35.〇二一一一七作戦 撤収
二二〇二年十一月十七日 一三五一 KYT郊外北西十五キロ地点
地中探査で解析されたデータが鹿賀山のモニターに表示されていた。
ワイヤーフレームで描かれた地下空洞に赤い点や青い点などが幾つも表示される。
脅威となるのは赤い点だった。人間か月人のどちらかを示している。
青い点は岩石などの障害物だ。
赤い点の数は、百体を切っていた。それに地下洞窟もロケットの破壊により寸断され、孤立している。これ以上、月人が地表に現れ、脅威になる恐れは無いと判断できた。
念の為、鹿賀山は東條寺の考えを確認した。指導は今も続いていた。
「東條寺少尉、君の意見を聞かせてくれ。」
鹿賀山の隣で肩を付ける様に同じモニターを覗き込んでいた東條寺へ鹿賀山は声を掛けた。
「はい、そうですね。洞窟の寸断。そこにとり残された月人。敵勢力は地下に孤立したと考えられ、地表に影響を及ぼす可能性は低いでしょう。この状況であれば、一号目標が現れる可能性も非常に低いと判断致します。
即座に撤収可能と考えますが、足の速い装甲車は念の為、最後まで残します。渋滞の可能性を考慮し、地下都市に近い歩兵部隊から順次撤収させます。」
東條寺は、よどみなく自信をもって答えた。
「私も同じ考えだ。その手順で撤退を即座に開始。」
鹿賀山の懸念は、無駄で済んだ。本拠地が攻撃されている現状でも落ち着いて正常に判断を下していた。
「了解。撤収を開始します。司令部各員、KYTに近い歩兵部隊から順次撤収。KYT受け入れ時に渋滞が起きぬ様に時差を考慮して下さい。足の速い装甲車はしんがりを務めます。司令部は最後の歩兵部隊、撤収と同時に撤収を開始し、KYT防衛戦に備えます。装甲車は、不測の事態に備え警戒を厳にして下さい。」
東條寺が詳しく第二大隊司令部要員に伝える。即座に皆が動き出し、各隊へ無線や戦術ネットワークを介し撤収命令を出していく。
鹿賀山と東條寺は、次々に更新されていく戦闘詳報を見つめ、不具合や不測の事態が起きないか監視を始めた。
二二〇二年十一月十七日 一四〇一 KYT郊外北西十五キロ地点
小和泉の特科隊にも撤収命令が戦術ネットワークを介して下りた。
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発 第二歩兵大隊司令部
宛 第一特科小隊
貴隊は、全歩兵部隊撤収予定の一五三〇にKYTへ撤収を開始せよ。
KYT到着次第、日本軍総司令部の指揮下に入り、第二歩兵大隊の指揮下を離れるものとする。
なお、特科小隊司令及び第三分隊は、第二歩兵大隊司令部と行動を共にする。
今後は小和泉小隊長の指揮により第一分隊、第二分隊は行動されたし。以上。
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どうやら鹿賀山達とはここで分かれることになった様だ。
原因はハッキリとしている。第二大隊の司令を営巣送りにした為だ。
その穴埋めをできる人材は、鹿賀山しか見当たらなかった。鹿賀山の自業自得だろうと小和泉は頭に浮かんだ。
「ふむ。この命令書ならば、二人増えたけど、狂犬部隊こと1111分隊の復活だね。舞と愛は、狂犬部隊についてこられるかな?どんな噂を聞いているんだろうね。」
小和泉が舞と愛を茶化す。
「は!皆様について行くべく、白兵戦もこなせる様に一年間訓練を積み上げました。頑張ります。」
舞は真面目に立ち上がり、敬礼を送る。
「足手まといの場合は、お切り捨て下さい。一年前に無くした命です。小和泉中尉のどの様なご指示にも盲従致します。」
愛も気をつけをし、お手本の様な敬礼を送ってくる。
小和泉達古参は二人の様子を見ると四者四様に笑うが、桔梗だけが浮かない表情を一瞬浮かべた。
―愛兵長は、自分が言った言葉の意味が分かっているのかしら?錬太郎様に盲従するなんて恐ろしいことを。―
桔梗が小和泉に視線を送ると予想通り、二人の忠誠度の高さを利用する悪巧みによる笑みを浮かべていた。
桔梗は、二人の余りにも硬すぎる思考パターンと小和泉の欲望の笑顔に苦笑した。
菜花は、何も考えず率直に二人の熱意が気に入り、装甲車を震わす様な大声で笑った。
鈴蘭は、小和泉にもて遊ばれる二人の未来を予測し、憐みの笑みを口許に貼りつかせていた。
これから、一万人対十万匹の圧倒的不利な防衛戦に赴くにもかかわらず、朗らかな雰囲気が小隊を包んでいた。
悲壮感に沈んでも戦況が良くなるわけではない。どんな状況でも、常に明るく行動するのが、旧1111分隊の方針であり、個性だった。
二二〇二年十一月十七日 一六三八 KYT 南部戦線
小和泉達は予定通り撤収し、日本軍総司令部の命令により南部戦線の第三線に配備された。
最前線が前衛、第二線が中衛、第三線が後衛であり、その背後には地下都市KYTの外壁しかない。つまり、南部戦線では地下都市屋上に展開する砲台陣地に次ぐ安全圏に特科隊はいた。
特科隊は、ロケットが無くなれば、通常の歩兵と変わりはない。白兵戦が得意であるため、最前線の塹壕に送り込まれるものだと小和泉達は考えていた。
しかし、温存している二発のロケットの使い道を総司令部は模索している様だった。そうでなければ、第三線に特科隊を置くのは宝の持ち腐れだろう。
現在、装甲車用の塹壕陣地に装甲車を乗りつけ、装甲車の機銃を榴弾モードにて菜花が撃ち続けている。第三線からでも装甲車の機銃であれば、二キロ以上距離があっても十分に敵を討ち滅ぼす威力はある。
さすがに兵士に支給されているアサルトライフルでは、命中させることができても死傷させる威力は無い。ここは大人しく、機銃掃射に任せるしかなかった。
最前線では、アサルトライフルや機銃のレーザー光線が帯の様に月人の黒い群れへ流れ込んでいた。地下都市の屋上に設けられた砲台陣地からの砲撃が月人の群れに穴を空ける。
月人は密集しているので、盲撃ちでも外れる心配は無かった。
多数の月人の死骸が荒野に積まれていくが、月人の動きは止まらない。仲間の死体を平気で踏みつけ、乗り越え、一歩でも近づき、塹壕へ飛び込もうとする。
それを防ごうと味方の銃撃が苛烈だった。だが、銃撃の嵐が突破され、塹壕に飛び込まれる部隊がところどころあった。
月人に蹂躙され、分隊や小隊が消滅し、その場だけポカリと光の奔流が消える。
光が消えた塹壕に向け、砲台陣地から容赦なく榴弾が撃ち込まれる。友軍の生死は問わない。
塹壕に飛び込まれ、銃撃が絶えた時点で友軍の生存は有り得ないからだ。
その為、砲兵隊も躊躇いなく自軍陣地に砲撃ができた。
月人を殲滅し、前線が瓦解しないことを優先するのが日本軍の戦闘規範だった。砲撃終了後には即座に他の隊が補充され、光の帯が復活し、前線を維持していた。
これは幾度も最前線の違う場所で同じ事が繰り返されている光景だった。特別な事ではなかった。
月人は損害等を全く気にしていない。作戦は無く、突撃あるのみだった。
その為、彼我損害率は一対百に抑えられている。死傷確率で言えば、1%だった。このペースであれば、味方の死傷者は千人未満に留まる。月人殲滅は時間の問題だった。苦戦必至と開戦時には考えられていたが、月人の攻撃は余りにも脆かった。無尽蔵に電力を供給する鉱石イワクラムのおかげでこちらは弾切れを起こすことは無い。ただ、ひたすら引き金を引き続ければ良かった。
将兵の間では、勝利を確信する空気が流れ始めていた。
しかし、戦闘予報に変化は無いままだった。
戦闘予報
防衛戦です。突然の襲撃にご注意下さい。
死傷確率は10%です。




