39 筆記の問題
試験場の中は真ん中に教卓があり、その周りを席が囲む大学の講義室のような構造をしていた。
受験者の席は入場する時に配られる席番で決まる。
その結果、俺は教卓の目の前の席になったた。
「…なんで今日はこんなに運が悪いんだろうか」
俺なんかしたかな?
そんな現実逃避をするうちに、講堂には続々と受験者が入ってくる。
そんな中、俺の隣にドカりと座ったのは、真っ赤な髪を短く切ったツリ目の少女だった。
その格好は、軽装の皮鎧に小柄のダガーを付けたまさしく冒険者といった風貌である。
俺が物珍しさで彼女を見ていると、彼女は俺の方に視線を向け、俺と目が合った。
「あ?何こっち見てんだよ。」
途端、不機嫌そうな顔でメンチを切られた。
その瞬間、俺は光の速さで視線を逸らす。
なんだこの人、めっちゃ怖いんだけど。
「…ちっ、何見てんだよ!」
俺が視線を逸らしたあとも、彼女は腹の虫が収まらないようで、貧乏揺すりをしながら周りを威圧していた。
講堂の中に30人ほど集まった頃、試験官らしき男性が教卓の前に立った。
「ええ、受験者諸君、私は元Cランク冒険者のアクラ、今回のDランク昇格試験の筆記試験官だ。早速だが、諸注意に移る。」
試験官が始めた諸注意は、おおよそ日本の試験と同じようなものだった。
試験中の離席や飲食は禁止であり、カンニングと取られる行為も禁止という感じだ。
それらを終えると、今度は数人の組合職員が答案を配り始めた。
手元に来たそれを手に取り、ざっと目を走らせる。
「…………………ふぅ、」
それを何度か繰り返したあと、俺は往々しく天を仰いだ。
(ダメだ、まったく読めない)
カンニングと疑われる前にそれを止め、必死に答案を読もうと試みるが、俺の知る中の全ての学語力を総動員しても、その問題たちは解けそうになかった。
しかし、俺には秘密兵器があった。
そう、シェリアである。
シェリアは既にこの辺りで使われている言語のほとんどを習得している。
加えて、シェリアは冒険者の為の予備知識を完全に記憶しているため、彼女の力を借りれば、この試験なんて簡単にクリアできるのだ。
(というわけで、シェリアよろしく!)
『イヤだよ』
(…………へ?今なんて?)
予想外の言葉に、俺は試験中であるにも関わらず呆けてしまう。
『だって君、最近私のこと軽んじてるでしょ。』
(え、いや、そんなつもりは…)
『私のこと体のいい検索エンジンか何かとでも思ってるんじゃないのかい?』
(あ、いや、決してそんなことは…)
『挙句の果てに、投稿を二ヶ月近くもサボって、恥ずかしいとか思わないのかい?』
(か、返すことばもございません…)
俺はシェリアの糾弾を甘んじて受け止める。
…一つ俺には関係の無いことが混じっていたが、指摘するとさらに悪い方向に行きそうなので黙っておく。
傍から見ると、試験中にも関わらず席で正座しながら虚空を見上げているように見える俺の姿は、想像してみるととても滑稽だった。
そんな姿に溜飲が下がったのだろう、シェリアは渋々と言った様子で協力してくれた。
『今度からはちゃんと、私のことも尊重してくれよ?』
(はい、肝に銘じておきます。)
俺はシェリアの協力に感謝しながら、試験問題に取り組んでいった。
「終了、時間だ。全員、手を止めて前を向いてくれ。」
あれから一時間、軽快なベルの音と共に試験の終了が宣言された。
俺は手に持った鉛筆を机に置き、軽く伸びをした。
(大体の問題を解くことは出来たな。)
試験問題はあらかた予想通りで、大体がシェリアの知識で対処可能なレベルだった。
だが、俺には一つの懸念があった。
(あの文字を、試験官が解読できるだろうか…)
俺は、解答欄に書きなぐった、ミミズがはい回ったかのような自らの字を思い浮かべた。
正直にいえば、俺の筆記試験の合否は問題の正答率ではなく、試験官の解読力に委ねられるだろう。
がんばれ試験官、負けるな試験官、字が下手ですみません試験官。
「何してるの?次は訓練場だよ」
「あ、ああ、行くか。」
俺が先程の試験官に陰ながらエールを送っていると、不審な目をしたルナに声をかけられた。
またしてもかっこ悪い姿を見せてしまった俺は、自己嫌悪に顔を歪めながら訓練場へと急ぐ。
訓練場に着くと、受験者たちは皆整列させられて説明を受けた。
「さて、君たちはこれから五人程度の即席チームを作ってもらい、その面子でこれらの依頼をこなしてもらう。」
説明する試験官の話をまとめると、実技の課題は即席のチームでEランクでも厄介な類の依頼をこなすことらしい。
組合の発注する依頼は、日夜多くの冒険者たちによって受注されるが、その中でも長い間放置される依頼などがある。
それらは大体が報酬の金額が少なかったり、厄介な内容だったりするものなため、他の冒険者には毛嫌いされ残りやすい。
そのため、そのなかでもちょうどいい難易度のものを厳選して冒険者の育成や試験に利用しているらしい。
試験場に視点を戻すと、受験者たちは周りの人に話しかけ即席のチームを組んでいった。
「さて、俺とルナは組むとして、残りの三人はどうしようか…」
「お、ヘルトこんなとこにいたのか。」
俺たちが組めそうな人を探して見回していると、後ろから突然声をかけられた。
それに振り返ると、そこには見覚えのある金髪があった。
「ライクか!お前もこの試験を受けてたんだな。」
「おう、そろそろEでいる価値も無くなってきたことだし、そろそろ前に進んでみるか、ってな。
それはそうとお前ら、俺たちと組まないか?」
「別に構わないが、俺たち?」
ライクの物言いに疑問を感じた俺だが、その答えは彼の背中からひょっこりと現れた。
「ああ、そういえば紹介してなかったな。俺の仲間のクルルだ。こいつもEで今回Dに上がるんだ。」
「お、お二人共数週間ぶりですね、クルルです。よろしくお願いします。」
ライクの後ろから現れたのは、目元まで前髪を伸ばした気弱そうな少年だった。そういえば迷宮で探索した時に会ったことがあるのを思い出した。
「ああ、こちらこそどうも。」
「……よろしく。」
二人と軽く挨拶を交わし、これで必要なメンバーはあと一人となった。
「さて、残りの一人はどうする?適当に誘うか?」
「別にこだわる必要も無いし、残っていそうな奴を誘ってみるか…」
残りのひと枠に誰を誘うか、その事について話していると、ふと俺は気づいた。
こちらをじっと見続ける不審な人物がいることに。
「…なぁ、あの人、確実にこっちみてるよな…」
「…ああ、見てるな」
「見てるね」
「み、見てますね…」
俺の問に全員が小声で肯定する。
その視線の先には、先程の赤髪の女性だった。
彼女は変わらず不機嫌そうな雰囲気を醸し出しながら周囲を威圧しているが、その視線はずっと俺に向かっていた。
「…あの人誘うか?」
「は!?正気かよ!」
「あ、いやだって、ただの口下手な可能性もあるし…それに、もう誘うならあの人しかいなさそうだぞ?」
俺の言葉に真っ先にライクが否定にかかる。
確かに彼女が怪しいということには俺も同感だった。
だが、俺の提案に正当性があることも事実だった。
周りには既にあらかたチームが完成しており、誘えるであろう人は彼女ぐらいだったのだ。
「だからって、あんな目つき悪い女、俺はゴメンだぜ?」
「ルナだって目つき悪いぞ?」
「アイツは普段フード被って目が見えないからいいんだよ。」
ライクが謎の判断基準を話している間も、赤髪の彼女はこちらをじっと見続けている。
「はぁ、まったく。」
そんな状況に呆れたのか、ルナが彼女の元へとトコトコ歩いていった。
「あ?なによガキ、あたしに何か用?」
「私たちと組まない?」
少女にも変わらず怖い顔で威圧する赤髪だが、それに対してルナも怯えることなく真っ直ぐと告げた。
それには流石の赤髪も驚いたのか、興味深そうに「へぇ」と呟いた。
「貴方、ガキの癖にあたしのこと怖がらないのね。」
「当然、怖い顔には自分の顔で慣れてるから。」
「ア…ハッ、それは面白い。いいわ、組みましょう。」
((ルナ…恐ろしい子!!))
ルナはあっという間に凶暴な赤髪を説得し、あまつさえ気に入られてしまった。
そのありえないほどの手際に、俺たちは軽く恐怖を覚えた。
「あたしの名前はディル、よろしくな。」
「うん、私はルナ。よろしくね、ディル。」
これで、俺たちは実技の条件を揃えたことになる。
「チームを組み終わった受験者は、カウンターで手続きをしてくれ。そこで試験用の依頼を指定する。」
先程の試験官の言葉に従い、俺たちは組合のカウンターへ手続きに来ていた。
「はい、ヘルトさんとルナさん、それにライクさんにクルルさん、そしてディルさんですね。確認しました。では、こちらの依頼をご覧下さい。」
カウンターの女性に俺たちの名前を書いた申請書を提出すると、彼女は俺たちにある一つの依頼書を差し出した。
「これは…盗賊の討伐?」
「はい、随分前から近隣の集落から盗賊の被害が出ていまして、規模も小さいので新人さんの試験にちょうどいいと。」
その紙には、その盗賊団の規模や被害地域、そしてそのアジトがあるであろう場所まで事細かに記されていた。
「規模だけじゃなくてアジトの場所まで…こいつは楽勝だな。」
「油断は大敵ですよ。」
ライクがそういって楽観的に笑う。それにクルルが釘を刺す。
確かに、どれだけ依頼の内容が簡単そうでも、油断をしてはいけない。
ルナを狙う敵が襲ってくるのは、きっと街の外だから。
「さて、これからどうする?とりあえず酒場で打ち合わせでも…」
「八ッ、必要ないわね」
「…何?」
組合を出た俺たちの間に、不穏な空気が流れる。
ライクの言葉に、ディルが噛み付いたのだ。
「盗賊なんて、あたしの力があれば楽勝、打ち合わせなんて時間の無駄。」
「…それでも、油断するのは違うんじゃないのか?」
「ふん、出発は明日でしょ?それじゃあ、明日の朝に門に集合。それじゃあね」
「お、おい!勝手に言ってるんじゃねえ!」
ライクはそう言ってディルを引き止めるが、彼女は振り返ることなくどこかへ去ってしまった。
「…ちっ、なんだアイツは。協調性の欠片もねぇじゃないか!」
「確かに、あれは酷かったな。」
ライクと粗暴な物言いに、俺は同意する。
この世界において、盗賊というのがどれほどの力具合なのかは知らないが、団というのであれば一人や二人ではないのだろう。
それに対して楽勝と言い切れるのは、果たして彼女に圧倒的な力が宿っているのか、もしくはただのいきがりか。
「まあ、明日になれば分かるか…」
「それよりも、これからちょっと打ち合わせしないか?色々と話したいこともあるし。」
「…酒場でか?」
「おうよ!」
相変わらずのライクの言動に、少し呆れながらも、俺は彼らについて組合を後にするのだった。
たった一人、ルナは少しだけ、ディルの去った方向を眺めていた。
◇◆◇◆◇
「はぁ、またやっちゃった…」
……はい、今まで投稿を二ヶ月も無断でお休みしてしまい、本当に申し訳ございません。
言い訳をさせてもらうと、この年末いろいろな自体が重なって、小説を書く暇がなかったのです。
どうか許してください。
これからは、休む時はきちんと事前に言おうと思います。
どうか、これからもこの作品をよろしくお願いします。




