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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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87.長蛇作戦 影との決着

二二〇三年一月一日 一九一八 OTU中層 居住区


影は、青年が通るであろう道路のガードレールにワイヤーの端を結び付け、静かに待った。

一分、二分、三分と時間が経過していく。

もう通過しても良い筈だが、未だに青年は来なかった。

影は、待つことに慣れていた。一時間や二時間程度、同じ姿勢で待機する事なぞ造作も無かった。

逆にそれが裏目に出た。

不意に右の太腿に衝撃と激痛が走り、照明の下へと身体が放り出された。空中で右の太腿が外へ曲がっているのが視野に入った。間違いなく大腿骨が折れた。

地面に叩きつけられて、ようやく身体が止まった。鎮痛剤が効いているせいか、痛みは感じない。

右腕を失い、右足も動かない不自由な体で、かろうじて元居た場所へ視線を向けると軍服姿の青年が立っていた。

気配は一切感じなかった。今、初めて、青年に背後を取られていた事に気が付いた。

青年の顔は、端正で整った顔立ちだった。愛嬌もあり、可愛らしさと云うのも感じられた。恐らく女性に好印象を持たれる部類の人間だろう。

しかし、そこに貼り付いている表情は、長や師匠からも感じたことが無い凄みがあった。

悪鬼、狂気、そして、死が、抜身の日本刀に絡みついているかの様な、絶対零度の寒さを影に感じさせた。

―これが恐怖か。逃げろ。逃げろ。逃げろ。くそ、この体では、走れない。立てない。ならば、ダストシュートに落ちるか。だが、近くに無いか。…ならば。…戦う、しかないのか。―

影は、一瞬、生を渇望した。今までの人生で生を渇望した事など無かった。修行で死を受け入れる事に疑問を感じなくなっていた。

それなのに、青年を見ただけで死から逃れたくなった。しかし、青年からの死を恐れるのではなく、青年を絶対に斃さなければならないと経験則が、戦う事を影に強いた。

影は左手を振り回した。左手首に巻かれた革ベルトから細いワイヤーが繰り出され、青年の首へと延びていく。

青年は、胸のナイフを閃かせ、空中のワイヤーをあっさりと切断した。

―な。ワイヤーが見えただと。そして、空中で切断。馬鹿な。そんな曲芸ができるものか。―

影は、自分の目が信じられなかった。だが、現実は受け入れるしかない。

青年は、悠然と間合いを詰めてくる。勝利を確信している様だ。

―その余裕、壊す。―

影は、口に含ませていた針を青年の目に向けて吹き付ける。

だが、青年は全ての針をナイフで叩き落とした。その動作は、ナイフがあるところへ、針が吸い込まれている様な錯覚をおこすものだった。

―考えが、読まれている。ならば。―

影は左手を腰のリングに手をかけた。

青年の歩みは、止まらない。近づく程に凄みが増していく。青年が一メートルまで迫った処で、影は腰のリングを引き抜いた。

―我の人生終了まで、残り四秒か。―

影は静かに目を閉じた。


静かだった。何も感じなかった。

―これが死後の世界か。―

影は、ゆっくりと目を開いた。

視界は、先程と一切変わっていなかった。影は、地下都市の路上に転がっていたままだった。

―おかしい。腰の手榴弾のピンを抜いた筈。なぜ爆発しない。ピンを抜き損ねたのか。―

影は、抜いた筈のピンを確認する為、左手を眼前に持ってきた。顔に温かい液体が降りかかる。それは、口の中に入り、鉄の味がした。

ある筈の物が無かった。左手の指が、親指以外全て無かった。綺麗な断面からは骨が見え、そこから血が流れ続け、影の顔を真っ赤に染め続ける。

体が言うことを聞かないため、無理やり首を傾け、腰の手榴弾を見た。安全ピンは刺さったまま、周囲に影の指が散乱していた。

―あの一瞬で指を切り落したか…。勝てぬ。殺せぬ。そして、…死ねぬか。―

影は悟った。生きるも死ぬも全てこの青年次第であることを。自ら舌を噛んで死ぬことすら、許されないだろう。

圧倒的な技量。そして戦闘経験。二人のこの差は埋めがたい程に深い。抱いていた恐怖は限界を突き抜け、達観してしまった。

影は、ゆっくりと上半身を起こし、全ての活動を放棄し、自身の行く末を青年に託した。


二二〇三年一月一日 一九三九 OTU中層 居住区


小和泉は、影が戦意を消失した事を理解した。だが、油断はしない。

起き上がりつつある敵の姿は、人型でボロボロの黒い貫頭衣を身に着けていた。特筆すべきことは、四肢が異常に長かった。通常の人間より約三十センチは長かった。

顔を見たかったが、髪の毛は生まれてから一度も切ったことが無いかの様に長く延び、表情を隠していた。何よりも血塗れの顔では、髪が無くとも表情を読みにくいだろう。

髪と貫頭衣のせいで年齢と性別の判断が、つかなかった。だが、体格的に男であることは予測していた。

小和泉の目には、狼男にも兎女にも見えなかった。手足は極端に長いが、人間であることを確信していた。

「もう戦わないのかな。ちょっと期待していたんだけどなぁ。」

「勝負は決まった。一つだけ知りたい。何故、待ち伏せが分かった。」

影の声は、若い男の声だった。右腕と大量の血を失い、死の淵を漂う者だが、その口調はしっかりとしていた。そして、言語も明瞭な日本語だった。

敵が、人間であろうと考えていた小和泉は、意外とも思わなかった。

「やっと、口を開いてくれたね。どんな心の変化なのかな。」

「埋められない力の差、実感する。我、自爆阻止される。勝つ手段無し。ならば、生殺を委ねるのみだ。」

影は、淡々と感情が無い言葉で語る。

「あ、そう。で、君らは誰なのかな。」

「我、何者か知らず。」

「じゃ、名前は。」

「我、名前を持たず。」

「この地下都市には何人住んでいるのかな。」

「我、関知せず。」

「君の所属は。」

「我、防人なり。」

「防人は何人いるの。」

「我、知らぬ。」

この後も小和泉と影との淡々とした会話は続いたが、収穫は無かった。

影の気配や呼吸から、嘘をついていないことは明白だった。ゆえに小和泉は、再度問い質すことや、拷問の類を一切しなかった。

敵は、人間であり、防人という組織であることだけが判明した。

明確な敵の姿を知るのと知らぬのでは、大きな違いがある。戦法を人間の思考に当てはめるか、月人の思考に当てはめるか、この考え方の違いで大きく変わる。

また、精神的に見えない敵を相手にする事は、非常につらい。正体不明の敵と戦うことは、巨大なストレスと戦うことに匹敵する。それが解消されるだけでも兵士の負担は軽減される。

だが、狂犬と呼ばれる小和泉には、その様な状況すら楽しむ精神的な余裕を持っている。

一般人なら苛立つ様な今の会話すら、小和泉は楽しんでいた。


地下都市KYT以外の人類との初めての接触と会話。これは歴史に残る様な邂逅だった。

ゆえに小和泉は、広い心で話を続けられたのだった。

しかし、この会話も終わりが近づいてきたことを小和泉は感じていた。

「我の質問には、答えてくれぬのか。強者よ。」

「待ち伏せに気付いた理由だったよね。」

「そうだ。」

「簡単だよ。それだけ血の匂いを纏わせていたら気付くよ。」

「これは迂闊。冷静ではなかった様だ。鎮痛剤の飲み過ぎか。防人失格。では、おさらば。」

そういうと影は、路上にゆっくりと崩れ落ちた。小和泉は、頸動脈に指をあて、脈を探る。反応は無かった。

「さてと。成果は二点。敵は人類。名前は防人。情報らしい情報じゃないね。」

小和泉は、影の死体を漁った。貫頭衣の下は何もつけていなかった。綺麗に割れ、盛り上がった筋肉が、影の修練にかける情熱を感じさせた。

貫頭衣を押さえる腰ひもには、短剣と手榴弾が一つ括り付けられていた。左手の手首には、革製のリストバンドが巻かれ、中にワイヤーが仕込まれていた。持ち物はそれだけだった。

小和泉は、手榴弾の爆発の可能性を考慮し、慎重に腰紐から取り外した。

杞憂だった。何も罠は仕掛けられていなかった。手にした手榴弾を野戦服に安全レバーを引っかけた。

―何かに使えるかな。―

血を流し過ぎて、失血死した影をその場に残し、小和泉は歩み始めた。

「さて、次は何かな。」

アクシデントが起こる事を子供の様に楽しみにしていた。

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