32.〇二一一一七作戦 二つの司令部
二二〇二年十一月十七日 一一四一 KYT郊外北西十五キロ地点
偵察部隊による洞窟入口付近の安全を確認した大隊は、洞窟の中へと進軍して行った。
地中貫通弾の影響により岩盤が脆弱になっている。一気に大人数が入り込めば、崩落の危険性もあり、小隊単位で五分おきに入洞しているように見えた。
「二一三小隊、洞窟内進行中。敵影見えず。ロケット攻撃により岩盤脆し。これ以上の進軍は危険。」
大隊無線から現場の声が司令部に届く。この点を作戦実施前から鹿賀山は司令部に説明し、洞窟への進攻は不可能であると説明していた。しかし、上層部は地中貫通弾の威力を過小評価し、洞窟進攻を作戦に組み入れていた。
鹿賀山は無理に説得もせず、上層部の意見を聞き入れた。想像力が無い者にいくら口頭で説明しても理解は無理だと悟っていた。実際に見聞きしないと理解できない低能と争う程、鹿賀山は愚かではなかった。ゆえに別の手段をとっていた。
「二一三小隊、明瞭な映像を求む。」
「土埃の為、不可能。天井崩落の危険を感じる。一時下がる。」
「待て、持ち場を離れるな。作戦通り遂行せよ。」
「現状、天井より落石あり。現状待機不可能。」
「命令だ、進攻せよ。」
「おおっと、目の前で洞窟が崩落。進攻不能。外に出る。」
「映像を出せ。撤収の諾否は司令部が行う。」
「司令部、もう一度言ってくれ。崩落後、雑音がひどい。よく聞こえない。」
「映像を出せ。撤収の諾否は司令部が行う。」
「かろうじて撤収の言葉が聞こえた。二一三小隊、了解。撤収を開始する。」
「待て、二一三応答せよ。進攻だ。二一三、二一三応答せよ。」
この後、二一三小隊は無線を無視し続け、洞窟より撤収した。
大半の部隊は、司令部に連絡を取らず、地表へ戻り最前線の各拠点に待機した。
鹿賀山が密かに全中隊長に作戦開始前に正式な作戦命令書を出していたのだった。
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発 〇二一一一七作戦 総司令 鹿賀山清和大尉
宛 第二大隊 全中隊長
洞窟突入後、状況を確認次第、速やかに前線拠点まで撤収せよ。洞窟の崩落は確実である。
大隊司令部より突入命令は出るが、これは無視せよ。特科隊司令部がこの作戦の全権を掌握している。総司令である本官の命令が全てに優先される。なお、軍機により大隊司令部への問合せは禁ずる。特科隊司令部の鹿賀山への問合せのみを認める。
なお、特科隊司令部が大隊司令部より上位権限を有する事は、作戦詳報にて検索可能である事を付記しておく。
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今回の作戦は、あくまで特科隊の実力を知ることが目的である。その為、日本軍総司令部より特科隊司令部の鹿賀山に全権が委任されていた。しかし、小隊の定数にも満たない特別小隊が大隊の上に立つことを良しとせぬ大隊長が全てを勝手に取り仕切っていた。作戦通りに進めている分には、鹿賀山は口を出さない。面倒な用兵を代行してくれるのだ。
それを良い事に大隊司令部は、調子にのり総司令部の命令を忘れ、鹿賀山の指示を無視していた。
特科隊司令部と言えば聞こえは良いが、鹿賀山と東條寺の二人しかいない。大隊を動かすには人手が明らかに足りない。ゆえに鹿賀山は、この様な変化球による命令伝達を行うしかなかった。
無能な指揮官により、優秀な士官や兵士を無駄に失うことは看過できなかった。それにここで彼らの命を救うことができれば、大きな貸しになる。
これが実を結べば、鹿賀山の第二大隊における信頼度と発言権が大きくなることは確かだった。
鹿賀山らしくない大きな賭けだった。もし、大隊司令部の思惑通り洞窟が崩落しなければ、鹿賀山は失脚、いや敵前逃亡の罪により軍法会議で無理やり死刑を押し付けられるだろう。
だが、この一年間何度も実験をし、蓄積したデータから洞窟の崩落は、鹿賀山にとって確定事項だった。
そして、緩やかな振動と地響きが鹿賀山の計算が正しいことを証明した。
地中貫通弾の着弾点を中心に亀裂が生じ、緩やかに地表が陥没し始めた。だが、陥没が始まると崩落するまで数秒もかからなかった。
崩落は半径二百メートルにわたり、深さも三十メートル以上となった。
今までの実験と同じ結果だった。鹿賀山の撤収命令は、無駄にならなかった。これにより第二大隊には洞窟崩落に伴う犠牲者は出なかった。
「大尉、全中隊より損害無しと謝意の報告が着信しました。」
東條寺が装甲車のコンソールを操作しつつ、報告を上げる。
「返信は不要。いや、貴官らの行動に感謝すると返信しておいてくれ。」
「了解しました。」
「あと大隊司令部に繋いでくれ。同時に憲兵隊にもだ。」
鹿賀山は主導権を奪い返しに動いた。
「こちら大隊司令部、何だ大尉。こちらは情報収集と救援準備で忙しいのだ。」
参謀の一人が苛立ちながら鹿賀山の無線を受けた。
「総司令の鹿賀山です。救援準備は不要です。特科隊司令部より正しい情報を送信します。」
「は?救援不要とは友軍を見捨てるつもりか、貴様!」
「貴官こそ、総司令に対しその口調はなんだ。査問にかけるぞ。」
「は、小隊司令が何を言っている。こちらは大隊司令部だぞ。大尉ごときの命令は受けん。」
「私は総司令である。日本軍総司令部の命により第二大隊も指揮下においている。作戦前の打ち合わせを忘れたのか。その総司令である私が命令をしているのだ。指揮下に戻れ!」
「は、たかが二人きりの司令部で何が総司令だ。聞く耳持たんな。」
「では、貴官を抗命罪で拘束する。憲兵隊、その者を拘束せよ。」
「総司令殿、了解致しました。日本軍法に基づき拘束しました。」
「御苦労、では大隊長に無線を繋いでもらえるかな。」
「はい、ただちに。」
無線の向こうでは、慌ただしい気配が感じ取れた。
「鹿賀山!クーデターを起こすつもりか!」
大隊長は無線のスピーカーを割りそうな位、大音量で叫んだ。
「大隊長、命令違反は大隊司令部です。総司令部より今回の総司令は、本官が任命されております。作戦前に辞令をお見せしたはずです。」
鹿賀山は、いつもと変わらぬ冷静な態度で接する。この無線は、憲兵隊にも聞かせている。鹿賀山が自分の不利となる発言は、一切しない。
「あの様なものは、階級の前では無効だ。中佐である私が、たかが大尉の命令をなぜ聞かねばならぬ。」
「大隊長、総司令部の命令は無効だとおっしゃるのですか?」
「その通り、軍は階級が全てだ。あの辞令は意味が無い。ゆえにこの作戦の総司令は私だ。小童がでしゃばるな!」
「つまり、総司令部の命令より階級による命令を優先せよと仰るのですか?」
「その通り!貴様は、ロケットだけ飛ばしておけば良い。他の事に口出しするな!」
鹿賀山が口を開こうとした瞬間、先に発言を取られた。
「憲兵隊隊長の白河少佐であります。軍における最優先される事項は、最も高い階級からの命令です。今回の場合、総司令部つまり元帥よりの命令が最優先されます。今の発言は総司令部及び元帥への反逆であります。中佐を抗命罪にて逮捕致します。」
「待て!何故だ!中佐が大尉の命令を聞くなど断じて有り得ん!有ってはならんのだ!」
「その理屈で参りますと憲兵隊である私は少佐ですので、中佐殿を逮捕できなくなります。
それでは、軍内部の規律を維持できません。中佐殿の意見は、軍法会議にてご披露下さい。
日本軍総司令部の命令及び辞令が階級より優先されます。中佐殿を逮捕せよ。」
「嫌だ。ようやく中佐になったのに逮捕だと!有り得ん!お前達、私を助けんか!放せ、触るな!ワシは中佐だぞ!下士官ごときがワシに触れるな!」
無線の向こうでは、捕物が行われている様だった。椅子やモニターが倒れる音が無線に混じる。
「鹿賀山大尉、無線は繋がっていますか?」
憲兵隊隊長の呼びかけだった。
「は、白河少佐殿、無線良好であります。」
「鬼軍曹も泣き叫ぶ憲兵隊を操るのは、さぞ気持ち良い事でしょう。」
白河の口調は優しげだが、そこには棘があった。鹿賀山の背筋が凍り付く。
「いえ、利用するつもりは一切ございません。状況が生み出した結果であります。」
「よろしい。貸しにしておきましょう。貴殿なら何か我々に返すことができるでしょう。不問に致します。では、今後の指揮をお願いしますよ。」
「は!指揮権、拝領致しました。鹿賀山大尉、大隊を掌握致します。」
「では、ごきげんよう。大尉。」
無線は切れた。鹿賀山はいつの間にか装甲車の椅子から立ち上がり、直立不動になっていた。無線越しでも憲兵隊の圧力にあてられたらしい。
「東條寺少尉。全部隊へ現状維持を指示。一号標的が出た場合は、速やかに報告し特科隊へ引き継ぎをせよ。一号標的の足止めが不可能である場合は撤収せよ。以上の内容でメッセージを送れ。」
「了解、送信完了しました。」
東條寺がコンソールを素早く操作し、報告を上げる。
「さて、邪魔者は排除した。本丸に戻ろうか。」
特科隊司令部は、大隊司令部へ合流し憲兵隊の協力のもと即座に指令系統を掌握した。
二つの司令部は、ようやく本来の司令部になった。




