第4話 頭が良いだけの馬鹿ばっか
「『技術者である前に、人間であれ』、そう言うだろう城東」
「うちの学校の基本理念だな、それがこのどでかい鍋と一体何の関係があるんだ」
呆れた顔の京一郎と、自慢げな表情の機械科四年に所属する友人・萩島の前には、なかなかの大きさをした鍋がある。
給食の配膳用みたいなサイズだ。
「……しかしすげえな、この細かい彫り込み」
「そうだろうそうだろう」
「萌え鍋とでも呼べばいいか?」
「そうしようそうしよう」
金属製の鍋の表面には、繊細なタッチで可愛らしいツインテールの女の子の絵が彫り込まれている。
並大抵の情熱では不可能な出来だ。
「技術者である前に、俺は人間だ。人間である俺は、飯が食いたい。出来るだけ楽しく。だから鍋に愛してやまないミントちゃんを刻んだのだ。一緒に食べてる気分に浸りたい」
「気持ちはわかる」
ミントちゃんというらしいキャラクターは、そんな痛々しい男二人に見られながらも朗らかな笑みを浮かべている。
「これ、お前が一から作ったの?」
「おう、ちなみに鍛造だ」
「この大きさは大変だったろうに……。機械科ってこういう事をする科だっけ?」
「違う……が、金属加工はよくやるから、ま~応用範囲と言えば応用範囲?」
「へえ。で、なんで俺を呼んだの? ただ見せたかったっつーんならそれはそれで別にいいんだけど。自慢したくなるのもわかる出来だし」
一年生の化学巧学実習、そのティーチングアシスタントの仕事が、今日の分はひとまず終わって、昼休み。
自分の教室に帰ろうとした矢先だ。
友人である萩島に、ものづくり研究センターという作業場へ呼び出されてみれば、こうして見事な萌え絵の描かれた巨大な鍋を見せられた京一郎である。
高専にいると友人から謎の製作物を披露されるのは日常茶飯事だが、これはその中でも結構な一品と言えるだろう。
「あれか、この鍋でごちそうでもしてくれんの?」
「まあ、後々皆でなんか食おうと企画するつもりではあるんだが、……問題があってな」
ひどく深刻な雰囲気を漂わせ、萩島は太い身体の太い指で鍋をさす。
「よく考えてくれ、城東。これは鍋なんだ」
「それはわかってる」
「だからな、……温めるためには、その、下にコンロなり、かまどなりを構えて、……火を! なんと火を! かけるだろう!」
強面に苦しげな表情を浮かべ、悲痛な声で続ける。
「ミントちゃんを火炙りにしなければならなくなる! それは嫌だ! 絶対嫌だ!」
「作る前に! 気がつけよそんな事!」
「だって作りたかったんだ! 気がついたら作ってたんだ!」
「お前みたいのが居るから! 高専生は頭が良いだけの馬鹿ばっかって言われんだよ!」
指を突きつけて思いっきり叫ぶ。
頭が良いだけの馬鹿ばかりというのはその通りだし、それで良いとも思っているが、人から言われると結構腹が立つのだ。
「う、うるさい! 学祭の花火を改造して空に巨大な萌え絵を描いたはいいが、規模が大きくなりすぎて回りの消防に話が違うと怒られた奴に言われたくない!」
「発射台の改造にノリノリで手を貸したお前に言われたくもないわ!」
「……やめよう」
「……おう」
お互いの傷をほじくり合うだけで、不毛なこと甚だしかった。
「で、城東。お前を呼んだ理由だが、なんか都合の良い薬品とか化学物質ない? 水を熱湯にしてくれるヤツ!」
「専門外に対しては無茶を言いがちなのが俺たちの悪い癖だ……。うーん、反応して熱を発する物質の組み合わせは、それは山ほどあるけどなあ。水に混ぜて温めるなんてのは……そもそも、鍋なんだろ? 鍋の汁ん中に薬品突っ込むのはまずいだろ」
「あー……そうか、そうだよなあ」
巨体ががっくりと項垂れる姿は、どことなく哀愁を誘う。
確かに、これだけのものを作ってから構造的な欠陥に気づくとはさぞ悔しかろう。
「まあ落ち込むのは早い。他の科の奴にも相談してみようぜ」
京一郎はスマートフォンを取り出し、チャットアプリでメッセージを送る。
「そ、そうだな。どこに話そう?」
「とりあえず、電気科を呼んだ」
こちらに向かう旨の返信が来たので、5分ほど待っていると件の人物が現れた。
「……京一郎? いますか?」
作業場の入り口から中を伺うように顔を出したのは、電気科の二年生にして京一郎の幼なじみ、紅葉だ。
「せんぱーいこんちゃー!」
「こんちゃー!」
どうやら友人も引き連れてきたらしい。紅葉と同じクラスでよく一緒にいる、双子の女の子である。
「おう、紅葉! こっちだ、悪いな。ツインズもようこそ」
「【爆撃】さん、ちーっす!」
「【爆撃】さん、ご機嫌麗しゅう!」
いつでも酔っ払っているかのようなテンションなこの双子が、割に京一郎は好きである。
二つ名で呼んでくるのだけは勘弁して欲しいが。
ボブカットの髪型はふたりともお揃いだが、前髪をヘアピンで向かって右に留めているのが姉の風子、左に留めているのが妹の空子だ。
「スマホ見た紅葉が嬉しそうにどっかに行こうとしたんで付いてきました!」
「ルンルン顔だったんで【爆撃】さんのところかなと思ってたんですけど、やっぱり【爆撃】さんのところでした!」
「う、嬉しそうになんてしてない!」
噛み付くように吠えた紅葉の迫力を、しかし爆笑で受け流す双子。中々の胆力と言えるだろう。
「おお、噂の幼なじみちゃんか! よく来てくれた!」
「ど、どうも……」
紅葉は結構人見知りなので、初対面の萩島には少々対応が硬い。
「でけーっすね、先輩!」
「かてーっすね、先輩!」
「はっは、よせやい!」
対して双子は萩島の巨体にまとわり付いて、すぐに馴染んでいた。
「それで、なんの用なんですか?」
「それがな……」
紅葉達へ今までの話をすると、彼らは京一郎と同じく「作る前に気づかなかったのか」という突っ込みは入れてきたものの、真剣に考えてくれた。
紅葉が顎に手を当てて言う。
「誘導加熱……IHって言ったらわかりやすいでしょうか。電流は生じさせるけど火炙りにはしません。これならどうでしょう」
「むむ……電流……ミントちゃんに電流……火炙りよりはいいか? 電流……ん、ちょっと興奮してきたぞ」
「特殊な趣味を暴露するのはやめろ。……で、紅葉、IHって、電気流すとなんかあったかくなるアレか」
「そう、それ」
大雑把な京一郎の言葉にうなずく紅葉だが、双子が鍋を軽く叩きながら言う。
「でも紅葉ー、これ銅鍋だよね? 風子が思うに、誘導加熱、起きなくはないけどさ」
「はっきし言って効率めちゃくちゃ悪くない? 空子が思うに、この大きさは辛いよ」
「え、あー……銅、かあ。ちょっと厳しいですね、抵抗が低すぎる。渦電流に対してどれくらい熱を出すか……ううーん」
紅葉の渋い顔を見るに、どうやら銅鍋というのはIHにはあまり向かないらしい。
せっかく差した光明がやっぱり翳ったという事でまたしても項垂れる萩島だが、双子が元気づけるように言った。
「まったまった! 諦めるな! 誘導加熱が駄目ならばぁ!」
「誘電加熱ならどうだぁ!」
ババンと阿吽像のようなポーズを取った二人の言葉に、紅葉もそれがあったかと言わんばかりの表情を浮かべた。
「なるほど、冴えてますね二人とも!」
「色ボケ紅葉ちゃんとは違うのだよ!」
「違うのだよ!」
「……いいですよ、やるというのなら相手をします」
紅葉が自らの両の拳を打ち合わせると、双子はすぐに平謝りの体勢に入った。判断の下し方が鮮やかだ。
「紅葉、落ち着け。ツインズもまだ死にたくなかろう」
正直、本気になった紅葉は京一郎もやり合いたくない相手である。
「……で、誘電加熱の話です」
一応、落ち着きを取り戻したらしい紅葉が咳払いの後に言った。
「早い話が電子レンジです。マイクロ波を放射して鍋の中身を直接温めてしまうのはどうか、という提案になります。水は特に、非常に電磁波に対して感度が高い。簡単に温まりますよ」
「あー、マイクロ波加熱か。ちょっとこっちでも反応させる時使ったりするな、それ。この鍋じゃなくて中の水を直接、か」
逆転の発想、と言うべきだろうか。そうなってくると銅鍋の鍋容器としての存在価値は少し怪しくなってくるが、使えないよりマシだろう。
「それならいけそうなのか!? 俺はミントちゃんと鍋が出来るのか!?」
「な、鍋と言えるかどうかは、価値観によりますが、出来ると思います」
勢いに少し引きながらうなずいた紅葉に、萩島の巨体が歓喜に打ち震える。
「なら早速試したいんだが! 実演してもらえないだろうか!?」
「いーよー! やりますやりまーす!」
「電磁波出しちゃうよー!」
双子の元気な返事に萩島はすぐに鍋を引っ掴み、作業場の水道で中へなみなみと水を注いで戻ってきた。
「お前、それよく持てるな……その容積に水入ったらめちゃくちゃ重いだろ」
「ミントちゃんは重くない!」
そう言う割には顔が真っ赤だが、愛しの彼女と触れ合っているがゆえだと思っておこう。
台にドスンと銅鍋が置かれる。
「この台は耐熱製なんで熱くなっても問題なし! やっちゃってくれ双子ちゃん!」
「おっけーおっけー!」
「電磁波くらい出せなくって電気科がやってられるかってんだ!」
鍋の左右に展開した双子が、中身の水に両手をかざす。
「びびびびびびびびびび」
「びびびびびびびびびび」
「ちょっと怖いぞ、君ら」
揃ってびびびび平坦な口調で言われると、少し不気味だった。
「……おかしいですね。もうとっくに沸騰していてもいいはずなんですが」
「疲れたー!」
「さすがに疲れたよー!」
双子が電磁波を放射し始めてしばらく経つが、なぜか水が沸騰しない。京一郎の眼にも、それは奇妙に映った。
「水がちょっと多いからって、これはおかしいでしょー!」
「鍋がちょっと電磁波を吸収するからって、これはおかしいでしょー!」
「温まってはいると思うんですが……。周りの空気は熱いし……」
電磁波放射を中断して双子が愚痴を零し、紅葉がそんな事を言いながら鍋の上に手をかざす、
「紅葉、そのまま動くな」
そんなタイミングで、京一郎はようやく現状を理解した。
「え? な、なに?」
「いいから動くな。双子ちゃんもだ」
自分の硬い声に、三人が言われた通り固まった事を確認して、京一郎はさらに指示を出す。
「よし、そうしたらゆっくり鍋から離れろ。落ち着いて、ゆっくりとだ」
言いながら、三人と一緒に自分も鍋と十分に離れたところまで避難する。
これは、本当に危険なのだ。
「萩島、お前もだ! 慌てず騒がずこっちに来い!」
「ど、どうしたんだ城東!」
「どうしたもこうしたもない、危ねえって言ってんだよ!」
「な、ミ、ミントちゃんは危なくない! なんて事を言うんだお前! 確かにアニメ版ではそういう評価もあるがっ、でも原作は違うんだ!」
「お前こそ何を言ってんだ馬鹿野郎! ミントちゃんが危ないっつってんじゃない! その鍋がやばいって言ってんだ!」
「同じだろうが! ……あちっ」
「あ……」
カン、と。
熱い手振りでミントちゃんの安全性を訴えていた萩島の手が、鍋に触れ中をほんの少しだけ揺らし、
「……どあっちゃあああああああああああああああああああ!?」
「あーあー……だから言ったのに」
爆発するように鍋から噴き上がった高温のお湯が、彼の身体に襲いかかった。
「た、大変じゃないですか!」
「大丈夫大丈夫、成績転換防護があるから大事には至ってない。そんな事ぐらいもう二年生なんだからよく知ってるだろ」
「そ、そうですが……」
「それにそもそも萩島はタフガイだ、問題ない」
慌てる紅葉にそう言ってやる。
実際、萩島に限らない事だが、あれくらいでどうにかなるような人間なら、そもそもこの高専において四年生まで上がっていない。
「先輩、あれ、なんであんな事になったんですか?」
「ちょっとしか揺らしてないのに、何がどうなったんですか?」
「液体を熱したとき、状況によっては沸点に到達しても気泡の発生条件が揃わないで沸騰しないままになる事があるんだ。過熱状態っていうんだけど」
双子の質問に、自分がわかる限りの答えを返していく京一郎。
「そのとき、ちょっと衝撃を与えたり中になにか放り込んだりすると、それまでの鬱憤を晴らすかのように一気に激しく沸騰する。すると、与えた衝撃をはるかに上回る勢いで、液体はあんな風に容器から噴き出す」
京一郎の説明に、へええと感心した様子でうなずく双子。
「現象としては突沸って言うんだけど、冬場にコーヒーなんかを電子レンジで温めたりして、砂糖を入れた途端噴き上がって火傷、なんつう事故が結構ある。気を付けるように」
「じょ、城東……対策は、どうしたら良い?」
「タフだなお前は……」
のそりと起き上がりながら質問をしてきた萩島には、思わずそんな風に言ってしまう。
これは完全に京一郎の主観的な意見だが、機械科の人間は総じてタフな者が多い気がする。
「一番簡単なのは、温める前にかき混ぜて、中にあらかじめ空気を入れておく事だ」
「み、皆で鍋をやるときには、そ、そうしよう……幼馴染みちゃんと、双子ちゃんも、来てくれよな……そんときは、また温めてくれ……」
「いいから一応、保健室行くぞ。連れてってやるから」
成績転換防護があっても、熱いと叫んでいたように完全に熱を遮断できるわけではない。
正確に言えば、できるはできるが成績の消費が激しいのでそんな設定にはしない。
保健室の養護教諭も馬鹿をやってはそこそこの怪我をしてくる高専生の相手は慣れたもので、実に手際よく手当をしてくれる。
こんな事も、高専ではありふれた日常だった。
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機械科生にはタフガイが多い気がする。マッチョがいたら大体機械科。




