第7話 界転磁壊(マグネティック・サンボ)
紅葉の両手には鋼鉄の手甲が嵌まっている。両の足にも、同じく鋼鉄のブーツ。
それらは、月明かりに鈍く輝いている。
「うおお、フル装備だ……」
滅多に見ない幼なじみの全力戦闘モードの装いに、京一郎は思わず呻きを零した。
素の状態で十分に強い紅葉だが、あれを装備していると生半な人間では本当に相手にならなくなる。
「一応と思ってこの格好で来てみれば、正解でしたね……」
「いや、てか、そもそもなんでお前」
「こんな夜中なのに寮から出てく人影があったから、気になってよく見たら京一郎で。昼間あんな話があったばっかりだし、もしかしたらと思って。……そうしたら、これだ」
ガアン、と。暴力的で硬質な音が、両の手甲を殴り合わせた紅葉から鳴り響く。
それはひどくわかりやすい、彼女の怒りの仕草だ。
「まあ、なんだ、その、……落ち着け、紅葉、な?」
紅葉は、めったに本気で怒らない。
だがその分、いざ許容ラインを超えるとすさまじい勢いで爆発するのだ。口調ごと、性格が変わったかのように。
京一郎に対して紅葉がそうなった事はない。なので、いつも彼女を止める側に回るのだが、それによって培われた勘が告げている。
「京一郎、私は落ち着いてます。落ち着いて、落ち着いて、……――あいつをぶっ潰すッ!!」
今日の紅葉の怒りは、ちょっとばかりヤバい部類だ。
荒ぶる猛虎もかくやと言わんばかりの迫力をまき散らしながら、彼女は鋼鉄のブーツで地面をえぐるように蹴りつけ、柳介へと躍りかかった。
「神鳥谷柳介ェェ!」
「君とやり合うつもりはないんだが!」
厨二病が嫌いなのかなんなのかわからないが、どうも紅葉は柳介を好ましく思っていないらしい。
今までに派手に喧嘩があったわけじゃないが、まともに会話もなかった。
殺人的な風切音を響かせて振るわれる紅葉の右フックをダッキングで躱し、ボディブローを返そうとした柳介の手が、
「……むっ!」
しかし、寸前で止まる。
「チッ!」
「……本当に怖いな、君は」
紅葉の左肘と左膝が噛み付くように合わさって、重厚な音が鳴っている。
柳介があのまま打撃を放っていたらその手はおそらく挟まれ、砕かれていただろう。
「界転磁壊、相変わらずワイルドな流派だ」
「電拳なんてお綺麗なもの、性に合わない」
界転磁壊。
それが、紅葉の修める武術の名だ。
大体の電気科生たちが電拳に適性を見せるが、まれに紅葉のように、こちらを修める者もいる。
電拳が電気に重きを置いた武術とするなら、界転磁壊は磁気に重きを置いた武術である。
元々電気と磁気は切っても切れない関係にはあるのだが、それだけにどちらを主に置くかというのは大きな違いになる、らしい。
「まあ丁度いい。現執行部のフロントフォワードの実力、見せてもらおうか」
「余裕ぶってんじゃねえ……グチャグチャにしてやる!」
怒気を吐く紅葉の眼前、稲光を残して柳介が姿を消す。
次に現れたのは紅葉の背後だ、まさしく雷光の如きスピードである。
振り向く紅葉へ肩口から腹にかけて、瞬く間に三発の拳が叩き込まれる。
言うまでもなく電撃の付与されたそれは、電気に耐性のある電気科の学生でもなお辛いであろう威力で。
「……うらああああああッ!」
「ぐうっ!」
それを喰らってなお、否、喰らいながら。
紅葉は振り向いた勢いを乗せて、鳩尾を狙った強烈なアッパーを放つ。
ガードはしたものの、受けた柳介の身体は大きく後方へ飛ばされた。
スピードの電拳に対し、界転磁壊の持ち味は何と言ってもパワーである。
身体の各部を一時的に、磁力に強く反応する強磁性体という性質に変え、そこへ磁界を加える事で斥力・引力を生み出し、爆発的な推進力を打撃に乗せて放つ。
そのスタイルは、電拳に比べて細やかな制御こそ苦手なものの、破壊力は申し分ない。
もともと強磁性を有する物質である、鉄で出来た武具を嵌める事で、さらに威力は大きく向上する。
鋭さとスピードを旨とする電拳使い達は重い装備で動き出しが遅くなる事を嫌い、そういった形の強化をする事はないようだが、界転磁壊の使い手達はとにかくパワーを愛するのだ。
とりわけ紅葉はそういった傾向が強く、そのワイルドでストロングスタイルな、全てを薙ぎ倒して吹き飛ばすような戦姿には、【颶風】という二つ名が付けられている。
ちなみに本人は、これについては本当にどうでも良いといった反応である。
ガードごと壊すと言わんばかりの彼女の剛撃を、掬い上げるように受けた柳介の身は未だ空中に有り、
「潰れろッ!」
紅葉はそこへさらに追撃をかける。
強く踏み込んで距離を詰め、上から振り下ろすような豪快極まりないオーバーハンドブローで、言葉の通り叩き潰しにかかった。
「……っ」
短い呼気を吐き出して、柳介はその身体を空中で並行移動させた。
殺人的な紅葉の拳を見事、ひらりと躱してみせる。そのまま滑るように着地。
通常ではありえないその機動は、当然、電拳の技術によるものである。
電拳使い、さらに言えば界転磁壊使い達もだが、彼らはようするに身体の各所にブースターが付いているようなものなので、ある程度であれば空中機動が可能なのだ。
「ちょこまかとォッ!」
空振りした打撃の勢いを殺さず横方向へ流し、紅葉はその場で身体を回転。
仰向けにのけぞるような姿勢から左脚で回し蹴りを放つ。
「っ甘い!」
くぐって避けた柳介は、紅葉の軸足に一発拳を鋭く入れてから、大きく距離を取った。
「強いな。強いが、しかしまだまだ粗い」
「言ってろ……蜂の巣にしてやるッ!」
低く吠えた紅葉が、戦闘時にはいつも着けている腰元のポーチに手を入れ、握った何かをすぐさま宙に放る。
宵闇の中、目を凝らせば、空中にぶちまけられたのは多数の小さな球体だとわかる。BB弾のようだが、京一郎はあれがなんだかよく知っている。
何のことはない、鉄球である。
それらは紅葉の生み出した磁力で加速され、全弾残らず柳介へ襲いかかった。
上手いことに、大きく撒かれた鉄球達は、かなりの広角から囲うように柳介を狙っている。
月明かりがあるとはいえ、この暗がりであのスピードを誇るあんな数の小さな鉄球を全て見切り、避けるのは柳介でも難しいだろう。
仲の良い先輩が、幼馴染みの放った鉄の弾丸で穴だらけにされる未来を、
「……駄目だって、紅葉」
京一郎は、微塵も予想しなかった。
「なぁ!?」
紅葉の驚愕一色に染まった声が響く。
奔ったのは稲光だ。
空中、すなわち鉄球の周囲で、大量の直線電流が地面に水平の向きで発生。
すると、唸りを上げて柳介へ襲いかかっていたはずの黒い塊達は、力を失ったかのように地面へ落下していった。
「……ローレンツ力で相殺した。電拳使いでなくともわかるだろう、電気科なら」
夜の闇の中、柳介は悠々と言う。
「鉄球一つに大して二本、互い違いの向きに流れる直線電流を挟むように生じさせる。すると、まあ細かい説明は省くがアンペールの右ねじの法則とフレミングの左手の法則で、直線電流と水平の方向へ鉄球に力が加わるわけだ」
門外漢の京一郎にはさっぱりわからないが、驚愕しているらしい紅葉は理解しているようだ。
「……理屈は、そうでも! 私が幾つあれを投げたと思ってる! そんな制御が!」
「細かい調整は得意でね」
「……っ」
忌々しげに紅葉は表情を歪めた。なんだかんだ、彼女は柳介とこれまで直接やり合った事はない。
初めて肌で感じた実力差は、やはり衝撃的なのだろう。
「ちなみにな、京一郎! さっきやったのは動作的にはかのレールガンと同じだ!」
「……レールガンって、電気の力で弾撃ちだすっていうアレ?」
「そうだ! 反動もないし暴発もない、ちょっとどころでなく電気は食うが威力も高いといいことずくめ! 何より名前がいかしてる! 日本語でも電磁投射砲とか、電磁加速砲だぞ!? 超かっこよくないか!?」
「……か、かっこいい!」
特に日本語呼び。電磁なんちゃらというキーワードは、どうしてこんなに男の子の心をくすぐるのだろう。
領域的には専門外だが、好き嫌いで言ったら大変京一郎も好みだった。
「だろうだろう!?」
「紅葉がやったのは? あれはレールガンじゃねえの?」
「あれは純粋に磁力で飛ばしているから……強いていうならコイルガンというものが近いだろうな。ものを作って同じ事をする場合に、磁力を発生する装置としてコイルを用いるからそう呼ばれるんだが」
「コイルガン……あんまりかっこよくねえかも」
「……っ」
ドン、と。紅葉が地面を思い切り踏みつけた音が響いた。
「あ、わ、悪い紅葉、別に馬鹿にしたんじゃなくてな」
「……お前はいつも」
地を這うようなその言葉は、しかし、京一郎に向けられたものではなかった。
「お前はいつも、そうやって、私から京一郎を……!」
「………………え、お前が柳介さん嫌ってたのって」
確かに、あの痛々しいが愉快な先輩と遊ぶのがつい楽しくて、紅葉の事をおざなりにしてしまった覚えはないでないが。
そういう事だったのか、いまさらの理解はあまりに鈍いだろうか。
「……暁くん、奪われるのは君が弱いからだ」
俯きがちでプルプル震える、明らかに爆発寸前の紅葉に、あろうことか柳介は挑発的な言葉をかけた。
「おい、柳介さん?」
「いいか、君は弱い。だから奪われる。繰り返す、君は弱くて、だから奪われる」
「……っ!」
射抜くような眼で睨む紅葉の前、地面に落ちていた鉄球の内のいくつかが宙に浮き、柳介の手の中に収まっていく。
「君ほどじゃないが、俺にも磁力は使える。さらに、集めたこの小さい鉄球をそれで固めれば、少々形は悪いが大きめの弾丸の出来上がりだ」
「……くっ!」
「柳介さん! 止めろ!」
察した紅葉は両腕を交差させ防御の姿勢、京一郎は慌てて何とか立ち上がろうとして、しかし身体の痺れでやはり倒れる。
「さっきと同じ技を、今度は攻撃として見せてやる。ちゃんと防御しろ」
言うが早いか、空中に軽く放った鉄球の集合体を挟むように巨大な電流が二条生成されたかと思うと、パアンと破裂したような音が響く。
ソニックブーム。射出された弾丸が音速を超えた音。
「紅葉ィッ!」
音速超えで飛来する弾丸を受けた紅葉は、まさか踏ん張れるはずもなく後方へと吹っ飛んでいった。
「柳介さんあんたッ……ふざけてんじゃねえぞ! 何してやがる!」
「安心しろ、ちゃんと彼女は防御できていた。弾が反発するような磁界も作っていたようだしな。身体は無事だし、単位もギリギリ落としていないはずだ」
「……勝負はもうついていたろう! あいつだって、力量差はちゃんとわかっていたはずだ!」
叫ぶ京一郎に、柳介は首を横に振った。
「甘い、お前は甘いな。そういうのは身体に叩き込んでこそ、効果が出る」
「……効果? 何を……だからあんた一体何を考えて」
「聞きたければ、俺を倒す事だな」
キメ顔とキメ声でそう言った後、ぽろっと「言ってみたかったんだよなあこの台詞」なんてこぼしながら、神鳥谷柳介は去っていった。
「……くそ」
わけがわからない。
一連の行動は一体何のつもりなのか、結局聞くことが出来なかった。
(……とりあえず、今は紅葉の様子を確認だ)
そう考え、京一郎はまだまともに動かない身体でずりずりと地を這い、紅葉の下へ急いだ。
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