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第5話 んな物騒な事がマジでこの学校で?

「喧嘩の理由はどうも、アニメのラストに対する見解の違いみたいね」

「なんてこの学校らしいんだ……」


 窓際の端、来客用兼くつろぎ用のソファーの上。

 京一郎は手を頭に当て、ため息を吐いた。


 十畳ほどのそこそこ広い部屋、壁際にはデスクトップのパソコンが二台あり、中央に据え付けられた机の上には、種々の書類が乱雑に置かれている。


 ここは学生会執行部、その本部室である。


 放課後を迎えた京一郎は、昨日の喧嘩騒ぎの顛末を確認するためこの根城に来たわけだが、聞かされた事情に思わず脱力してしまった。


「まあ、そう言っちゃえばそうなんだけどね」


 京一郎に苦笑を向けたのは、白のブラウスを上品に着込んだ女子学生だ。大人びた顔つきに眼鏡がよく似合っている。


 パソコン前の椅子に座る彼女は、上泉麗香。情報巧学科の最上級生、つまり五年生である。

 変人の多い高専の中でも、なんと珍しく常識人だ。


「だけど、ちょっと妙な噂も聞くのよね」

「妙な噂?」


 学生会執行部の会長、すなわり学生自治のトップでもある麗香は、少し眉根に皺を寄せて言った。


「ええ。なんでも、揉めたら力で解決したらいい、積極的に戦闘を行うべきだ……って、そういう風潮がどうも最近広まっているらしくって」

「……へええ」


 確かに妙な話、ではある。新入生たちにも話したが、そんな事をすれば成績がすり減る。


 だが、まるきり変な話かと言えばそうでもない。


「そういう制度を採ってる学校、結構ありますけどね。決闘制っていうか。巧学技術者育成なんだから、まあわかる話です」


 成績が削れようが、長い目で見れば授業外でも戦闘技術を磨いた方が巧学技術者としては力が付くと言える。

 ゆえに、それを奨励してる高専は多い。


「ええ、そうなんだけど、うちはもう長い事そういうのとは縁遠かったじゃない?」

「ですねえ」


 中山高専はのどかな雰囲気の学校だ。尚武の気骨とはほど遠い。


「それなのになんで突然そんな風潮が広まったのか、ちょっと気になって」

「うーん……」

「何かのアニメの影響かしら?」

「ありうるなあ」


 高専生のオタク比率は高い。アニメや漫画、ラノベなどはかなりの割合の学生が嗜んでいる。


「でもなあ、現実と空想の分別くらい一応付いてると思うんすよねー、高専生だって」

「そうよねえ」

「うーん。……どの科でも同じようにその風潮って広まってるんすか? 昨日のは機械と建築の奴らでしたけど、他の科は?」


 中山高専に存在する科は、全部で五つ。

 機械、電気、情報、化学、建築だ。


 受験生は学科ごとに願書を出して受験するため、入学時には既に各専門分野に分かれる事となる。


「学科ごとでわかりやすい偏りはないみたいね、学年もそう。五学科五学年、全部に広まっているわ」

「ふうん……。紅葉、お前は何か知ってる事とかない?」

「あります」


 無愛想にそう答えたのは紅葉だ。

 京一郎と同じソファに座っていたが、今の今まで黙りこくっていたのである。


 現在、ここにいるのは京一郎、麗香、そして紅葉の三人だけだ。


「あんのかよ! なんで今その話をしてるのに、何も言わねえでいたんだよ」

「……京一郎が私に話を振らなかったからです」

「え、えと……それで、紅葉ちゃん、知ってる事って?」

「……というか、二人とも知らないんですか?」


 そう紅葉は言うが、京一郎にも麗香にも心当たりは全くない。

 同じタイミングで首をひねる二人に、紅葉は渋い顔を向ける。


「ツイッターで結構話題になっている書き込みがあるんですが……本当に知らないんですか?」

「ん~、ツイッターか……。お前含め、リアルの知り合いしかフォローしてないから、内輪の話題くらいしか流れてこないな」

「私も、技術関係のアカウントしかフォローしてないから、学生の中でのトピックは疎くて」


 京一郎たちの答えに「むむむ、そういうものですか、上級生って」と言いながら、紅葉はスマートフォンを取り出す。


「……ええっと、…………あ、これです」


 画面にひとつのツイートを表示させ、こちらへ突き出してくる紅葉。

 記されている文章に、京一郎は苦笑して麗香は大いに顔をしかめた。


『そろそろ決めましょ最弱高専! 最有力は中山高専!?

 なんたって軟弱さナンバーワン、これぞ関東の恥さらし!

 クソ雑魚度では他の追随を許しませんぞ~!』


「なにこれ、喧嘩売ってんのかしら」


 麗香の眼鏡の奥、形の良い瞳が危ない光を讃える。


「まあ会長、そう言われても仕方ないっちゃ仕方ない気もしますよ」

「うちがいわゆる決闘制を採ってないからでしょ? でもそんな高専、うち以外にもいくらだって……ってほどはないけど、それなりにあるわ。そもそも戦う力を重視しないのにもちゃんと理由がある! こんな風に馬鹿にされる謂れは……あ、しかも結構リツイートされてる!」

「まあまあまあまあ、落ち着いて」


 こちらへ掴みかからんばかりの勢いでまくしたててくる綾野を、京一郎はなだめる。会長だけあって、彼女は愛校心が人一倍強い。


 決闘制とは、学内で揉め事が起きた際に、武力による決着を認める制度だ。

 昨日の機械科生と建築科生のように、ここ中山高専でも決闘自体は起こる。だが、それはあくまで学校非公認であり、非推奨だ。


 だからこそ、京一郎たち学生会執行部は鎮圧に行くのである。


「そうなんですがそこはそれ、この書き込みをした奴がうちになんか恨みでもあったんじゃないすか?」

「ぐうう……」


 麗香が口惜しげに唸った。そのまま、苦い口調で続ける。


「それで、これに触発されて、ちょっと武力主義になってきたって事?」

「じゃあないかと思うんですけど。学内で戦闘を皆が繰り返せば、学校側が根負けして、野放しにするよりはマシだと決闘制を採ってくれるだろうって予測もあるみたいですし」


 紅葉がそう答える。はああ、と麗香は深い溜息を吐いた。


「最弱の高専、かあ。でも確かに、そう言われて馬鹿にされたら、男の子なんかは悔しいわよねえ」

「そうですね」

「京一郎、そんな事思ってないでしょう」


 麗香の言葉に神妙にうなずいた京一郎だったが、紅葉に簡単に本心を看破されてしまった。


「ごめんなさい会長、嘘つきました。会長に合わせたくて……」

「そ、そう? ありがとうでいいのかな? ていうかええっと、城東くんはじゃあ悔しいとか全然思ってないの?」

「特には」


 京一郎の返答に、がっくりと麗香はうなだれた。


「君はこの学生会執行部の……、いえ、この学校の最大戦力なのよ……?」

「それはそれ、これはこれです。ていうか、……仮に最大戦力が俺としても、最高戦力は俺じゃない。あの人でしょ」

「……彼は」

「いつ戻ってくるんですか、執行部に。もう随分見てませんけど」


 京一郎の問いに、麗香は顔を伏せる。


「早いとこ、より戻して下さいよ」

「べ、別にそういう関係だったわけじゃないよ!」

「いや、もうそういうのいいんで……何年やってんですか……」


 呆れの感情がたっぷり籠められた京一郎の視線に、麗香は少し赤くなった顔を伏せた。


「ま、どうするにせよ、相談くらいはしたらどうですか? これを機に、戻ってきてくれるかもしれない」

「……そうね、考えとく」

「じゃ、俺はそろそろ帰ります。会長は?」

「私はまだ残って書類整理していくわ。明日の定例会、多分全員集まるでしょうから、今日の話を議題に挙げるわね」

「それがいいと思います。紅葉、お前は?」


 京一郎がソファから立ち上がれば、紅葉もすぐに腰を上げる。


「私も帰ります。残ってやる事があるわけでもないですし」

「まあ、俺達は実働部隊だからなあ」

「二人も書類整理してくれていいのよ?」


 その言葉から逃げるように、京一郎は出入口へと急いだ。お澄まし顔の紅葉もしれっと後ろをついてくる。


「あ、もう!」

「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様でした」


 京一郎と紅葉、二人は本部室を後にした。


「さ、帰るかあ」


 足を向けるのは校舎の北東方面、中山高専学生寮だ。

 京一郎も紅葉も寮生である。


「……京一郎、さっきの話ですけど、本当に神鳥谷ひととのや柳介から何か事情は聞いていないんですか? あんなに仲良かったじゃないですか」

「それが、まじで何も言ってくれねえんだよな……」


 神鳥谷柳介。

 電気科に所属する、麗香と同じ五年生。


 昨年度まで学生会執行部のメインメンバー……というか、麗香と並んで中核そのものであった人物である。


 しかし彼はなぜか、今年度に入ってから、とんと姿を現さなくなった。

 学校に来ていないわけではないが、執行部に寄り付かないのだ。


 結構重度な厨二病を患ってはいるものの、誠実で優しい柳介の事が京一郎は好きだった。実の兄のように慕っていると言っていい。


「……なにしてんだかなあ、柳介さん」


 なぜか執行部と距離を置き始めた柳介は、それと時期を同じくして、麗香や京一郎と言った個人的にもかなり親しかったはずの人間にすら取り合わなくなった。


「仕事もほっぽり出して、困った先輩です。私がぶん殴って連れてくるという手もあるのでは」

「やめとけ、お前じゃ勝てん」

「…………」


 紅葉は二年生という学年ながら、贔屓目なしに戦闘においてはこの学校トップクラスの実力者である。


 しかし京一郎の知るかぎり、神鳥谷柳介はトップクラスではなく中山高専トップの猛者だ。


「ほんとに、なにしてんだかなあ」


 妙な生真面目さが空回りして、たまに変な事をしだすその人が心配で。

 その嫌な予感は、悲しい事に的中した。




         ◇◆◇




「は? 襲われた?」


 機械科の学生と建築科の学生による喧嘩騒ぎから一ヶ月、梅雨時に入った時期。

 その話は学生会会長、上泉麗香の口から語られた。思わず聞き返した京一郎の声は、戸惑いの色に染まっている。


「待った待った、ここは平和とのんきでならした中山高専ですよ? まじで言ってんですか?」

「ええ、残念ながら。5人の一般学生が突然1人に決闘を申し込まれて、それはもうこてんぱんに。その場に駆けつけた執行部メンバー3人も」

「……嘘だろ、んな物騒な事がマジでこの学校で?」


 現在、学生会執行部は本部室で定例会の最中である。

 毎週水曜日、現在の仕事の状況や発生した問題などについて話し合う時間だ。


 全部で十三人の執行部メンバーの内、三名ほどがうなだれている。その中の一人が口を開いた。


「悪い、城東……。俺たちじゃ敵わねえよ、やっぱ」

「……やっぱ? どういう事だ」

「相手は、神鳥谷ひととのや先輩だ」

「…………は?」


 放たれた名前に京一郎の思考が固まった。


「……神鳥谷先輩が、なぜそのような事を」


 スーツで上下を決めた直し屋の学生、情報科三年の延島が不可解そうな声を零す。


「神鳥谷先輩、今年度になってからお見かけしていませんが、会長はなにかご存知で?」

「わからないわ……」


 延島に首を振る麗香、その表情は冴えない。

 知己の凶行に落ち込んでいるようだ。彼女は暗い声で続ける。


「決闘制を採っていないうちでそんな事をすれば、治外法権とは言え学内法規では罪になる……だけど」

「学内での罪は学内で捕まらない限りは無罪とする、けったいな決まりですね」


 麗香の言葉を継いだのは紅葉。

 彼女にうなずいて、ため息を吐きながら麗香は額に手を当てる。


「まったく誰が決めたのよ……。恨むわ、いつだか知らない先輩方……」

「改正しようにも、少なくとも今年度は無理ですよね……。では今は、なんとかあの先輩を相手にしなきゃならないって事でしょうか。……京一郎、実際どうなんですか?」

「……厳しいな」


 紅葉に答える京一郎の重々しい言葉に、神鳥谷柳介の実力を知る面々は、同じく表情を暗くする。


「……あの~、京一郎先輩でも無理なんですか? 僕、てっきり京一郎先輩がこの学校で一番強いんだと思ってたんですけど。だって【爆撃】の京一郎って言えば有名じゃないですか~」


 おずおずと手を挙げてそう言ったのは、小薬と言う名の小柄な男子学生だ。


 まるで声変わり前のような高い声に、似合いの童顔。

 常に大きなぬいぐるみを抱えているという、なかなか濃いめの特徴を持った彼は、四月に入ったばかりの電気科一年生である。


「小薬、頼むからそのふざけた名前を呼ぶのは止めてくれ……」

「え、駄目ですか~? かっこいいじゃないですか~、【爆撃】の京一郎!」

「かっこよくねえよ……」


 死ぬほどださい、それが京一郎の素直な感想である。


「二つ名の事は置いておいて、小薬君、総合的な実力はどうあれ、京一郎は一対一には向かないの。化学科だからね」

「あ、……そっか」


 紅葉が小薬へ告げた通り、化学科である京一郎は一対一の戦いに向いた性質ではない。


 爆発物や有害物質などを操って範囲攻撃を行う事が得意な化学科は、個よりも集団を相手にした時にこそ、その真価を発揮する。

 逆に言えば、単体の相手へ狙い澄ました攻撃を放つのは、少し不得意だ。


「ええっと、たしか……単体戦の電気科、集団戦の機械科、殲滅戦の化学科、それから、ええと、そうだ、情報戦の情報科、攻・籠城戦の建築科、でしたっけ?」


 一年生である小薬の問いに、場の先輩陣は揃ってうなずく。

 それはよく言われている、大まかな向き不向きの話だ。


 電気科は集中的に素早く強い衝撃を与える技が豊富であり、自身の身体強化も上手い。そのため、単体戦にもっとも向いていると言われている。


 機械科は逆に、何かしらの機械等を創造・強化・操作して戦う事を得意とするため、集団戦で協調して動いたとき、その恐ろしさを一番に発揮する。


 情報科は、直接戦闘にはあまり向かないが、修復や解析などのサポート能力は極めて強力だ。また、その名の通り情報戦では他の追随を許さない。


 建築科は、建物を作る、崩す、いじるが本領。攻・籠城戦のプロフェッショナルである。屋内では決して、敵に回してはいけない。

 

「神鳥谷先輩は私たちと同じ電気科。一対一ならもってこいだわ」

「紅葉ちゃんの言うとおり、神鳥谷くんとの単体戦闘はあまりに危険よ。この執行部全員同時でならかかって勝てない事はないけど、そうでもない限り、無理をして戦うのはリスクが高すぎる。……最悪、単位を落としかねない」


 麗香の言葉は、おおげさでもなんでもない。

 それだけ、電気科五年・神鳥谷柳介は強いのだ。


「全員、絶対に一人で戦おうとはしないように、いいわね?」

「会長命令でなくとも、んな事しませんよ」


 ひらひらと手を振って、麗香に返す京一郎。

 神鳥谷柳介の実力を一番知っているのは、誰という事もない。よくよくコンビを組んでいた京一郎なのだ。


「そう? ……とにかくみんな、校内巡回の時には最低ツーマンセルで行動する事。神鳥谷くんの襲撃を受けた場合は、攻撃よりも回避と防御に専念、そして応援を呼ぶ事。以上二点、いいわね?」


 メンバーから、揃っているような揃っていないような返答。

 それでひとまず、この日の会議はお開きとなった。

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