30.〇二一一一七作戦 再始動
二二〇二年十一月七日 一一三二 KYT 日本軍司令部 小会議室
会議は定刻通り始まり、小和泉達は大人しく説明を聞いていた。
鹿賀山、東條寺を含めた司令部要員五名が挨拶もそこそこに本題へと入る。
この場での最高階級にあたる鹿賀山大尉が説明を行い、東條寺少尉が説明に合わせてモニターを切り替えていく。
鹿賀山の説明は、簡潔明瞭であり誤解を生む余地は無かった。
小和泉達六人に対し、日本軍が何を求めているのか明瞭に理解できた。
小和泉の心に新たな闘志が芽吹いた。この新しい作戦概念であれば、月人の殲滅が容易くなる。
さらに秘密裡に小和泉を除く五人に一年間にわたって新作戦の為の訓練や教育、または戦場を本人が自覚する事無く、経験させていたことを小和泉達は初めて知った。
任務に関して命令が下れば軍人は『はい』と言うしかない。そこにどの様な思慮が含まれているか知らされる必要は無い。だが、自分から知る事は重要だ。どの様な役目を望まれているかを正確に判断しなければ、任務失敗か自分の命で支払う恐れがある。
だが、この一年間の任務は意図を汲み取る事は出来なかった。鹿賀山が周到に作戦概要が漏れない様に手配していた為だった。
今日の説明で桔梗が促成種であるにも関わらず士官になったか納得できた。
それよりも小和泉が気になったのは、東條寺の存在だった。
―東條寺少尉、お礼参りをしていなかったね。さて、君はどんな扱いが好みなのかな。第一大隊三百八十名の恨みをその身に受けてもらうよ。―
鹿賀山の説明を聞きながら、東條寺を上から下まで舐める様に何度も視姦する。東條寺の手元が時折震える。小和泉の視線と存在を怖がっている様だった。
勘の良い鈴蘭が嫉妬交じりの睨む様な視線を小和泉に送って来るが気にしない。会議の間、東條寺を凝視しながら、思いつく限りの蹂躙する方法を考えていた。
二二〇二年十一月十七日 〇八一四 KYT郊外北西十五キロ地点
小和泉達六名は、十日間の短い訓練期間を経て実戦に配備された。
訓練の結果が司令部の予想を超え、良好過ぎた様だ。伊達に桔梗達五人が一年間秘密裡に訓練を受けていた訳では無かった様だ。鹿賀山は実戦に耐えうると判断し、第二大隊と共に地表にポッカリと口を開けている洞窟を扇形に包囲していた。第二大隊の司令部の正面に配備され、待機命令を受けていた。
小和泉達六名は、第一特科小隊という名称を与えられた。小隊は、五個分隊二十名で構成されるのだが、この新設された第一特科小隊、通称 特科隊は第一から第三分隊に分けられ、計十二名だけの変則部隊だった。指揮系統は日本軍総司令部の直轄部隊だ。
特科隊は実験部隊であり、少人数での運用も検証の対象だった。総司令部の担当士官は、鹿賀山と東條寺の二人だけであり、鹿賀山から命令を受けることになる。現場には鹿賀山と東條寺も同行し、二人は現場の司令部へ護衛の第三分隊の四名と入り、小和泉達は前線へ展開する。
正面の戦線では、未明より砲撃戦及び銃撃戦が行われている。洞窟の入口を豪快に榴弾砲でノックする事により洞窟から月人をあぶり出す消極的攻勢が行われていた。榴弾砲から逃れた一部の月人を銃撃で倒していく。
日本軍が洞窟へ突撃する事は無い。これが今の日本軍の月人の拠点攻撃の在り方だった。
余程、一年前の第一大隊壊滅が日本軍に深い傷跡を残した様だった。
第一大隊は復活していたが、大半が新兵で構成されており都市防衛にしか使えない練度であり、日本軍が月人への攻勢をかけるには、未だ軍事力の復元は達成できていない状況だった。
小和泉は、受領した六輪装甲車と牽引式ロケット砲台車を見つめる。荒野迷彩を施した装甲車の後部は通信ケーブルではなく、牽引式ロケット砲台車の連結器が鎮座している。どの様な荒れ地でもロケット砲台車が転覆しない様に動作の自由度は高く、装甲車内からロケット砲の操作が出来る様に内部に通信ケーブルが内蔵されている。
牽引式ロケット砲台車は、堅固な骨組みに発射台とサスペンションとタイヤを組み合わせた簡素な物だった。その上に四発のロケットが発射台に固定されている。このロケットが本体と言える。
荒野迷彩が施された長さ四メートル、直径七十センチの細い長いロケットが、この特科隊の専用兵器だった。
今回が初めての実戦導入だった。開発結果や演習では予定能力を発揮していたが実戦でも同じ様に使えるか、小和泉は一抹の不安を感じていた。
舞と愛がロケット砲の点検を行っている。この待機時間に何もしないのは苦痛なのだろう。この場所に展開してから何度もロケット砲の点検を繰り返している。
担当者に任命された事で失敗を恐れているのだろう。それに比べ、桔梗達三人は装甲車の中で命令に備え寛いでいた。戦争に慣れるというのも悲しいものである。
小和泉自身は、新兵器が失敗しても良いと考えている。初戦投入から上手くいくのは、できれば避けたい。過度の期待を司令部が抱く恐れがある。最初に失敗しておけば、二回目からの期待値は下がるだろうと考えていた。失敗しても責任は鹿賀山に押し付けてしまえば良かった。
部隊創設から十日で実戦配備する方が間違えているのだ。小和泉は二人のバイタルをモニターと目視で確認し問題無いと判断し装甲車に戻った。
命令が下れば、激務になるのは目に見えている。今の内に英気を養うことにした。
二二〇二年十一月十七日 一〇三八 KYT郊外北西十五キロ地点
「第一特科小隊、こちら司令部、応答せよ。」
装甲車の無線が鳴る。ついに実戦投入の様だ。
「特科隊隊長 小和泉だ。何か。」
「一一〇〇攻撃開始せよ。」
「了解。特科隊、一一〇〇攻撃開始する。」
小和泉は大隊無線を小隊無線に切り替える。
「さて、お仕事だよ。最終確認開始。」
『了解』
五名から同時に返事があり、即座に動き出す。
運転席に鈴蘭。助手席に小和泉。二列目右側の機銃席に菜花。
二列目左側に桔梗。三列目右側のロケット操縦席に愛。三列目左側のロケット副操縦席に舞。
各席の間は、複合装甲を着た小和泉が自由に動ける程の余裕がある。
それぞれ所定の場所に座り、所定の動作を始める。
小和泉は戦況図を確認し、司令部より送られてきた作戦要綱を確認した。
戦闘予報。
特科戦のち射撃戦です。時々、白兵戦もあるでしょう。
死傷確率は20%です。
久しぶりに見る戦闘予報。死傷確率が5%の頃が懐かしく小和泉は感じた。
「台車固定アーム展開。一番、二番、座標入力開始。三番、四番の使用予定はないが、座標は入力せよ。」
桔梗が愛と舞に指示を出す。桔梗がロケット砲の指揮官を担当だった。いわゆる第二分隊だ。
桔梗が第二分隊長となり、その下に愛と舞がつく。小和泉は第一分隊となり、菜花と鈴蘭がつく。
桔梗を分隊長にするが為に、鹿賀山は桔梗を士官学校に放り込み、准尉に仕立て上げたのだった。
この部隊が成功すれば、規模を大きくし桔梗を小隊長にして部隊を増やすことも可能になる。
モーターの駆動音が後部より響き、ロケット砲台車の四隅から車体固定用のアームが伸び、ロケット砲を地面より持ち上げ固定する。
「固定アーム展開開始。アーム接地。接地圧計測。安全域確認。展開完了。」
愛が報告する。
「一番から四番、座標入力完了。」
舞も報告する。
「安全装置解除は、一〇五五とする。それまで現状維持。」
『了解。』
沈黙が装甲車内を占める。時折、コンピュータの冷却ファンが回る音がするだけだった。
「隊長。時間です。」
桔梗は、時が来たことを告げた。
待機している時は時間の流れがゆったりだが、命令が下ると時間の早く流れる様に感じた。
「一番、安全装置解除。発射準備。」
小和泉は命令を発すると同時に自分のモニターに一番ミサイルのカメラ映像を表示させた。
カメラはどんよりと曇った空を映し出している。天候は、曇りか雨しかない。晴れと言うのは、過去の遺物だった。
「一番、安全装置解除します。」
愛が答え、遠隔操作でロケットに刺さっている安全ピンが抜かれた。
モニターに一番解除中の表示がされた。
「安全装置解除、確認。発射準備開始。」
燃料のA液とB液が混合され、化学反応が開始される。
「圧力上昇中。発射可能圧力まで三、二、一、〇。発射準備完了。」
愛と舞は的確にコンソールを操作し準備を終え、愛が報告をした。
小和泉は時刻を確認する。現在、一〇五九。一一〇〇になるのを待ち、時間となった。
「一番発射。続いて、二番、安全装置解除。」
「一番発射。発射確認。二番、安全装置解除します。」
背後で重低音の爆発音が鳴り、天高くロケットは急上昇していった。




