黒鎧の騎士
「「えぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
俺たちは現在、迷宮内を落下中だ。通り抜ける壁の向こうは、なんと穴になっており、そこからどこかに向かって落下中である。
もちろん、先になにがあるかは分からないし、なんならこのまま落ちたら間違いなく死んでしまう。
「シェリア!!」
俺は悲壮な声で相棒の名前を叫ぶ。
『あれ?ヘルト?君なんで迷宮の中で自由落下しているんだい?私が本を読んでいる間になにがあったんだい?』
お前、俺が灰熊とかと戦ってるとき呑気に読書してたのかよ…。
いや、そんなこと今はどうでもいい!
魔法で俺たちを受け止めてくれ。
『はいはい。まったく世話がやけるパートナーだよ。』
シェリアはそういうと、意識を集中する。すると、俺の回りに魔力が球体となって現れた。
その球体は、最初は青白く発光していたが、次の瞬間には優しい風を連想させる青緑に変わっていた。
『ブロスト』
シェリアの言葉が魔法の力となり、現実世界に風の衣をもたらした。
風は俺とルナを包み込むと、ゆっくり、ゆっくりと穴を降りていった。
数分たった頃、足がようやく地面についた。それと同時に魔法の衣は消え、空気中のマソへと還ってしまった。なかなか心地よかったのだが…。
『ご所望なら、今度使い方を教えてあげるよ。といっても、かなり難しいけどね。』
シェリアが自慢げに話す。確かに俺は魔力の操作が苦手だが、やれないことはない。練習すればできるはずだ。…多分。
「ねぇ、この魔法誰がやったの?」
ルナが俺を怪しいやつを見るような目で訊いてくる。
その言葉に一瞬俺はピシリと固まってしまった。
「やだな~ルナ。お前以外の魔法使いなんて俺しかいないだろ?それくらいちゃんと考え…」
「嘘。」
クッ!なぜか見透かされてる。
ご察しのとおり、俺はシェリアのことをルナに対して秘密にしている。
なぜかというと、どうせいっても信じてもらえないだろうと思っているからだ。
昨日図書館で精霊について書いてある本があり、それをシェリアに翻訳してもらったのだが。
そこには、精霊というのは大半がフーリンのような淡い光の下位精霊がほとんどらしいということが書かれていた。
ごく稀に、動物の形をとった精霊が人の目の前に現れるというが、それもおとぎ話の領域だ。連れがそんな存在を連れてるなんて、夢にも思わないし、信じないだろう。
それに、と俺は思う。きっとシェリアという秘密を話してしまったら、俺は自分の出自をも暴露してしまうだろう。
この胸に渦巻く醜い思いと共に。
「さ、さぁ、はやく迷宮の外に戻ろうぜ。ムダ話は帰ってからだ。」
「…………。」
ルナはムスッと納得のいっていないような表情をとったが、しぶしぶ頷いた。
俺は落ちた場所の周囲を見渡してみる。そこは、さっきまでいた迷宮のなかとは違い、石畳で舗装された通路のような場所だった。
だが、俺は今落ちてきた穴を見上げる。その視線の先は闇に包まれており、登って戻ることは困難だということを告げていた。
残るは…俺は闇の先まで続いている通路を見る。もう、選択肢はこちらの方角しかないだろう。
「ルナ、明かりを頼む。」
「……ん。トーチ」
ルナの拗ねているかのような呟きに魔力は反応し、拳大の火の球を作りだした。
ルナはそのまま魔法を通路の先に進ませ、俺たちはその後についていった。
なぞの光に導かれる男女、と端から見れば幻想的な光景だが、俺はそこまで楽観的な考えには慣れなかった。
さっきほどの落下、おそらくかなりの高さから落ちただろう。ならば、また地上に戻るのにどれほどの時間がかかるのだろうか。手持ちの袋には干し肉などの非常食も入っているが、それの量も少しだ。
もしかしたら、もうここから出ることは…。
いや、悲観的になるのはまだはやい。まだ、体力も気力も魔力も残ってる。それに、ルナもいる。弟子に情けない姿を見せることは出来ない。
最近は俺がルナに質問することが多いので、どっちが師匠か分からなくなってきているが。
「あ…。」
「?どうした?」
前を歩いていたルナの言葉に、俺は疑問に思い声を掛ける。すると、ルナは進行方向に指を指しこう呟いた。
「光が差し込んでる…。」
「なに!?」
俺は目を凝らし、指の先を見る。すると、確かに太陽光のような光が差し込んでいる光景が見えた。
その下には、なにかがあるようにも見える。もしかしたら出口まで繋がっているかもしれない。
俺はよし!と思い、駆け寄ろうと思ったが、そこでシェリアから呼び止められた。
『罠の可能性がある。慎重にいくに越したことはないよ。』
罠……。頭が冷水を掛けられたかのように冷静になる。そうだ。ここは異世界、そして迷宮だ。人を騙して食い物にするようなモンスターがいないとも限らない。
「…慎重にいこう。」
「うん。」
俺たちは慎重に、細心の注意を払いながら、光の指す方へ進んだ。
◆◇◆◇◆
光の方へ進むと、開けた場所に出た。それは一つの部屋のようになっており、壁の隙間からは、青白い水晶が部屋を照らしている。
そして、奥には天井から太陽光のようものが射していて、その下にはなにか台のようなものが置かれていた。
しかし、それらよりも俺の目を強く引く存在があった。
「……鎧の像、か?」
部屋の中央、ちょうど光の指す場所と俺たちを分断するかのように、全身を鎧で包んだ像のようなものが置いてあった。
中性のヨーロッパにいた騎士を思わせるデザイン。
だが、そのいろは闇に溶け込むような漆黒、そしてその細部には全身を駆け巡る血管のような線が鎧中を駆け回っていた。
手には控えめな装飾が施された武骨な長剣を地面に突き刺し、仁王立ちのような姿勢でこちらを向いていた。
呼称するとすれば…黒鎧騎士、だろうか。
なんだか厨二病ぽいな。もう少し近くで観察してみよう。そう考え部屋へ一歩足を踏み入れた、そのときだった。
鎧から、想像を絶するほどの威圧感が解き放たれた。
「!!!」
俺はとっさに腰を低く構え、剣の柄を握った。しかし、俺の全身には鳥肌がはしり、手は汗でびっしょりになってしまった。
「!?…………。」
ルナも、突然襲ってきた悪寒と威圧感に動揺しているようで、杖を固く握り閉めている。
俺は、尋常ではない気配を漂わせた鎧を睨み付ける。
前言撤回。あいつはあそこにただ置かれているのではない。
守っているのだ、あの場所を、あの部屋を、騎士の誇りにかけて。
鎧の血管のような線に、深海を思わせる深い青色の魔力が注ぎ込まれ、駆け巡る。
そして、全身鎧の兜の下、瞳の部分に…
青い命の灯火が宿った。




