38 修行の成果
少し遅れてしまい、申し訳ありません。
あと、少しで今年も終わりですね。
冬休みまであと少し、最後まで頑張りましょう。
風が吹く草原の中央で、二人の男が互いに向かい合っていた。
一人はボサボサの髪を垂らし、自らの拳を腰だめに構え、相手へと打ち込まんとしている。
そしてもう一人は、その拳を何としても捌くという意思の篭った瞳で、男を見つめていた。
決して長くはない時間が、緊張と集中により引き伸ばされるなか、遂にその時が訪れる。
「ふっ!!」
ボサボサの頭をした男の姿がブレ、もう一人男へと急接近する。
「しぃ!!」
息を短く吐き、体中の筋肉を締め、男は全力の回避を実行する。
だが、それだけでは迫る拳を避けるためには足りない。
よって、男は自らの手の甲で、拳の横から衝撃を与えた。
すると、拳は僅かに軌道を変え、男の横顔を擦る程度に抑えられた。
「…ふぅ、なかなか避けられるようになってきたな。」
ボサボサの髪をした男─ローは、俺に向かってそう言った。
「ああ、最初はどんだけヤバい訓練だって思ってたけど、意外と理にかなってたんだな…。」
俺は、苦笑いしながらそう答えた。
そう、あの拳を避けろだの、防げだのという無茶苦茶な訓練方法。
あれらは意外なことに、戦闘を想定した訓練には最適だったのだ。
まず拳を避ける訓練、あれは戦闘中にどれだけ反射的に動けるか、という反射神経と動体視力を鍛えることができる訓練、そして防ぐ訓練は単純に防御力を鍛える訓練だった。
例えどれだけ、強く強靭な矛を持っていたとしても、当たらなければ意味が無い。
それと同時に、どれだけ固く頑丈な盾を持っていても、それを上手く使えなければ、宝の持ち腐れだ。
あれは、それらを上手く扱うために、絶対に必要な訓練だった訳だ。
「さて、訓練も一段落したところだし、そろそろ始めるか。」
俺が野原に腰を下ろしていると、ふとローがそんなことを言い出した。
…嫌な予感しかしない。
「…始めるって、何を?」
俺は、一呼吸おいて腹を決めて、そう問いかけた。
「何ってそりゃあ…」
ローはこれまた意地悪な顔をして…
「Dランク昇級試験の準備だよ。」
…そこまで酷くはないことを言い放った。
緊張して損をした気分だった。
◇◆◇◆◇
宿へと戻った俺たちは、軽く準備を整え、冒険者組合へと足を運んでいた。
「あれ?ルナってランクFじゃなかったっけ?」
「ふふ、二人が訓練してるときに、私だけ遊んでいた訳じゃない。街の中でも出来るような奴とか、ライクとかに手伝って貰って、Eになっておいた。」
どうやら、ルナは俺の知らぬ間に頑張っていたらしい。あの、険悪だったライクとさえ仲良くできていたのだから、大きな成長だ。
そういえば、試験の詳細とかについてほとんど聞いていなかったな。
「なあ、昇級試験っていっても、実際には何をするんだ?」
俺は、ローに向かってそう問いかけた。
「試験は場所によって様々だが、大きくわけてふたつに分けられている。」
ローは、そう前置きをして、語り始めた。
「一つは筆記試験、知識を試される試験だ。内容は場所ごとに違うが、大抵は魔物の対処法とか、植物の種類や特徴とかだな。で、もう一つが実技試験。実際に冒険者としての適性を試される訓練だ。これも場所ごとに違うが、大抵は魔物とか盗賊の退治なんかだな。」
ふーむ。俺は、軽く顎に手をあて、思考を整理する。
恐らく、筆記試験はシェリアがいれば問題ないだろう。
しかし、気になるのが実技試験だ。
「実技試験って、やっぱり街の外でやるのか?」
「ああ、大半が街の外で行われる。」
やっぱりか。これは少し考えものだな。
「お前らの心配は分かる。」
俺がなにか言うより前に、ローは俺とルナにそういいかけた。
「敵がもし襲ってくるとしたら、街の外に出た時だろう。試験の時は余程早く終わらない限り、泊まりで行われる。その間、街にいるのとは比較にならないほどの危険が付きまとうだろう。」
「………。」
俺は、なにもいうことが出来なかった。その発言が、俺の心を見透かしたかのように性格だったからだ。
「試験を受けない、ていう選択肢はないの?」
なにも言えない俺を横目に、ルナが質問する。
しかし、ローは「却下だ」と短く言うと、一呼吸おいて話し始めた。
「はっきりいって、この街に入ってから襲撃が一度もないのは、幸運と言っていいだろう。だが、それがいつまで続くか分からない。というより、もう既に敵が近くに潜り込んでいる可能性すらある。なら、いち早くランクを上げて、安全を確保しなければならない。」
ローの言葉に俺はハッとした。言われてみれば、数週間という時間は、敵が体制を整え、襲ってくるのには十分な時間だろう。
俺は不安になり、周りに視線を移した。
そこには、買い物をする主婦、串焼きを売るおじさん、そして親と一緒に歩く子どもの姿など、ほのぼのとした光景が広がっていた。
しかし、今の俺には、見るもの全てが不安を煽っているように感じた。
「安心しろ、今のところ怪しい奴の姿はない。」
ローが前を向きながも、俺の様子を感じ取ったのか、そう声をかけてくる。
「なんで、そう言いきれるんだ?」
「色々と計算とかしたからだよ。この街に来る前に、色々と罠を仕掛けておいたからな。早くても数週間は時間を稼げるはずだ。」
ローは、そういった。恐らくはローなりに俺を安心させようとしているのだろう。
俺はふとルナを見た。
ルナはすぐに目を逸らしたが、その顔は明らかに不安そうにしていた。
「…何やってんだ、俺。」
俺は自己嫌悪に顔を歪めた。
一番危なくて不安なのはルナなのに、自分ばっか怖がっている。
そんな自分に嫌気が指した。
「…よし。」
俺は一度両手で頬を叩くと、気を新たに歩き出した。
組合は、もうすぐそこだった。
◇◆◇◆◇
組合の中は、いつも以上の賑わいを見せていた。
ただ、集まっている冒険者たちは、若い未熟な冒険者が多く、いつもの組合とはまた違った印象を受けた。
まるで、これからなにかあるみたいな…
猛烈に嫌な予感がしてきた。
「あのさ、参考までに聞いておきたいんだけど、試験っていつあるんだ?」
俺は思いついた可能性を否定し、ローに質問を投げかけた。
「今日だな。」
ローは、別になんでもないかのように答えた。
…俺は静かに頭に手を当て、天を仰いだ。
オワタ、完全にオワタ。
「俺、そんなこと全然聞いてなかったんだけど!?」
「不測の事態に対処するのも、冒険者として必要な技術だぞ。」
「それっぽいこと言っても騙されねぇぞおい。」
いや、どうしよ。俺、準備とかなにもしてないんだけど。
「安心しろ。出るのは一般常識レベル、お前たちなら簡単だ。」
ローはそういうが、とてもそんな簡単にいくとは思えない。
「ほら、時間だぞ。会場はあっちだ。」
「え?今からなの?準備時間とかないの?マジで?」
「ほら、いくよ。」
状況についていけず、混乱している俺は、ルナに連れられ、試験会場へと足を踏み入れたのであった。




