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3.小和泉との出会い

二二〇一年九月十七日 一六一五 KYT 西部塹壕


月人の攻撃は終わった。戦術モニターに敵の表示は無い。相変わらず、月人は最後の一人になるまで戦い続け、全滅した。

小和泉と菜花は受け持ちの塹壕に戻り、次の戦いに備えてアサルトライフルにイワクラムを補充していた。さすがに数時間に及ぶ戦闘により高圧の電流を発生し続けていた為、イワクラムといえどもエネルギー切れが起こるかもしれない。念の為、一センチ四方に加工されたイワクラム、通称ダイスをアサルトライフルの銃把に埋め込んだ。

渇いたのどを潤し、落ち着いたところで、司令部へ戦況報告を行う。

「1111分隊より司令部。戦況報告をしたい。」

「こちら司令部。報告を受ける。」

「1114の救援及び戦区保持に成功。1114分隊長は、神経症にて戦闘不能。なお、1111分隊、戦区保持に成功。被害なし。現在、受け持ち戦区にて待機中。」

「了解。1114分隊は、司令部にて対応する。1111分隊は、交代まで現状を維持せよ。」

「了解。1111分隊、待機する。」

報告はこれで終わった。敵が攻めてくるか、交代が来るまでの時間は自由時間だ。


「隊長、練習いい?」

鈴蘭が楽しそうに聞いてくる。

鈴蘭の意図は、小和泉にはすぐ分かった。

鈴蘭は衛生兵だ。いざという時に技術が無ければ役に立たない。その技術は、実践でしか磨かれない。知識だけでは意味が無い。

小和泉は塹壕の隅に寄せてあった月人の死体二匹を見た。原型を保ち、身体に数発の風穴が開いているだけだった。

一瞬考えるが、すぐに返事をした。

「いいよ。許可するよ。菜花、適当に月人を全力で殴り込んでくれるかな。」

軍で言う適当と言う言葉は、己が出来る最善の手段・方法を当てはめることを意味する。手を抜く事では無い。

「はいよ。あまり、死体を殴るのは反応が無いから面白くないんだけどな。」

格闘戦が得意な菜花は、狼男の死体のそばに立つと無造作に空へ蹴り上げる。

力が抜けた狼男は、手足をバタつかせながら空高く上がると重力に従い、落ちてくる。

すかさず、菜花が強力な右手の一撃を真っ直ぐに打ち込み、塹壕の壁に叩きつける。引いた左手を反動で突きへと切り替え、無呼吸で両の拳を用いて連打する。自然種の五倍の速度と筋力は伊達ではなく、素人の目では残像が残り、十数本の腕が同時に狼男を殴りつける様だった。狼男の死体は、衝撃を受ける度に鈍い音が響き、四肢ばかりか頭や胴体も有り得ない方向に捻じれ曲がり、千切れかかる場所もあった。

菜花の動きがピタリと止まった。呼吸も乱れず、汗一つかいていない。拳には、狼男の血と肉がこびりついていた。

「はい、一丁あがりっす。もう一匹、いくっすか?」

菜花が清々しい笑顔でこちらに振り返る。余程、今の技が会心の出来だったのだろう。

小和泉の目からするとまだまだ修行の必要があった。

小和泉はちらりと鈴蘭に視線を送る。

「必要充分。練習に最適。二匹目は不要。」

鈴蘭が真剣な表情で菜花へ返事し、狼男に菜花と入れ替わり近づいて行く。

小和泉、桔梗、菜花は周辺監視に戻った。

別に小和泉達は、月人に何の恨みも憎しみも持っていない。

ただ、肉弾戦の練習台や、衛生兵の練習台に使っているだけであった。


鈴蘭は、メスを取り出すと躊躇いなく上腕部を切開した。血管を傷つける事無く、きれいに開き骨を露出させる。

「うん、骨、バラバラ。パズル。楽しみ。」

鈴蘭がニヤリと笑う。

菜花に粉砕された骨が、筋肉に喰い込み原型を留めていない。ピンセットで骨を一つずつ摘まみ、元通りに復元していく。鮮やかな手並みだ。瞬く間に元の骨の形を取り戻す。

そして、次の傷口に鈴蘭は同じ様に取りかかる。

本来ならば、ここで骨に接着剤を流し込み、縫合するのだが、糸無しで縫合の練習を行った。敵に使う薬や糸は存在しない。ゆえに治療の練習はここまでだった。

鈴蘭は、他の四肢の復元も終える。

「胸部、腹部、治療開始。」

菜花の拳に陥没した胸部をメスで開胸していく。粉砕された肋骨がひしゃげた肺、心臓、気管支、食道に喰い込んでいる。

一つ一つ骨を拾いあげ、丁寧に内臓を復元し、骨も元の形に戻していく。

鈴蘭は、同じ様に腹部も進めていった。


二時間後、鈴蘭は小首をかしげ固まる。何かを考えている様だ。

「隊長、術式終了。」

どうやら、練習を終えるか続けるかの判断に悩んでいた様だ。

「はい、ご苦労様。練習になったか?」

「バッチリ。怪我、すぐ治せる。」

鈴蘭が親指を突き立て、自信満々の表情で答える。

「さて、次の定期便は明後日かな。」

誰に聞いて欲しい訳でもなく、小和泉は呟いた。


二二〇一年九月十七日 一九一一 KYT 第一歩兵大隊司令部


地下都市西部に展開する塹壕の中でも最も大きく、分厚い複合セラミックスに囲まれた大隊司令部に自然種である鹿賀山清和かがやまきよかず大尉は居た。

高身長の細身だが、脂肪がそぎ落とされた筋肉質の身体だ。そして、怜悧に光る目が頭脳の明晰さを表す様で、司令部の一部の女性から密かに好意を寄せられていた。

しかし、鹿賀山の左薬指には指輪が輝いていた為、思いを告げる者は居なかった。

戦闘が終了し、先程まで慌ただしかった大隊司令部も落ち着きを取り戻し始めた。

鹿賀山は、周囲に人がいない事を確認する。戦闘終了で当直以外は、大休止に入った為、人気は少なくなっていた。

情報端末を操作し、1111分隊の戦闘映像を早送りで確認を始めた。

「あの馬鹿め。カメラぐらい切れ。しっかり映像に残っているではないか。」

鹿賀山の目の前のモニターには、小和泉の部下による虐待行為が映っていた。

「あの馬鹿、何度言えば、敵への残虐行為を止めるのだ。」

そう言いながら、軍のサーバーから該当する映像を消去した。映像消去が発覚すれば、鹿賀山は軍法会議にかけられる重大な軍法違反だ。

鹿賀山が、証拠を残す様なヘマはしない。幾つもの端末を経由して、上官の認証コードでログインし消去している。

危ない橋を渡らせる小和泉に対し、沸々と怒りが体の芯から湧き上がってくる。

この様な映像消去は今回が初めてでは無い。何度も繰り返している。その都度、小和泉に厳重注意しているのだが、一向に改める気配が無い。逆にわざと記録しているとしか考えられなかった。

鹿賀山には、小和泉の考え方が分かっていた。警戒中に作戦外の行動を取り階級の降格を狙うか、鹿賀山に消去をさせるかだ。小和泉にとって映像が残る事に何の感慨も無いだろう。

逆に鹿賀山が軍のサーバーから映像を消去させると言う軍法違反をさせることにより、小和泉の掌中から抜け出せなくさせることが主な目的だろう。

それが分かっているのに映像を放置できず、思惑通り消去してしまう。

鹿賀山の怒りは、己自身にも向けられ始めた。

「トイレに行く。しばらく頼む。」

無表情を装い、朗々と遠くまで届く声で離席することを告げると鹿賀山はトイレに向かった。

「何度も俺に危ない橋を渡らせるな。ばれたら軍法会議だぞ。小和泉。」

トイレへ行く通路で思わず愚痴が零れる。

これが初めてでは無い。小和泉は、少尉以上に昇進すると月人をオモチャにし始める。その為、何度も軍法会議に掛けられ、降格や営巣入りを繰り返している。降格すると昇進するまでは自重するが、昇進すれば同じことを繰り返す。完全な病気だ。

本来ならば、大尉や少佐になって小隊や中隊を指揮していてもおかしくない。その位の功績は上げている。この悪癖のせいで万年少尉に小和泉はなっていた。

類まれなる格闘戦能力は上層部が見ても前線に欲しい人材であり、小和泉が分隊長になってから1111分隊の死傷者ゼロが続いている事実は見逃せない。

日本軍に月人へ率先して格闘戦を行う部隊は無く、非常に貴重な部隊である。

これは、他の部隊では格闘戦が出来ないという意味では無い。促成種の月人を上回る身体能力にて勝利する事ができるが、死傷率の問題だ。格闘戦を行えば、戦闘予報では、死傷確率50%まで跳ね上がる。

月人は第一目標に複合装甲を全身に着込む指揮官を狙い、時間と金をかけて育成した士官が使い物にならなくなる事態となることが多い。

その点、小和泉であれば月人と格闘戦を行っても無傷で勝利してきた。これは、自然種の中で稀有な存在だ。1111分隊が、身内から狂犬部隊と呼ばれる由縁だった。

軍法会議でもその事実が、判決を甘くしている節がある。だが、何事にも限度がある。上層部も小和泉の処遇にそろそろ強い態度に出る気配を鹿賀山は感じていた。

「くそ。これも小和泉のせいだ。あいつに会ってから、俺はおかしくなった。」

トイレの個室に入り、怒りに任せて壁を何度も蹴りつける。鈍く重い音がトイレに響く。

しかし、鹿賀山は馬鹿では無い。固く冷たいコンクリートの壁に人間の脚が敵うはずがない。怪我をしない程度に力加減はしている。

壁へ八つ当たりをした事により、少し気が晴れた。便器に腰掛け、ため息をつくと、頭に上った血が下がり、冷静さが戻り始めた。

ふと、中等士官学校で初めて小和泉と会った時の事を思い出した。


二一九三年八月 KYT 中等士官学校男子寮


鹿賀山は、代々軍人の家系だった。両親共に軍人であり自分が軍人になる事に疑う余地は無かった。

小学校を卒業し、中学校に進学しても良かったが、少しでも早く軍のエリートコースに乗る為、狭き門である中等士官学校を受験し合格した。

予定では、高等士官学校、軍大学と進んでから、日本軍へ入隊し、中尉からスタートを切る筈だった。全てが狂ったのは、小和泉と男子寮が同室になり、出会ってしまった為だ。

中等士官学校は男女別の全寮制になっており、二人部屋が基本である。退学や不慮の事故などで生徒数が奇数になった場合には、三人部屋が使用される事もあった。どの様な状況になっても、個室になる事が無い様に配慮されていた。

小和泉と鹿賀山は、クラスは違ったが同室の為、寝食や自習そして遊びを共にする時間が長かった為、常に鹿賀山の隣に小和泉が居たと言っても過言ではなかった。

小和泉の人懐こい態度と明るく懐の広い性格で直ぐに鹿賀山と意気投合し、お互いが親友であると認識していた。


小和泉は、周囲から見れば入学時から何かと目立つ存在であった。

中等生とは思えぬ周囲への配慮。誰に対し分け隔てない態度。ずば抜けた運動神経。そして、朗らかな笑顔。上級生も含めた女子からの人気は非常に高かったが。物腰の柔らかさや面倒見の良さから男子からも人気があった。学校で小和泉の周囲から人が切れることは無かった。

ただ、勉強面では特筆すべき点は無く、定期考査では常に平均点よりやや悪かった。誰にでも不得意な分野はあるのであろう。小和泉にも弱点があるのだなと皆が親近感を持つ結果となった。

多分に漏れず、小和泉とそりが合わない者も居たのは事実だが、少数派であり、小和泉に危害を加える様な馬鹿は居なかった。もし、その様な態度を取れば、士官学校の生徒多数を敵に回すことが明白だったからだ。

小和泉は、四月中はあれでも大人しかったのだ。人間関係が固まり、周囲の状況が明確になった五月、小和泉は陰で動き出していた。

士官学校に構築された人間関係を熟知し、各個人の弱みを握り、学年の実権を裏で握れる様になっていた。

六月には、上級生を支配下に治める準備を終え、七月には教師陣も同じ様に支配下に治める準備を終えた。その様な事態になっているとは、士官学校に所属する人間は誰も気がつかなかったし、予測もしていなかった。

小和泉が、全員の個人情報を完全に把握しているなどと夢想だにしていなかった。

小和泉もそんな素振りを全く見せず、学校生活を満喫している様に見えた。


だが、八月に入ると同時に寮が同室だった鹿賀山に小和泉は、何の前触れも無く、士官学校の状況を克明に説明し始めた。

「鹿賀山は、階級の階段を一気に上がるつもりだよね。」

「その通りだ。我が鹿賀山家は、代々軍人の家系。私の代で汚点を残すつもりは無い。」

「なら、権謀術数を覚えた方が良いと思うよ。」

「俺達は中等生だぞ。権謀術数よりも勉学が大切だろう。そして高等士官学校、軍大学へ進み、中等士官学校卒業の准尉ではなく、軍大学卒業の中尉から軍を始める。これだけでも数年の出世の短縮になる。」

「それは、君の頭脳なら問題無いと保証するね。だけど、学校では権謀術数は教えてくれないよね。僕が教えてあげるよ。」

「その様な卑怯な技術は、鹿賀山の人間には不要。清廉潔白が信条だ。それに小和泉が権謀術数を教えるとは寝言にしか聞こえんぞ。せめて考査で平均点を超える様になってから言ってくれ。」

「あの成績ね。あれはワザとだよ。何でも出来る人間は、嫉妬の対象にしかならないからね。嘘の弱点を作れば、人間に可愛げが出るんだよ。嫌われない為の基本だね。本気で考査を受ければ、学年上位の常連になれるよ。」

「ならば、学年上位になればよし。正々堂々と軍の階段を昇ればよい。」

「僕は、出世には興味無いよ。階級が上がれば、出来ることも増えるけれど、責任も大きくなるでしょう。それは勘弁して欲しいかな。」

「いったい、何がしたいんだ。俺にはサッパリ理解できない。」

「簡単な事だよ。人生を自由に、そして面白おかしく生きたいんだよ。だから、今から協力者を作り、障害を排除していくんだよ。」

「おいおい、寝ぼけているのか。夢物語を語るにしても、現実的な夢を語った方が良いぞ。」

「これが夢物語じゃないんだな。もう士官学校は掌握済みだよ。そうだね、その証拠として明日、女子生徒へのセクハラ事件をニュースにしようかな。そして三日後、体育教師をその不祥事で懲戒免職にしよう。この未来が現実になれば、僕がこの士官学校を実効支配しているのを信じてくれるよね。」

「突然、何を言いだすんだ。頭は大丈夫か。暑さで冷静な判断力がなくなったのではないか。」

「僕は決めたんだよ。鹿賀山を僕の頭脳にするってね。その資格と実力があるよ。だから、君に全てを明かすんだよ。」

「別の者に当たってくれ。俺はその器じゃないし、そんな馬鹿げた妄想に付き合うつもりは無い。」

「それを決めるのは僕だよ。ちなみに鹿賀山の調査書、読んでみるかい?」

小和泉が情報端末を差し出し、思わず、鹿賀山は反射的に受け取ってしまった。

全く興味が無かったのだが、気になる言葉が幾つも目に入ってしまった。


そこには、鹿賀山の個人情報が正確に書き込まれていた。

正確性・中立性をもって詳細に書かれている。偏見や私見は一切入っていない。ただただ事実が記載されているだけだ。

第三者からどの様に思われ、能力判断されているか、それを知らないのが人間だ。

それが公平・公正な目で書かれた報告書に鹿賀山は目が離せず、黙々と読み込んでいく。その報告書は、曲解や誤解する余地が一切無かった。

鹿賀山本人さえ知らない情報さえ書かれているが、家族に確認すれば肯定の言葉が返ってくるのは間違いないだろう。

そして気になった言葉が、婚約者の項目だった。まさか、自分に親が決めた婚約者がおり、相手の女性はこの事実を知っている。さらに婚約を女性と両家の家族も承諾済みだと言う。

そんな事は、家族から一切聞いたことが無い。法律で成人として認められる十五歳の誕生日に告げられる様だ。


その婚約者に関する個人情報も書かれていた。

初めて見る立体画像の少女は、無表情にもかかわらず美しかった。

ポニーテールを丸く固めたシニヨンの髪型が知的な顔に似合っていた。

鹿賀山と同い年で一般の中学校に通っていた。

頭脳明晰で中学一年生にも拘わらず、高校生レベルの知識は習得済みで義務教育のため、中学に通わざる得ない状況であり、すでに上級高校だけでなく上級大学から入学の誘いが来ている才媛だった。

写真を見ただけで惹かれてしまった。

この少女は、どんな声だろうか。どんな笑顔をしてくれるのだろうか。鹿賀山との婚約をどう思っているのだろうか。

鹿賀山の動悸が激しくなる。

「どうかな。面白かったかい?」

小和泉の声に妄想から引き戻される。

「どうやって、調べた?小和泉、お前は何者だ?」

「僕って顔が広いから、情報が勝手に入って来るんだよ。人はおしゃべりだからね。人の口に戸は立てられずだよ。

後は、手に入れた情報を立体的に組み立て、偽りや誤解を消去していけば、真実が浮かび上がってくるんだよ。ちなみに妬みや憧れといった情報も意外に重要な要素なんだよ。それで人間関係が浮かび上がって来るからね。

僕の友人達は、自分がスパイの真似事をしているなんて認識は無いんだよ。本人達は、噂話や愚痴を言っているだけなんだよ。勝手に動いてくれるんだよね。だが、君だけは違った。己を律し、絶対に誹謗中傷をしない。中等生であるにも拘わらず、家訓に従い聖人の様な振る舞いをとろうとしている。

君は僕にとって特別な存在だよ。君は元帥になれるよ。保証するよ。だから、絶対に逃さない。」

小和泉の強い視線を鹿賀山は浴び、背中にじっとりと脂汗が流れるが、表情は変えない。

「どう足掻いても小和泉に逆らう事や逃げることは出来ないのか?」

「絶対に逃がさない。使える情報を駆使して、僕の奴隷にしても良いんだよ。

でもね、それじゃ、鹿賀山を活かせないんだな。奴隷じゃ君の個性を消してしまうよね。

何度も言うけど、僕は人生を面白おかしく生きたいだけだよ。」

鹿賀山が脂汗を流しながら小和泉の瞳を見つめる。なんと純真無垢な瞳をしているのだろうか。本気で面白おかしく生きたいだけだと鹿賀山は悟った。

―小和泉からは逃げられない。どうやっても利用される。ならば、小和泉の提案に乗り、少しでも己の利益にすべきか。

現実に小和泉の情報収集能力は、本物であり軍の情報部に匹敵するだろう。つまり、帝王学を会得しているのは事実と考えるしかない。それを否定できる情報も根拠も無い。

しかし、中等生でこれだけの能力を得たのだろうか。―

小和泉に対する疑問が湧いてくる。

だが、能力を裏付ける鹿賀山の正確な個人情報を突き付けられたばかりだ。

情報は力であり宝だ。財力よりも重要だ。正しい情報があれば、財力や武力を用意する必要は無い。正しい選択を続けるだけで勝手に強者となれるだろう。

「…分かった。小和泉の言う通り頭脳に、俺に帝王学を教えて欲しい。俺はその力で軍を支配しよう。」

「くくく。鹿賀山の口から軍を支配するという言葉が出ると思わなかったよ。逆にうれしいね。一緒に幸せになろうよ。」

小和泉は無邪気な笑顔で答えた。


そして小和泉の宣言通り、事件は起き、決着した。

鹿賀山は事件が起きることに微塵も疑いを持っていなかった為、全く驚きは無かった。


鹿賀山は、現実に戻って来た。当時の事は、未だに鮮明に覚えている。あの選択に後悔はしていない。逆に小和泉に感謝をしたいくらいだ。新しい世界を教えてくれた。

本来は、大学を卒業して中尉として赴任し、堅実に出世を目指すだけの堅物で人生が終わっただろう。

それが小和泉のせいで狂い、司令部を陰で掌握するようになっていた。

鹿賀山は味方にすべき人間に対し、片っ端から友人になっていった。

それが生理的に嫌悪を覚える人間であっても例外ではなかった。

おかげで小和泉の言う通り、勝手に情報が鹿賀山の下に集まり、膨大な個人情報を有するに至った。現在も個人情報は増え続けている。

だが、この情報は一度も漏らしたことは無い。まだ、使う時が来ていないからだ。

もっと階級を上げ、権力を掌握してからでも遅くないだろう。


ふと、左手の薬指に銀色に輝く婚約指輪が目に入り、白衣をまとったシニヨンの美女を思い出す。

しばらく、会ってないことに気付いたが、向こうも気にしていないだろう。

婚約者だが、手を握ること以上のことはしていない。

中学校を卒業した後、飛び級で大学に入り、今は研究所に勤めている。

変わり者で恋愛事には関心が薄く、研究に没頭している。

逢引きは重ねてきたが、特段進展は無い。だが、仲はすこぶる良い。

中等部での個人情報の暴露事件から、家族に事実を照会すると、すぐにお見合いが行われた。

それからの長い付き合いとなった。

小和泉とも仲が良くなり、三人で遊んだり、1111分隊の連中に遊びに引っ張り出されることもあった。

本人が楽しんでいる様なので、知らぬふりをしているが、どこで何をしたかの情報は、鹿賀山は把握している。もちろん、鹿賀山が調べたのではなく、勝手に情報が集まって来たのだ。

「あまり、席を外す訳にはいかんな。戻ろう。」

そう呟き、鹿賀山は司令部へと戻って行った。

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