第13話 それが叶ったってことでしょう
最初に動いたのは、右脚だった。萩島たちをまたいで、一歩。
そして左脚、また右脚と続いていく。
「姿勢制御、問題なし! 油圧下げんな!」
「電気抵抗、抑え続けろ! センサ系のS/N比もこのまま維持だ!」
工学における概念を拡張して顕現する拡張顕現の力を使えば、それを行使している間は部品や各種ユニットの性能を著しく向上させる事が出来る。
例えば、油圧系ならその大本になっているパスカルの原理を都合の良いように拡張すれば、通常のユニットとは桁の違う出力や効率を叩き出せる。
『いっくぞーっ、くそうさぎ!』
『でってけーっ、ばかうさぎ!』
普通の人間のようにグラウンドへ疾駆するタンイヴェヒターの動きは、部員たちがリアルタイムであらゆる箇所に拡張顕現を施しているからこそ実現しているものである。
萩島も、隣の部長も、当然のように力を振るっている。
ちなみに、部員の全員が全員タンイヴェヒターのサポートに入っているわけではなく、何人かは寄ってくる通常サイズのうさぎ達を蹴散らしてくれている。
ついにタンイヴェヒターはグラウンドに到達。
同時、京一郎の爆撃が止んで、どでかいうさぎはやってきた鉄の巨人に槍の穂先を向けた。
「……行け、タンイヴェヒターッ」
萩島の口からは、思わずそんな激励が漏れて。
『『うおおおおおおおおりゃっ!』』
突き込まれた槍を、タンイヴェヒターは堂々、その二本の腕で捕まえた。穂先が少し腹部の装甲をえぐっているが、損傷は軽微だ。
一機と一頭は、そのまま槍を引き合う。
感動の声を漏らしたのは、姿勢制御のプログラムと実機の調整を担当した部員たち。
あんな動作をして転ばないというのは、かなり高レベルに制御が出来ているという事の紛れもない証左である。
しかし、パワーではでかうさぎに分があったのか、槍はタンイヴェヒターの手から離れた。
「……いや、違う! わざとか!」
だがそれは、部長が叫んだ通りだったのだろう。
突然相手方に引き合いを放棄され、勢い余り、でかうさぎは大きくバランスを崩した。
『『くらえ!』』
その隙を、まさか見逃すわけもなく。
タンイヴェヒターは力強く一歩踏み込んで、右の拳を相手の顔面に叩きこんだ。
たまらず仰け反ったでかうさぎは、衝撃にその手から槍を取り落とす。
『まだまだ!』
『これから!』
さらに距離を詰め、えぐるような左のボディブロー。
喰らって浮いた相手の身体を、タンイヴェヒターの無骨で野太い右脚は、薙ぐようなダイナミックな蹴りで吹き飛ばした。
「……た、戦い慣れてる!」
「なんだあの双子!」
驚愕の声が部員たちから漏れ出るのもむべなるかな。
目の前で展開されている戦いはまさか、素人の女の子たちによるものとは思えない。
『はっはっは! 普段から六◯分の一秒の世界で戦う風子たちに!』
『こんな鈍重さはイージー極まりないってもんよお!』
「あ、格ゲー界隈の人だったのか双子ちゃん……」
萩島が呟く間にも、タンイヴェヒターとうさぎの戦いは続いている。
起き上がらんとするでかうさぎは、顔を上げた瞬間、タンイヴェヒターの左のつま先にその鼻っ面を叩かれた。
たまらず再度、その身を転がす。
一昔前のゲーセンならば台パン確実、容赦のない起き攻めである。
「タンイヴェヒターがぁ! 捕まえてぇ!」「タンイヴェヒターがぁ! 画面端ぃ!」「バースト読んでぇ!」「……まだ入るぅっ!」
「アンタ達、楽しそうだね……」
捕まえてもいないし画面端などもなく、バーストが何を指しているのかもわからないが、とにかくノリノリで歓声を上げるロボ研内の格ゲー勢に、部長は若干引いている。
『っわ!』
『っきゃっ』
起き上がりを攻め続けられ、ぼこぼこにされていたうさぎの様子が変化した。
弾丸じみた勢いで飛び跳ねるように立ち上がり、タンイヴェヒターに体当たりをかます。双子からは悲鳴があがった。
うさぎの体毛は真っ黒に塗り替わって、響くのはぐるぐるという唸り声。
「……殺意の波動にでも目覚めたか? 双子ちゃん、大丈夫か!?」
『大丈夫大丈夫!』
『第二ラウンドってとこっすかね!』
吹き飛ばされたタンイヴェヒターのパイロット二人からは、力強い返答。
先ほどよりも一回り二回り速いスピードで飛びかかってくるでかうさぎを、彼女たちはなんとか捌き、反撃の拳や蹴りを叩き込んでいく。
「……なあ、萩島。あの双子ちゃんはずいぶんな拾い物だが、だけどなかなかどうして、アタシらの息子もやるもんじゃあないか」
「ええ。こっちとしちゃ寂しいくらいです」
グラウンド、同じく巨大な相手を向こうに、正面から戦い抜く鉄の巨人。
それは、まるで夢のような光景。
ロボ研一同が、長い長い間ずっと夢見て来た光景。
『……ね、ねえ、空子!』
『……う、うん、風子!』
だから、わかっている。
『先輩! ご、ごめんなさい!』
『空子たちが、そ、その……!』
この夢が、いつか覚めることも。
この夢が、どんな風に覚めるかも。
「なんだい、双子ちゃん。勝てなそうかい?」
『う、ううん! 勝てる! 勝てるには、勝てるんだけど! 風子たちが乱暴だから!』
『だ、だから、このまま続けたら……もしかしたらタンイヴェヒター……』
その言葉の続きは、萩島には言われなくてもよくわかっていた。
だからこそ、ちゃんと言わなければならないことが、あった。
「いいんだ」
『……え、い、いや、先輩?』
『いいんだ、って、どういう……』
「いいんだ、いいんだ、いいんだよ」
すうっと、夏の匂いと一緒に空気を吸い込んで、精々声を揺らさないよう気張って、告げる。
「タンイヴェヒターはもともと、全力で戦ったら絶対壊れるロボットなんだ」
『『…………………………は?』』
呆然としたような声が、ヘッドセット越しに聞こえる。それでも戦いの手は緩めないのは、さすがのゲーマー魂か。
「俺達はな、夢を追い過ぎた」
それはまるで、懺悔のよう。
「二本脚で立って戦う巨大ロボ、そのコンセプトをどうしても捨てられなかった」
後悔は、ないけれど。それでもやっぱり、懺悔のようだなんて思った。
「そこから元々、無理があったんだよ。……そんな事、わかってたんだけどさ」
人間大ならともかく、二十メートル近くまでサイズが上がったとき、二足歩行というのは色々な面で、あまりに都合が悪過ぎる。
姿勢制御の観点からも強度の観点からも、上半身を支える土台としては不安定。
ではどっしり作ればいいかというと、歩行や走行、格闘戦を行える程度の軽やかさを確保したいのならばそうもいかない。
そしてなにより、機体全体の重さが二本の脚、姿勢によっては一本の脚の下にのみ集中する事になるという問題がある。
つまり多脚やキャタピラに比べ、地面にめり込んでしまわない限界の重量がどうしても小さいのだ。
はっきり言って、デメリットの大きさを考えれば、現実的という言葉からはほど遠い。
「……夢の中でしか生きられないんだ、二足歩行の巨大ロボなんて。だけど、俺達はそれをどうしても、現実に呼び出したかった」
馬鹿だというのは、わかっている。それは、自分たちの誇りですらあるから。
真面目な人達は、絶対にこんなもの作らなくて。
だけど誰もが夢見ていながら、誰も作らないなんてあまりにも寂しくて。
だったら技術を振るって大馬鹿やるのは、高専生以外いないはずだ。
「だから、違うんだ」
図体の割に、どうしても重量は抑えなければならず、それでも理想的な出力は出したい、動きをさせたいと言うのならば。
タンイヴェヒターから削らなければならないのは、耐久性だった。
「双子ちゃんたちの、せいじゃないんだ」
今、でかうさぎの打撃を受け止め、ひび割れて落ちた肩の装甲は、削って磨いてマークを描いた、萩島が手ずから作ったそれは、今日のこのためにあったのだ。
「俺たちが、選んだんだ。俺達はこいつを、拡張顕現のサポートを含めれば全力で理想的に稼働出来る代わりに、その一回こっきりで終わるロボットにすることを、とっくの昔に選んだんだ」
今、でかうさぎの顔面を殴りつけ、ついにその指のいくつかを千切れされた左手は、ごついながらもこだわって、箸だって操れるようにしたロボ研自慢のそれは、今日のこのためにあったのだ。
「……安心してくれ、コクピットは自動的に機体から射出されて、エアバッグを展開しながら着地するようにしてある。こればっかりは入念に確認したから」
『そんなこと! どうでもいいよ!』
『空子たちのことじゃないよ! この子のことだよ! この子と、先輩たちのことだよッ!』
双子にパイロットを頼んだのは、今までテストに書いてきたどんな解答も敵わないくらいの大正解だったな、なんて、そんな事を思うのは身勝手が過ぎるだろうか。
『だって! だって! 今日乗ったばっかりの風子たちにだって、わかるもん!』
『この子が! どれだけ先輩たちに愛されて育ったかわかるもん! 先輩たちが! どれだけこの子を愛して育てたかわかるもん!』
『だったら、だからさあ!』
『ねえ先輩! なんとかならな、』
「……頼むっ!」
まるで、悲鳴のように。
通信相手の言葉を遮って言ったのは、萩島の隣、拳を握りしめた部長だった。
「頼む、頼む、頼むよ! 今日は、その子の初陣なんだ! 今日が、その子の幕引きなんだ! だから、だからさあ……!」
どうか、勝利をやってくれ。
もうなんにもしてやれない、自分たちの代わりに。
なんとか紡がれたその言葉は、萩島の聞いたことのない濡れた声。
面倒見が良く男まさりな、タンイヴェヒターの図面を引いたその人は、しかしそれでもせめて涙だけはこぼすまいとしているらしい。
「……双子ちゃん、背中に付けてあるそいつ唯一の武器について、説明は受けたな?」
部長を気遣い意を汲んで支えるのは、副部長の役目としたものだろう。
だから、萩島は話を進めた。
『は、萩島先輩……受けましたけど、でも』
『そんなことしたら、ほ、ほんとのほんとに……』
巨人とうさぎはお互い、もうぼろぼろで倒れかけだ。
その戦いは、終幕が見え始めている。
「引っ倒してぶっ放してやってくれ。その武器な、それにしようって満場一致で決まったんだよ。…………そいつの一番かっこいい姿を、俺たちに、どうか見せてくれ」
『……………………ううううううううっ!』
『……………………ああああああああっ!』
掴みかかってきたでかうさぎの腕を取り、タンイヴェヒターは相手に背を向けた。そこから繰り出したのは、なんと豪快な一本背負い。
負荷に叫んだアクチュエータのいななきは、悲鳴というにはあまりに雄々しく、歓喜というにはどこか切ない。
うさぎの巨体が地面に叩きつけられ、衝撃にその動きを止める。
『萩島先輩! 条件一つ!』
『守ってくんなきゃ引っかきますよ!』
巨人がその背中に手を回し、右腕に装着したのは細長い筒のようなもの。
まるで銃にも見えるが、撃ちだすのは弾丸ではない。
後部に向かって大きく突き出た、それは鉄杭。
自分たちのロボットにきっと一番ふさわしいとロボ研一同が信じた、ロマンの具現のような武器。
『風子と空子を! ロボ研に入れて!』
『そんで! この子が生まれ変わるのを手伝わせて!』
「……ああ、一緒にやろう」
萩島は、もう四年だ。自分の在学中に、次のタンイヴェヒターが立つ姿を見ることは叶わないと、わかっている。
だから、後を任せられる馬鹿が増えるのは、死ぬほど嬉しかった。
こんな学校じゃなきゃ、こんな気持ちは味わえたりはしなかったろう。
タンイヴェヒターを動かす判断をしたことを、萩島はやっぱり、後悔していない。
『約束ですよ!』
『絶対ですよ!』
「ミントちゃんに誓おう」
萩島の言葉に、双子達からはすうっと息を吸う音が返ってきて。
以降、その瞬間まで、萩島はまばたきをしないと決めた。
『『パイルウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!』』
双子の叫びに、意味なんてない。だけど彼らはそれをノートパソコン越し、萩島たちに聞かせてくれて。
すごく、嬉しくて、ありがたくて。
『――バンカアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
タンイヴェヒターの右腕に装着された筒の中ほどから、豪快な炸裂音。光がまたたき、爆炎が上がり。
重く、重く、鉄杭が一本。
うさぎを貫通、縦揺れの衝撃を伴い地に突き立った。
「…………あ」
部長の、思わず零したような声が聞こえる。
「あ、あ、……あ」
それはまるで、彼女が決して涙なんてと意地を張るから、代わりに転がり出てきたかのよう。
「そう、だよなあ」
部長の小さな悲鳴を聞きながら、その隣で、萩島は静かに現実を受け止める。
パイルバンカー、決めに放たれた最後の一発。
その振動に、その反動に。
自分たちの息子は、それはやはりと言うべきなんだろう、耐え切れなかった。
「そうだよなあ、……こうなるって、わかっていたんだ」
ガランガランと、音が鳴る。
いっそ、きっと潔く。
その巨体は、外装が外れ、電装がちぎれ、内装が割れて、瓦礫の山になっていく。
そのほど近く、どでかいうさぎもその色を、存在を、薄めて消え去っていく。
風が一迅吹いた後、そこにあったのは鈍色に輝く残骸と、突き立った一本の鉄杭だけ。
グラウンド南端、ぼすんと落下音。パイルバンカーの起動と同時、射出されたコックピットが展開したエアバッグごと落ちた音だ。
『また会おうねえタンイヴェヒタアアアアアァ……!』
『また遊ぼうねえタンイヴェヒタアアアアアァ……!』
そんな声は、グシュグシュというすすり泣きと共に聞こえてきた。
「………………もっと、格好の良い名前を付けてやりゃあよかったかなあ」
グラウンドに築かれた瓦礫の山を見つめがら、どこかぼうっとした声音でそう呟きをこぼすのは、ロボ研部長。
「…………もっと、外で遊ばせてやりゃあよかったかなあ」
「……部長」
「なあ、萩島、もっと、もっともっと、……長生きさせてやりゃあよかったかなあ」
意地でも泣くものかと眉根にしわを寄せる彼女に、掛ける言葉は見つからず。
「部長、副部長、……これを」
歩み寄ってきたひとりの部員が、手に持ったノートパソコンの画面を萩島たちに見せてきた。
そこに表示されていたのは、黒い窓にたくさんの英数字。専門でない萩島は詳しくないが、おそらくタンイヴェヒターの動作ログだろう。
「…………な、んで」
ノートパソコンを思わずという風に受け取って、部長はその画面を凝視する。
「なんで、こんな、……だって、こんな、こいつは、一番最初のプログラムに、お定まりで書いた……」
「多分、誰かが動作確認とかエラーチェックのために新しく書いたんでしょう。……でも、もしかしたら」
言葉を続ける情報科チーム取りまとめ役のその部員は、少し眼が赤い。
「もしかしたら、どこかに残っていたのかもしれません。プロジェクトの規模は膨大でしたし、継ぎ足し継ぎ足しでしたから、どこかに、もしかしたら。……最後の瞬間、内部はしっちゃかめっちゃかだったようで、正直、どこにある何がどう動いたとしても、不思議じゃない」
「う、あ……」
部長は萩島と同じ機械科だが、当初、このタンイヴェヒターを作る企画にはほとんど彼女しかいなかったらしい。
だから、本当に一番最初のプログラムは、彼女が書いた。
プログラミング初心者だった彼女が、教本の通り、慣例に従って、それを書いた。
いつか、自分の理想と会える日を、夢見ながら書いたのだ。
「……なあ部長。俺達は、空想の中にしかいないはずのあいつに、どうにかしてこっちに来てもらおうとやってきた。誰よりあんたが、それを願った」
「はぎ、しま……」
「こっちの世界に生まれてこいよって、そう願った。そうでしょう。そんで、そんで、そんで最後にこんなメッセージをさ、あいつが送ってきたっていうのはさ――それが叶ったってことでしょう」
ノートパソコンを抱いた部長は、目を見開いて。
「あ、あ、…………ああ、ああああああッ! あああああああああああッ!!」
そして、ついに膝から崩れ落ちた。
ボロボロボロボロと、その瞳からは今まで堰き止められてきた熱い雫が溢れていく。
「大丈夫、大丈夫、だってここは高専だ! あいつを生みたいって願うような、俺達みたいな馬鹿はこれからも入ってくる! そんであいつはそんな俺達の守り神だ!」
「そうですよ部長!」「今回の件で予算だって絶対増えます!」「次はマーク2ですか!? それともツヴァイにしますか!? 決めときましょう!」
やいのやいのと部員どもが暑苦しく、部長を囲んで騒ぎ立てる。揃って眼が赤いのが、なんだか少し締まらない。
なんて思う自分だって、きっと同じような顔なのだろうと、萩島は苦笑した。
「ああ、ああ、そ、そうだねえっ、そうだねえ……、マーク2がいいかなあ! ツヴァイも捨てがたいねえ!」
目端を濡らした顔で笑う、ロボ研部長。
彼女は胸元にずっと、大切そうにノートパソコンを抱いたままだ。
その画面、黒窓の一番下には、こんな文字列が出力されている。
Hello,World!
現実世界にやってきた、夢の世界に住む鉄の巨人の、それがきっとひとまずの、別れの挨拶。
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