生きるには、覚えるしかない
大学受験、就職活動、それらすべてが円周率をどれくらい暗記しているかで評価される世界。
異世界というにはあまりに現実的で、あまりに現実離れした世界に、ある日突然放り込まれる。
そんな話。
何かがおかしい。
夏休み明けの最初の授業のことだった。
「今日は1限は円周率の抜き打ちテストやるぞー」
だるそうに入ってきた担任の林はおもむろに紙を配り始めた。
「えぇーいきなりかよ!」
と不満の声が上がる。
円周率?なんのことだろう?林は確か英語の教師のはずで、今日の1限は英語の授業のはずで。。
「はじめ!」
先生の合図とともに今までうるさかった教室が静まり返り、クラスの皆ガリガリと紙に何かを書きなぐり始める。
みんな何をしているんだ?
俺は配られた紙を見ると、A4の紙の上に小さな文字でこう書いてあった。
「円周率をできるだけ長く、正確に答えよ」
なんだこれは?みんなふざけているのか?
高校2年の夏休み明け。高校生活の後半戦に入り、だんだんと受験を意識する人が出始めるころだ。
こんな冗談みたいなテストで時間を潰しているようじゃまずいぞ。俺はこれでも成績は優秀で
クラスでは秀才と呼ばれているんだ。
10分間の小テスト。
俺は紙に
「3.14」とだけ書き、ペン回しをしながらぼーっとしていた。
林先生が俺のとなりにくると、足を止めて呆れたようにため息をつくとこういった。
「おい松田。お前もう5分も経つのに3.14しか書いてないじゃないか。大丈夫か?失恋でもしたか?」
クラスから笑いが巻き起こる。結局俺は10分間でそれ以上書くことはできなかった。
テストが終わったあと、林は俺の答案を見て、
「お前、まじでこれしか書いてねぇじゃねぇか。他のやつはみんな200ケタは書いてるぞ。とりあえず、放課後職員室に来い」
こいつらは何を言っているんだ?
周りからは
「あー私100ケタ書いたのに最初の30桁目でケアレスみすしちゃったー」
「俺300行ったぜ!」
「やっぱ旧帝狙うなら500は超えないと。。」
とざわついている。何かがおかしい。とても冗談を言っているようには見えなかった。
みんなどうしてしまったんだろう。変な動悸が止まらなかった。