202.FKO実証試験 本気の怒り
二二〇三年四月二十九日 〇三二五 KYT西三十四キロ地点
鹿賀山は懸命に考え、実行できると思われることを命令していく。
状況を好転させる為に。生き残る為に、帰還する為に。部下の命を守るために。
「機銃掃射。目の前のバリケードを粉砕せよ。」
「近過ぎて、下方へ射角がとれません。」
「榴弾筒はどうか。」
「高さがなく、撃ちだせばトンネルの天井に当たり、装甲車に直撃します。」
「ならば、前部ハッチから手榴弾を投げろ。」
「前部ハッチ開閉不能。レールが喰い込み、捻じれています。」
鹿賀山が思いつく対抗手段が、次々と潰されていく。部下達の報告がこれほど苦々しく感じたことは無かった。もちろん表情には出さない。
「ふむ。攻撃不能。走行不能。前面部全壊。漏電の可能性有り。日本軍の最新鋭の装甲車が手作りのバリケードで大破か。笑わせてくれる。さて、次の手はどうしたものか。」
あえて余裕があるかの様に振る舞う鹿賀山の頭脳は、フル回転していた。しかし、次の手段が思い浮かばない。内心の焦りは、鹿賀山の思考を鈍らせていた。
「一号車の破棄を提案するよ。」
小和泉のノンビリとした声が、小隊無線に上がった。
「何を言っている。」
「一号車から全員退避して、ボンってしちゃおうよ。」
「小和泉、正気か。」
「正気だし、本気でもあるよ。」
小和泉の話し方は、相変わらずふざけたような口調ではあった。だが、嘘をつく人物ではないことを鹿賀山は知っている。
「作戦内容を送れ。」
「はいは~い。まとめてあるから送るね。桔梗、送って。」
「東條寺少尉、受信次第、検討せよ。」
「了解。」
鹿賀山は、小和泉がどの様な作戦を提案するのか不安しか感じなかった。かと言って、現状を打破する方法もすぐには思いつかない。
敵に襲われているという状況で冷静さを保つのは難しい。
いつ装甲が破られて、中に侵入されるか分からない。装甲が破られるのが先か、状況を打破するのが先か、鹿賀山には分からなかった。
小和泉からの提案を検討した東條寺と鹿賀山は、即座に採用した。
他に行える有効な手段が無かった。さらに時間は無い。即断しかないのである。
「一号車は戦闘不能と判断。ここで放棄する。起爆は二分で設定。自爆はさせるな。トンネルが崩落するぞ。戦闘記録を持ち出すのを忘れるな。」
「了解。」
東條寺が装甲車の情報端末に挿されていた記憶装置を抜き取る。軍仕様の耐爆・防水・耐放射線・耐熱・耐冷・耐電仕様の厚さ二センチ、幅三センチ、長さ五センチの直方体だ。
民生用であれば、内側に入っている厚さ二ミリ、一センチ四方の小さいカードだけだ。軍用になると、保護用品の装着と野戦手袋をしたままの運用を考慮され、大きくなってしまうのだった。
この小さな箱に今回のFKO実証試験のデータの全てが詰まっている。無論、他の装甲車でもデータは蓄積されているが、一号車で発生した状況は、この記憶媒体にしか保存されていない。特に月人が逆茂木を使用して装甲車を大破させた記録は貴重である。
他の装甲車だけでなく、過去を遡ってもその様な記録は存在しない。
東條寺は、それを腰の複合装甲のポケットに仕舞った。複合装甲の内部ならば、背嚢よりも安全に保管できるだろう。
「情報媒体、確保。」
「よし。8313、8314は分岐地点まで即座に後退。背後の敵を近づけさせるな。」
東條寺の報告に基づき、鹿賀山は作戦を開始する。
「8313、了解。」
「8314、了解。」
命令に従い、二両の装甲車は後方へと下がっていった。
「蓄電池隔壁を解放。」
「隔壁解放角度、設定良し。起爆装置、設置。爆破二分に設定。」
装甲車の床面の板を剥し、内部に潜り込んでいた愛が報告を上げる。
「装置起動。」
鹿賀山が最後の指示を出す。
「動作確認。秒読み開始されました。」
愛が報告を上げる。
「一号車から全員撤収。全ハッチは確実に閉めろ。二号車に乗り込め。二号車は移乗を援護。」
鹿賀山達は背面ハッチから外へと飛び出した。全員が出たことを確認した舞がハッチをしっかりと閉じ、二号車へ走り始めた。
小和泉は、二号車の中からその様子を落ち着いて見ていた。
月人が、装甲車を乗り越えてくる可能性を考えていたが、動く気配はまだなかった。
先程の機銃による掃射を警戒しているのかもしれない。
こちら側は、天井ハッチを開け、鹿賀山達を受け入れる準備は済んでいる。
前面ハッチは人の出入りはできない。装甲強度を保つ為、手榴弾を投げたり、標本を採取したりする程度の開口部しかなかった。
装甲車のなだらかな前面部をよじ登りやすい様に天井ハッチから前面部へロープを垂らしておいた。
これがあれば、素早く装甲車の上面に昇れるだろうとの考えだ。もっとも促成種であれば、ロープは必要とせず、飛び上がって簡単に登って来るだろう。それだけの運動能力を持っている。装備重量もプロテクターだけの為、百五十キロ程度だ。
複合装甲でも飛び上がって登ることは可能であるが、装備重量三百キロを超える自然種による着地の衝撃は一トンを超えるだろう。この数値は、装甲車を破壊する恐れがあった。ゆえに面倒ではあったが、ロープを使ってよじ登るという手段を取らざるを得なかった。
―この辺りも今後の課題かな。複合装甲の着地に耐えるなら足裏のサイズで一トンの荷重に耐える車体かあ。もう装甲車じゃなく戦車になるのかな。戦車をたくさん作る資源なんて無いよね。それに使い勝手も居住性も悪そうだな。
ならば、梯子を取り付けるのはどうかな。駄目だよね。月人に取り付かれてしまうだけだね。こんな戦闘になる方が稀なのかな。考えるのは止め。やっぱり、難しいことは鹿賀山や奏に任せよう。―
と思考放棄し、収容作業を見守った。
愛と舞は、跳躍して装甲車の前面部に優しく降り立ち、膝射姿勢をとった。機銃の射線を遮らぬようにするためだった。
比較的装備重量が軽量な促成種でも、着地の瞬間、装甲車は大きく揺らいだ。一時的にサスペンションや前面装甲に警告表示が出る。衝撃吸収の限界値であった。
小隊長である鹿賀山が先にロープを掴み、装甲車をよじ登る。
東條寺は二号車の前面で振り返り、一号車に向けて立射姿勢を取り、鹿賀山が登りきるのを待った。
一本のロープを二人で同時に登るのは効率が悪く、一人ずつ登った方が結果的には早いはずだ。
敵の襲撃に向け、機銃とアサルトライフル四丁が備える。先程よりも厚い火線になるはずだった。
皆が忘れていた。いや、忘れていたのではない。ここには居ないと思い込んでいただけだった。
一号車の天井に通常の狼男より二回り大きく、全身が灰色の獣毛につつまれた狼男が最初に立った。脇には四匹の狼男を付き従え、まるで狼の群れの王であった。
そいつの正体は831小隊の人間であれば、良く知っていた。
「撃て。」
小和泉は間髪入れずに命令を下す。鹿賀山は登っている最中であり、状況を把握していないためだ。
命令に遅れることなく、五条の火線が狼男達に襲い掛かる。
桔梗の狙撃が狼男の眼球を撃ち抜き、カゴの機銃が狼男の身体を削っていく。
舞と愛の銃撃は、狼男の進撃速度を遅らせるが致命傷に至らない。
東條寺は真っ直ぐ迫る二回り大きい狼男に銃撃を加え続けるが効果は無かった。
瞬きの間に距離を詰められ、声を上げる余裕すら無い。東條寺の胸に狼男の大きな拳が迫り、強打された。
東條寺の身体は軽々と吹き飛ばされ、装甲車の車体の上を何度も弾み、転がっていく。
そこに東條寺の意志は無い。手足は物理法則に従い、振り回された。それは人間の動きでは無かった。
敵を確認した時点で小和泉は天井ハッチから車外へと飛び出していたが、敵の接近の方が早かった。
小和泉の真横を東條寺が吹き飛ばされそうになる。小和泉は、咄嗟に手を伸ばした。
勢いに負けそうになるが足を踏ん張り、大切な人を力強く、しっかりと受け止めた。
小隊無線に東條寺の弱々しい呻きが静かに響き、止まった。何も聞こえなくなった。
気絶をしたのか、心停止したのかは分からない。小和泉には直属の部下では無い東條寺の生体モニターを見る権限がないのだ。東條寺の生体モニターを見る権限を持つのは、鹿賀山だけだった。
「鈴蘭、奏を回収。任せる。」
小和泉の声は、冷え切っていた。普段のお遊びの雰囲気は消えていた。
鈴蘭の医療技術を信じた。東條寺の幸運を信じた。
いや、信じるしかないのだ。託すしかないのだ。まず、目の前の強敵を処分しなければ、次の一手が打てないのだ。
「了解。」
鈴蘭は、屋根に立つ鹿賀山と協力して東條寺を車内へと引き込んだ。
「僕が始末する。雑魚は任せる。」
幾条の火線が飛び交う中、小和泉はその大きな狼男の前に降り立った。
「さあて、殺すか。鉄狼。」
それは誰も聞いたことが無い低くおどろおどろしい声であった。
小和泉が本気で怒りを表したのだ。
その怒りは、鉄狼ではなく自分自身に向けられていた。
この状況になる可能性は頭の片隅にあった。なぜ、いち早く装甲車の外に出て、月人に備えなかったのか。自身の判断の甘さへの怒りに脳が焼き切れそうであった。




