31.〇二一一一七作戦 順調
二二〇二年十一月十七日 一一〇〇 KYT郊外北西十五キロ地点
第一特科小隊が発射したロケットは天高く上がり曇天を進み、目標との中間地点で地表へ目がけ急降下を始めた。
エンジンやモーターでは塵芥の影響による目詰まりにより、すぐに機器が故障し空を飛ぶことは出来なかった。ロケットは、内部に燃料と酸素を積み込む事により自己完結しており、空気中に浮遊する土砂や塵芥に影響されず空を飛ぶことが出来た。だが、着陸や再利用することは技術的に難しかった。
無線は妨害される為、有線による外部誘導にて行われる。小和泉が見つめているロケットの先端に搭載されたカメラからの映像は、曇天を抜け、地上へ凄まじい速度で近づいていく。有線を通じてリアルタイムに送られてきている映像だった。
入力された座標に従い、ロケットは重力と推進力により加速していく。しかし、自動誘導の誤差は十メートル以上あった。最終誘導は、人間による手動操作が必要となる。
舞は、機銃操作用のスティックを流用した操縦桿を握りしめ、コンソールのモニターを凝視していた。
映像の上部に『自動操作終了』が表示される。ここからは舞の腕前が試される。この一年間、愛と共に実験に参加してきた実力を披露する時が来たのだ。
モニターには目標である地表に開いた洞窟が表示され、ガンカメラのカーソルを微妙な力加減でスティックを操作し、目標に合わせ続ける。
モニターの洞窟が急速にモニターに拡大され画像が途切れる。
「一番、目標へ着弾。誤差無し。全信号消失しました。」
愛はロケットを無事に目標へ送り届けた。ヘルメットの隙間から一滴の汗が頬を伝う。何度も訓練してきたが、本番で緊張していたのだろう。
「車載カメラにて着弾を確認。時限発火…今。戦闘予報、有効と判定。」
舞が車載カメラの望遠にて目標の洞窟を監視し、戦闘予報の判断を小和泉と桔梗へ報告した。
「順調だね。作戦通り視界が晴れ次第、二番発射するよ。気を抜かない様にね。」
小和泉は愛と舞に釘を刺した。
二二〇二年十一月十七日 一一〇〇 KYT郊外北西十五キロ地点
鹿賀山は、大隊司令部を離れ最前線にいた。今回の作戦を発案、立案、実行してきた集大成が目の前に広がるのだ。現場から離れた司令部のモニター越しに確認する事など我慢ならなかった。
実際の眼で効果を、いや、自分の考えが正しいことを確認したかったのだ。
最前線に大尉である鹿賀山一人が来られる訳が無かった。副官の東條寺少尉と護衛である第一特科小隊第三分隊の四人が随伴している。
戦闘詳報で小和泉がロケットを発射したことは確認している。あとは、着弾を待つばかりだ。
鹿賀山の立てた洞窟攻略作戦は、順調に進行していた。ここに辿り着くまでの一年間は、苦労の連続だった。
洞窟に月人が構築した罠を如何に解除するか。
洞窟に潜む兵力をどの様に排除するか。
鉄狼が出た場合の対処はどうするか。
その三点を攻略しなければ、洞窟に戦力を送り込むことは日本軍にはできなかった。
軍事力は無限ではない。有限である。特に資源が乏しく完全リサイクルによって生き延びてきた人類にとって死体ですら、貴重な資源であった。その死体や装備も回収できずに廃棄することは人類の緩やかな死滅を意味することでもあった。
被害を出さずに洞窟の戦力を奪う方法を鹿賀山は考え抜いた。そして、ようやく結論を出し、総司令部を説得し、実行に移した。
「大尉殿、質問よろしいでしょうか?」
護衛にあたっている第一特科小隊第三分隊隊長の井守准尉が声を上げる。
「ふむ、作戦も動き、機密も解除された。質問を許可しよう。」
鹿賀山は素直に発言を許した。第三分隊は機密の為、何も知らされず、三日前に護衛要員として配属されたばかりだった。鹿賀山と東條寺を護衛する任務としか聞かされてない。
「小隊無線にて何かを発射したようですが、これから何が起きるのでしょうか?」
「ロケットだ。弾頭は地中貫通仕様になっている。今回、月人の地下洞窟破壊用に開発されたものだ。
地上より高空へ撃ちだし、自由落下の速度とイワクラムの爆発による推進力を利用し、地中奥深くへめり込んでいく。この時の衝撃では内蔵の爆弾は爆発しない。
その後、噴射剤が続く限り地中を進み、時限発火式爆弾が爆発し、洞窟を内部より崩壊させる。
さて時間だな。地中貫通弾がまもなくあの洞窟に着弾する。良く見ておけ。」
「了解致しました。」
井守の返答同時にロケットの噴射音が聞こえた瞬間、洞窟に何かが飛び込んだ。
大音量と共に地面を揺する。
「着弾した。まもなく爆発する。」
その言葉通り、地中より大爆発が起きた。先程とは比べ物にならない音が最前線を覆う。
遅れて爆発によって巻き上げられた土砂が衝撃波と同時に兵士達の全身を打ちつける。
戦闘慣れしていた兵士達は、爆発の規模を見た瞬間に土嚢の陰に隠れて身を伏せていた。
石や土の奔流が頭上を通り抜けても、天高く打ち上げられた石が雨の様に降り注ぐ。
洞窟からは小さなキノコ雲が発生していた。それは爆発の規模が大きかった証拠だった。
「大尉殿。これで終わりでしょうか?」
井守が恐る恐る聞いてくる。
「いや、貫通弾一発では上層部しか抜けない事は実験で分かっている。視界が晴れ次第、第二弾が発射される。」
「では、また先程の衝撃波が」
「いや、次はさらに地中奥深くの爆発になる為、地上への影響はほぼない。地面は揺れるがな。」
風でキノコ雲が揺らぐ。少し雲の濃度が薄くなった様だ。
「二番発射。」
小隊無線から小和泉の声が流れる。
「言っている尻から二発目が来るぞ。」
ロケットは、キノコ雲を貫き、一発目と違わず同じ場所に着弾する。
大爆発が地面を揺さぶるが、鹿賀山の言った通り、爆発音の大きさに比べ今度の衝撃波はそよ風程度にしか来なかった。
「これで全てでしょうか?」
「いや、これからだ。まずは、這い出してきた月人を蹴散らす。さすがに月人とはいえ生身であの洞窟の中には居ていられまい。衝撃波、岩盤崩落、熱波、粉塵。月人が耐えられる環境では無い。外に出て来るしかない。」
鹿賀山の指摘通り、月人の生き残りが地上へと這い出して来る。全員が土と血にまみれている。
四肢を失った者や腹から臓腑をはみ出させた月人が多く、五体満足である月人は皆無だった。
二十分以上、日本軍は何もしなかった。続々と地表に現れる月人を静かに見守るばかりであった。
「大尉、なぜ射撃をしないのでありますか?格好の機会だと思われますが」
井守には歩く的にしか見えない月人を斃さない理由が思いつかなかった。
「では、質問だ。井守准尉が逃げようと思って出口に辿り着いた。だが、先に逃げた兵士が撃ち倒されていく状況であれば出口から外に出るのかね。」
鹿賀山はやさしい口調で諭す。他の大尉であれば、厳しい口調での詰問であったであろう。士官であれば、その位は言わずとも理解すべきであったのだ。
「申し訳ありませんでした。籠城致します。浅慮でありました。」
「分かればよい。充分、外にあぶりだしてから掃討すれば良い。時間だ。」
「十字砲火開始。」
大隊無線が鳴った。すぐに最前線を光の糸が十字に編んでいく。展開している部隊のアサルトライフルや装甲車の機銃から吐き出される光の糸だった。
続々と地上に逃げてきた数百人の月人がなぎ倒されていく。一方的な虐殺と言っても差支えなかった。ここまでの戦果を日本軍はこの一年あげることができなかった。
否応無く、大勝利と言える。
「榴弾砲撃開始。」
大隊無線がふたたび鳴る。洞窟の出口へ迫撃砲が次々と撃ち込まれる。地表へ出て来ない月人への攻撃だ。十字砲火により出口で足止めし、後続が溜まった頃を見計らっての砲撃だった。
計算上、効率よく掃討できている筈だ。
「全攻撃終了。偵察部隊突入。」
大隊無線の命令に合わせ、二個小隊が洞窟へと向って行く。二個小隊を乗せた装甲車の列が月人の死体を踏み潰していく。そこに躊躇はない。恨みを持つ者が多いからだろう。去年消滅した旧第一大隊に戦友がいた者は多い。蹂躙できる機会があれば、笑いながら月人を殺すだろう。
二個小隊を乗せた数台の装甲車は、友軍の射線を確保する様に洞窟の近くに寄せ、全員が降車する。
身をかがめ、洞窟へと慎重に近づいて行く。
「脅威対象確認できず。さらに近づく。」
一個小隊はその場にとどまり、別の一個小隊が洞窟の縁へと月人の死体の中を這いつくばる様に近づいて行く。
「洞窟外縁到着。脅威対象無し。狼と兎の丸焼きで埋め尽くされている。掘ったばかりの穴を数か所確認。月人が地下より脱出する時に掘ったものと推察。」
「司令部了解。偵察部隊はそのまま待機。大隊白兵戦用意。但し、一号標的が出た場合は、即時撤収。第一特科小隊に任せよ。全部隊、突入。」
日本軍による一年ぶりの洞窟攻略戦だった。




