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戦闘予報 -死傷確率は5%です。-  作者: しゅう かいどう
二二〇三年

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229/336

229.〇三〇六二〇偵察作戦 エレベーターホールへ

二二〇三年六月二十日 一四五六 OSK下層部 中央交通塔


小和泉達は、外周道路をゆっくりと半周し、地下都市の中央を貫通する中央交通塔の近くまで侵出した。装甲車の運転も草むらに慣れ、スリップすることを利用できるまでに慣熟していた。

ここまで敵勢力との遭遇は一切無かった。さすがにここまで走ると目も慣れ、暗順応と明順応の切り替えに瞳孔の動きが追い付く様になった。自然種と言えど、有害反応が起きない簡易な遺伝子改造は受けている。

過酷な月人との戦いが、人類が為すべきことであり、どうしても遺伝子改造を避けることはできなかったのだ。


中央交通塔は、地下都市の大黒柱であり、各階層を繋ぐ各種エレベーターと階段を内包する重要な巨大建造物である。地下都市には必ずあり、もっとも人と資材の動きが活発になる流通の最重要区画である。

にもかかわらず、そこは雑木林がうっそうと茂り、道路は草原と化し、轍は無く閑散としていた。

「全隊停止。」

鹿賀山は中央交通塔から死角になる交差点で831小隊を止めた。

「周辺哨戒に注力。敵を見逃すな。」

『了解。』

小隊に新たな緊張が加わる。ここまで敵勢力との接触も無し。要衝である中央交通塔に敵影は見えない。

明らかに異常だった。KYTであれば、中央交通塔は地下都市の中心であり、背骨である。絶対に敵を近づけさせない。

先のKYT防衛戦でも中央交通塔からもっとも遠い外周道路へ月人を誘導し、防衛に当たった。

「なぁ、鹿賀山。おかしくないかなあ。」

小和泉はようやく違和感の正体に気付き始めた。

「報告は簡潔明瞭にせよ。」

鹿賀山は珍しく小和泉に対し冷たい態度をとった。威力偵察の任務に精神を擦り減らし、心の余裕がなくなってきたのかもしれない。だが、小和泉はそんな些事は全く気にしない。鹿賀山の心の状況を理解しているからだ。

「人間の死体が一体も無いし、機甲蟲の残骸も無い。それどころか家具や車とかも全く無いよね。あるのは、建物本体と植物だけだよね。」

「違和感はそれか。東條寺少尉は周囲を確認。舞曹長は録画画像を確認せよ。」

『了解。』

鹿賀山の緊張感が弾け、頭脳が的確に回転し始める。どうやら今の言葉から鹿賀山自身も現在の状況に疑問を感じていた様だ。

東條寺と舞は慌ただしく情報端末の操作を始めた。

「確認しました。この周辺に建物の構造物と植物しか確認できません。骨、家具、服、雑貨、さらに建物の窓や扉も撤去され見当たりません。」

すぐに東條寺が報告を上げる。

「こちらも同様です。録画データにも建物と植物しか存在しません。」

続いて舞も報告を上げた。

「錬太郎様。これは一度も人が居住したことが無い廃棄区画ということでしょうか。」

と、桔梗が直感を述べる。

「違うと思うよ。最悪の事態を想定した方がいいのじゃないかな。」

「最悪ですか。私にはまだ理解できません。」

「錬太郎。こういうことでしょう。ここの敵は、全ての人間を殺し、命の水へ資源として回収した。そして動かせるあらゆる物品・機材は、機甲蟲製造の材料に回収された。で、いいかしら。」

東條寺は、小和泉が感じていた違和感を言語化した。

「そうそれ。やっと胸のつかえが取れたよ。何かおかしいなとは思っていたんだよね。」

「馬鹿者。気付いていれば、早く言え。検討する時間があろうに。」

鹿賀山がヘルメットを被った頭を左右に振った。

「ごめんごめん。」

「となると、敵の正体が少しは見えてくるか。」

「ただの軍人じゃなくて、機甲蟲を操作している虐殺を平気で行う精神異常者じゃないかな。」

「狂犬こと、宗家のことですか。」

「ええ、カゴはそんな風に見ていたの。」

隣に座る普段表情を全く変えないが、今は何か楽し気だった。これから起きる死線の潜り抜けるのを楽しみにしているのだろうか。

「特定のグループが日本軍から離反したのでしょうか。」

「不平分子の可能性も考えられます。」

「テログループやゲリラということですか。」

「研究部署の暴走。」

「食糧危機による内部抗争とか。」

口々に意見がで、小隊無線がかしましくなる。まだ別の意見が出ようとしたところで鹿賀山が止めた。

「そこまでだ。憶測は止めよ。何の証拠も無い。決めつけるな。思い込みは油断に繋がる。」

その言葉で皆、口を閉じた。確かに妄想が暴走したようだ。何の証拠もない。

「傾注。現状維持のまま、エレベーターホールへ侵入する。四方及び天井に注意せよ。包囲殲滅される可能性がある。警戒は厳のままだ。微速前進。」

『了解。』

鹿賀山の命令が下された。一時の浮かれた空気は消え去り、適度な緊張感が再び小隊に舞い降りる。

小隊無線は沈黙し、装甲車はゆっくりとエレベーターホールへ発進した。


831小隊は、エレベーターホールに繋がる片側四車線の大通りに出た。正面に見える中央交通塔は地下大都市に相応しい直径五十メートル程の円柱が階層を貫いていた。

その柱の中へと大通りは吸い込まれていた。

徐行速度にて831小隊の装甲車は一列になって、中央交通塔へと近づいていく。

緊張感を持ち、周囲の警戒を続ける。敵の気配は無い。

中央交通塔の目前にて装甲車は停車した。草原となった八車線の大通りは塔の中へ吸い込まれ、その中は階層間を移動するエレベーターのホールになっていた。

831小隊は、ホール入口より中を観察する。

ホールの照明は煌々と点き、外と同じく昼間の様に照らしていた。

床一面は、青々とした草に覆われていたが、樹木は生えていなかった。

トラック数台を一度に乗せられる巨大なエレベーターから人間が数人乗るだけの小型のエレベーターまで十数機が整然と並んでいた。

そしてお約束の様にエレベーターを挟むように両端には大型の非常階段が見えた。

これらの出入口も普段は隔壁が閉まっている筈なのだが、すべての出入口が開放されていた。

閉まっているのはエレベーターの扉だけだった。

空調の風で流されたのか、枯葉や枯れ枝が壁面に吹き寄せられ、うず高く積み上がっていた。

数十年分の量だ。膝まで埋まりそうだった。

蠍型機甲蟲が待ち伏せにするには絶好の障害物だ。

―ホールに侵入する前に落葉の山へ機銃掃射を加えたいところだが、この量に火がつくと不味い。

大火事となり、エレベーターホールが炎と熱と煙に満たされる。こちらの行動の選択肢が狭まるか。視界不良。熱源探査不能。敵に発見。がすぐに思いつくな。

では、歩兵による偵察を出すべきか。いや、それは危険だ。装甲車内にいれば、敵の攻撃から身を守れる。とくに促成種のプロテクターでは光線を防げない。自然種の複合装甲であれば光線を防げるが、関節部は覆われていない。投入できるとすれば小和泉か。いや止めておこう。あえて危ない橋を渡る必要は無い。―

「鹿賀山少佐。ホール内に階層図及び案内板が設置されていると考えられます。全車突入し、周囲検索し画像撮影後、そのまま一時退却しては如何でしょうか。」

鹿賀山の悩みを見抜いたのだろうか。東條寺が作戦を提案した。

「侵入と同時に攻撃を受けた場合の対処はどうするのだ。」

「攻撃の可能性は低いと考えます。」

「それは何故だ。」

「敵に攻撃の意志があれば、ここに来るまでに攻撃されている筈です。ですが、ここまで一切の攻撃どころか敵の姿すら確認しておりません。」

「それは、ホールに入っても攻撃は無いという理由にはならんな。敵は雑木林におらず、このホールに集結している可能性がある。ここで我々を一網打尽にする戦術かもしれぬぞ。」

「そ、それは。それは、可能性としてありえます。ですが、敵がいないと判断する理由も証拠もありません。」

東條寺の声は徐々に小さくなり途絶えた。

「しかし、悪くない意見だ。小和泉はどう思う。」

「良いと思うよ。敵の動きも分からないし。ホールを出て入るだけでも敵の反応を計れるかもしれないよ。」

小和泉は何も聞いていない様に見えても、常に戦場において楽しむことしか考えていない。

この小和泉にとってつまらない戦場でも何か楽しみが無いか、戦場全体に知覚の網を張り巡らせていた。

「何も起こらないなら、蜂の巣をつついて逃げてみようよ。何か分かるかもしれないよ。」

小和泉は楽しげに語る。

装甲車内に籠れば、危険はまず無い。そんな戦場では小和泉の心は躍らない。小隊を危険に晒してでも面白いことが起きればという狂犬らしい願望が持ち上がってくる。

だが、それは口に出さない。口に出せば、却下されることはわかっているからだ。

もっとも8312分隊の桔梗と鈴蘭は小和泉の考えを十二分に理解している。

ゆえに二人の視線は小和泉へ向き、趣味を優先しないで下さいと訴えかけていた。

鹿賀山はそこまで頭が回っていなかった。

小和泉と東條寺が同意見を述べたことにより、その意見が有用であると考え始めていたのだ。

他の分隊長からも反対意見や意見具申は、小隊無線に上がらなかった。

鹿賀山は決断した。

「傾注。831小隊はエレベーターホールに侵出。ホール内を時計回りに検索し、案内板及び地図を画像撮影せよ。その後、即座に離脱する。」

「8312、了解。」

「8313、了解。」

「8314、了解。」

命令は下された。

装甲車は大きく口をあけたエレベーターホールへとゆっくりと呑み込まれていった。

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