27.三択の答え
二二〇一年十月二十三日 一〇四二 KYT 日本軍立病院
「そもそも鹿賀山の副官の東條寺が悪い。出鱈目な作戦を立てやがった。
お陰で大隊は瓦解し、戦友は軒並み戦死した。あの女にもこの埋め合わせをさせてやる。
俺の敵は、月人だけじゃない。二社谷と東條寺の二人もだ。
ではどうすれば良い。まずは身体を治す。機械化して武器を埋め込むか。ならば、手術で繋げれば即座に行動を開始できる。若干の慣れは必要だろうが、センサーの調整で済むはずだ。
ワイヤーやハンドガンを仕込むか。いや、リスクが高い。戦闘中に動作不良を起こせば、どうする。センサーやモーターが故障すれば、ただの重りだ。
拳も精密機器になり、殴り合いには向いていない。いくら、軍用の物でも俺が求める堅牢さは無いだろう。
やはり、再生治療一択になるか。」
小和泉は、散々暴れ、一気に捲し立てた為に肩で息をする。思いを口に出し、喚いたため、冷静さが戻りつつある。余分な血の気が頭から引いて来た。
完全に小和泉が狂乱状態から冷静になるまで一時間かかった。普段の小和泉であれば、一呼吸で自分の感情を自由にコントロールできるのだが、今回の敗北は余りにも受け止めるには大き過ぎた。
「さて、再生治療を行うしかない。他の選択は無い。リハビリを頑張り、早期復帰を目指す。
癪ではあるが、姉弟子に稽古をつけてもらおう。それが錺流の力を取り戻す近道だろう。
だが、そうすると一年近く軍から離れることになるが、桔梗達は別の隊へ編入されることになるのだろう。俺の復隊後に1111分隊の復活は可能だろうか。いや、無理だな。
一度再編入すれば、簡単に馴染んだ歯車を手放す士官はいない。
俺自身が、ここまで育て上げた優秀な兵士を手放したくない。
何か、手元に残す方法があれば良いのだが。」
小和泉が現実的な事に頭を悩ませている内に二時間が経過した。
二二〇一年十月二十三日 一一〇二 KYT 日本軍立病院
ノックがされ、病室に入ってきたのは、多智と鹿賀山の二人だった。
桔梗達三人は居なかった。
「鹿賀山と薫子だ。入るぞ。小和泉、気分は落ち着いたか。見舞いに来たのだが、良く寝ていたので声を掛けずに帰って済まなかったな。」
鹿賀山が入室と同時に口を開く。目の見えぬ小和泉への訪問者が誰かを知らせる事を兼ねていた。
「それは悪いことをしたね。お茶の一つも入れたいところだが、ご覧の通り、手も足も出ない状態でね。」
「気にしなくてよい。最初から望んでない。」
「だろうね。」
鹿賀山はベッドの横の椅子に座った。
多智も同じ様に鹿賀山の隣に座り、三択の答えを求めてきた。
「さて、二時間経過したが答えは出たか。」
「もちろんだよ。生体再生を希望したいね。で、疑問だけど、この間の身柄はどうなるのかな?」
「それは俺から話そう。軍務に復帰できるまでは、傷痍休暇をとってもらう。これは怪我を治すためのものであり、長期休暇をとったとしても罰則も無い。現在の階級は保障される。ただし、原隊に復帰は不可能だ。長期間、穴を開ける訳にはいかない。別の隊か部署に異動となる。」
「やはり、そうなるのかぁ。だけど、あの三人を手放すのは…」
「焦るな。あの三人は、お前の下へつかせる。上層部に少し考えがあってな。今、検討段階だ。
絶対とは言い切れないが、可能な限り四人は固めてやる。せめて、それぐらいはさせてくれ。作戦失敗は俺の責任だ。それで分隊がバラバラになるのは俺も嫌だ。まぁ、俺もお前達が一緒の方が正直、嬉しい。問題児が一ヶ所に固まっている方が管理しやすい。
だが、それを決めるのは、小和泉の仕上り次第だな。」
「どういう意味だ?」
「軍機につき、言えん。楽しみにしていろ。以上だ。」
「そうなのか。わかったよ。」
鹿賀山がこれ以上は、軍事機密であると言うのであれば情報を得ることはできないだろう。生真面目な鹿賀山が、口を滑らせることは無い。
「では、私の番で良いか。」
多智が口を開く。小和泉には、是非も選択権も無い。
「よろしく。」
「すぐにでも手足を繋いでやりたいが、ばらけた肉体の解凍に時間がかかる。急ぐのなら電子レンジですぐに解凍しても良いぞ。」
「いえ、普通の手順でお願いします。」
「そうか、残念だ。論文の一つでも書けるかと期待したのだが。三日後に手術室を確保した。その日に全ての四肢を繋ぐ。ある程度はオペマシンが行う。機械で繋げぬ部位は、私が繋ぐことになる。で、ここにあるタブレットに向かって宣誓しろ。手術や治療における失敗があっても責任は小和泉本人にありますとな。それで手術同意書になる。本来はサインなのだがな。」
今の小和泉にサインはできない。両手共に物理的に無い。逆にサインの方が怪しいだろう。
「手術後は、完全に癒着するまで安静にしていてもらおう。筋トレなどは絶対にするな。筋や神経がずれて繋がっても責任は持たん。」
「よく、お見通しで。安静にしますよ。」
「病室の惨状を見れば察しがつく。」
鹿賀山と多智は入室した時に、ベッドのパイプが歪み、花瓶や備え付けの医療機器が破壊された病室の惨状を見ている。二時間の間に小和泉が何をしたか、想像に難くない。
いや、想像できない方がおかしい。
逆にたったの二時間でここまで冷静さを取り戻していることが、通常ではありえない。
やはり、小和泉の精神力は並ではない様だ。
「確実に癒着するのに一月は我慢してもらおう。術後の経過が良ければ、入院や通院は不要だ。
その後は、好きなだけリハビリすれば良い。それも自己流で良いぞ。」
「つまり、しっかり繋がれば、もげる心配はないということかな。」
多智が小さく頷く。
「繋いだだけで指は動かないんだよね。」
「そうだ。一ヶ月ギプス固定する。筋力は衰え、脳は体の動かし方を忘れる。これは避けようのない事実だ。」
小和泉にも多智の言い分は、よく理解できる。元に戻るまで半年かかると言うのは、大袈裟でも無く事実だ。手足が自由に動く様になってから、錺流の技を鍛え直すのにどれだけの時間がかかるだろうか。
あの鉄狼を叩き伏せるには、強くならなければならない。今は、雌伏の時だ。
「さて、本題がある。」
鹿賀山が事務的な声色に変わる。
「日本軍所属、小和泉錬太郎少尉は、十月二十日付を以て中尉に昇進とし、同時に銅戦功章を授与する。なお、昇進の理由は、〇一一〇〇六作戦において大いなる戦功を挙げたと認める為である。」
小和泉は、それを聞いてため息を一つついた。
「負けて、逃げて、昇進と勲章とは羽振りがいい話だね。理由は、何となく分かるよ。それは僕だけかい?」
暗い話だけでは、全軍の士気に関わる。その中で景気の良い話を一つ混ぜるだけで士気の維持に繋がる。その為のおもちゃに指名された様だった。
小和泉にとっては、三つ目の銅戦功章であり何の感慨も無い。冬のボーナスが増えるなくらいにしか考えていなかった。
「いや、1111分隊の四名と一緒に脱出した兵士二名の六名に対し、同じく昇進と銅戦功章が授与された。授与式は、同日に大隊司令部にて行われた。小和泉のは、今日持ってきた。後で渡す。」
他の者は、初めての戦功章の授与だ。案外、浮かれているかもしれない。
「確か、舞と愛だったかな。二十代の女性としか、僕は分からないな。暗い洞窟でヘルメットと野戦服じゃ、見分けられなかったよ。」
「何を言ってるんだ。三日前に小会議室で会っているだろう。」
「そうだったかい。よく覚えていないな。多分、緊張していたのかな。」
「嘘をつけ。小和泉が緊張する訳が無いだろう。軍報に顔写真が載るだろう。それで確認できる。それに、二人が見舞いに行くと言っていたぞ。その時にじっくりと顔を拝めばよいさ。丁度、その手じゃ悪さもできないだろうし、安心して会わせることができる。」
「どうせならば、退院してから来てくれる方が良いのだけど。」
「入院中に必ず行く様に二人には言い含めておく。」
「ちなみに目は何時見える様になるのかな。」
「明日、包帯を外す。その時に傷の治りを確認する。状況によっては、明日から見えるだろう。」
多智がそう言うならば、間違いないだろう。どうやら、明日からは視覚が戻ってくるようだ。それだけでも状況が大きく変わる。
「先生、期待しているよ。」
「お前の回復力次第だ。私は知らない。」
相変わらず、多智は冷静に答えた。




