40 盗賊たち
翌日、俺とルナは宿で準備を済ませ、門へと向かっていた。
ローは済ませなければならない用事があるらしく、今回の遠出にはついてこないらしい。
まあ、ローがいればそれこそ盗賊なんて文字通りの一刀両断で試験にならないので、ちょうど良かったといえばそうなのだが。
だが、逆をいえば、今回の依頼でルナの護衛が出来るのは、ライクたちを除けば俺だけなのだ。
今まで以上に気を引き締めなければ…
「ねえねえ、この子の名前どうする?」
そんな俺の内心を他所に、ルナは自らの腕に巻き付く白蛇を指さして言う。
「そういえば、まだつけていなかったな。別にルナが決めていいぞ?」
「そう…じゃあ、あなたは今日から真っ白しろ助で─」
「よし、やっぱり俺も一緒に考えるわ。」
俺はルナが何かをいい切る前に被せて答える。
瞬間で分かったよ、こいつに名前を決めさせたら白蛇が可哀想なことになると。
「うーん、白蛇か…ハクダとかビャクヤとかは…あんまり似合わないな。」
俺がうーむと悩んでいると、ルナも意見を出してくる。
「普通にシロは?」
「それもいいけど、どうせならもうちょい凝ったやつにしたいんだよなぁ…」
俺がそういって何かいいものは無いかと思っていると、それまで黙っていた頭の中の精霊が言った。
『じゃあ、〖ハク〗はどうだい?』
(ハク?少し安直すぎるんじゃないか?)
『そうかい?ハクは白の訓読みだよ?』
(それがどうしたんだ?)
『この世界の言葉にには、訓読みだとか音読みだとかのはあまりないんだ。だから、そんな名前をつけたら、この子を見る度に何時でも君の世界のことを思い出せるんじゃないか?』
シェリアはそういって二カッと笑った気がした。
俺はその言葉にハッとする。
シェリアは俺の秘密を知らないはずだ。俺が隠すと意識すれば、彼女は俺の記憶を見ることは出来ない。
なのに、何故こうも俺の核心をついた発言が出来るのだろうか。
やはり、精霊だからだろうか。
「…忘れたく、ないしな…」
「どうしたの?」
不審な俺を心配したのか、ルナがそう問いかけてくるのに、俺は「なんでもない」と笑って返した。
「こいつの名前、〖ハク〗にしよう。」
「ハク…うん、いい名前だと思うよ。」
俺はルナの腕から、俺へと移った白蛇─ハクを見ながら思う。
俺はこれから、何年もの月日をこの世界で過ごすだろう。
しかし、ここでたくさんの思い出を作る度に、あそこでの楽しかった日々が零れ落ちてしまうのは、とても悲しい。
だから、こいつを見る度に思い出そう。
ミヅキや姉ちゃん、大切な彼らのことを。
そして、己の罪のことも──
◇◆◇◆◇
「お、来たか。」
門に到着すると、俺たち以外のメンバーは既に集合しており、俺たちが最後だった。
「悪い、遅れたか?」
「んにゃ、概ね時間通りだ。さて、全員揃ったし、これから村へと出発だ。」
今回の依頼の大まかな流れだが、まず俺たちは被害のある近くの村まで向かい、そこで夜を待ってから盗賊たちのねぐらへと潜入する。
襲撃に夜を選んだのは単純で、その時間帯は盗賊も眠りにつくので警備が薄くなるかららしい。
プリクリの外に広がるのは、広大な草原だ。
そこは見晴らしがよく、警備兵も巡回しているためか、比較的治安がよくモンスター等も滅多に出ないらしい。
そのため俺たちは徒歩で村まで向かっている。
確かライクから、徒歩で数時間の距離と聞いていたので、20キロ前後だろうか。
俺がそんなことを考えながら歩いていると、仲良さそうに話しているルナとディルの姿が目に入った。
「へえ、じゃあディルは師匠のところで育ったんだ。」
「ええ、でもこの師匠がとにかく厳しいのよ。」
ルナと話すディルは、俺たちに対するような不遜な態度ではなく、なんとなく素のような印象を受ける。
「そういえば、ルナには誰か師匠がいるの?」
そうしていると、ディルが突然ルナにそう問いかけた。
ルナは一瞬キョトンとするが、直ぐにニヤリと笑うと、そのままの表情でこちらを指さした。
「え?彼があなたの師匠なの?」
「うん。」
ディルがマジで?みたいな顔でこっち見てくる。
やっぱり俺にはないのかな、師匠の威厳って奴は…
まあ、実際師匠らしいことをしたのはジュディたちに宿題を出したくらいだし、ルナには色々教わってばっかだしで威厳なんてつくはずもないのだが。
「あれ?」
「どうしたんだクルル?」
そんな時、俺たちより前を歩いていたクルルが、異変に気がついた。
「いえ、聞いていた村はあの辺のはずなのですが…なにか燃えているようなんです。」
俺がクルルのいう方向を見てみると、そこからは不審な煙が立ち上がっていた。
「確かに、煙が上がってるな。」
「なんかの行事か?」
「いえ、この辺りの下調べはだいたいしてきたのですが、そんな風習があるとは聞いていません。」
「だとすれば…なにか異常なことでも起きてるのか…まさか!?」
ライクが急に何かに気がついたように叫ぶ。
この辺りでの異常な事態、それを思いつくのは至極簡単な事だった。
「「盗賊!」」
俺たちは一斉に走り出すと、煙が立ちこむ方へと走り出す。
村へと近づき、その容貌が見えてくる。が、それは案の定、何者かによって火が放たれており、とても日常とはいえない状況だった。
木製の家々は日に包まれ、その場は村民たちの絶叫が鳴り響いていた。
「クソっ!やはり盗賊か!」
「ど、どうしますか!?」
「ちっ、ひとまず人命が優先だ。村人を助けるぞ!」
俺はライクの指示に従い、悲鳴が上がる方へとかけ出す。
「いや!お母さん!」
「おら!こっちにこい!」
俺の目の前に、粗暴な男が少女の腕を掴み強引に連れていこうとしていた。
少女が必死に手を伸ばすその先には、おびただしいほどの血を流している一人の女性がいる。
その身はピクリともせず、既に命の灯火ごとかき消されてしまったのをありありと感じた。
「……………っ」
俺はスっと目を鋭く研ぎ、奥歯を噛み締める。
心の奥底から嫌悪と増悪が入り交じった歪な感情が溢れだしてくる。
「ヒヒッ、こいつは上物で高く売れそう…」
「おい」
俺は己の暗い感情のままに、男の顔面へと拳を打ち込んだ。
「ガペッ!!」
魔力で強化された俺の拳に、男は無様な悲鳴を上げた。
感触的に、顔面の骨がいくらか逝っただろうが、俺はそんなこと気にもしない。
襲われていた少女は、男の手が離れると同時に動かなくなった母親の遺骸に駆け寄った。
「おかあさん!目を開けておかあさん!」
決して届かぬ声とは知らず、少女は亡骸にしがみつく。
「──ゴミは処分しないと、な。」
澱んな感情と共に吐き出されたその言葉は、何故かは分からないが、俺の心に深く染み込んだ気がした。
それから、救助や介抱をルナやディルといった女性陣に任せ、ライクや俺は村に残る盗賊たちを撃退した。
奴らもこんなにタイミングよく冒険者が駆けつけるとは思っていなかったらしく、スタコラサッサと逃げていった。
今は無事だった人達の話を聞きながら、被害の確認をしている。
俺たちはこの村の村長をしているらしい壮年の男に情報を聞いていた。
「盗賊たちの被害自体は数ヶ月前からあったんですが、それも家畜を盗んだり空き巣をしたりといった今とは比べ物にならないほど小さなものだったので、そこまで緊急性はないと思っていたんです。すると、ここ数週間前から様子が突然変わりました。」
「様子が変わった?具体的にどんなだ?」
「盗賊たちの規模がとても大きくなったんです。」
聞くと、今までの盗賊たちはせいぜい数人程度であり、村人たちでも対抗が可能だったのに、今では確認しただけでも数十人も数が増えており、それから被害も増大したらしい。
「他の村でも、人攫いなどの被害が続いています。冒険者の皆さん!どうか、奴らを討伐してください!」
村長は俺たちに必死に懇願する。
「安心しろよ、おっさん。俺らがあんな盗賊なんて直ぐにぶっ倒してやるよ。」
「は、はい。精一杯頑張ります。」
「ま、こっちも仕事だしね。やってあげるわよ。」
「うん、攫われた人たちを助けてくる。」
「おお、ありがとうございます!」
俺たちの言葉に村長は安心したのか、ふぅと息をついた。
そこで、俺はドアの隙間からこちらを覗く人影に気がついた。
「なあ村長さん、こいつらは?」
「!?」
バレたことに気がついたのか、人影は直ぐに去ろうとするが、その前に俺の腕がそいつの服を掴んだ。
そこにいたのは、十歳程度の少年だった。
「子供か?」
「ああ、その子は盗賊に家族を攫われてしまった子供ですね。」
「…そうか。」
子供は俺の姿や武器に怯えていたが、数瞬すると、意を決した様子で声をあげる。
「あ、あの!お、お姉ちゃんを、た、助けてください…」
それは今にも消え入りそうなほど弱かったが、勇気のある言葉だった。
俺は宥めるような声で、少年に答える。
「ああ、安心しろ。俺が、俺たちがゴミを全部処分してくるよ。だから、待っておきな。」
俺はニコリと笑った。
そんな俺の様子をルナは奇怪そうな目で見ているのに、俺は気がつかなかった。
俺たちは少しの間村にお世話になり、太陽が深く沈みこんだ真夜中を待って、盗賊のアジトがあるらしい場所へと向かった。
「村長さんから聞いた話通りなら、あと10分もすれば着きますよ。」
「そうか、気を引き締めないとな。」
クルルとライクがそういって話しているのを他所に、後ろからついてくる女性二人は仲良さげに談笑している。
「あの村のご飯結構美味しかったわね、また食べたいわ。」
「うん、特にあのお肉が美味しかった。」
「はぁ…お前らよぉ、これから盗賊たちのねぐらに行くんだぞ。ちょっとは緊張感を持てよ!」
ライクが小声を抑えながら叫ぶが、二人は納得しない。
「何度も言ってるけど、盗賊なんて戦闘力は下の下よ?そんなのを警戒するなんてたかが知れてるわね。」
「なんだとこのアマ!」
「私も、警戒するなとは言わないけど、緊張しすぎるのもよくないと思う。」
「お前らは1ミリも緊張してねぇのが問題なんだよ!」
「はいはい、皆さん少しうるさいですよ。」
興奮しすぎた空気をクルルが手を叩いて霧散させる。
そうしているうちに、俺たちは村近くの森の奥部にまでたどり着いていた。
ここまで来ると、全部が無理にでも緊張感を持つ。
会話を慎み、息を殺しながらの行動。
光源は先行するクルルの光の魔法のみであり、一寸先は闇である。
そのような光景がどれほど続いただろうか。
「………!?」
ついに、俺たちの視界に、自分たち以外の明かりが見えてくる。
よく目をこらすと、暗闇に立つ2人の人影、そしてその後ろに大きな洞窟があった。
「…準備はいいな。」
ライクの問いに、全員が頷き、行動を開始する。
「……ん?」
2人の人影のうち、一人が異変に気づく。
が、それが確信に変わるよりも早く、ライクの短槍が人影の喉元を撃ち抜いた。
「……ガッ!?」
それと同時に、俺も手持ちの剣を突き出し、もう1人の息の根を止める。
「…終わった、行こう」
俺は息絶えた人影に目もくれず、みんなに先を急かす。
「………」
そんな俺の姿を、ルナは異様に見つめていた。




