 

「なんて立派な……これほどのものを所有できていたのだとしたら、君の御父上はもしかしたら王族に連なる方なのかも……」


 偶然助けたのは寄る辺の無い若い女で、しかし止ん事無き人物の隠し子かもしれない。

 野心家フィリップの頭の中では今、さぞかし打算的な考えが渦巻いていることだろう。

 彼は馴れ馴れしく私の肩を抱いて内緒話するみたいに言った。


「ねえ、君。よければ、王宮で働き続けられるよう、私が口利きをしてあげようか?」

「えっ……?」

「王族付きの侍女として使ってもらうため、私が後見人になってあげてもかまわないよ」

「わ、私に情けをかけてくださるのですか? 新たな近衛師団長様に抜擢されるのではと噂の、あなた様が……?」


 私は極力弱々しく見えるよう、上目遣いでフィリップを見上げる。

 右手は縋るみたいに、その上着の袖を控え目に握った。

 彼は〝新たな近衛師団長〟の言葉ににんまりとした笑みを浮かべ、私の亜麻色の髪を撫でながら続ける。


「参ったね、噂になっているのか。でも、ここだけの話、新たな近衛師団長は私でほぼ決定しているんだ。一部では副団長のダン・グレゴリーの昇格が有力視されていたけれど、彼は所詮伯爵家の出身だからね。私の伯父であるボスウェル公爵の権威には到底及ばないよ。ああ、もう一人……先日の御前試合で優勝した者も候補に入ったという噂だけど、平民ではねぇ……」

「平民……平民ではだめでしょうか? 確か、王太子殿下はお父様が平民出身でいらっしゃったはずですが……」

「クロード殿下、ね。あの方は、そもそも由緒正しきヴェーデン王国の国王にはふさわしくないさ」


 ベラベラと誇らしげに喋っていたフィリップだが、私がクロード殿下の名を出したとたん、その顔を嘲笑に歪めた。


「ふさわしくない、ですか……?」

「次期国王には、女王陛下と王配殿下の間にお生まれになったアルフ殿下こそが適任だ。そもそも平民の子なんかをわざわざ近衛兵が守る必要があるのか、甚だ疑問だね。私が近衛師団長に就任した暁には、アルフ殿下のお側にこそ優秀な護衛を配置するつもりだ」

「そ、そんな……でも、そんなことをなさって、クロード殿下にもしものことがあっては……」

「なに、クロード殿下がだめになったらアルフ殿下が玉座にお座りになれば済むことだ。私にとっては願ったり叶ったり。むしろ、ますます近衛師団長として励めるというものだ」


 不安そうな顔をする私を抱き寄せて、フィリップがほくそ笑む。


「君は何も心配しなくていいんだよ。この私が後見人になってあげるのだからね。いつか、そのルビーの首飾りを所有していた人を――君の御父上を探して、お近づきになりたいものだ」


 彼がまるでキスするみたいに、私の耳元に甘い声で囁いた――その時だった。


「――フィリップ様、これはどういうことですのっ!!」

「ひえっ……き、君、どうしてここに……!?」


 突然クレマチスの蔓を掻き分けて、侍女のお仕着せを纏った若い女が飛び出してきた。

 その形相は、般若もかくやという凄まじいものだ。

 しかし、彼女の登場だけでは終わらなかった。

 さらに四人の女性が次々とフィリップの前に現れたではないか。彼の顔面は蒼白となった。

 なんと、フィリップ・モーガンは五股をかけていたのだ。

 そして、彼の恋人達を全員呼び出したのは私だった。

 ちなみに、フィリップがここを通りかかったのも偶然ではなく、ヴェーデン王国一の美人と名高い女王陛下の秘書から恋文が届き、思いを受け入れる気があるならこの先の東屋に来てほしいと請われていたからだ。

 もちろん、その恋文も私が書いた偽物である。

 ところで、古今東西男の浮気が発覚した場合、鉢合わせた女が一対一ならばキャットファイトに縺れ込むことが多いが、複数人だと妙な連帯感が生まれて結束する場合がある。

 今回は後者だった。

 気位の高そうな五人の女達は、自分達を弄んだフィリップに対して怒り心頭。

 蒼白な顔をした彼を取り囲み殴る蹴るの暴行が始まった。

 私はというと、どさくさに紛れてこっそり修羅場を抜け出し、周囲に誰もいないことを確認して亜麻色のカツラを脱ぐ。

 懐から取り出したハンカチで顔を拭えば、白い布の表面は厚く塗っていた化粧で盛大に汚れた。

 その時、バサリと音が聞こえたかと思ったら、のしっと頭の上に何かが着地する。

 馴染みのある感触に、私は驚くことなく顔を上げた。

 

「ハトさん、ご苦労様。名演技だったよー」

「カア」


 はたして頭の上にいたのは、先ほどフィリップの前で私を襲うカラス役を務めたハトさんだった。

 鋭い鉤爪を持つその足首には、相変わらず銀色をした足環が付いている。

 どこからか掻っ払ってきたらしいチーズをすかさず口に押し込んでくるところなんて、さすがは伊達に二十年近く私の姉役をやっていない。

 もちろんのことながら、さっきフィリップに話した、生まれた祝いに父親が……というくだりも全部嘘だ。

 首飾りは、先生ことクロード殿下の私室にあった宝石箱からこっそり拝借してきたものだし、そもそも口減らしのために私を二束三文で売り払った実の父には、金目の形見なんて残す甲斐性があるわけがない。

 

「これで、フィリップ・モーガンを堂々と候補から外せるよね」


 私がカツラと化粧で変装してフィリップと接触したのも、彼を陥れて浮気癖を暴いたのも、全ては新たな近衛師団長候補から脱落させるためだった。

 先生ことクロード殿下の独断ではなく、フィリップ自身の不祥事を明らかにすることで、彼が候補から外れたのも致し方ないと世間に思わせたかったのだ。

 プライドを傷付けられ、フィリップに愛想を尽かした元恋人達の心境は、まさしく可愛さ余って憎さ百倍。結託して彼をこてんぱんにこらしめるに違いない。

 平民を父に持つクロード殿下に対するフィリップの暴言失言を、ばっちり立ち聞きしたであろう彼女達がどのように告発するのかは見物である。

 フィリップは不敬罪に問われるだろうか。少なくとも、近衛師団長に推されることはもう二度とないだろう。


「あとは、残り二人の候補者のどちらにするかなんだけど……」


 歯ごたえのあるチーズをモチモチ噛みながら、私は胸の前で両腕を組んでううんと唸った。

 御前試合の際に女王陛下が口にしたとおり、近衛師団長とは国王にとっての守り刀にも等しい。

 今世も煽り体質の先生を私がフォローしていくには、新たな近衛師団長の協力も必要になってくるだろう。

 

「そのためには、王家ではなく先生自身に対して忠誠心の厚い人――できれば、先生が少しくらい心を開ける相手がいいなぁ……」


 そう独り言を呟く私の口に、面倒見のいいハトさんはカチカチの乾パンも押し込んだのだった。




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