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第9話 あんたの趣味じゃねえだろう

「……いい傾向だ、うん」


 学内に張り詰めるピンとした空気に、神鳥谷ひととのや柳介は誰にともなく一つうなずいた。


 今は放課後の学内巡回中。今日も今日とて、誰かしらに勝負を挑むつもりだ。

 それでこの高専の学生たちが、より危機感を持ってくれれば。


「しかし、暑いな……」


 黒のジャケットに赤いマフラー、さらに黒い仮面まで被っている柳介は、別に暑さに強いわけではない。

 七月の熱気の中、屋外でこんな格好をしていれば、ごく普通に死にそうになる。


 だが、正体不明、謎の襲撃者を気取っている柳介としては、このスタイルは変えられないのだ。


 倒れては堪らないので、とりあえず水でも飲むかと自販機へ近づいた、その時だった。


「……けて!」


 暑さに緩んでいた身体が一瞬で硬直する。かすかに聞こえたその声は、しかし確かに。


「……上泉?」


 知己である、その女性のものだった。耳を澄まし、身構えるともう一度。


「……れか! たすけて!」


 確かに聞こえる、助けを求める声。小さくてくぐもっていて、しかし切羽詰まった音色をしていて。

 およそ遊びの雰囲気ではない。


「……まさか、あいつらがもう!?」

 邪魔な仮面を外して呼吸を楽にし、全力で駆け出す。


 熱気に炙られたアスファルトを蹴りつけて、向かうは部室棟の方向。声がしたのはそちらの方だ。


 電拳ローレンシャル・アーツの技術で加速された身は、すぐに目的地へと柳介を運ぶ。


 部室棟とは称されているものの、そこにはきちんとした建物があるわけではない。

 プレハブ式の正方形ユニットハウスが屋外にいくつも設置されており、その一つ一つが何かしらの部活に割り当てられているので、部室棟と便宜的に呼ばれている。


(この中のどこに? 状況はどうなっている、無事なのか? ……くそ、なんなんださっきから! 静かにしてくれ!)


 遠く聞こえるヘリの音が邪魔で仕方がない。声を聞き逃したらどうしてくれる。


 ちりちりと背中を焦燥で煤く柳介の下に、だが辛うじて三度の声が届いた。


「たすけてぇ!」

「そこか!」


 右方の奥、テニス部の部室として使われているユニットハウス。声は確かに、そちらから聞こえた。


 駆け寄って、窓から中を覗き込むとそこには――手足を縛られ、目隠しをされた麗香の姿。


「上泉! ……待っていろ! すぐにっ!」


 突入せんとドアに手をかけるも、硬い反応。鍵がかかっている。


 蹴破るのは簡単だが、そうすると麗香にそれが当たりかねない。力の微細なコントロールは得意だが、リスクがあるのは確かだ。

 それを負うのが自分でない以上、出来るなら避けたい。


 鍵を学生課から借りてくるか? しかし、その時間も惜しい。それに、その間に麗香の身に何かあったら悔やんでも悔やみきれない。


「窓は……っ開いてる!」


 祈るように、駄目だろうと思いながらも手を掛けた窓が、あっさりと開いた。小さいが、入れないでもない。


 限界まで開け放ち、すぐさま窓枠に足を乗せる。


「上泉っ!」

「……ひ、神鳥谷くん!」

「今助ける!」

「う、うん、……その、気をつけて」


 わかっている、呟くように返して素早くユニットハウスの中へと飛び込み。


「だいじょっ……おおおおおおおおおお!?」


 着地した床が発泡スチロールのように抜け、柳介はその下になぜか口を開けていた、大きな穴の中へと落下した。


「……なんっ!?」


 四、五メートルは優に落ちた柳介の身は、細かい砂のようなものに包まれて止まった。

 ただでさえ薄暗いユニットハウスの中、こんな縦穴に落ちていては陽の光が届くはずもなく、それが何なのかは判然としない。


「おーい、生きてるかー?」

 混乱する柳介の頭上から、間延びした声が降る。視線を向ければ、見慣れた後輩の顔があった。


「京一郎! これは一体!?」

「何って、わかんだろ? 罠だよ、罠」

「……か、上泉は」

「ぶ、無事です……ごめんね……」


 呻くように言った柳介の声に反応して、おずおずと申し訳無さそうに麗香が穴の上に顔を出した。

 

 目隠しも外れているし、特に動きづらそうでもない。あの拘束はもう外されたのか、元からフェイクだったのか。


「……嵌められたか」

「気づくのがおせえ。正直、いくら強かろうがあんた相手ならこんな風に採れる手はいくらでもあんのよ。俺もそういうとこあるけど、俺なんかよりはるかに迂闊だし、柳介さん」

「……くっ」


 前後左右と下に逃げ道はない。

 上方は空いているが、そこに京一郎がいる限り、そんなもの空いていないのと同義だ。こんな場所で爆撃を喰らえば避けようがない。


 それでも何か手はないかと身をよじろうとして。


「ん!?」


 身体が動かせない事と、そして遅まきながら、周りに強い磁力が発生している事に気がついた。


「無駄です。あなたの周りは私の磁力で操った砂鉄で固めてる」

「暁君……」


 冷たい眼を讃えた暁紅葉が、京一郎の隣に顔を出す。なるほど、彼女ほどのパワーの持ち主であればこの拘束力も納得だ。


 なんて、余裕ぶっていられる状況ではない。


「ちなみに今回一番の苦労人は、我が執行部の建築科チームだ。あんたが最初にボコった3人だよ。ユニットハウスの床を取っ払って、その下を掘削して、んで脆くした材木で新しい床を作ったわけ」

施工不良の床(フロアレベル・ダウン)か……。クッソ、これだから建築科は嫌なんだ!」


 直接の戦闘力はそれほど高くないとは言え、建築科の脅威はこういうところにある。とにかく、トラップを作らせたら怖いのだ。


「さあ喋ってもらうぜ、あんた一体何考えてる? うちの高専をこんなバトル大好き気風で染めようとして。あんたの趣味じゃねえだろう」

「……それは」


 どうする、喋るか否か。

 逡巡、考えを素早く巡らせる。


 相変わらず響いているヘリのバタバタという風切音が、まるで焦燥を煽るかのようだ。


「……京一郎、お前だけになら話してもいいかもしれん。もともとそういうプランもあった」

「俺だけに? それは……」

「お前なら実力的にはもう十分だ。だったら……あだだだだだだだ!」

「おいこら紅葉! やめなさい!」

「あいつがわけのわかんないこと言うからです」


 大量の砂鉄が、柳介の身体を四方八方から締めつけている。

 その力にはまるで容赦というものが感じられない。


「京一郎だけ? あなたはまたそうやって……いい加減にしてください」

「ま、待った、ちょ、ちょっと話を……」


 暁紅葉がこちらへ向ける眼は、膨らみかけたコンデンサを見るが如し。

 不具合を起こしかねない不良部品は、切って捨てようという冷たさである。


 若干の狂気すら感じるあの一途さが、柳介は怖い。京一郎は彼女のあの顔を、ちゃんとわかっているのだろうか。


「待て待て紅葉、交渉は俺に任せろ。そういう話だったろ」

「……わかりました」


 こくんとうなずく姿は可愛らしい。

 

 が、拘束目的とは外れた過度な締めつけは止めたかのように見せて、首周りにだけはまだ微妙に力が残っているあたり、やはり恐ろしい。


「さて、柳介さん。俺だけにっつーのは承服できん。こっちの全員に説明する気がないってんなら、俺にも考えがあるぞ」

「なんだ、脅しには屈さないぞ。……く、屈さないという意思はある」


 紅葉が眼光を鋭くしたのが見えてしまって、思わず語気を少々弱く言い換えてしまった。


「ほう、これを見てまだそんな事が言えるかな?」

「なに………………おおい待て待て! おい!」


 目を剥いて、思わず叫んだ。柳介にそうさせるだけのものが、京一郎がどこからか取り出したものにはあった。


「待て! 思い直せ京一郎!」

「あんたが喋ってくれたらな」

「こ、こういうのは駄目だろ! お前、それは駄目だって! もう手に入らないんだぞ!」

「知ってるよ」


 京一郎の手の中にあるもの、それは柳介と京一郎がドハマりして久しいアニメ作品のヒロインのフィギュアだ。


 完全生産限定版で、もう決してどこでも新しいものは手に入らないし、配布された数も非常に限られていたため中古でさえも入手は絶望的。


「さあ、どんな薬品を使ってやろうかなあ……やっぱドロドロに溶かすのがいいかい?」

「おおおおおい! おい! 止めてくれ! 俺とお前の思い出の品でもあるだろうが!」


 一昨年の冬、二人で寒い中、夜通し秋葉原の販売イベントに並んで購入したのだ。

 手に入れられたのは一体だけで、二人の共有所有物という事にした。半年ごとにそれぞれの部屋を行き来させて、今は京一郎の部屋に飾られているはずで。


 販売イベントの後に風邪を引いてしまったが、それすら含めて柳介にとっては大切な思い出であり、あのフィギュアはその結晶。


 大好きなアニメのヒロインのフィギュアというだけでなく、京一郎という大切な後輩との絆の証。


「だからだよ、あんたが一方的に辛いんなら、それはフェアじゃないかなと思ってな」

「きょ、京一郎……」


 柳介の後輩は、辛そうな顔をしている


 ちなみに、その隣で紅葉は冷えきった無表情だ。そういえば、あのイベントに並ぶために、彼女との約束を反故にしてしまったとか、京一郎は話していたような。


 いよいよ、フィギュアの安全は保証されなくなってきた。


(どうする、喋るか? しかし、まだ緊張感は保ってもらいたい……だがフィギュアが……だが、だが)


 頭を高速回転、究極の選択を迫られる柳介は悩みに悩んで。

 しかし、結局決断を下す事はなかった。




「調子はどーおおおおお!? ダラダラと自堕落な生活を送る中山高専のしょくうううううううううんッ!!」




 なぜなら、悩む意味がなくなったから。

 もう、隠す必要がなくなったからだ。

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