修行の鬼
久々に遅れずに投稿できた気がする...。
誰かの泣き声が聞こえる。
うずくまって、啜り泣くそいつは、生まれた時から、俺の中から離れず、ずっと居座り、強大になっていく。
その感情を外に解き放つ時を、今か今かと待ちわびながら。
俺は、そいつの全てにイラつき、そいつを押し倒し、馬乗りになる。
鬱陶しい、憎い、殺したい、そんな感情が後からどんどんこみあがってくる。
俺の眼に、そいつの無防備な首筋が映った。
俺は、その手に持つ血塗れの刀で、狙いを定めた。
そして、そのまま力を込め、刀を突き出した。
刀は、空気を切り裂きながら、そいつの首筋に向かっていく。
その瞬間、俺とそいつの目が合った。
その瞳の中からは、血に溺れた死神がこちらをじっと睨んでいた────
「............」
俺はゆっくりと目を開けた。
そこには草原が広がっていた。
風が心地よく体を撫で、自然の香りが心を癒してくれる。
ああ、俺、ここで寝てたんだったな。
いや、寝てたってのは語弊があるな──
「おいおい、誰が休んでいいっていったんだ?」
──気絶してたんだった。
上から俺を見下ろすボサボサ髪の鬼の視線に俺は、もう少し休みたかったなぁ、と諦め気味に思った。
○●○●○
事の発端は、1週間前に遡る。
「鍛え直すっていっても、どうするかな...。」
俺は、朝食の席でそう呟いた。前日、鍛え直すと決めたはいいものの、具体的なプランなどは、ほとんど何も決めていなかったのだ。
前に日本でやっていたトレーニングをそのままやってみても良いが、それでは前の強さに戻るだけだろう。
それだけでは、この世界で生き抜いてきた猛者たちには、遠く及ばないだろう。
何か、大きく成長できるような訓練はないだろうか...。
俺が、そう思って思案していた時だった。
「ん?なんの話だ?」
ローが、そう俺に問いかけてきた。
「いや、この所満足に訓練できてなかったから、体が少し訛ってしまっているんだよ。だから、効率的な訓練法とかはないかな?って…」
俺は、自らの心境を話した。
正直に言って、今の俺は弱い。
確かに、そこら辺をほっつき歩いているようなチンピラや、酔っ払いなどには余裕で勝てるだろう。誇るほどのものでもないが。
だが、レイトンの森で会ったあの黒い少女。あれと一対一で戦って、勝利を収めるのは、今の自分では難しい気がした。
そして、この先ルナを守っていくのならば、黒い少女レベルの強敵との接敵は避けられない。
ならば必然、俺がルナを守りきれるくらい、強くならなければならない。
...もう、自分が弱いせいで、後悔はしたくないし...
「ほう、そういうことか。なら、俺が鍛えてやろうか?」
物思いに耽っていた俺の耳に、ローが提案を投げかけてきた。
「え?マジ?」
「ああ、俺、前に後輩の冒険者鍛えてたこともあるぞ。」
それは良い!ロー程の実力者に教えを乞うことができるというのは、願ってもない事だ。
「是非頼む!」
「分かった。だが、俺から条件がある。...安心しろ、一つだけだ。」
条件と聞いて、少し身を固くした俺に対して、ローは1度咳払いをして言った。
「絶対に諦めるな、なにがあっても、だ。」
ローが出した条件。
それは、人が生きていくなかで、絶対に必要なことの1つだった。
◇◆◇◆◇
朝食を終えてすぐ、俺たちは組合の訓練場に来ていた。
組合の裏手にあるここでは、日夜強くなることを望む冒険者たちが体を鍛えている。
「さて、まず最初の訓練だが...」
俺がストレッチを終えた頃、ローはそう言い出した。
異世界の訓練法、つまりは未知!俺はワクワクした。いったいどんなものをするのだろうか、重力二倍訓練とかするんだろうか。
そんな俺の純粋な期待は、
「とりあえず走れ、ここ。」
その一言で粉砕された。
俺は周りを見渡す。訓練場は、広いとはいえ街中なので、例えるなら、高校のグラウンドぐらいだろうか。
「ちなみに、何周?」
俺は軽い気持ちでそう尋ねた。
それに対しローは、びっくりするくらい意地悪な顔でこう答えた。
「あ?もちろん、俺がいいと言うまでだ。まさかだと思うが、百や二百で終わるとか思ってないよな?」
その瞬間、俺は悟った。
あ、これ絶対、ヤバい人に弟子入りしちゃったやつだ。
案の定、俺は地獄を見た。
五周目
「ここら辺は流石に余裕だな。」
十周目
「まだまだ行ける。」
二十周目
「ちょっときつくなってきたな。」
五十周目
「ハァハァ」
百周目
「ちょっ...休憩は...ないの...?」
二百周目
「......死ぬぅ!」
俺は叫んだ。襲ってくる酸素欠乏と脇腹の痛みに耐えながら、精一杯叫んだ。
が、
「は?もしかして、このぐらいでへばってんの?マジで?笑えるんですけどー。」
...残念ながら、この無精髭生やした鬼には届かなかったようだ。
「...ああぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は、悲痛の叫び声上げた。
その日から、連日その奇声を聞くことになることを、街の人々はまだ知らない。
◆◇◆◇◆
side ルナ
ヘルトが、修行を始めると言うので、ついて来てみたら...
「あああああああぁぁぁぁ!!!足がぁ!足がちぎれるぅぅぅ!」
「喋れるなら大丈夫だ。ほら、もっと早く、もっと早く。」
「この鬼ぃぃ!!」
...どうやら、ここは地獄だったようだ。
修行を始めてから三日が経っているが、ヘルトはローにいっそういじめ...もとい修行をされている。
その修行法は、傍から見ているわたしからしても、かなり狂気的に見えてくるようなものだ。
だというのに、始めてからそれなりに時間が経ったからなのか、自分が早くもこの光景に慣れ始めて、本を読めたり、軽い食事が出来ていることが、いっそう怖いところだ。
そのうち、隣で拷問されてても普通にいられるようになりそうでゾッとする。
「おお、いけいけ!」
「がんばるねぇあんちゃん!」
だが、そう思っているのはわたしだけのようだ。ほかの冒険者たちは、訓練の様子を酒の肴にして楽しんでいる。
他に娯楽がないからか、よく訓練場まで来て騒いでいる。
その様子に、わたしはあそこで走っているのが、自分でないことに、深く安堵した。
「シュルルゥゥー」
わたしの腕を、白蛇が登ってくる。
それに気づいたわたしは、白蛇の頭を、指で優しく撫でる。
すると、白蛇は器用に目を細めて、クルクルと鳴き始めた。どうやら、これが甘えている時に出す声らしい。
「...ふふ。」
白蛇は、私とヘルトによく懐いている。恐らく、生まれた瞬間に一緒にいたからだろう。もしかすると、親だと思っているのかもしれない。
そう思うと、なんだか可愛く思えてくる。
そういえば、名前をまだ決めていなかった。
どうしようか。どんな名前がいいだろうか。
「おーい、ルナ。水持ってきてやってくれ。」
「はーい」
ローに呼ばれたわたしは、名前は今度ヘルトと一緒に決めようと考え、思考を切り上げた。
◆◇◆◇◆
六日目
「はあ、はあ、はあ。」
俺は、二百周以上を走りながら、なにか大事なことに気付きつつあった。
体力がつくにつれて、走りながらも冷静に思考することが出来るようになった為か、自分の疲弊した体のなかで、なにかがドクン、ドクンと波打っているのが分かった。
走りながら集中し、その正体を探る。
それは、俺のヘソの下の辺り...丹田から始まり、血管のように広がり身体中に巡っていく。
だが、それは俺のごく一部分に偏って集中しており、他の部分には、ほとんど回っていなかった。
俺はそれを、意識して体全体に満遍なく広げていく。
すると、それが身体中に広がっていくたびに、自分の疲労がほんの少し和らいでいくのを感じた。
しかし、集中を途切れさせてしまうと、直ぐに偏って固まってしまう。
もっと、流れるように、流すように、巡らせていく。
もっと、もっとスムーズに、もっと滑らかに、もっと素早く流せば───
「終わりだっつてんだろ。」
俺は、横からの突然の衝撃につんのめり、顔から訓練場の地面に打ち付けられた。
「ぐぅおぅぉぉ!痛ってぇな!顔がすり下ろされるかと思ったわ!」
「お前が言っても止まらねぇからだろうが。それよりほら、自分を見てみろよ。」
俺の顔を大根おろしにしようとしたローの言葉に首を傾げながら、俺は自分の体を見た。
「!?なんだ...これ。」
俺の体は波のようにさざめいた魔力に覆われていた。
さっきの感覚の正体は魔力だったのか。
「マノってのは言い換えちまえば生命エネルギーみたいなもんだ。へその下辺りから生まれて、体全体に枝分かれして流れていく。だが、それだけじゃあ必ず体のどこかで詰まっちまったり、体の端まで届かなかったりして本来の力を発揮できない。だから、魔力制御が下手なお前には、まず走らせながら魔力の使い方を体に覚えさせたわけだ。」
なるほど、ここ数日の訓練の意味がやっと理解できた。
俺は、ルナやローに言われる通り、魔力の使い方が下手だ。
それはもう、使った魔力の内の八割を無駄にする程に。
初級魔法なんかを使う時にはあまり支障はないが、魔力で身体を強化する時には、この魔力制御の練度がものを言うらしい。
俺はどちらかというと、魔法よりも身体強化を使うので、魔力制御が下手というのは致命的なわけだ。
まあ、これで魔力制御の下手さは克服し「まあ、まだまだ下手だけどな。」...え?
「言っちまえば及第点ギリギリって言ったところだな。」
「...それって、なんの?」
俺は口端をヒクヒクさせながら聞いた。すると、ローはまた驚くほど残忍な顔をすると、答えた。
「なにって、これからの訓練を受けさせられるかどうかに決まってんだろう?ほら、今日はまだまだこれからだぜ?」
「.........。」
...俺はもう一度、心の底から発狂したくなったが、寸前で我慢し、いち早くこの地獄を終わらせる為に立ち上がった。
◆◇◆◇◆
七日目
「なんで、今日はここなんだ?」
俺たちは、組合の訓練場ではなく、街の郊外にある草原に来ていた。
「あそこじゃ酔っ払い共がうるさいからな。今日の訓練は、少し頭を使うぞ。」
ローはそういうと、俺の方へ拳を向けてこう言い放った。
「今からお前を殴る、防げ。」
.........は?
「安心しろ、手加減してやるから。」
「おい待てちょっと待て!?問題はそこじゃないよな。てか、なんで急に殴るって発想になるの!?おかしいよね?」
俺はそうまくし立てた。俺の勘が告げていた、このままだと死にかねないと。
「いや、ルナを守るんなら、刺客からルナを守らないと行けないだろ?だったらこうやって殴って鍛えた方が楽だろ?」
「その場合、楽になるのはおまえだけだよね?俺は殴られる分つらくなるよ!?」
「細かいことは気にするな。さあ!いくぞぉぉぅ!」
そう叫ぶと、ローは拳を腰だめに構え始めた。
ヤバい!時間がない!よし、こういう時は...
オッケーシェリア!解決策教えて!
『運命を受け入れたら?』
役立たずぅ!!
その時、ローの姿がブレた。
瞬間、辛うじて見えたローの拳が、俺の胴体を撃ち抜いていた。
「ぐぉ...。」
カエルが潰されるような声を出し、俺の意識は一瞬で暗転し、闇の中に葬られた。
『私の...セリフが...一言だけ...だと!?』
ごめんなさい。来週は出来るだけ増やせるように頑張ります。




