46.第二十四次防衛戦 大広間探査
二二〇二年十一月十八日 〇六一三 KYT 深層部S区
「探査機で大広間を〇六三〇探査開始。中の情報を可能な限り拾う。中に居るのは、月人か司令部かをハッキリさせる。同時に月人の侵入口も探せ。
月人がいる場合は、司令部は壊滅していると判断し、総攻撃をかける。
月人が無く、司令部健在であれば、そのまま合流する。
第三勢力がいる場合は、交渉次第だ。交渉は、菱村大尉に一任した。
探査準備開始。質問は後だ。かかれ。」
小和泉は、誤解を挟む余地が無い様に普段と違う口調で命令を下す。探査担当の第二分隊は即座に動き出した。
「地中探査機への充電開始致しました。終了予定〇六二三です。
〇六三〇、聴音探査。〇六三一、電磁波探査。〇六三二、超音波探査。実施でよろしいでしょうか?」
桔梗が小和泉に確認を入れる。
「いいよ。探査機を地面に打ち込んで。」
「了解。打ち込み開始。」
桔梗の命令と同時に、舞と愛が的確にコンソールを操作する。
装甲車後部に格納された探査機二種類が地面に下降していく。
直径五十センチの円盤が地面に接触すると停止し、もう一台の探査機の千枚通しを束ねた様な探査芯が地中に潜っていく。
「探査機、準備完了。〇六三〇まで待機します。」
桔梗が小和泉に探査の準備ができたことを告げた。
「菱村大尉、準備できました。〇六二九から〇六三四まで全隊に無音待機をお願いします。」
小和泉が菱村に探査の準備ができたことを裏無線で報告した。
「全隊、指示あるまで無音待機だ。無音待機、今。」
菱村の命令が帰月中隊全員に伝わる。
まだ、五分以上自由にできるにも関わらず、さっさと無音待機に入ってしまう菱村の割り切りに小和泉から苦笑いが漏れる。
「桔梗。時間に関係なく始めていいよ。」
「了解。即時探査開始します。」
小和泉の指示に桔梗が返答し、実行する。
「秒読み開始。五、四、三、二、一、今。」
「聴音探査開始。受動ソナー正常作動。受音中。音響データ記録完了。
電磁波探査開始。電磁波発射。規定出力による発射確認。第一波反射確認。反射継続中。電磁波データ記録完了。
超音波探査開始。規定出力による発信確認。第一波反射確認。反射継続中。超音波データ記録完了。
無音状態解除可能です。複合解析、開始します。」
舞が作業を一点ずつ報告し、愛が作業を補助する。実戦二回目となると第二分隊の連携も滑らかになってきていた。
「菱村大尉、探査完了です。無音待機解除していただいて問題ありません。」
「全隊、無音待機解除。次の指示があるまで警戒待機。」
菱村が了解の代わりに全隊への解除指示を出した。あとは、探査情報の解析を待つだけだが、解析には十分以上かかる。
「桔梗分隊長、解析結果の確認をお願い致します。」
舞が桔梗へ解析が終わったことを報告する。
「分かりました。確認します。」
桔梗が目の前のコンソールを操作し、解析結果を確認する。舞と愛は、同じ失敗は繰り返さなかった。今回の解析結果は、クリアに出ていた。調整の必要は無かった。
「隊長。解析完了です。ご確認下さい。」
桔梗が解析結果に満足し、小和泉の判断を仰ぐ。
小和泉は解析されたデータとワイヤーフレームをモニターに表示し、閉ざされた大広間の現状を予測した。
「桔梗の報告を聞こうかな。」
小和泉は、自分自身の解析に間違いないか、他者にも確認することを習慣としていた。
「はい、床面が硬質ではなく軟質に変わっており、多数の足音が確認されております。
これは床一面に死体が広がり、その上を戦闘による勝者が闊歩していると考えます。その数、百弱です。足音が軍靴より微弱ですので素足と考えるのが妥当です。
人語は、全く聞き取れません。
また、大広間南側天井付近に直径一メートルの穴を確認。KYT外部へと延びる地下道の存在を発見。地図データに該当するものはありません。
上記を勘案しますと、天井より侵入した月人と日本軍の増援が交戦し、月人が勝利。現在は、進攻ルートを検索中だと判断致します。
舞曹長、愛兵長。補足はありますか。」
桔梗が舞と愛に確認を取るが、二人とも「ありません。」と返答するだけだった。
小和泉の判断と桔梗の報告は一致した。
「その判断で間違いないかな。」
小和泉は、解析結果に間違いないと判断した。
「解析結果は、以上です。菱村大尉。」
小和泉は、無線で状況を説明した。
「そうか。中には月人が百匹か。まだ、そちらの方が戦いやすいな。」
菱村は予測していたのか、落ち着いた声だった。
「はい、同感です。」
「ところで狂犬よ。悪い知らせだ。」
「何ごとでしょうか。」
「大扉の操作盤が壊れているそうだ。戦闘中の流れ弾が当たったか、意図的かは分からんがな。」
いつの間にか、菱村は調査隊を派遣していた。小和泉の想像通り、使える上官の様だった。
―鹿賀山の駒に良いな。生きて帰ることが出来れば、鹿賀山に紹介しよう。俺以外にも手駒が増えれば、鹿賀山の発言権が拡大できるだろう。それに俺以外の動ける駒が居れば、俺自身、楽が出来るしな。―
小和泉は、帰月中隊に派遣され、貧乏くじを引いたと思っていたが、逆に良い拾い物があり、派遣されて良かったと思えるようになった。
「では、開かないのですか。」
「いや。開くのだが、一度開けば、全開のままになるそうだ。つまり、閉められない訳だ。面倒なことになったな。狂犬よ、何かアイディアはあるか。」
菱村が小和泉へ尋ねてくる。
小和泉は、頭脳労働をしたくなかったが、前回と違い、今回は心当たりがあった。
だが、使えるかどうかは分からないものを提案することはできない。
「ありません。特科隊でも検討致します。」
「そうか。こちらでも検討する。お互いに名案が浮かぶことを祈る。」
「了解。作戦検討に入ります。」
小和泉は無線を切り、保険の効果がある事を信じたかった。
「聞いての通り、作戦を提案しなくちゃいけない。まずは朝食を摂りながら、会議をしようか。鈴蘭、皆に糧食を配ってくれるかい。」
小和泉は、この中で最も低い階級である上等兵の鈴蘭に命令をする。
「了解。配給、開始。」
鈴蘭が食料庫から人数分の戦闘糧食を皆に配布する。階級を気にしない菜花は、戦闘糧食を受け取った瞬間に封を開け、噛り付いた。その姿を見て舞は眉間に皺を寄せ注意しようとしたが、言葉を飲み込んだ。
―小和泉中尉の隊です。中尉が何も言わないのであれば、沈黙を保ちましょう。ようやく、私を理解しようとしてくれる上官に巡り合えたのです。ここは、中尉の方針に従いましょう。―
舞は、自分が小和泉の洗脳下に落ちつつあることへの自覚は無かった。
小和泉はその仕草を見て、自分の支配下に舞が落ちることを確信し、一瞬にやけた。その瞬間、左右の脇腹に小さな痛みが走った。
見ると桔梗と鈴蘭の手が、器用にも複合装甲の隙間から脇腹をつねっていた。
ほんの少しでも殺気があれば、小和泉に触れる事などできないのだが、愛情の籠った仕草には、どうしても無防備になってしまう。
「桔梗、鈴蘭。痛いんですけど。」
「どこか、車内で体を打たれましたか。」
「痛み止め、いる。」
二人は手を離し、とぼける。
「いえ、何でもないです。」
「ところで隊長。何か腹案をお持ちのようですね。」
桔梗が真面目な表情にて問う。一緒にいる時間が長い桔梗は、小和泉の些細な表情の変化を読み取っていた。
他の者もその答えを知りたかったのだろう。小和泉に視線が集中する。お遊びの時間は、終わりの様だった。




