第6話 電拳(ローレンシャル・アーツ)
「で、あんな話があった日にこれか」
独りごちる京一郎の手の中にはスマートフォンがあり、そこには一通のメッセージが表示されている。
差出人は、神鳥谷柳介。
「憩いの庭園は今宵、戦乱に巻き込まれん。亥の刻、月の下にて我らの雌雄をいざ決さん……これを二十歳が大真面目に書いたと思うとすごい気分になってくるね」
五年生である柳介は、成人式こそまだだがもう十代ではない。こういう病気が許される歳を、さすがに超えている気がするのだが。
憩いの庭というのは、中庭の事だろう。亥の刻というのは、ネットで調べてみれば22時を指すとの事。
とりあえず時間通りに寮を出て言われた通り中庭に来てみると、その姿はあった。
「……いい月だと思わんか。まるで俺たちを見守ってくれているかのような」
「思わんなあ……」
一言喋るだけで、はやくも微妙に痛々しい。
上下の服を黒で揃え、さらに赤いマフラーを巻いた謎のファッションは、性質の悪い事に柳介の顔が整っているため、なんだかサマになってしまっている。
「今六月だぞ? マフラーとれよ……」
「え、駄目? ちょっとおかしい?」
「ちょっとじゃねえよ」
あと素に戻るな。
相も変わらず、こういう所が憎めなくて好きなのだが、しかし今は少々しなければならない話がある。
「なあ柳介さん、あんた何してんだよ。今日、執行部で聞いたぞ。一般学生を襲撃、うちのメンバーも返り討ちって、一体何考えてる?」
「京一郎、俺と闘え」
「話を聞けよ、あと、……勘弁してくれ」
こちらの質問に答えず、柳介が放った台詞はある意味で予想通りと言えば予想通りではあった。
だが、だからと言って簡単に承服できるものでもない。
「京一郎、お前は強い。が、俺よりは弱い」
「わかってるよ、あんたにゃ勝てねえ、わかってるからやらんでもいいだろ」
「構えろ、これが落ちた時から仕合い開始だッ!」
「それ下手なんだからやめておけ」
柳介が羽織った上着の胸ポケットから取り出したのは、一枚のコイン。
ゲームセンターの、ではなく近所のスーパーで生物を買うと配られる、ドライアイス排出機に入れるためのものだというのが微妙に生活感に溢れている。
「いくぞ、はっ! …………あ」
「だから言ったろ!」
「ごめんもっかい! もっかいもっかい!」
案の定、柳介が指で弾いたそれはあらぬ方向へ飛び、結局植木の上に落ちた。
こんな間抜けな勝負開始があってたまるか。
「……おし! 上手くいった! 落ちるぞ落ちるぞ!」
拾い直され、また弾かれたコインは今度は何とか真上に飛んだが、無駄に高くまで上がった。得意げに喚く柳介がうるさい。
そして、コインは着地して甲高い音を立てる……わけもない。
この中庭、タイル部分はあるが二人が立っている場所の足元は芝生だ。落ちたコインは、ポスンと間抜けな音を鳴らすだけ。
ああ、悲しいくらいに締まらない。これで戦いたくなんかない―――。
「……ぶっとべ!」
なんて思っている暇はないのだ、容赦はなし、躊躇もなし。
後方に飛び退りながら、京一郎が柳介の眼前に生成したのはニトログリセリン。言わずと知れたダイナマイトの原材料だ。
少量とはいえ、人一人を吹き飛ばすにはあまりに十分。
(……悪いな、会長!)
一人で戦うなと言われたばかりだし、戦いたいとも思っていない。
が、それでも不思議とこの人の相手は、自分がしなければならないような気もするのだ。
ニトログリセリンを生成と同時、すぐさま反応させ爆轟を起こす。
爆音が耳朶を打つも、コントロールは我ながら完璧、自分にダメージはなく。
「……やっぱりかよ」
「そこは、『やったか?』と言ってほしかったな」
しかしながら、相手にもダメージはなかった。全く動じていないその声は、京一郎の後ろから響いた。
振り向けば、そこには傷一つ負っていない柳介の姿がある。時折、その身体からはバチリバチリと稲光が奔っていた。
「現実への干渉力の大きい物質は生成するのが難しい。強力な爆発を起こすニトログリセリンなんて、言わずもがなだ。それを無詠唱とは……相変わらずの腕だな、【爆撃】の京一郎」
「無詠唱言うな、二つ名も言うな、ゾワゾワするだろ」
物質を生成するときは、その名前をきちんと口に出して言うのが一般的である。
それを省略する事が出来るというのは戦闘において非常に大きな意味を持つが、その分、かなりの技量が要求される。
ニトログリセリンはかなり難しい物質で、それを柳介が言うところの無詠唱で生成出来るというのは、とりもなおさず術者の高い実力を示す。
毒ガス、硫酸、そして爆発物。
これらが化学科の王道な三大戦闘用材料だが、こと爆発物においてなら、京一郎は中山高専開校以来、最強の学生と言われている。
(っつってもなあ……)
今はチリチリと、背中に嫌な焦りが奔るだけだ。
「謙遜するな、お前は本当に強い。科は違えど、俺は素直に敬服している」
「あのな、こうも簡単に避けられて回り込まれた後に、そんな事言われても嫌味にしか聞こえねえよ」
「褒めているのは本当さ」
そう言う柳介は、しかし、京一郎に対して余裕の表情を崩さない。
それだけの実力が、彼にはあった。
「あんたの電拳のキレも憎たらしいくらいに健在だよ」
電拳。
それは電気科の学生たちの多くが習う事になる武術である。
大抵は習うだけで終わるのだが、ある程度の実力があると試験を受ける事ができ、その結果によって三種、二種、一種の資格を得る事が出来る。
とはいえ、電拳三種でさえそれなりに難しく、電気科の学生がしっかりと鍛錬を積んで挑戦しても落ちる時は落ちる。
二種ともなれば結構な難関資格と言って間違いない。
「これでも二種取得者だからな」
柳介は言葉通り、学生としては非常に珍しいその二種取得者である。有する実力は、一般学生の比になるものではない。
「つうか、なあ、降参するっつったら認めてくれる?」
「するのか?」
「……冗談!」
相手からふっかけられた喧嘩で、おまけに乗り気でなかったとはいえ、すでに戦いの火蓋は切られている。
であるなら、初撃が避けられた程度で白旗なんぞ上げられない。
そんな風に考えるくらいには、京一郎も一応、男子であった。
「これならどうだ!」
ニトログリセリンを、今度は柳介を囲うように円形配置で生成。これで起爆させれば避ける隙間などなくなる。
「甘い」
しかし、柳介の修める電拳は速さが身の上。
専門でない京一郎には詳しい事はわからないが、身体の各部を一時的に導電体と化し、そこへ適切な電流を生じさせ、ローレンツ力なる推進力を得ているらしい。
そうやって、身の速さを雷光のごとく高める武術。それが電拳だ。
電拳使いの中でも特に図抜けたスピードを誇る神鳥谷柳介に、あの悪趣味集団、二つ名授与委員会が付けた名は【迅雷】。
本人もいたく気に入っているその二つ名のセンスはともかく、実力で言えば間違いなくこの中山高専で右に出る者はいない。
それが電気科五年、【迅雷】の柳介である。
(くっそ、はええ!)
彼はニトログリセリンが生成され、反応するまでのわずかな時間で包囲網をかいくぐり、京一郎との距離を詰めてきた。
彼の背後で起こった一瞬遅れた爆発が、まずい事に、柳介の身へさらに勢いを足す。
「ぐぅ……!」
放たれたボディブローをなんとか腕を交差させてガードするも、衝撃に一瞬意識が持って行かれた。
電拳はその名の通り、打撃に電撃を付与して威力まで跳ね上げているのだ。
やばいと思う暇もなく、二発三発と畳み掛けられる。鋭いだけでなく高圧電流を纏っている柳介の拳は、凶悪である。
(まずい、成績転換防護の損傷が……!)
このままでは。単位が落ちる。このラッシュから抜けださなければ。
「うおおおお!」
足元にニトログリセリンを生成、後方へ跳ぶと同時に反応させて爆轟を起こす。
これで柳介にダメージを入れられるとは思っていないが、自分を吹き飛ばす事は出来る。ひとまず距離はとれるはず。
「残念だったな、京一郎」
しかし、その行動はどうやら読まれていたらしい。足で跳び、爆風で飛んだ先、地面に文様が浮かび上がった。
「……阻止する素子!? しまった!」
円の中に幾つかの直線と矢印が配置されたそれは、電流増幅素子、トランジスタの回路記号だ。
京一郎から見て正面の柳介方向にB、左方にE、右方にCという文字が浮かんでいる。
慌ててその場から離れようとする京一郎をあざ笑うかのように、柳介の手から小さな電流が一条、閃く。
それは空中を奔って京一郎の身体を通り、Eの文字がある方向へと抜けた。
「ぐっ……」
小さいとはいえ電流を受け、身体をわずかに痺れさせた京一郎はその場で足をもつれさせ。
(門外漢だがよく見たもんでわかってる……今のはベース電流、てことは!)
とっさに防御を固めるも、果たしてどれくらい意味があったのか。
先ほどの小さな電流に導かれるようにして、辺りを明るく照らすほどの巨大な電撃の奔流が、どこからか現れ。
それは、Cの文字が浮かぶ方向からEの文字が浮かぶ方向へ、京一郎の身体を貫通して奔った。
「……――――!」
衝撃に、声すらでない。意識を保つのがやっとで、身体はその場に崩れ落ちた。
(防御に回した教科の点数は、……50点まで削られたか。あと1点でも下がりゃあ、単位が落ちる)
間違いなく危機的な状況だが、残念ながら身体はまともに動かない。
衝撃のせいだろう、それは頭も同様。
回復するまで、もう拡張顕現は出来そうにない。
「……なあ京一郎、お前は本当に強いんだ。戦う前にはああ言ったが、俺がお前にこうして勝っているのも、強さ弱さではなくただの向き不向きに過ぎん」
「あと、トラップを仕掛けた上で呼び出すなんて手を使ったからな」
阻止する素子は、事前に紋様および電源を設置しておく必要がある。最初から、柳介はあれでこちらを仕留めるつもりだったのだ。
「その通りだ。卑劣だろうがなんだろうが、相手はお前だ。使える手はすべて使って勝負を決めねば、いつひっくり返されるかわからん」
悪びれもしない態度だが、責める気にはなれない。
(……ま、結局は俺が負けてただろうしな)
柳介はああ言ったが、トラップなんてものがなかったとしても、どの道あの電拳は攻略できなかった。
決着が早いか遅いか、それだけの違いだ。
「……で、何が言いたい? と言うか、何がしたい? 何のつもりなんだよ、あんた」
「必要なんだ、お前ほど強い学生が、それでもやはり負ける事があるという事実が。それに、負けたお前がもっと鍛錬してくれる事も期待している……いや、喋り過ぎか、これは」
「はあ? 何が言いたいんだかよくわからんがとりあえず、俺があんたとやりあったら負けるって事くらい、皆ちゃんとわかってるぞ?」
「それは頭では、だ。実際に事実として起きるのとは大きな違いがある」
言いながら、京一郎の方へと歩を進める柳介。軽やかながらも隙はない。
「……どうするか、単位を一つくらい剥がして……いや、だが」
単位を剥がされるなど御免こうむるが、やはり身体も頭もまだまともに動かず。
無抵抗、京一郎は柳介にされるがままに。
「……てんめええええええええええええッ!」
なるかと思われた寸前、怒気満ち満ちる声と共に、柳介めがけ空から人影が降ってきた。
「……っ!」
さすがの反応速度を見せ、弾かれたように柳介はその場から飛び退く。
一瞬遅れ、着弾と言っていい勢いで地面に人影が突き刺さる。振り下ろされたその拳が、芝生にクレーターを作っていた。
「なにしてやがる殺すぞ……」
普段は丁寧な口調の彼女から、物騒な台詞が漏れる。その高めの可愛らしい声には、ひどくドスが効いている。
「も、紅葉!」
「【颶風】の嬢ちゃんか!」
暁紅葉。
いつもお澄まし顔でクールな京一郎の幼なじみは、こちらを後ろにかばいながら、怒りでその背中を強張らせている。
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