62.第二十五次防衛戦 反攻開始
二二〇二年十一月二十五日 一三四九 KYT 特科隊第二控室
鹿賀山達は第二控室に籠城し、迎撃準備を終えた。しかし、未だに敵影は見えず、総司令部からの命令も発せられない。
「このまま、待機だけをするのは時間の無駄だな。籠城するか、打って出るか。他に何か意見を。」
鹿賀山は、司令部要員に意見具申を求めた。鹿賀山の中では、結論は出ている。だが、さらに良い案があるかもしれない。部下の意見を聞くことも上官として重要な役目だ。
「籠城を提案致します。防御力の向上が急務だと考えます。」
副官であり、次席階級の東條寺が一番に意見を出した。
「本官は、出撃を具申致します。基地内の月人を各個撃破致しましょう。」
参謀の一人が対案を出してくる。
「各個撃破されるのはこちらでは無いのか。敵は何処にいるのだ。」
「通路を進めば、いやでも敵に遭遇する。後はこちらの圧倒的な火器で蹂躙すれば良い。」
「それでは、遭遇戦になるではないか。我らの火器は、中距離以上必要だ。白兵では役に立たぬ。」
「籠城では、囲まれてしまえば逃げ場は無い。それこそ、白兵戦になるぞ。」
「籠城戦の準備をしても問題は無い。出撃命令が出た時にこの第二控室を放棄すれば良い。」
「そうだ。その方が良い。総司令部の命令無しに動くことは許されない。」
「命令が発せられるまでに敵が攻めてきた場合、ここの扉やシャッターでは、防壁としての効果が期待できないが。」
「ならば、少しでも第二控室の防御力を上げれば良い。今から扉とシャッターを予備の装甲で塞げばよい。幸い我が隊には整備兵が所属している。彼らならば、良い仕事をしてくれるはずだ。」
その言葉を最後に沈黙が続いた。
特科隊の司令部は、風通しが良かった。階級や先任に囚われずに意見交換が活発に行われる。司令部の作戦一つで兵士の生死が左右されるのだ。些末な事により貴重な戦力を失うことを恥じていた。その参謀達が沈黙をするということは、これ以上、建設的な意見がでないことを意味していた。
「では、意見は出尽くしたと判断する。
特科隊は、籠城戦を行う。防御陣地の構築を開始する。問題は無いか。」
鹿賀山の視線が司令部要員の顔を一巡し、最後に東條寺のところで止まった。
「問題無いと判断します。」
東條寺は、よどみなく答えた。
「では、作戦開始。」
『了解。』
鹿賀山の決定に司令部全員が返事をし、反対意見の者も即座に頭を切り替える。
「整備班に達する。出入口を封鎖し籠城する。なお、出撃命令にも対応でき、なおかつ出入口の防御力を上げよ。方法は任せる。」
鹿賀山が無線で二号車と三号車に分散して乗車する整備班に指示を出した。
「了解。突貫します。」
整備班班長が無線で答える。無線の背後からは整備員達の慌ただしい動きが聞こえてきた。
―さて、この判断は正しかっただろうか。―
鹿賀山には一抹の不安が残っていた。
小和泉が言っていた隻眼の鉄狼だ。
―もしも、隻眼の鉄狼が現れた場合、通常の部隊では対応できないであろう。特科隊、いや、小和泉でなければ対応できない。そして、小和泉が次に勝てる保証は一切無い。―
不安要素を考えれば考える程、増えていく。
だが、表情には一切出さない。
後は、臨機応変に対応していくだけだ。
二二〇二年十一月二十五日 一四〇七 KYT 日本軍総司令部
地下基地内に敵が侵入してから約一時間が経過していた。
ようやく総司令部は、収集された情報を元に反撃作戦を開始しようとしていた。
その初動の遅さに日本軍総司令部総司令の七本松徳正元帥は、苛立ちを感じていた。
しかし、日本軍の最高責任者である七本松元帥は、感情を出さず、静かに司令部要員の動きを睥睨していた。
今年五十五歳になり、七三分けをしている髪も真っ白になってしまった。月人との恒久的な戦争に心労が溜まっているのかもしれなかった。
ストレスの発散を兼ね、毎朝の柔道の稽古を欠かしたことは無い。その為、中年太りなどとは縁は無く、柔道家体型のがっしりとした肉体を保持していた。
―敵に基地及び都市内部に侵入されたのは、戦争初期の頃ではないだろうか。私の代で侵入を許すとは情けない。機械警備に重点を置き過ぎたか。さて、誰に責任を押し付けるべきか。―
七本松の頭の中では、終戦処理に動いていた。候補として政敵、無能者、敵対者の顔が幾人か浮かんだ。
―こんなことならば、徳忠を生かしておけば良かったか。いや、死んだ無能者は忘れよう。現実の対応が必要だ。―
帰月作戦で戦死した分家の七本松徳忠のことを一瞬思い出したが、すぐに忘れさった。これが徳正が徳忠の事を思い出した最後だった。
「閣下。作戦案であります。」
作戦参謀の一人が作戦案を表示した端末を差し出してくる。冒頭の概略だけを読み、すぐに承認のサインをした。
優秀な作戦参謀達が考えた作戦だ。七本松元帥が一人で考えた作戦よりも優れていることは間違いなく、却下するべき要素は無かった。
「すぐに実行したまえ。」
「はっ。作戦開始致します。」
参謀は敬礼を行い、作戦の開始を宣言した。
―敵の排除は時間の問題だ。後は、行政府への説明か。これも作戦終了後に参謀共に考えさせよう。―
日本軍は、七本松家に独裁されていた。
しかし、私心や保身が無い者が七本松家の当主になるという家訓だけが、日本軍の私物化を防いでいた。
独裁と言えば、悪いイメージがまとわりつくが、優秀な人材が独裁を行うに限り、当てはまらない。周囲に優秀な人材を配し、その意見を汲み上げ、正しい判断を即座に下し、実行できることは長所である。
民主主義では決定に時間がかかったり、実行できないことも命令一つで処理できる。
もちろん独裁には、危険がはらんでいる。独裁者が無能や私欲にまみれた者であれば、即座に恐怖政治へと切り替わる諸刃の剣だ。
―日本の歴史を見れば、独裁者による政治が大半を占める。無能な独裁者により変や乱、そして維新は何度も起きているが、自浄作用によりその独裁者は何かしらの形で排除される。本当に稀有な民族だ。―
七本松徳正は、自分の立場が危ういものであると自覚していた。
月人は、何時攻めてくるか分からない。その為、日本軍は即断即決できる組織でなければならなかった。
現状、日本軍の独裁は良い方向で進んでいることも自覚していた。
承認した作戦書を七本松は、端末に呼び出した。
状況が整理され地下都市KYTの地図は、占領区画は紫に、交戦区画は赤色に、状況不明区画は黄色に塗り潰されていた。
紫が一割、赤が二割、黄色が三割を占めていた。つまり地下都市KYTの居住区の半分が、すでに月人の影響下にあると言っても差し支えなかった。
まずい状況だった。しかし、KYTの運営を支える行政府、工場区、研究区は襲われてはいない。大半は民間人の居住地区だった。地下都市を維持するには、どうしてもマンパワー、つまりある一定数以上の人口は必要だった。促成種をいくら集めようと生殖能力が無い彼らは、一代限りの存在で使い捨ての歯車に過ぎなかった。やはり自然種の確保が重要だった。
そうでなければ、未来を考えた時に促成種だけの人類など、人間という生物としての寿命が終わり、絶滅することになる。
促成種に生殖機能を持たせることを初期には行っていた。しかし、無理な遺伝子改変により、流産の確率が五割、生まれたとしても遺伝子的欠陥を持つ者が三割、成人する前に死亡する者が二割だった。
つまり、促成種から生まれる子供は、成人にはなれないのだ。
そうして、促成種から生殖機能は、外されてしまった。
七本松は、防衛戦終了後を考えると頭が痛かった。民間人の居住区に多大なる被害が出ているのは間違いない。しかし、今回上申された作戦要綱は、重要拠点の防御及び侵入口の閉鎖が最優先だった。
―さて、民間人にどれだけの被害が出ることか。今は静かな行政府よりどの様な叱責をうけることだろうか。―
七本松徳正は、地図の色の移り変わりを静かに見つめ続けていた。




