第1話 ボール盤ですね
「か、彼らの、……彼らの単位を! 俺たちの手で叩き落とすしか! それしかっ、もうないでしょう! 学生会長!」
学生会長。
そう呼ばれた男は、かみつくような口調で叫び返す。
「そんな事ができるか! 彼らは! 同じ学び舎に通う学友だぞ!」
「だったらどうするって言うんですか!? このままじゃ被害が増えていくばかりですよ!」
「それは、そう、だが……!」
ぎゅっと眼を閉じ、無念にうつむく。
だが、そうしている間にも、耳にはあちらこちらから上がる怒号と悲鳴がとびこんでくる。
「あ、ああ……なんて恐ろしいアーク放電……」「ひいいいいい……!」「早く逃げろ! 早く!」「単位の一つや二つ、巻き込まれたら簡単に飛ぶぞ!」「ちくしょお! なんでこんな事にいいいい!!」
うつむいている事にも耐えきれず、男はやがてゆるゆると顔を上げた。
そして、改めて、目の前に広がる光景を見る。
いくつもの建物が崩れ、地面は穴と亀裂だらけだ。光がまたたき炎があがって、誰も彼もがひどい顔をしている。
血がにじむほど拳を握りしめる男に、立場的には部下である少年が進言を続ける。
「……単位を叩き落として、暴れる彼らを退学にするしかない。それしか、もう手はないでしょう」
「………………わかって、いる」
そうしなければいけないなんて、頭ではとっくに理解していた。ついてこなかったのは心だ。
しかし、もうそんな事を言っていられる状況ではない。腹を決めなければ。
無念さに唇を噛みしめながら、男は仲間であったはずの学友たちに向け、その手を掲げる。
力ばかりを求めてきた、その報いがこれだと言うのなら、なんと愚かだったのだろう。
そんな風に、己を強く呪いながら。
【もし工学系学生が異能力を専門分野ごとに使えたら】
ある晴れた、うららかな春の日。
「あ~、やってるやってる」
中庭にやってきた少年は、呆れ気味につぶやいた。
芝生とタイルで地面が整えられたここは、学内憩いのスペースである。
しかし今は、見るも無惨。
「オラオラオラオラ!」
柄の悪そうな茶髪の男子学生が、中庭の真ん中で吠えている。
彼が指をさし示す先で、次から次へギュインギュインと、芝生やタイルに穴が空いていく。
整備されていたはずの中庭の地面は、どこもかしこも穴だらけだ。
「逃げてばっかか腰抜けェ!」
「……ふん! 当てられない自分の低レベルさを嘆け!」
茶髪男子学生の挑発に、負けじと煽り返したのは、眼鏡を掛けた真面目そうな男子学生。
眼鏡男子学生は、茶髪男子学生の周りをひたすら駆けずり回っている。なかなか身軽だ。
「……好き放題してくれちゃってまあ」
茶髪男子学生、眼鏡男子学生。暴れる二人と荒れる中庭。
そんな光景を見て、ため息一つ。
「で、これ、俺が止めんのか」
中山高専三年生・城東京一郎はぼやいた。着込んだパーカーのポケットへ両手を突っ込み、もう一度ため息。
すると、隣から凜とした声が返ってくる。
「そのために来たんでしょう、お仕事です、お仕事」
澄まし顔で言う少女は、暁紅葉。学年は二年生だ。
言動に似合いの生真面目な表情が印象的だが、顔立ちそのものは可愛らしい。ポニーテールにまとめられた彼女の髪が、吹いた春風に揺れた。
「聞いた話じゃ、もめてるあの二人はそれぞれ機械科と建築科だってんだよな? だったら俺たちじゃなくて、ここは同じ機械科と建築科のヤツらに任せるというのは」
「だめです。問題を起こしているのが自分たちとは違う科の学生であっても、それは関係ありません。私たちは今、学生会執行部としてここに来ているのですから」
京一郎は化学科、紅葉は電気科の所属。
そして彼女が今言ったように、二人はそろって学生会執行部という学内自治組織にも籍を置いている。
揉め事が起きたとの連絡を受け、鎮圧にきたのだ。
「わかってる、お前が正しいよ。……ところで、あの茶髪の方がやってるのは効果型の拡張顕現だよな? なんだっけ、穴空けるって」
「ボール盤ですね。ドリルで穴空ける工作機械。電気科でもたまに使いますが、本職はやっぱり機械科です」
ボール盤、化学科の京一郎には縁のない機材だ。
「てことは、茶髪が機械科の奴か」
「ですね。……でも、粗い顕現です。ちゃんと万力まで出せば相手の動きも止められるのに」
呑気に話す京一郎と紅葉の前、眼鏡の男子学生は茶髪男子学生の攻撃を避け、走り続けている。
額には汗がにじんでいるが、表情は冷静。
そして、彼の足運びは奇妙なほどに規則的だった。
「……眼鏡の方は建築科なんだよな?」
「はい、そのはずです」
(ふうん……、なるほど)
紅葉に確認をとり、京一郎は胸中、納得の声を上げる。
眼鏡の男子学生が何を狙っているのか、わかったからだ。
(いや、建築科っつうか、どっちかっていうと土木科の技なのかもしんねえけど……。ここは屋外だもんなあ)
本来、建築科は建築物の中で戦ってこそなのだから。
なんて考えていると、隣の紅葉がくいくいとこちらの腕を引いてきた。
「建築科の彼、ずっと逃げているみたいですが、これは勝負になっているんでしょうか」
「まあ見てろって」
彼女は事態をまだ予想できていないらしい。京一郎がそう返すと、紅葉は相変わらずの生真面目な声をあげた。
「……いえ、いえいえ、見てろじゃなくて京一郎! 止めなくては!」
「待った待った、そう焦るな」
紅葉をなだめながら、京一郎は茶髪の機械科生と眼鏡の建築科生、二人の戦いを見つめる。
タイミングを逃さないために。
「……だあー、ダリぃ! いつまで逃げる気だよおめえ!」
膝に手をついて、茶髪の機械科生が言う。中庭を蹂躙していた掘削が止んだ。
すると、建築科生がようやく立ち止まった。手を機械科生に向かってかざす。
「安心しろ、丁度終わったところだ」
「は? 何が?」
「下準備が、だ」
その言葉の直後、突然鉄の骨組みが地面から生え、茶髪の四方を囲んだ。
「あ? ……なんだと!?」
続いて木の板も現れ、同じく四方をふさぐ。骨組み、木板の高さは茶髪の胸元程度だ。
「型枠の具現型拡張顕現!? 馬鹿な! こんなに素早く!?」
「そのために、逃げ回ってやっていたんだ! ……歩測をしながらな!」
眼鏡をくいっと上げながら、建築科生は判決を告げるような声音で解説する。
「つまり超簡易とはいえ、この場所はすでに俺の測量済みテリトリー! 型枠の施工も当然スムーズだ!」
「……ク、クソッ! テメエ、ハメやがったな!」
己の不利を聡ったか、茶髪が骨組みと木板を乗り越えようとする。しかし、運動不足なのか、その動きは鈍い。
インドア派の多い高等専門学校の学生――高専生としては、これはまったく珍しくない部類の人間だ。あれだけ走り回っていた建築科生の方が、やや異常なタイプだろう。
「逃すか! これで終わりだ!」
建築科生が指を音高く鳴らすと、機械科生の頭上へ灰色の液体が現れ始める。
どんどんとその量を増やしていくそれは、生コンクリート。
「これを流し込み! 打設してやる!」
「ち、ちくしょおおおお!」
型枠という名の、鉄の骨組みと木板でできた檻。機械科生が閉じ込められたそこへ、今にも生コンクリートが降り注がんとする……、
「はいそこまで」
その瞬間。
「材料生成《硝酸カリウム、硫黄、木炭》」
機械科生と建築科生の中間点あたりの位置、高さは頭よりも少し上のところへ、淡い光とともに黒い粉末が出現する。
京一郎が呼び出した物体であるそれは、非常にポピュラーな構成の――。
「反応」
爆発物である。




